Hatena::ブログ(Diary)

ドイツから学ぼう

2017-06-18

(323)時代の終わりに(7)パラダイム転換(2)私のもう一つ別な転換・沖縄から創る世界平和(2)・誇りの復権

パラダイム転換(2)私のもう一つ別な転換



日本の内発的発展論の先駆者である鶴見和子は、途上国貧困を生み出す西欧の近代的発展を批判して、自然環境と調和したエコロジーで自立的な地域主義に基づく、もう一つ別な発展として独自の内的発展論を希求した。
すなわち民衆の貧しさと苦しみをなくすことを目標とした柳田国男の社会変動のパラダイム転換に立ち、南方熊楠曼荼羅思想を通して矛盾対立を共生へと導くことで、平和的普遍化を目指した。
また石牟礼道子の手ほどきで水俣に学び、人類が生き延びるためには(終末戦争や気候変動の環境破壊を危惧して)、人だけでなく鳥や草木に至る大いなる生命体を包摂するアミニズムによる共生を訴えている(注1)。
そのような視点で私自身についても語れば、都会生活から妙高で農的暮らしを選択し、遭遇したゴルフ場開発に反対して地域ボスなどからの叱責や攻撃を体験したことから、鶴見和子の内的発展論にたどり着く以前にもう一つ別な発展選択がなされなくてはならないことを痛感した。
その痛感から私の場合、戦後もう一つ別な(自然環境と調和したエコロジーで自立的な地域主義に基づく)発展を遂げて来たドイツに学ぶことを始めた。
そしてそのドイツ探索で、2001年に知り合ったのが動画のスラーデック御夫妻だった。
当時ご主人のミハエル・スラーデック(放射線医学専門の町医者)は市民電力会社を創設したことから、「電力の反逆者」として既にドイツ中に知れ渡っていた。
そして市民電力会社を運営したのが奥さんのウズラ・スラーデックであり、電力契約の90年の第一回住民投票から97年に自ら市民電力会社設立までの経緯で、電力企業や地域ボスから攻撃を受けたウズラさんのシェーナウ訪問の際の話は、私にとって共感せずにはいられなかった。
さらに驚いたことに、スラーデック御夫妻はチェルノブイリを契機として地域に脱原発運動を起こし、地域を変えて行き、ドイツ脱原発を成し遂げるだけでなく、“核のない世界”という大きな目標を掲げ、世界を変えようと希求していることだった。
そのような希求から、スラーデック御夫妻は巻町の原発住民投票にも関心が強く、翌年2002年の7月に原発推進国日本に脱原発を求め、巻町とシェーナウの姉妹都市設立親書を持って来日した。
しかし当時の日本は原発推進一辺倒で、地元巻町を抱える新潟日報以外は朝日、毎日、東京新聞さえも全く無視し、一部の人を除いて殆ど知られなかった。
また来日の目的の一つであった巻町との姉妹都市構想は、巻町の笹口町長の「町が長年賛成派、反対派で分断されてきたことから、これ以上原発推進派を刺激したくない」という理由で丁重に断られた。
それでもスラーデック御夫妻はめげることなしに、東京から広島まで3週間休みなく“核のない世界”をテーマとする講演を全力でやり遂げ、その殆どを同行した私は唯々頭が下がる思いだった(注3)。
その後私は母の介護から妙高から出られなくなり、2007年母を看取った後ドイツに渡ったが、ミハエル・スラーデックは自動車事故による重症で面会もできず、再会の機会を失いそのままになっていた。
もっとも奥さんのウズラ・スラーデックは、その後も市民電力会社EWSの代表として活躍され、私がベルリンで学んでいた際もZDF円卓討論などに出演して、原発可動期間延長を厳しく批判していた。
そしてミハエルが最近復帰したのを知り、再び世界に向けて「ドイツエネルギー転換を成功させ、世界を変えよう」と上の動画に見るようにメッセージを発進されていることを見て、私自身も大いに勇気づけられている。 
それは私がいかに老いぼれ、たとえ日本、そして世界が終末戦争に向かっているとしても、沖縄からの平和創造、そしてエネルギー転換に少しでも尽力しなくてはならないと思うに至らせている。

沖縄から創る世界平和(2)・誇りの復権



6月3日ETV特集で放映された上の動画『沖縄を叫ぶ』(注4)は、「私にとって芸術とは何かと言えば、人間がここそれぞれの持っている怒りだ」という彫刻家金城実の叫びで始まり、彼は「虐げられた人たちの役にたちたい」と訴える。
金城実は1970のゴザ事件を契機に自らの沖縄の誇りを取り戻し、「瀕死の子を抱く女」「拷問」などの作品を制作し続け、歴史を問い続けている。
そしてラストでは、
「悲しみをのり越える方法のひとつに肝苦りさ(他者の苦しみに自分の内蔵がかき回されるような痛みを覚えること)をくぐってきた者のみが感じ得た“笑い”というものがある。
わが念仏。わが沖縄
人類普遍の文化である“笑い”をたぐっていくと、屈辱の日々をなめつくし肝苦りさをかいくぐってきた者たちが、限りなくにんげんの人間の優しさというやつに近づこうとしてはじかれていく。
くるりと向きを変えた“笑い”が毒気をおびて逆転を狙う。
まさにそのときである。にんげんに誇りが見えてくる」と、彼の心の叫びを吐露する。

そのようなにんげんとしての誇りを私たちも復権させるとき、多数決の暴挙で成立させた集団自衛権から共謀罪に至る戦争法案を葬るだけでなく、沖縄から世界平和を創り出していくことは可能だ。

(注1)動画『鶴見和子 <内発的発展>と<回生>とは何か 』で自ら語られている。
https://www.youtube.com/watch?v=LxL3yGebePI&t=5794s

(注2)私のゴルフ場開発運動やドイツに学ぶアルタナティーフな(もう一つ別な)選択を記した『アルタナティーフな選択』(越書房2000年)参照。

(注3)私が同行したスラーデック御夫妻の日本での講演やエピソードについては、『市民利益追求』(越書房2003年)参照。

(注4)ETV特集『沖縄を叫ぶ〜彫刻家金城実〜』の完全版は下のアドレスで見られる。
http://www.dailymotion.com/video/x5p32vy

2017-06-04

(322)時代の終わりに第6回・パラダイム転換(1)・沖縄から創る世界平和(1)(絶望的な北朝鮮核配備が意味するもの)

パラダイム転換(1)


5月21日に放送されたNHKスペシャル『緊迫北朝鮮 危機の深層』(注1)は衝撃的であり、特に私の記憶に残った映像を上に「私の見た動画22」として載せた。
その動画で見るように固形燃料化によってトンネルなどに隠されたミサイルを10分程で発射でき、既に量産化されており(1000機に達しているという)、音速の20倍(時速2万4000キロ)で撃ち落とすことができない大陸間弾道弾ミサイルICBMも、数年で完成されるというのがアメリカ及びロシア専門家の見解だった。
それは、もし万一アメリカ北朝鮮が戦争を始めれば、韓国と日本は壊滅することを意味する。
そうした危機を回避するためには、ペーリー国務長官が断言していたように、長期的平和外交外交しかない。
それにもかかわらず菅官房長官は日本のミサイル強化を強調し、安倍政権は平和憲法を改正し、普通の軍隊が持てる国に変えようとしている。
軍隊の必要性は、中東などへ原発輸出を含めた経済進出(新重商主義)で、進出起業を守らなくてはならないからである(それは安倍自民党幹事長時代から主張し続けて来たことでもある)。
しかしそのようなやり方は、武器の闇ルートもグローバル化で肥大し続けるなかでは時代錯誤甚だしく、自ら戦争に突き進み、日本を消滅させる以外の何者でもない。
何故なら北朝鮮の核武装配備だけでなく、武器輸出の闇ルートによって世界の紛争国やイスラム国のようなテロ集団が核武装するのも時間の問題であり、世界は人類絶滅という絶望的段階へ踏み込んだからである。
それに対処するためには北朝鮮のように最早手の施しようがなくなる前に、闇ルートを根絶しなくてはならないが、現在の競争原理が最優先される世界ではアメリカ陣営とソ連中国の陣営では大きな温度差があり、利益最優先のグローバル競争が激化するなかでは殆ど不可能に近いからだ。
本質的に解決して行くためには、独裁者から闇ルートなどの不公正が容認される世界を正して行かなくてはならない。
そのような不公正が容認される原因は、経済格差を肥大させ、世界の多くの人たちを貧困に窮乏させているルールなき資本主義自体にある。
それは途上国での開発が実質的に貧困をもたらしてきたように、先進国においてさえ規制撤廃によるボトム競争で大部分の人たちが貧困へと没落して行く事実があるからだ。
それ故現在の絶望的世界を解消して行くには、世界の人々の一人一人が豊かになって行く世界を実現して行かなくてはならない。
そのような視点で世界が力合わせて公正な豊かな世界を築いて行けば、たとえ半世紀ほどの時間を要するとしても、自ずと独裁政権から闇ルートまでが解消されよう。
何故なら、既に世界は自然エネルギーへのエネルギー転換でそれが可能であるからだ。
また半世紀という時間を要するのは、力による不公正な世界(新自由主義、新重商主義であり、新植民地主義とも呼ぶことができよう)格差拡大で独裁政権を生み出し、グローバな闇ルートを通して既に致命的な核拡散を生じていることから、短期的な力による解決では人類を絶滅させかねないからである。
それ故に人類が滅びない道を選択しようとするなら、長期的な平和外交と平行して、富の格差肥大、地域格差肥大、環境破壊肥大を実質的に容認している欲望の世界を、自然エネルギーへのエネルギー転換によって世界の一人一人の豊かさを実質的に実現する理性の世界に変えて行かなくてはならないだろう。
また公正な世界を築くには、第一に全ての機関がガラス張りに開かれることが不可欠であり、国益よりも絶えず人類全体の利益が求められる仕組が必要であろう。
具体的には、そこで働く職員(政治家及び官僚を含めて)が官僚化の逆機能で過ちを犯しやすい視点に立ち、行政訴訟内部告発がすぐさま機能する仕組も必要である。
また貧困な母子家庭のシュレーダー元首相やヴォーヴェライト元ベルリン市長(2001年から2014年まで市長在任)が長期の高等教育を容易に受けれたように、途上国貧困家庭の子供たちも無償教育に加えて、給付奨学金の拡充で容易に高等教育までを受けれる教育の機会均等が不可欠である。
そのように世界を変えていくことが既に私が学生の頃「もう一つの発展(内発的発展)」として唱えられ、自然環境と調和したエコロジーで自立的な地域主義に基づくパラダイム転換が希求されていた。
しかしそのような希求は新自由主義に呑み込まれ、現在のような絶望的状況を生み出していると言えるだろう。
もっとも絶望的状況も、もう一つの別な発展(転換)を復権する時と考えるなら希望でもある。

沖縄から創る世界平和(1)


上の動画(注2)に見るように平和を願う「非武の島」が、アメリカの新重商主義(新植民地主義)の片棒を担う戦線基地として求められていることが、最近の沖縄の民意全く無視のやり方からも明白になって来ている。
グアムにしても沖縄にしても、生活必需品から電化製品までが本土で生産されたものが売られ、基地と観光開発に限って金が注がれる構図は、未だに植民地支配が継続されていると言っても過言ではない。
北朝鮮の核武装配備がなされたことは、沖縄にとって嘉手納戦線基地を抱えていることからも絶望的である。
すなわち万一の攻撃に備えてトンネルなどに隠されている数十機、数百機のミサイルが沖縄から東京に向けられ、10分ほどで発射できるという状況は絶望的である。
しかしペリー国務長官が、「彼らは頭がおかしいわけではありません。ソウル東京アメリカを攻撃すれば自らの国が崩壊することがよくわかっています。その認識が鍵となります」と強調するように、その視点にポジティブに立てば、沖縄は再び「非武の島」として蘇り、沖縄から世界平和を創る事も可能である。
もっとも現実はそれほど甘くなく、逆に日本の軍備強化、新重商主義強化が唱えられるだろう。
しかしペリー国務長官を初めとして、アメリカソ連の軍事専門家は力による解決が不可能と見るように、事実が世界世論に浸透して行けば、絶滅戦争を回避する大きな世界の波が押し寄せ、世界の軍事強化や新重商主義といった時代錯誤的なものを洗い流してくれるだろう。

(注1)動画の完全版は以下のアドレスで見られます。
https://www.youtube.com/watch?v=gh-xxLg6nN0

(注2)2012年8月26日Eテレで放送された『オキナワとガム〜島が問うアジア太平洋の未来〜』
動画完全版は以下のアドレスで見られます。
https://www.youtube.com/watch?v=b8QHiJ4ySMU&t=320s

2017-05-21

(321)時代の終わりに・危機と希望(5)・沖縄からの叫びと希望(5)

危機と希望(5)・絶滅戦争か永遠平和か



前回のヨーロッパでも起きている避難民拒否や急進的極右の台頭を議論を受けて、議論が危機をどう乗り切るかに進行していた時、ドイツロシア教会代表のマティアス・プラツェク(東ドイツでの抵抗運動者、統一後社会民主党の党首)と大衆紙「ビルド」の若い編集局長のユリアン・フェルトと間に、激しい衝突の末にあってはならない誹謗があった。
それはマティアスが世界平和にはロシアの協力が必要であり、シリアでもロシアが保証人になっているから、シリアは壊滅しないで安定を保っているという発言に、ユリアンはアレッポなどのロシア空爆で斬殺された多くの市民を挙げて激しく非難し、「それが政治であるとしても、あなたは利害に口利きしたことになるでしょう」と思わず、言ってはならないことを述べたからである。
これまで極めて穏やかだったマティアスは一転して理性を失い、「そんな発言は許されない!少し控えなさい!それはビルド紙の最も不快なやり方だ。告訴しないとしても・・・」と激昂している。
私見を述べれば、マティアスは1ペニヒ(0.01マルク)さえ懐にいれていないだろうし、(政治家引退後)自ら主張する橋渡しの和解事業に献身していることも事実であろう。
しかし組織に属していることは事実であり、現在では団体及び企業などの組織はすべからず官僚化されており、自らの組織利益追求で利害に関与していることも事実である。
もちろん組織が効率を求めて官僚化するのは当然のことであり、それ自体正確性、客観性などで機能を素晴らしく発揮できることは寧ろ賛美されるものである。
しかしガラス張りに開かれていない官僚化は、従来から形式主義、秘密主義、責任転売、事なかれ主義の逆機能が働き、単に過ちを犯すだけでなく、組織の崩壊に加えて社会に重大な危機に陥れることも確かである。
社会民主党(SPD)は、既にブログで述べたように、2000年のシュレーダー政権での新自由主義改革が国民に激しく批判されたことを受けて、2007年新自由主義を反省するハンブルク綱領を決議した。
しかしその際の党首ベックはその後党首から引きずり下ろされ、党内の紛争が絶えなかった言われているが、その際ドイツメディア鉄のカーテンが引かれたと批判していたが、その際の経緯は明らかにされないだけでなく、現在も党内の対立は党則によって殆ど開かれていない。
しかも見えてきたものは、かつては市民利益(労働者利益)を追求する社会民主党が産業利益(企業者利益)を、巧みな言い回しで優先させていることだ。
すなわち産業側に支配されていると言っても過言ではないだろう。
それは現在の世界の縮図でもあり、EU、そして国連でも開かれない組織は同じであり、世界平和への多大な労苦がなされても、最終的には国益が優先され、これまでのリーダとして世界平和を求めて来たアメリカでさえ、アメリカ第一主義を公然と世界に宣言するまでに変貌してきた。
世界がこのような露骨な国益最優先で力によって押しはかられるとするなら(和解事業もお墨付きに過ぎず)、その先には世界の絶滅戦争である核戦争の勃発も時間の問題であろう。
一方のユリアンは、戦後のドイツの「戦う民主主義」で育まれ、しかも圧力団体は大衆であることから(ドイツで飛躍的に売れている大衆紙であることから)、市民一人一人の利益が最優先されなくてはならないのである。
市民利益を最優先することは、ともすればドイツ以外の殆どの国で見られるように、大衆迎合的ナショナリズムに陥り易いのであるが、ドイツでは最早極右政党AfDの急進も峠を越しているように克服されている。
それはドイツの戦後がナチズム反省に立ち、官僚政府をガラス張りに開き、かつての官僚支配から市民奉仕に革命的に変貌したからである。
そうした中での市民は、かつてのように大衆迎合的に行動することはないといえるだろう。
それゆえに、ユリアンはロシア空爆にアレッポの市民惨殺を激しく抗議するのである。
和解議論よりも先ずは停戦が最優先されるべきであり、世界の指導者たちは身を挺して停戦を実現すべきであったと怒り、マティアスに言ってはならない事まで口に出たように思う。
しかしユリアンの主張には世界の希望が感じられ、現在の試行錯誤を続けながらエネルギー転換を通し人類一人一人の幸せを希求するドイツの理想が垣間見られ、その先には永遠平和さえ見えてくる。

沖縄からの叫びと希望(5)・鉄条網とアメとムチ



この動画は2010年民主党政権下で制作され、基地住民の苦悩がひしひしと伝わって来た。
それから6年以上の年月が経ち、益々基地地域でのアメとムチは露骨に加速肥大している。
2014年の再び辺野古新基地建設を問う名護市長選挙では、石破茂自民党幹事長が総額500億円の「名護振興基金」打ち上げたにもかかわらず、稲嶺市長の圧倒的勝利で、名護市民の辺野古新基地建設反対の民意が示された。
確かにフィルムで語られているように、土木事業は潤うだろうが一過性に過ぎず、それが過ぎれば潤った分だけ苦悩は大きく、最早開発された都市部の人たちはそれを身を持って体験しており、「もう基地はいらない」と民意を示しているのだ。
それに対して安倍政権国民主権憲法違反を犯して、地域住民の合意を全く無視して、今年4月からジュゴンの生息する珊瑚礁の埋め立てを開始している。
そこでは沖縄県の繰り返しなされる裁判所への提訴も、全く機能していない。
何故なら日本の司法は、戦後政府法務省)から完全に独立したドイツとは異なり、戦後も法務省に支配されているからである。
そうした強権を物語るように、5月19日には戦前の治安維持法になし崩しに成りうる共謀罪が強行採決された。
まさにアベノミクスで担ぎ出されたハンメルンの笛吹き男は、国民の望むアメで(本当はデタラメな嘘と巨額な国民負債で)、戦前の美しい軍事国家へ国民を連れて行こうとしているように、私には見える。

2017-05-07

(320)時代の終わりに・危機と希望(4)・沖縄からの叫びと希望(4)

危機と希望(4)ファイクが拡散する本質的原因



今回の円卓討論ではヨーロッパの入国制限の自己正当化から始まり、イスラムテロのフェイク(もう一つ別な事実)ニュースが拡散し、民主主義そして政治が大衆迎合的に進んでいることを、「ビルド」編集局長のユリアン・フェルトから指摘されます。
またトランプとプーチンの協働が議論されますが、イラン問題、シリア問題、そしてポーランドルーマニアなどのロケット防御システムが断念できない理由から、二人が望むとしても協働する可能性が殆どないことが指摘されます。
そうした展開なかで私の心を捉えたのは、「ビルド」編集局長の「民主主義では、事実であるものに対して合意を与えるべきであり、そうすれば事実に基づいて意見を言うことができます」という主張でした。
実際既に世界ではフェイクニュースがグローバルに拡散し、もう一つ別の事実フェイクが市民権さえ持ち始めようとしています。
すなわちフェイクニュースを弁護する側からすれば、“もう一つ別な事実”は真実と異なるものであってもかまわず、大衆の要望を代弁し満たすなら、容認されるべきであり、その自由を奪うことこそ問題であると主張し、それが現在では市民権さえ得ようとしています。
これに対してフランスジャーナリストたちはクロスチェク(30を超える報道企業が参加する団体)を立ち上げ、その日のフェイクニュースと疑われるニュースを取り上げ、検証を始めています。
何故ならそれを放置すれば、「ビルド」編集局長が言うように、社会が大衆迎合的に壊されて行くからに他なりません。
またドイツでは、今年始めフェイクニュースを法律で厳しく取り締まることを決め、報道された4月5日の閣議決定では、SNS(ソシアルネットワーキング)運営会社がフェイクニュースなどに悪用された場合24時間以内の削除が求められ、最大5000万ユーロの罰金が科せられるとしています。
そのような厳しい措置に、新自由主義の世界からは言論弾圧という声が聞かれます。
しかしドイツのように「ホロコーストはなかった」と言うだけで犯罪となる「戦う民主主義」が行渡っている国では、SNS運営会社の責任が問われることは当然と言えるでしょう。
すなわちドイツでは戦後ナチズムの反省から二度と独裁政治を復活させないため、司法政府から完全に独立させ違憲審査権を与え、裁判所は市民のサービス機関であることが求められ、裁判官も核反対運動などに市民参加するほど民主主義が開かれてています。
それは既に私のブログで述べたように、市民が安易に毎年数十万件の行政訴訟を起こすことで官僚を市民奉仕に導き、あらゆる審議会の委員が国民の選挙投票割合で決められるほど開かれているからです。
それゆえ間違った事実の表現の自由は、国民の自由を侵害するものとして厳しく取締まることができ、独裁政権誕生を許さない「戦う民主主義」が機能していると言えるでしょう。
しかし討論でも指摘されているように、一昨年100万人を超えるシリアからの避難民を受入れたドイツは内政危機を招き、事実上の制限によって昨年の避難民を激減させています。
すなわちトルコとの協定でトルコ国境に避難民宿泊施設を設けることで、討論では「避難民を力尽きさせている」と指摘されています。
そのような問題は、ドイツだけの「戦う民主主義」では限界があるのも事実であり、本質的な問題が解消されて行かなくてはなりません。
それはフェイクニュースの世界に拡散する原因が、人々の不満の溢れている現実にあるからです。
具体的には世界の99%が益々貧困へと没落して行く現実です。
すなわち有限な化石燃料を基盤とする産業社会では、それに反して無制限に富の獲得競争が求められ、益々ひと握りの人たちに集中する弱肉強食の生き難い世界になっていくからです。
まさにそれが日本では戦前の軍国主義を美化する政権を誕生させ、アメリカでは利益第一主義を掲げて世界戦争も厭わないトランプ政権を誕生させたと言えるでしょう。
同時にそれは、化石燃料産業社会という時代の終わりを示唆しています。

沖縄からの叫びと希望(4)映画『標的の村』に見る日本の未来(絶望から湧き上がる希望)



この映画が(臨場感を再現した劇場版は91分)訴えるのは、県民の反対意思を無視したオスプレイ基地建設に、地元住民が生存権を奪うものとして道路に座込んで反対を表明するだけで、道路交通違反で逮捕される事実である。
それは、戦争に反対するだけで逮捕される強権国家の未来でもある。

しかも監督の三上智恵さんは琉球朝日放送のアナウンサーでもあり、民主主義国家日本の恐るべき事実が全国の報道では殆ど黙殺される事実に言及し、動画「黙殺された抵抗」で自ら制作した気持ちを吐露している。
三上さんは、(国家が露骨なSLPP裁判非暴力の抵抗もなぎ倒していくなかでは)その抵抗を歴史に留めて置くだけで、抵抗に前向きな気持ちはないと、絶望的に自らの思いを述べられている。
しかしそうした一筋の希望さえ見えない絶望を感じている人が、この映画を制作したことに希望を感じないではいられない。

2017-04-23

(319)時代の終わりに・危機と希望(3)・沖縄からの叫びと希望(3)

危機と希望(3)・汚職と不正が生み出す独裁政権




今回の討論で議論されたアメリカの伝統ある雑誌アトランティクは、逸速くアメリカ独裁政治を警告し、デーヴィド・フラム(著名な編集者でジョージ・W・ブシュのスピーチライター)の論じる「トランプの独裁政治を建設する方法」を載せています(注1)。
そこでは、「議会が静観し、大衆が注視しないなら、トランプはアメリカを反自由主義への道へと降らせ、制度的破壊と特有の融合へと導く」と述べています。
それを受けてドイツシュピーゲル誌も「民主主義が崩壊する時(威嚇的大統領トランプとメディアについて)」のタイトルで、「民主主義が崩壊する時、たぐいまれに早く、具体化される瞬間を回顧すれば、大抵は選挙であった。トルコエルドアンロシアプーチンハンガリーのオルバーン、がどのように選ばれ、アメリカがトランプへの明白な分別をどのように下したか? 政治的議論が大衆扇動に転換するとき、その大衆扇動は民主主義プロセスを通して権力を持ち、民主主義独裁政治によって置き換わり得る。そして他のすべての事も、多くのメディアが自ら夢想し、脅迫的に各々の警戒を述べるにもかかわらず独裁政治を徐々に生じて行く」とクラウス・ブリンクヴォイマーの論説を載せていました(注2)。
そこでは、アトランティク誌のフラムが「独裁政治は力に生み出されのではなく、長期的な汚職と不正の退廃的プロセスで生み出される」と指摘していると強調していました。
それゆえ今回の議論では、トランプを力によって引きずり下ろすのではなく、議会と大衆が注視することで弾劾裁判や議会25条項を通してトランプの独裁政治への道を阻止する方向で議論されたように思います。
しかし益々世界がシリア、そして北朝鮮で再び世界大戦の勃発する危機が高まっているように思われます。

(注1)2017年1月30日のアトランティク・コムの「トランプの独裁政治を建設する方法」の報道。
https://www.theatlantic.com/press-releases/archive/2017/01/how-to-build-an-autocracy-the-atlantics-march-cover-story-online-now/515115/
実際のアトランティク誌の「トランプの独裁政治を建設する方法」は以下のアドレスで読むことが出来ます。
https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2017/03/how-to-build-an-autocracy/513872/

(注2)2017年2月7日のシュピーゲルオンライン
http://www.spiegel.de/politik/ausland/donald-trump-und-die-usa-wenn-demokratien-kippen-kommentar-a-1133439.html


沖縄からの叫びと希望(3)・「なぜペンを取るか」の悲壮な叫び




このフィルムで「なぜペンを取るか」を語る琉球新報政治部長松永勝利さんは、「結局沖縄の新聞社というのは・・・その取材を先輩から学ぶんじゃないですよ。沖縄戦で辛い思いをした人から学ぶんですよ」と述べる時、堪える涙がひとりでに溢れ出ていた。
ひめゆりの塔」歴史記念館で生存者の多くの悲壮な沖縄戦の叫びを聞いた私自身も、それを共感せずにはいられない。
そうした沖縄の一貫した篤い思いが、最近の東京新聞、朝日新聞毎日新聞に、再び戦争への道を歩もうとする政府批判を蘇らせている。
しかし日本では戦後も政府の法支配が、ドイツのように市民奉仕へと見直されることなく継続され、公共放送NHKも政府を代弁する国営放送化されようとしている。
具体的には安倍政権誕生で、NHKは平和希求の琉球新報を激しく攻撃する作家百田尚樹など安倍支援を鮮明にする4人の理事を迎え(既に籾井勝人会長同様退任しているが)、再び戦争への道を容認するだけでなく、かつての大本営政府のスポークスマンを演じる瀬戸際に立っていると言っても過言ではない。

尚オリジナルな動画「なぜペンを取るか〜沖縄の新聞記者たち」は、下のアドレスで見られるます。
https://www.youtube.com/watch?v=c_E_UaItQRM&t=707s