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ゴルバチョフ

社会

ゴルバチョフ

ごるばちょふ

ミハイル・セルゲイビッチ・ゴルバチョフ

1931年3月2日生まれ。

最後のソ連共産党書記長、最初で最後のソヴィエト連邦大統領

前任者チェルネンコの死去後、1985(昭和60年)年3月11日、50代の若さで書記長に就任、大胆なグラスノスチ情報公開)とペレストロイカ運動を進める。レイキャビクレーガンと会談し、その後のマルタ会談で半世紀近くにわたった冷戦を終結させる。

本質的には改革者(リフォーマー)であってソ連の解体などは考えておらず、あくまでも連邦維持に拘っていた点に限界を指摘する声もある。ために、バルト三国の独立問題などをめぐって(何度目かの)保守旋回を行って評価を落とした。1991年、その後の保守派による8月クーデターでは軟禁状態に置かれる。クーデターの失敗後は、事実上権力(とカリスマ)を失い、何もできないまま、1991年12月独立国家共同体:CIS成立。エリツィンらの思惑通りに連邦は解体された。

1990年ノーベル平和賞受賞。著書に『ペレストロイカ』など。

旧ソ連を崩壊し生活を悪化させた犯人としてロシア国内での評価を落としていたが、ドイツ滞在中ライサ夫人が急性白血病に倒れ、付きっ切りで妻を懸命に看病する様子が報じられると、ロシア各地から励ましの声が寄せられた。