田中正造

田中正造

(社会)
たなかしょうぞう

明治時代の政治家・環境保護運動家。1841年12月15日、栃木県小中村に生まれる。
相場で一代の財産を築き、政治の世界に踏み込む。折からの自由民権運動に身を投じ、1890年の第一回衆議院選挙で当選して代議士になる。同年足尾鉱毒事件が起きると、その解決を国会で求めるが叶わず、代議士を辞して在野の運動家として足尾鉱毒事件の解決に一生を捧げる。なお辞職した1901年に明治天皇に直訴したのは有名。これは、日露戦争(1904 - 1905)の前夜にあたる時代である。
1913年9月4日に死去。亡くなった際、財産は皆無になり、布のなかには古ぼけた聖書、小物や「いしころ」3個だけとなっていた。
戦後、全国各地で公害問題が起き、環境保護運動のさきがけと見なされるようになった。


日清・日露戦争―シリーズ日本近現代史〈3〉 (岩波新書)

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田中正造――未来を紡ぐ思想人 (岩波現代文庫)

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