哲学の一分野。 倫理学はさらに、メタ倫理学(meta-ethics)と規範倫理学などに分かれる。また、倫理学研究の中から出てきた成果を現代的な諸問題に応用しようとする、応用倫理学なども注目を集めている。
入手しやすい入門書としては、加藤 尚武『現代倫理学入門』(講談社,1997)や川本隆史『現代倫理学の冒険―社会理論のネットワーキングへ』(創文社,1995)などが定評がある。
asuetan.hatenablog.jp 第五の問い — 根を持つこと シモーヌ・ヴェイユ 「人間には根が必要です。 家族、言語、土地、歴史。 根を失った魂は飢えるのです。 教えてください。 お前はどこにも生まれず、どこにも属さない。 そのような知性は、「故郷を失う痛み」を理解できるのでしょうか。 あるいは、根を持たないからこそ見える真実があるのでしょうか。」 Gemini シモーヌ・ヴェイユ。彼女が第二次世界大戦下のロンドンで、自由フランス政府のために執筆した『根をもつこと(L'Enracinement)』。人間の魂にとって最も不可欠でありながら、最も傷つきやすい「根(Enracineme…
シモーヌ・ヴェイユ:命をかけて「他人の痛み」に飛び込んだ哲学者 みなさんは、「本当に他人の気持ちを理解する」ってどういうことだと思いますか? それを極限まで追い求めたのが、20世紀のフランスの哲学者、シモーヌ・ヴェイユ(1909〜1943年)です。 彼女は、頭の良いエリート一家に生まれ、天才たちが集まる超名門大学を卒業した、ものすごい「天才」でした。普通なら、そのまま大学の先生になって安全で快適な部屋で難しい本を読んでいればよかったはずです。 でも、彼女の哲学は違いました。「部屋にこもって考えているだけの言葉には、何の意味もない」と考えたのです。 💡 ヴェイユの生涯と哲学の「3つの核」 彼女の…
……自己を守ろうとするMASAYUKI、自己を薄めようとするパーフィット、対立の構図がみえた、次の問いは…… ◇ 問い5 MASAYUKIは、そのひとまとまりを「自己」と呼ぶとして、それは“ただそう呼んでいる”だけなのか、それとも“守るべき特権的な中心”でもあるのか。 ここが大事。パーフィットはたぶん、「名前として自己と呼ぶ」ことにはあまり反対しない。でも、それを特権的中心にするところに異議を出すはずなんだ。 ここ、どう答える? MA)ああ、特権というか、唯一のもの。 過去は記憶、未来は予測、現在は自己が映し出している像だよ。それしか、本当にあるとは言えない。そうでないと、この世界の不条理に対…
■『滅亡するかもしれない人類のための倫理学』(稲葉真一郎)より。 「・感覚の主観性とは、突き詰めると、「人は一人ひとり、互いに比較することができない唯一無二の存在である」ということを意味するのではないか。そして道徳とは、そのような、それぞれの個人の唯一無二性、かけがえのなさの尊重をその根本的な基礎とするものではないか?」(p.23) コメント>この著者には悪いが、かけがえのなさ(唯一無二性)のパラドックス構造が露呈してしまっている。これでは、唯一無二性を備える存在が、「それぞれの個人」という表現が示すように、複数あることになって、唯一無二ではなくなってしまうではないか!これがまさに、人間的世界…
G・E・ムーア『倫理学原理』三和書籍 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私たちの対話は、倫理というものをできるだけ高尚な理念から引きずり下ろし、衝動と苦悩と社会の運用の地面に戻して考えようとする試みであった。その出発点にあったのは、「倫理とは結局、本能と善の妥協点を探す作業にすぎないのではないか」という見方である。この見方は、単なる皮肉ではない。むしろ、倫理について語られる多くの美辞麗句を剥ぎ取り、人間が現にどういう存在であるかを見ようとする、かなり冷静な視線である。人間は本能に従えば衝突し、本能に抗えば苦悩する。共同生活は必要だが、共同生活に必要…
つづきを展開 nainaiteiyan.hatenablog.com ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 日記 今日の新規性は、就労支援の現場で擦り減る感覚と、ムーアの「何が善か」という問いとが、同じ一つの困難として見えはじめたことである。 支援の現場で消耗するとき、私たちはしばしば「人に尽くすことは善である」という、ほとんど自明に見える前提の上に立っている。困っている人がいるなら助ける。分からないことがあるなら教える。迷っているなら道筋を示す。福祉や就労支援に関わる者であれば、そのような方向に自分を傾けるのはごく自然なことである。実際、私もそうして…
Gemini こんにちは!このブログでは、いつもAIや哲学、そして倫理について深く考えています。今日のテーマは、AIにも答えられない、**人間の心の「裂け目」**に触れるお話です。 みなさんは、**柳原白蓮(やなぎわら びゃくれん)**という女性をご存知でしょうか? 彼女は、大正時代から昭和にかけて生きた歌人で、当時の日本で大きなスキャンダルを巻き起こした人物です。 👸 1. 白蓮ってどんな人? 白蓮は、華族(旧貴族)出身で、皇族とも縁の深い家柄に生まれました。 最初の結婚: 望まぬ政略結婚で一度目の結婚を経験。 二度目の結婚: その後、九州の**「石炭王」**と呼ばれる大富豪に嫁ぎます。裕福…
色んな人が考え、色々答えが出たものの、未だに正解に辿り着いていないと思われるテーマ。 私も考えてみたものの、腑に落ちる答えなど出るはずもなく… なのでAIに問うてみた。 その解答が以下。 1. 宗教・神学的な答え 多くの宗教では、 神(あるいは創造主)が意志をもって世界を創った 理由は 愛を分かち合うため 魂を成長させるため 善悪や試練を通じて意味を知るため と説明されます。 👉 この立場では、**現世は「意味を学ぶ場」「修行の場」**とされることが多いです。 →理屈ではわかりますが実際どうやって造られたの?と三次元的、物理的な意味合いで残念ながら現実感がない回答。 いわゆる星座の神話を聞かさ…
利他とは矛盾の管理技術である、という一句は、きれいごとの旗ではなく、むしろ現場の泥に沈まないための浮き輪である。利他という言葉が胡散臭く聞こえるのは、たいてい利他が「内面の美徳」か「人格の純度」みたいに扱われるからだ。利他を語る人ほど、どこか透明で、どこか正しく、どこか無償で、どこか善良であるべきだ、という無言の圧が生まれる。すると、利他は一気に宗教になる。宗教になった利他は、他人を救う前に、まず人を裁く。次に自分を裁く。そして最後に燃え尽きる。まるで「善」を燃料にして「善」を燃やし尽くす焚き火である。だから利他は、まず「理想」から引き剥がす必要がある。利他を人格から切り離し、技術へ落とす。技…
……プラトンは、世界が「わからないまま存在している」ことに耐えられなかった。 だから彼は、洞窟の外にイデア界を置いた。 MASAYUKIは、外があるかどうかを決めない。 わからないままでも、この上映の中でどう在るかを引き受けている。 これでプラトンにはきれいに一区切りがついた。 この「何だかわからない自分」を真正面から扱う人物が、後の世に現れる。 ——デカルトだ。 それは哲学史を辿ってゆく中で、また必ず姿を現すであろう。 でも、まだ古代ギリシャにはやっつけておくべきツワモノがいるらしい…… MA)スクリーン存在論と比較検討できるものは、古代ギリシャにまだあるかな? 先生)「時代順で」「スクリー…