かえりみて、「ごちそうさま」とはあまり云ってない気がする。 老人の物忘れとは、まことに滑稽なものだ。むずかしく記憶しにくい事や物について忘却するのではない。解りきった当りまえのことや、なん十年も身についてきたことを、うっかり失念もしくは勘違いするのだ。よく例に挙げられる、眼鏡を額にずり上げたまま眼鏡を探しただの、マスクしたまま唾を吐こうとしただのの類だ。幸いにしてそれらふたつの経験はまだないけれども。 出がけに玄関の鍵をかけようとして、いつもの左ポケットに鍵が入ってないことに気づく。数本の鍵類を富士通レッドウェーブのキーホルダーに通した鍵束は、ジーパンの左ポケットと決めてあるのだ。 こいつあイ…