文化2年(1805年)。9月。9月12日、昼頃から清水坂下裏町で出火する。七尾天神の後ろあたりから辻井戸坂口のあたり、裏町ばかりが焼失する。熱田喜見寺境内で身振物真似という名目で浜芝居(小芝居)の興行を行う。閏8月9日からの清寿院での暇乞狂言は大入りの初日。大友暇乞の鎌倉三代記は大序より二ツ目まで。歌右衛門、友吉暇乞の太平記忠臣講釈は六ツ目七ツ目。片岡暇乞の容競出入湊は瓢箪町出入の段、鎌倉屋。惣一座名残の平家女護嶋は嶋の段。9月16日より南寺町大乗院で大相撲の興行が行われる。東は千田川、鳴瀧、荒岩、山嵐、浜ケ関、桟シ、真鶴、雷。西は平岩、荒馬、大綱、田子ノ浦、揚羽、佐の山、音羽山など。東懸所御…