相変わらず斎藤忠先生の「失われた古代皇帝の謎」を読んで、考えさせられた点をゆるゆると書き連ねています。 1、朝廷大極殿ないし紫宸殿の前庭で、来客を歓迎する式典など行う場。すなわち「朝の庭=朝廷」です。 今まで漠然と使ってましたが当時は朝廷と言えば「ああ、あの庭ね」と、人々は具体的な場所を思い浮かべていたんですね、納得でした。ちなみに608年に隋の裴世清一行がヤマト国に来た時には、朝廷と呼べる施設は奈良にはまだ無かったらしいです。まあ、ヤマト国自体、「宮」と言ってもちょっと「大きめの家」に過ぎなかっただろうから、当然と言えば当然ですけどね。 2、朝鮮半島の政治状況この頃の倭国の関心事は、朝鮮半島…