極左マスコミによるアジテーション

安部晋三官房長官の総裁選立候補により売国マスコミは今、戦々恐々としている。その焦りは並々ならぬものがあるのだろうが、それにしても彼らの反社会的行動は常軌を逸している。


反日帰化人のキャスターや反日在日朝鮮人のプロデューサーが、自身の思想をばら撒くためだけに利用しているTBS番組の偏向振りは、留まるところを知らない。
去年11月に放送された“サンデーモーニング”の捏造報道は記憶に新しい事だろう。この放送で、石原東京都知事の「日韓併合の歴史を100%正当化するつもりはない」との発言を「100%正当化するつもりだ」として字幕を流し、石原東京都知事より告訴と損害賠償請求を起こされた経緯がある。


更には今年6月、“ニュース23”でアメリ共産党のヘンリー・ハイド下院国際関係委員長が小泉首相靖国神社参拝について言及した際、「行くべきではないと強く感じている訳ではない」との発言を「行くべきではないと強く思っている」という日本語字幕で放送した。これらは誤訳どころの話ではなく、明らかに悪質な扇動行為だ。
そして、今回も同様な犯罪を犯した。


TBSがおわび、安倍長官と旧731部隊一緒に放映 asahi.com 

TBSは26日、同社の報道番組「イブニングニュース」が21日の放送で旧日本軍731部隊の映像を扱った特集の一部に安倍官房長官の写真パネルが数秒間映っていたと発表したうえで、「意図的ではないが、おわび申し上げます」とする談話を出した。安倍長官は26日午前の記者会見で「私の政治生命を傷つけようということであれば大変大きな問題だ」と語り、総務省の調査結果を待つ考えを示した。

 TBSは経緯について「部屋の中にあった、別の番組で使用した安倍長官の写真がはられた小道具が映ってしまった」と説明している。総務省は25日夜までに関係者からの指摘を受け、事実関係の確認に着手しており、今後、電波法や放送法で規定する公平性に問題がなかったかTBSに報告を求める方針だ。

 安倍長官は会見で「総務省の調査の結果を待ちたい」としたうえで、「私もビデオを見て、ちょっと驚いた。もし意図的になされたものであるとすると、ちょっと恐ろしい。私もそうした動きに対して戦ってきたが、意図的なものではないと信じたい」と語った。

 TBS広報部のコメント 「ニュース内容とは関係のない写真パネルが映し出されたことについては、決して意図的なものではありませんでした。しかしながら報道の趣旨とは全く無関係な方々にご迷惑をおかけしたことにつきましておわび申し上げます」
朝日新聞 2006年07月26日)


いやはや、TBSの言い訳には飽きれかえる。「意図的ではないがお詫びする。」これでは「ワザとではないから殺人も許して欲しい」と言う事と同じだ。
そもそも何故、731部隊の特集で全く関係の無い安部官房長官の写真と名前を一瞬でも紛れ込ませたのか。どうすれば、間違って紛れ込むものか聞いてみたいものだ。生放送で放送禁止用語や行為が出るのとは訳が違う。TBSの審査基準は、世論を極左化する為であれば、どの様な悪行も捏造も許されるのだろうか。
最も、731部隊も中国や日本のマスコミのお陰で冤罪を着せられているのだが・・・。


最近は、TBSに限らずマスコミの情報操作が激しくなっている。
朝日系列の極左新聞・日経新聞インサイダー取引事件で世間を騒がしているが、7月20日の同事件取調べ同日、それを誤魔化すかのように天皇の手記を世間に公表した。これに対し、産経を除く殆どのマスコミは食いついた。
手帳にはメモ書きも入っていたようだが、本来ばらばらであった事実を何故隠して報道する必要があったのだろうか。“藤尾(文相)の発言”とメモの上文に書かれていたようだが、それを隠して天皇陛下直々の発言として報道する行為は卑劣千万だ。最も、メモ書きにどの程度の信憑性があるのか、文脈があるのか全く謎だが、その様な曖昧な物を何故、敢えて報道する必要があったのか。
極左マスコミは天皇制崩壊を目論見ながらも、天皇極左的な言葉(捏造であったが)は支援する。彼らは、「天皇の御言葉は大切だから、日本国民は従いなさい。」と言っているようだが、何か大きな矛盾をしていないだろうか。極左マスコミは天皇制をいつから支持するようになったのか。天皇がいつから政治や世論誘導に関与できるようになったのか。どうやら、天皇陛下は象徴ではなく絶対君主だったようだ。
さて、このメモ報道が間違いだと気付いたマスコミは一斉に扱いを小さくした。一連の流れはマスコミの幼稚さが分かって滑稽でもあるが、いよいよマスコミの本心と工作が明るみに出たとの事は真剣に考えなければならない。


A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉 asahi.com

東条英機元首相ら14人のA級戦犯靖国神社に合祀(ごうし)されたのは、78年のことである。戦後も8回にわたって靖国神社に参拝していた昭和天皇は、合祀を境に参拝を取りやめた。

 その心境を語った昭和天皇の言葉が、元宮内庁長官の故富田朝彦氏の手で記録されていた。A級戦犯の合祀に不快感を示し、「だから私あれ以来、参拝していない、それが私の心だ」とある。

 昭和天皇靖国神社への参拝をやめたのは、A級戦犯の合祀が原因だったことがはっきりした。

 合祀に踏み切った靖国神社宮司の父親は松平慶民宮内大臣だった。メモには、その名を挙げ、「松平は 平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らず」という言葉がある。

 A級戦犯が合祀されているところに参拝すれば、平和国家として生まれ変わった戦後の歩みを否定することになる。昭和天皇はそう考えたのだろう。

 天皇個人としてという以上に、新憲法に基づく「国民統合の象徴」として、賢明な判断だったと思う。しかも、中国などが合祀を問題にする前の主体的な判断だったことを重く受け止めたい。

 戦前、天皇は陸海軍の統帥者だった。自らの名の下に、多くの兵士を戦場に送った。亡くなった兵士の天皇に対する気持ちは様々だろうが、昭和天皇靖国神社に赴き、戦没者の魂をなぐさめたいと思うのは自然な気持ちだろう。

 しかし、戦争を計画、指導した軍幹部や政治家らを一緒に弔うとなると話は別だ。そう考えていたのではないか。

 メモには「A級が合祀され その上 松岡、白取までもが」と記されている。日独伊三国同盟を推進した松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐イタリア大使への怒りもうかがえる。

 A級戦犯の合祀に対し、昭和天皇がかねて不快感を示していたことは側近らの証言でわかっていた。

 それなのに、昭和天皇靖国参拝をやめたのは合祀が原因ではないとする主張が最近、合祀を支持する立場から相次いでいた。

 75年に三木武夫首相が私人として靖国参拝をしたことを機に、天皇の参拝が公的か私的かが問題になったとして、「天皇の参拝が途絶えたのは、これらが関係しているとみるべきだろう」(昨年8月の産経新聞の社説)という考えだ。

 こうした主張にはもともと無理があったが、今回わかった昭和天皇の発言は、議論に決着をつけるものだ。

 現在の天皇陛下も、靖国神社には足を運んでいない。戦没者に哀悼の意を示そうにも、いまの靖国神社ではそれはかなわない。

 だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している。
朝日新聞 2006年07月21日)


そんな中、極左マスコミは自身の扇動行為を認める記事を載せた。


鎮魂の夏と総裁選と (2006/7/30)東京新聞

■ 「争点にしない」の欺瞞 
ここ数年でいえば、騒ぎにしたのは小泉さん。「信教の自由」とか、「心の問題だ」とか「個人の自由」とか、弁解もいよいよ、聞くに堪えない荒っぽさで、あきれます。
 国の最高責任者がこれでは本当に困るのですが、そんな小泉スタイルを面白がったり、支持してしまう、世間の空気があったのを、認めないわけにもいきません。
 人気取りで妙なナショナリズムをあおった方も悪いが、その術中にはまって拍手した方も悪い。といっても私たち、そこにストップをかけるには、とうとう至らなかった。
 そして、日本と中国や韓国とのどうしようもない関係悪化。アジアだけでなく欧米にも右傾ニッポンへの警戒感が芽生えかねない状況に。ジャーナリズムとしての非力を、厳しく自省している次第です。
 ようやく世論調査で「首相の靖国参拝避けるべし」が間違いなく多数派となっても、小泉さんはその言動からすると、参拝を強行する気のようです。「十五日」は一度も果たしていない“公約”でしたし。
 だいたい取り巻きに、諫(いさ)められる人がいないのです。情けないことに皆さん、言っても聞かないと、さじを投げてしまっている。以前はいましたよね、中曽根康弘首相のときの官房長官後藤田正晴さんとか。
 現官房長官安倍晋三さんは靖国問題を何と言っているか。「一国の指導者がその国のために殉じた人に尊崇の念を表するのは、どこの国でもすることだ」。一般論でのすり替えです。参拝するか、と問われて、するしないを言うつもりはないと、答えにもならない答え。
 ポスト小泉の自民党総裁選へ最強候補と見られている人が、靖国を争点から外そうとしているのです。一方でホットなテーマを、こっちでは触れずにすり抜ける。これを欺瞞(ぎまん)と言わずして、何と言うべきでしょうか。
 さて、あと五十日ほどで結論の出る総裁選の話。外交姿勢で「アンチ小泉」の呼び声高く、世論調査でもそこそこ期待のあった福田康夫さんが土俵にも上がらないものだから、始まる前からしらけ気味です。
 福田さんのおっしゃるには、出れば国論が二分するとか。官房長官当時の懇談会がまとめた無宗教の国立追悼施設造営を「是」とした原則的立場は、一体どこへ行ったのやら。
 「靖国参拝を控える」と、ようやく立候補表明した谷垣禎一さんが言いました。でも、控えた後はどうする。控えておけば靖国問題は自然消滅と、お考えか。語尾不明。
 吉田茂さんの時代の人で最近再評価の著しい白洲次郎さんの言葉を借りれば、大事なのは「プリンシプル(原則)」。政権を目指す人たちにぜひ、かみしめてほしいことです。


『人気取りで妙なナショナリズムをあおった方も悪いが、その術中にはまって拍手した方も悪い。といっても私たち、そこにストップをかけるには、とうとう至らなかった。そして、日本と中国や韓国とのどうしようもない関係悪化。アジアだけでなく欧米にも右傾ニッポンへの警戒感が芽生えかねない状況に。ジャーナリズムとしての非力を、厳しく自省している次第です。』
憶測と希望と捏造と愚痴ばかりの支離滅裂な酷い文章だが、中でも酷いのは上記抜粋の文章だ。
「欧米にも警戒感が芽生えかねない」と現状では欧米において警戒感など全く無いにも拘らず、今後生まれてくるような印象を与える行為も卑劣だが、その次の文章には辟易する。どうやら、首相の靖国神社参拝を阻止するように国民を扇動するとの事のようだ。数々のマスコミによる極左報道を認め、それに靡かない国民を憂えているようだ。少なくとも東京新聞は自身の思想のためには、公平に物事を扱わないとの事が分かるであろうか(ジャーナリストとして致命的な欠陥だが・・・)。


だが、日本は右傾しているわけではない。極左から中道に移りつつあるだけなのだ。日本のマスコミは左翼と右翼がどのようなものなのか、世界を通してもう一度勉強しなおす必要がありそうだ。勿論、私も右翼化は望まない。私が望むのは中道だ。日本は自虐的極左思想から至極真っ当な国になりつつあるだけなのだ。現に欧米は日本世論の正常化に対し文句を言っていない。


それにも拘らず何故、マスコミは阻止しようとするのか。要は、中韓の思想が正しくて日本の中道思想は極右思想だと言いたいのだろう。だが、中韓の思想は間違っている。中韓中華思想という名の覇権主義をもって日本に圧力をかけているだけだ。そんな彼らの思想に染まる必要は全くない。それらに対抗して、彼らに日本の和の思想を分からせる行為が何故、右翼行為なのだろうか。


マスコミよ、目覚めよ。何が正しい思想であるか今こそ気付くべきだ。
マスコミ内に住まう在日朝鮮人よ、帰化人よ。生粋の日本人はあなた方を締め出し祖国へ返そうとは考えない。古来より日本で受け継がれてきた和の思想を理解すれば、過去の渡来人と同じく日本人はあなた方を暖かく受け入れる事だろう。
だが、現状のあなた方は中華思想という名の差別的思想に染まっている。大東亜戦争は中国だけで行われたわけではない。併合は朝鮮とだけ行われたわけではない。何故、中韓だけが日本に対し恫喝しているのか考えて欲しい。何故、中(朝)韓以外の諸国は今も純粋に日本に憧れ続け、アジア開放の星として日本を讃えているのか考えて欲しい。


これは単純な日本の国内問題ではない。和の思想と恨及び中華思想の衝突だ。どちらが明るい未来を創り出すのか。真っ当な考えの持ち主であれば、答えは簡単だ。それを断行する勇気が今の日本に無い様であれば最早、脱亜入欧ならず脱華(支)入世(中華帝国を見放し、世界に目を向ける)しかないのかもしれない。


嘗て日本は、江戸末期では儒者等の親中派により攘夷運動をするように扇動され、戦前では中国に進出した日本企業により中国市場重視の圧力が政治に及び利権保護の名目で泥沼の日中戦争に発展した。
今のマスコミの扇動行為は、それこそ「いつか来た道」ではないだろうか。何度も言うが、和の思想を伝えられないようであれば、中韓とは縁を切るしかない。これ以上の中韓への譲歩は新たな火種を生むだけだ。


日本のマスコミは今、平和を喧伝しながらも戦争への扉を開こうとしている。この先も、中韓による捏造と脅迫を受け入れる行為は何を齎すのか。
物申さない日本に気を良くした中韓は将来、大手を振るって沖縄や対馬を占拠する行為に移る事だろう。その時、窮地に陥った日本はどう出るのか?国民は、これ以上のマスコミによる反社会的反平和的行動を許してはならない。


朝日新聞記者として頑張っていらっしゃる在日コリアン・宋光祐(そうこうすけ)さん


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