〈建築〉という用語は比較的新しく, 1897 年 (明治 30) に造家 (ぞうか) 学会が建築学会と改称してから公認されたもので, 建築学者の伊東忠太がアーキテクチャー architecture に対応する新語として提案した。 それまでは,土木建築工事一般を〈普請 (ふしん)〉, 建物に関する工事を〈作事 (さくじ)〉と呼んでいた。 アーキテクチャーとは,単なる建造物 building, structure に対して,一定の芸術的様式をもつ建物一般をさす集合名詞であり, かつ,それらをつくりだす建築技芸の体系を意味する。 すなわち建築術あるいは建築芸術の意である。 しかし,日本での〈建築〉という言葉は, 伊東忠太のこうした意図にもかかわらず, 今日でも主として建造物,建築工事の意に用いられ, 建築を土木から区別する役割しか果たしていない。
[建築の意味]
建築は,人間が寒暑や風雨や攻撃から身を守るために家をつくり, また,神をまつり,祖先を葬るために記念物をつくることから始まった。 それゆえ建築術は,原始時代から人間の物質的要求と精神的要求の双方を満たすために役だってきたといえる。 日々の生活に追われた狩猟時代には, これら二つのものに対する配慮には, 格別の差異がなかったと考えられるが, 文明の発展と生活の余裕が目だってくるにつれ, 神や祖先に関する記念物には,より耐久力のあるものを入念につくるべきだと考えるようになった。 また,人間が大きな集団や部落をつくるにつれ, 秩序維持のための階層差が生じ,首長や有力者の家がよりりっぱにつくられるようになることも自然のなりゆきであった。 こうして,宗教建造物はもちろんのこと, 世俗的な建物においても,建築の規模の大きさ, 材料の選択,構築法の入念さ,装飾の豊かさなどによって, 実用品としての建築の必要を超えるさまざまのくふうが行われ, 建築は,その建物の所有者や関係者の権威と財力, 社会的地位や責任感,生活の哲学と理想, 文化・文明の推進者としての意欲や実行力を目に見える形で表現するものとなった。 建築がもつこうした象徴性は,宗教建造物や支配者の宮殿・邸宅だけに働いているものではなく, 庶民の住む町屋や農家にも存在する。 それは,繰り返し試みられた建築術上のくふうから, 地味ではあるが堅実で耐久性があり, どんな家族構成や生活形態であっても比較的便利に使える形式と形態がおのずから形づくられてきて, それぞれの国や地方や時代の人間生活の現実と理想を同時に示す生活哲学の鏡となっているからである。 人々が,どんなに質素な建物であっても, 様式性をもった民家に限りない魅力や意味深さを感ずるのは, このためである。 また建築は,たとえ一個人の所有物であっても, 必ず都市や村落の一点景となるので, その町,その村の共有の所有物となる宿命をもっている。 美しい宗教建造物や公共建築,また, りっぱな民家や町並みは,その町の誇りとなり, 郷土の標識として,住民の愛郷心や団結心を呼び起こす。 このようにして,建築は人間生活の最も現実的・具体的な舞台装置および背景として生まれ, しかも最も総合的・恒久的な文化・文明の証跡として, 後世にも生きつづける可能性をもっている。
[建築様式の意味]
建築の一大特色は,それが必ずある一定の建築様式をもっているということである。 他の芸術にも様式性はあるが,それらが個人やグループの個性に多くを依存しているのに対して, 建築においては,個性よりも,同時代・同地域の他の建築物との共通点のほうが強く現れる。 これは,建築がまず用途や目的をもち, 風雪や時の流れに耐えねばならない実用品であること, 大規模で重量があり,重力,風力,地震力, 攻撃力のような大きな物理的な外力に耐えなければならない構造物であること, そして,以上の要求を満たしたうえで, しかも見苦しくなく,できれば美しく, なるべく意味深い形態をもつ象徴物でありたいこと, という三つの条件を満足させなければならないことに関係している。 古代ローマの建築家で,ギリシアの建築家たちの技術と思想を伝えたウィトルウィウスは, 前 30 年ころ《建築十書》を著し,そのなかで, 有用さ utilitas,耐久力 firmitas,美しさ (魅力) venustas という建築 3 原則で, このことを要約している。 古来,建物を建てる人々は,財力,入手し得る材料, 技術,労働力が許す限り,これらを同時に達成する方法を考えてきた。 上記の 4 条件に,風土,気候,宗教,政治, 社会体制,時代思潮,風俗・流行などの要因が, それぞれの個別的条件とからみ合って, 地域と時代と建物種別に最も適合した構造法と形態と装飾の共通項をつくり出した。 これが様式である。 様式はこの意味で,建築の生活に対する適合性・妥当性を保証するしるしであるとともに, その時代や地域が,文化的に,また人間的に統一された目標をもっていたことを示す標識である。 ただ,いずれの時代においても,強烈な個性をもつ建築家が現れて, それまでにない新しい形式や装飾を生み出し, 同時代人や後世に大きな影響を及ぼすことはしばしばあったが, それでも,その時代の基本様式から大きく逸脱してしまうことはなかった。 しかし,20世紀に入ってからは,このような建築様式と社会との調和が失われつつあることは確実で, それが建築様式の混乱と都市の乱雑化に明白に現れている。 そしてこれは,いわゆる近代社会が,このままでは文化的に調和した統一体として持続してゆくことが困難なことを暗示している。
[建築材料と建造技術]
建築材料は,古代から現代まで一貫して用いられている木材, 石材,鮭瓦,タイル,石灰などの伝統材料と, 鉄と鋼,鉄筋コンクリート,ガラス, 合板,プラスチック,アルミ合金などの近代材料に分けられるが, 鉄,コンクリート,ガラスなどは古代から用いられており, ただ大量生産ができなかっただけであることを考えると, 建築の主要材料には意外に新しいものが少ないことがわかる。 伝統材料の特色は,耐久力があり,部分修理が容易なことで, 木造建築でさえも,維持修理がよければ驚くほどの耐久性をもつことは, 日本の法隆寺その他の古代建築をみれば明らかである。 建造法としては,材料を積み上げて壁をつくるか, 材料を柱と梁の骨組みに組み立てるかの二つの基本方式があり, 両者はしばしば組み合わされる。 戸口や窓のような開口部の頂部は,石や木やコンクリートの梁を渡すか, アーチをかける。 最も重要なのは屋根のかけ方で,石造や鮭瓦造の建物といえども, 通例は木材で骨組みをつくり,粘土瓦, 石瓦,板瓦,草,泥などで屋根をふいた。 また,二階床・三階床も通例木造であった。 しかし,アーチの原理を応用して,石や鮭瓦やコンクリートで曲面天井 (ボールト) をつくる方法も古代から発達し, 建物の本体を不燃化することが可能になった。 曲面天井の一例であるドーム建築では, 直径 43mまでの実例がある。 しかし,通例の曲面天井の径間は 15m以内, 大きいもので 20m前後であった。 これらは,古代ローマのドミティアヌス宮殿の謁見室にかけられていたと思われる径間 30mの木造トラスにも及ばない。 これらに対し,近代材料である鉄骨や鉄筋コンクリートを用いれば, 数十mの径間にも容易にかけ渡せるし, また,伝統工法では,特殊なものを除き, 6 階から 7 階が限度であった高層建築も, 数十階から百数十階の高さに建てることができる。 しかも,比較的安価に建てられるということが,近代構法の利点である。 アメリカの摩天楼 (スカイスクレーパー) に鉄骨構造が採り入れられるようになったのも, 伝統工法に対して工費が 15%節約できるということが大きな動機であった。 しかし,近代材料や近代構法にも欠点があり, それは,鉄を大量に用いているため, 建物の耐久性が限られ,かなりよくつくられたものでも, せいぜい 100 年前後の寿命と予測されることである。 また,同じく構法上の理由から,一般に修理がはなはだ困難で, 修復するよりも建て替えたほうが手早いと見なされてしまう場合が多い。 それにもかかわらず,都市の過密化や経済的理由から近代建築が大いに歓迎され, それによって歴史的建造物や伝統工法が各国で駆逐されているのが現状である。 しかし,その近代建築が 1 世紀前後の耐久力しかないとすれば, これはやがて世界の建築文化と都市文明にとって深刻な結果をもたらすにちがいない。 現存のすぐれた建造物の維持保存に力を注ぐ必要と同時に, 近代建築のつくり方そのもの,さらに町づくりの方法についても, 根本からの再考が求められている。
[芸術としての建築]
建築芸術の最大の特色は,他の諸芸術の多くが自然や人体の模写から出発しているのに対し, ほとんど最初から抽象芸術であったことである。 しかし,自然や人体の特性は,建築の表現力に深くかかわっている。 すなわち,建築のマッス mass (量塊感) は, 人体に対して大きいほど強い感銘や魅力をもたらす。 逆に,小さい建物を美しく見せるには, それだけ微妙な細部の仕上げが必要となる。 空間 (スペース) は,しばしば建築芸術のみがもつ一大特色とされるが, それは,単に壁,床,天井に囲まれた空気にすぎない抽象的空間に意味があるのではなく, 囲んでいる壁,床,天井に施されている意匠によって, その空間の表現がもたらされているのである。 空間はまた,中庭や広場のように,周囲だけが囲まれ, 上方のみ天空に開放されている場合にも, 周囲の意匠がその空間の性格を決めている。 このことは,列柱廊 (コロネード) やアーケードや格子のような, 壁でないものに囲まれた空間が独特の性格をもつことからもわかる。 構成 (コンポジション composition) とは, 建築の各部分の三次元的な組合せの調和であるが, その効果は比例(プロポーション proportion) とスケールscale (人間との対比から決まる大きさ) に依存している。 比例は,全体と部分,部分と部分との大きさの割合であり, ギリシア建築に起源をもつ古典様式では, 比較的単純な数学的比例体系が全部分を包括していることが尊重されたが, より直観的な比例体系をもつ様式も少なくない。 スケールは,人間的な尺度の建築への適用である。 建築では,建物の大きさがどれほど大きくなろうと, 比例的には変えることのできない寸法があり, それは階段の 1 段の高さ (蹴上げ) と奥行 (踏み面) や, 手すり,高欄,胸壁などの高さである。 戸口や窓の大きさや階高も,一般住宅では人間的なスケールを示しているが, 宗教建築ではむしろ故意に超人間的スケールを用い, 隣接する建物でスケールを与えることによって, 神仏の偉大さを示す。 テクスチャーtexture (材質感) は,材料の貴重さによって支配され, すぐれた自然材料のテクスチャーは, 建築の価値を一段と高めるし,劣悪な材料も扱い方によっては, それなりの魅力をもたらすことができる。 フランスの哲学者アランは,鉄やコンクリートのような鋳造材料は, 材料としての個性に乏しく,どんな形にも自由につくれるため, 天然材料のような魅力をもち得ない, としているが,これは鮭瓦や瓦やタイルを除くすべての人工材料に共通する性質で, そのためデザイン上の特別の配慮が必要となる。 建築の色彩は,材料そのものの色のほかに, 塗料,鍍金,モザイク,壁画,文様などによって付加することができるが, 風化や古びによっても独特の彩色を帯び, きわめて複雑な効果をもたらす。 光線は,建築の表情をさらに豊かにする要素で, 太陽の照り方は,建物の外観の処理や, 窓や戸口のつくり方,室内の採光法に影響を与え, すぐれた建築家は光線効果を巧みに利用している。 しかも,四季の変化,朝・昼・夕の光の変化が加わり, 見る者を楽しませることも見のがせない。 建築は,人間生活のほとんどすべての面となんらかのかかわりをもっており, その構成部品も数万点以上という複雑多様な構成物である。 古来,さまざまな哲学者,美学者が建築美学の構築を試みて果たせなかった最大の理由は, おそらく,この極度の複雑さと多様さのためである。