2012-01-09
2011下半期ニコマス20選 ―― 魔王エンジェル関係の主な出来事+αのまとめ20選
今年もやって参りました、ニコマス20選。
私は今回も引き続き、魔王エンジェルや東豪寺プロ界隈の半年間の動きを
ある程度追えるダイジェストを兼ねつつ、インパクトの強かった動画を選びました。
レギュレーションのお知らせに続いて早速始めましょう。
基本レギュレーション
・対象は2011年下半期(7月1日〜12月31日)に公開されたニコマス作品
・自身のセレクトを20作品以内でブログ及びマイリストにて公開
・1Pにつき1作品
※作品と一緒にP名を表記していただけると非常に助かります
一般
魔王、歓迎。【後輩が事務所にやってきた】
フィロソP
【半角映画祭支援】半角さん制作記録Pt.01
文月七夜
魔王のことがめちゃくちゃ大好きなんだからね!!
ディスベルP
レッドショルダー
【MMD】 im@s洋楽コラボ Moonlight Shadow 【レッドショルダー】
かおらP
【MMD】 レッドショルダーが踊るNostalogic
Lostsoul
ノベマス
【Novelsm@ster】Satan×Stars 第五十話 あなたが飛び立つまで
サイ天使P
【ノベマス】Dahlia in the GoldenSnow【短編】
ハリアーP
春香VS春香! 奇跡のサブヒロイン大集合!
瑞P
relations if 「魔王」 新章 第一話
魔王復活祭
【MMD】寝・逃・げでリセット!【魔王復活祭】
yukiharo
【手描き】魔王エンジェルの復活〜鐘を鳴らして〜【魔王エンジェル】
ギャオスP
【魔王復活祭】ザ・ナイン ライブ・イン・モルドール【1054 All Star】
いとしいさかなP
ぷちまおー!
【魔王復活祭】ぷちまおー!【4コマ】
しろひげやぎP
【MMD】ぷちまおー!りんこ
ヘルヴェティカ・スウィス
朝比奈りんフィーチャー
【MMD】?でわっしょい【朝比奈りん】
ボカペラP
区切られm@ster(三条ともみソロ・フィーチャー)
【MMD】 三条ともみ 『私の名前は…なんですか。』 【半角映画祭支援】
エアマイクP
【MMD】2っぽい5人で「Prism Heart」SG風制服【魔王+赤肩】
ダンベルP(jizou)
半角映画祭
〜ケロリン・天使の詩〜トレイラー
マシン語P
サブキャラの台頭
【NovelsM@ster】中子右子が876プロからトップアイドルを目指すようで-す。終
グラスレディーP
【MMD】小早川瑞樹でGO MY WAY!!
cry
サムネ一選
【アイマス】かまいたちの夜?41-1短編 日焼けっ娘編【Novelsm@ster】
プロディP
エロいwww
ジュピターをプロデュースする羽目になった
瑞P
インパクト賞
私事なので選外
【映画祭支援】半角映画祭はキリングフィールドのようです【嘘字幕】
マシン語P
【魔王復活祭】ストロボナイツ【三条ともみ・ソロ】
ja_bra_af_cu
2012-01-02
ボカロ曲紹介の方法
「#皆さんの好きなボカロ曲3曲を晒して」というハッシュタグが流れてきたのをきっかけにジババさん(@JP_Jibaba)と曲紹介についての考え方を意見交換したので、メモがわりにまとめておきます。
別に好きな曲がどんなに有名だってかまわないんだよ。好きな曲をあげるときに好き以外の理由なんて考えなくてもいい。
>RT 好きだ?、いいよね?って言い合いたいだけならそれでおk.聴いて欲しくて提示するならもうすこしコンテクストが必要、じゃないかな
曲名あげてみよう系のハッシュタグはだいたいどれもコンテクスト不足なので、検索してみても曲を聞こうとクリックするまで行かないことが多い。
「TLでいつも絡んでる人の三曲」なら十分なコンテクストか。ということは知らない人のためじゃないんだろうな。ボカロ10選とかも。
@ja_bra_af_cu 今ディスクガイドを読んでるので凄く分かります。
2012-01-02 22:44:13 via twicca to @ja_bra_af_cu
@JP_Jibaba 同意いただけてちょっと安心しましたw でもたぶんコンテクスト不足を感じてるのは私が外様だからで、お互い知った同士ならきっと「あの人はこんなのが好きなんだ、へ?、聴いてみよう」ってなるんでしょうね。内向きといえば内向きだけどいまはその需要でまわっていると。
2012-01-02 22:57:00 via Tween to @JP_Jibaba
@ja_bra_af_cu 所謂ベスト(ワースト)10がなんで10という区切りなのか前から不思議に思ってたんですが、10という数字だと特にコメントが付記されてなくても選んだ人の好みを把握し易いんですね。それも割といい案配な多様性を含みつつ。3や5だと幅が無いんです。
2012-01-02 22:51:11 via twicca to @ja_bra_af_cu
@JP_Jibaba あー、なるほど。いくつ選ぶかっていうのはポイントになりますねえ。ニコマス20選も半年で20だと「これは!」と思う数よりちょっと少ないくらいで、すごく苦労するけどその分その人らしいセレクトになりますw
2012-01-02 22:54:14 via Tween to @JP_Jibaba
@ja_bra_af_cu ただ見ず知らずの他人に内容をちゃんと見てもらおうとすると、たぶん15や20という区切りは重くなるんですね。選者のセンスを初めから信頼してる人間でないと厳しいのではと思うんです。10+50曲選んだ一昨年と違って2011年は10曲だけにしたのはそこなんです
2012-01-02 22:59:48 via twicca to @ja_bra_af_cu
@JP_Jibaba ふむふむ、そうですねえ。10選だったら聴いたことあるやつを除けば数曲くらいになるから、気軽に聴いてみようってなりますもんね。
2012-01-02 23:02:51 via Tween to @JP_Jibaba
ここで述べている「コンテクスト」という概念については本ブログのエントリ佐々木俊尚『キュレーションの時代 ―― 「つながり」の情報革命が始まる』を参照してください。曲紹介論としても参考になるかと思います。
2012-01-01
ブログ外観リニューアル
@magelixirさんのご協力をいただきながらブログのスキンを変更し、CSSをいじってみました。
WEB技術には全く素人なのですごくストレスフルな作業でしたが、とりあえず満足できる結果が得られました。まだ細かいところに詰める余地は十分ありますけれども。
去年までのhatena2_lightblueも悪くはなかったのですが、ちょっと温かみに欠けるような気がしてたので、hatena_lightgreenのスキンを選び、緑と薄い黄色を貴重にした配色で温かみのある感じにしてみました。
他にhatena_leefも試してみたのですがCSSの構造が素人には複雑すぎましたw
なおデザインするにあたり、ニコマス・ブロガー胡桃坂さんのめぐりあいクロニクルを参考にさせて頂きましたので記してお礼にかえさせて頂きます。
2011-12-31
2011年の当ブログを振り返る
やおきさんにつられて音楽を語るための場を確保しようと始めたこのブログですが、完全放置になることなく、それなりに記事を書いてくることが出来ました。
今年は書評が中心になりましたね。基本的にVocaloid Critiqueに応用することを念頭に、「声」の問題・批評という行いに関するもの・音楽を論じるうえでの理論になりうる人文的な本、それからジャズについてのもの、という具合に大きく分けられると思います。
来年は、Vocalo Critiqueのブックガイドの最後に記した、音楽概念を対象化するような本など、語るためのサーチライトになってくれるような本を取り上げたいですね。
そして、他者の考えをまとめ・紹介する文章が多くなっていたので、もう少し自分のアイディアを提案するような文章もかけたらいいな、と思っています。
やはり、書いた後反応を返していただけるのはそういう文章なんですよね。リズム論とか、批評論とかの記事がそういう感じでした。
本は実物を読めば済むというか、正確さもそのほうが期待できるわけですし。ある程度他では読めないオリジナルなものを出したほうが、ここを訪れて呼んでくださる方には面白いわけですものね。
*
それから、口調・文体はいま書いているような口語的なものにだいたい落ち着きました。
「である・だ」体のほうが、書くのは楽なんですけれど(取り上げている本が学術的なものだったりすると特に)、私のようにツイッターなどと絡めるようなブログ運用の仕方だと、ある意味、個人の言葉の発信として捉えられるパフォーマンス的な要素があるように思えるので、このように誰にともなく語りかけるスタイルがあっているような気がします。
*
こんなところかなー。なにかこうしたほうがいいよ、などアドバイスなどありましたら、コメントでもツイッターのリプでもいただけたらと思います。
それでは、来年も当ブログをお引き立ての程、よろしくお願い致します。Vocalo Critiqueもよろしくです!
2011-12-23
村井康司 『ジャズの明日へ ―― コンテンポラリー・ジャズの歴史』
『スイングジャーナル』や『ジャズ批評』で活躍されている(た)ジャズ批評家村井康司による60年代〜現代までのフュージョンやコンテンポラリー・ジャズをジャズ史として位置づけようという挑戦的な一冊。
- 作者: 村井康司
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2000/05
- メディア: 単行本
- 購入: 3人 クリック: 13回
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ジャズは60年代末に死んだ?
なぜ挑戦的かといえば、保守的なジャズ言説ではジャズはジョン・コルトレーンと共に死んだことになっていたり、そうでなくてもブリティシュ・インヴェイジョンによるロックの主流化によって終わったものになっていたりするためです。
そのあとの、70年代以降の電化してファンクビートやロックを取り入れたジャズはクロスオーヴァー、後にフュージョンとよばれジャズ史からは正統派とはみなされない状態が続いていたといっていいと思います。
70年代でもチック・コリアやジャコ・パストリアスなど、電化した楽器による新しいスタイルでストレートアヘッドなジャズを演奏した人たちもいましたが、彼らへの評価も固まっているとは言いがたいでしょう。
私の演奏者としての実感からするとフュージョンもジャズのマインド・コンセプトを持った音楽であり、ジャズ史、すくなくともそれと深く関わる歴史的なファクターとして捉えるべきだと考えていたので、本書にもっと早く出会えていたらと少し歯がゆいくらいでした*1。
こちらに大谷能生による簡潔で適切な書評もありますので参考に。
演奏する批評家
村井は自身でも演奏をするそうで、そのため理論の説明もうまいです。モード・コンセプトの説明は楽譜を使わないものとしては最もわかりやすいものの一つだと思います。
次のサイトが演奏者兼批評家としての村井についてよく説明しているので引用してみます。
村井康司は批評家である前に演奏者である。アマチュア・ビッグバンドの主宰者として伝統的なフォーマットの枠内できちんと音楽を組織する一方で、ギタリストとしてもビバップからアヴァンギャルドまで幅広くこなす豊かな音楽性を持っている。そして、これは特筆すべきことであるが、村井康司は演奏者である以前に鑑賞者である。演奏者にして批評家である場合、音楽用語を必要以上に羅列したり、何よりも演奏者にしか分からないような些末なことで却って審美眼が曇ってしまうことが往々にしてあるが、この著者はそうではない。鑑賞者として「美しい」と感じたことを徹底的に分析し、それから他の表現者との関係の中で位置づける。多くの読者は村井康司の文章を読んで、「よくぞ言ってくれた」と思うはずだ。今まで聴き手としてずっと感じていたけれども何だかよく分からなかった「あの感じ」に言葉が与えられる喜び。驚き。それが、村井康司の方法である。
http://www.koshinfu.com/jazznoashitahe.html
自分で実践しないものには対象を語れないという考え方には私は与しませんが、調査・取材の一貫として自分でもやってみたほうが理解が進む部分があることもまた事実ですね。
特にジャズライフ以外では演奏者視点によるまとまった批評というのはあまり多くなかったように思いますので*2、菊地成孔・大谷能生コンビと共に貴重な語り手だと思います。
内容
本書は3つの章に分かれていて、それぞれにおいて60年代、70年代、80年代を俯瞰しています*3。
60年代のもので興味深かったのは、ファンキー・ジャズがJBなどのファンクに比べてあまりファンキーに聞こえないことの説明(ハードバップが一般のイメージよりもインテレクチャルな音楽である)、オーネット・コールマンの特徴がメロディセンスにあるという指摘、新主流派のどこが「主流的」だったのか(後のジャズが参照すべき伝統の範囲と重なり、また自身もコードワークなどの面で後の基準になっている)、などでした。
*
70年代についてはあまり印象に残っていないのですが、フュージョン現象とウィントン・マルサリスの音楽のどちらもが過去をデータベースとして参照し「分析と統合」を行うことによって作られていて、いかにウィントンがジャズの正当な後継者を自認しても、その音楽は「フュージョン的」である、との指摘は面白いです。
こういうポストモダン性については大和田俊之『アメリカ音楽史』でもいわれていましたね。あちらはマイルス・デイビスのモード・ジャズからすでにポストモダン性を見ていましたが。
*
80年代においてはウィントン・マルサリス、キース・ジャレット、キップ・ハンラハン、ジョン・ゾーン、パット・メセニー、復帰後のマイルス・デイビス、が取り上げられています。
ウィントン・マルサリス評は村上春樹の『意味がなければスイングはない』(文藝春秋、2005年)におけるものと軌を一にするものといえるでしょう。いわゆる優等生的な音楽のありかたのつまらなさを批判する感じです。
ジョン・ゾーン評は彼の音楽の面白さについて、ライブの重要性、ゲーム・コンポジション、ユダヤ性などポイントをおさえた紹介がされていて、私自身あまりゾーンの音楽に詳しくなかったので大変参考になりました
パット・メセニー評は彼(を始めとしたコンテンポラリージャズギタリスト達)のカントリー音楽のルーツについてなど、大変頷くところが多かったです。
伝統と発展と批評と
最後に村井の考えるジャズの伝統をふまえた発展と批評との関係について面白いところがあったので引用して締めとさせていただきましょう。
あまりにそのままの「なぞり」はつまらないし、かと言って観念的すぎるアプローチは疲れてしまうが、僕は「伝統の継承」の形態は、なるべく多様であってほしい、と思っている。ここで重要なのは、さまざまなミュージシャンたちが多様な方法で行っている「伝統の発展的継承」を、なるべく幅広く紹介し、聴き手のアクセスが容易にできるようにするための、ジャーナリズムや音楽の送り手側の努力なのだと思う。もちろん、幅広く紹介することは、すべての音楽をただ肯定することではない。アプローチの多様性を基本的には肯定しつつ、個々の作品についてはきちんとした評価を下し、そのことを通じて多様なものがざわめく世界の上に、自分なりのパースペクティヴを描いていくこと。もし批評家という存在になにがしかの意味があるのだとすれば、それはそのことを措いて他にないはずだ。(p. 244)
「個々の作品についてのきちんとした評価」を下すのは(特に客観的な基準を立てることは)容易なことではないと思われますが、逆にそれ故、聴き手それぞれの基準・パースペクティブをしっかり提示していくのが大切という点は同意できるものです。
続いて村井はそれぞれの基準を持つ上で必要になるであろう姿勢について言及します。
そして、もしかしたらミュージシャンの努力以上に「明日のジャズ」のために大切なものは、聴き手の「耳の姿勢」なのだと思う。もちろん聴き手は自分の好きなものだけを好きなように聴く権利を持っているのだし、一種類の「指導的ジャズ雑誌」と数人の「指導的批評家」の意見によって聴き手の嗜好が決定されていく、などという状態(そんな時代がこれからやってくるとも思えないが)は決して歓迎すべきではないだろう。僕がここで言いたいのは、多様な試み、多様なジャンル、多様なタイプの音楽を先入観なく聴いて、そこから自分なりの新たな音楽聴取の喜びを見いだし、そうすることによって以前聴いた音楽にも新しい意味を聴きとる……という「耳の更新」を常に行う聴き手が増えることによって、「明日のジャズ」は生き生きとした豊かなものになるはずだ、ということだ。(pp. 244-5)
テクノロジーや状況の変化によって次々に新しいサウンドが生まれてくる中、「こんなのはジャズじゃない」と簡単に拒否するのではなく(ジャズに限ったことではありませんが)、その音楽自身の面白さを探り、また自分なりの楽しみ方を見つけるオープンな姿勢でいることが、「明日のジャズ」のために必要であろうことは全く同意です。
