哲学者、批評家。専攻は現代フランス文学・思想。
1948年、島根県松江市に生まれる。松江高専、京都大学文学部文学科を卒業。その後、パリ第八大学において文学科で修士論文、哲学科でアルトーをテーマにした博士論文を提出、博士号を取得(このときの指導教官はジル・ドゥルーズ)。
現在、立教大学現代心理学部(映像身体学科)教授。
評論文には、デカルトが自然の対象化・操作を可能にする自然観を作ったという説明がよくあるかと思います。 例えば、 ゲノムが語る生命 ―新しい知の創出 – 集英社新書 p106「自然の見方のところで問題になったのは機械として自然を見る、機械論的世界観です。このような自然の捉え方の大本にはデカルトの心身二元論があります。このようにして体を物質として解明してきたからこそ、今の生命科学があるわけで、私たちがゲノムを手にできたのもそのおかげです。」 こうした言い方はハイデガーに基づくかと思われる記述がありました。 『反歴史論』(宇野 邦一):講談社学術文庫|講談社BOOK倶楽部pp128-129 では、ハ…
東大入試にも出た 『反歴史論』(宇野 邦一):講談社学術文庫|講談社BOOK倶楽部 の4章で(入試は第3章) 三木清 歴史哲學 を引いています。(以下では青空文庫より、宇野の引いた箇所を抜粋) 宇野pp236-237 三木 第1章歴史の概念 3節冒頭 「先づ事實としての歴史は行爲のことであると考へられる。人間は歴史を作ると云はれてゐる。このやうに歴史を作る行爲そのものが事實としての歴史であつて、これに對して作られた歴史が存在としての歴史であると考へられるのである。作ることは作られたものよりも根源的であり、作ることがなければ作られたものもないのであるから、その意味に於て事實としての歴史は存在とし…
東大国語に出た 『反歴史論』(宇野 邦一):講談社学術文庫|講談社BOOK倶楽部 の著者 宇野邦一 - Wikipedia の宇野邦一『詩と権力のあいだ』現代思潮社 「親密で疎遠な阿呆―芥川龍之介」p62(原載は岩波の『芥川龍之介全集』月報、1997年8月)では、 芥川龍之介 歯車 (青空文庫、新字旧仮名)の 「妙に人間離れをしてゐるかと思へば、人間的欲望もずゐぶん烈しいし、……」「善人かと思へば、悪人でもあるしさ。」「いや、善悪と云ふよりも何かもつと反対なものが、……」「ぢや大人の中に子供もあるのだらう。」「さうでもない。僕にははつきりと言へないけれど、……電気の両極に似てゐるのかな。何しろ…