幼少期の人格否定は言葉を変えて、自分の脳内に内在化した毒となる。 私の反芻思考の一つに「人として最低」が何度も脳裏をよぎる。 鬱陶しいぐらいに。 しかし、同時にそこまで脳が傷ついたことを何度も証明しようとしているのだろう。 本当に人として最低なのかはともかくとして。 そもそも「人として最低」の基準を考え始めたら、「人ととして最低の人間」が主観によって生まれる。 人生は思考プロセスの積み重なりだ。 当然、思考プロセスには間違いがある。 判断に間違いがあった場合、直ちに「人として最低」だとすれば、全世界の人類がそうなってしまう。 最悪の判断をした思考プロセスにどれほどの歪みがあったのかということが…