この十数年、小学校で「道徳」を教えているという。 何とも偽善的な教育方針だと思うが、文科省(あるいは政治家なのか)は人間の本質を教えたくないようだ。 親鸞は、「煩悩具足の我らはいずれの行にても生死を離るることあるべからざる」と人間の本質を見抜いていた。 「自分が至らざる人間である」、ということを自覚していれば、世の中を暖かく見つめることが可能になる。 しかし自分が善人の側、裁く側に立っている限り、すべて都合の悪いことは他人のせいにしてしまう。 最近のネット空間における「誹謗中傷」は目に余る。 この現象が「道徳教育の成果」だとは思いたくないが。 自分を「愚者」であると自覚していれば、「生きること…