ボクシングジムの前で、汗だくの男がしゃがみこんでいた。 地上27センチから見上げると、人間はいつも少し、無防備だ。 この男も例外じゃない。 濡れた背中から、鉄とゴムと人の匂いが混ざった空気が流れてくる。 拳はまだ熱を持っていて、殴る相手を失ったまま、行き場を探している。 息を整えるたび、強さと弱さの境目だけが、夜に残されていた。 私は、ただ通りかかっただけだ。けれど男は、私を見ると、どこか力の抜けた顔で笑った。 「なあ」 誰に言うでもなく、私に向かって、ぽつりとこぼす。 「夢のために仕事を辞める勇気が、俺にはないんだよ」 私は返事をしない。ただ、その場に座った。 正直に言えば、私はこの言葉の意…