司馬遼太郎の著作。歴史小説。日露戦争において旅順(二〇三高地)作戦を指揮し、明治天皇の崩御とともに自害した軍人・乃木希典の姿を描く。
明治帝の崩御に殉じた、日露戦争の輝ける英雄、及木希典。幾多の栄誉を一身にになった彼が、何故死を選んだのか。釤軍神釤の内面に迫り、その人間像をさぐる問題作
ISBN:4167105373(文春文庫、1978年) ISBN:4163006206(文藝春秋、1967年)
旧乃木邸では、乃木大将夫妻が殉死した居間を外から見学できます。その配置までわかります!(旧乃木邸)東京都港区赤坂には西南戦争、そして日清・日露戦争を戦った乃木希典の住居が残されています。 旧乃木邸は、乃木希典がドイツ留学中に見たフランス連隊本部を参考にして、海軍技師の北沢虎造とともに設計し、1902年(明治35年)に新築されたものです。外観はシンプルで黒塗りの板張り、内装も極めて簡素ですが、明治期の和洋折衷建築として非常に貴重です。 ここで乃木夫妻が生活していました。「乃木希典(のぎまれすけ)」は、長州出身の陸軍軍人です。日清戦争では第一旅団長をつとめ台湾総督を経て、日露戦争では第三軍司令官と…
こんにちは、皆さん!一人ぼっちユウトです。今日は、司馬遼太郎の『殉死』について語りたいと思います。『坂の上の雲』や『竜馬がゆく』で知られる司馬遼太郎が、明治の軍人・乃木希典を描いた作品です。乃木は日露戦争で旅順攻略を指揮し、明治天皇の厚い信頼を得た人物。そして天皇崩御の日、妻と共に自宅で殉死しました。この衝撃的な最期を司馬はどう描いたのでしょうか。 『殉死』の魅力乃木希典の生涯を凝縮 軍旗を失った熊本鎮台での挫折、旅順攻略での勝利と二人の息子の戦死、そして天皇への忠誠。乃木の人生は「栄光と悲劇」が交錯しています。 司馬の鋭い批評 当時「軍神」として神格化された乃木に対し、司馬は「愚将」として描…
『殉死』司馬遼太郎文春文庫1978年9月25日 第1刷1995年 1月20日 第26刷 乃木希典をテーマにした懇話会を前にして、福田さんの『乃木希典』を読み、いたたまれない思いになった。 megureca.hatenablog.com 懇話会仲間の中に、学生時代に本書をよんで乃木希典の間違った人物像を刷り込まれたかもしれない、、、といっていた人がいたので、本書も読んでみた。私の『坂の上の雲』と同様、司馬遼太郎に歴史を刷り込まれたひとは少なくない。でも、たしかに、小説はフィクションだとはいっている・・・。 裏の説明には、”乃木希典(のぎまれすけ)―日露戦争で苦闘したこの第三軍司令官、陸軍大将は、…
近世の封建時代から倒幕、そして近代国家として「この国のかたち」を作り上げた人たちを、20編取り上げました。改めて見直すと、倒幕も日露戦争もそして太平洋戦争も、携わる人物の熱意と情熱は変わらなかったのかな、と思ってしまいます。それでも胆力と冷徹な判断力、そして「不運」を回避する不断の努力というところで、運命が分かれたのかと思いました。 ここで(いつものように)迷った本たちを紹介します。 ・堀田正睦 開国 愚直の宰相堀田正睦 佐藤 雅美 (1995) ・井伊直弼 妊婦にあらず(村上たか) 請田 玲子 (2006) ・吉田松陰 風の如く(久坂編、高杉編) 富樫 倫太郎(2014) ・高杉晋作 高杉晋…
こんばんは。今回も「与党も野党も茶番」。 茶番政党のために「殉死」した人を持ち上げるのって「KAMIKAZE」で死んだ人を持ち上げるのと同じではないか 「KAMIKAZE」で死んだ人を持ち上げて「彼らがいたから今のニッポンがある」と称賛するのと同じではないか ニッポン国も、茶番政党も、命を懸けて守られたにもかかわらず愚行を繰り返す 茶番政党のために「殉死」した人を持ち上げるのって「KAMIKAZE」で死んだ人を持ち上げるのと同じではないか この前、茶番政党関係者に誘われてある映画を見た。 chiyoko-cinema.jp 戦前、非合法団体であった茶番政党に携わり、その後官憲の拷問に遭い24歳…
1912年(大正元年)9月13日、逝去した明治天皇の大喪が行われたこの日の夜8時頃、乃木希典が妻・静子とともに自刃して亡くなります。明治天皇に殉死したのです。(7月30日明治天皇崩御)1912年(明治45年)7月30日、第122代の明治天皇が崩御します。 天皇崩御の知らせをうけ、街は、半旗を掲げ喪に服します。 (9月13日大葬)そして、その年の9月13日、明治天皇の大喪が行われます。下の写真は、明治天皇の大喪当日の午前10時に撮影された乃木夫妻です。 乃木夫妻は礼服をまとっています。 「乃木希典(のぎまれすけ)」は、長州出身の陸軍軍人です。日清戦争では第一旅団長をつとめ台湾総督を経て、日露戦争…
こんにちは。。15時現在の開封市、気温33℃ 湿度41%です。青空が綺麗で、とても良い天気です。 さてさて、 今日は安陽日帰り旅行記後編、安陽殷墟内で見られるたくさんの人骨について書いていきたいと思います。人骨そのものの写真は載せていませんが、人骨のある場所の写真は多く掲載しています。ご了承ください。 前編はこちら↓ tpakira.hatenablog.com 中編はこちら↓ tpakira.hatenablog.com
元禄12年6月12日。昨夜、阿部縫殿が木曽路を急いで下る。大公よりの霊柩の御迎えのため。下諏訪で謁する。近頃、御逝去を聞いて、公の下屋敷の女が友の女を突き殺して自害すると。詳しくはわからず。
元禄12年6月10日。城では半蔵から物頭に言い渡しがある。触がある。ただし、同心にはなく、御直衆だけに。殿様御逝去に付き、御家中の輩は身分にかかわらず、右兵衛督様へ御奉公するようにとの考えは少しも変わらないので、そのように勤めるように。このことを申し合わせ、申し聞かせるように。このことは摸(最)寄摸寄、または仲(満)間組支配中へも申し渡すように。殉死などはかねてから御制禁のことと心得ているはずだが、さらに心得るように。これは誰から出されたのか名はなし。内容を考えると同心へも出すべきものでは。また頭頭の切紙に添える。切紙で申し入れる。別紙の書付の内容が江戸より申して来た。また、みだりに落髪などし…
心こもった逸品です お菓子教室のため、奥州市水沢へ通い始めて2年が経ちました。 後藤屋さんは水沢へ通いだしたころ、一番最初にお伺いした水沢の老舗和菓子店です。可憐ないちご大福が目にとまり迷わず購入しました。透き通るような白いお餅、綺麗な赤紫の餡。真っ赤ないちごは、見ただけで美味しいことは解ります。滑らかな生地に包まれた3つの素材のハーモニーは、流石後藤屋さんの技です。いつまでシーズンなのかは解りませんが、水沢へお越しの際は是非食べて頂きたいこころこもった逸品です。 ☝滑らかな肌を思わせるような生地です! 後藤屋さま いちご大福おいしかったです! ごちそうさまでした! お菓子教室和気あいあい 今…