Hatena::ブログ(Diary)

ドイツから学ぼう

2017-08-13

(327)時代の終わりに(11) 直近のドイツニュースに見る予兆(3ドイツ自動車産業不正・ベネズエラ独裁・)・沖縄からの叫びと希望(11沖縄は我が念仏)



何故ドイツ自動車産業を厳しく正すのか?

ドイツ報道メディアドイツの誇る自動車産業の名声を、事実上はカルテル疑惑の段階にも関わらず(企業は慣習的会合と主張している)、このZDF子供ニュースに見るように厳しく問い正している(最初にカルテル疑惑をスクープしたのはシュピーゲルであるが、ドイツの報道メディアは一斉に問い正している)。
ドイツ自動車産業の不正は2015年に明るみに出たフォルクス・ワーゲンの排気ガス不正に発しているが、その後既に1990年代から不正が慣習化されていたことが明らかになってきたからである。
そこでは、人に害を及ぼす窒素酸化物を含む排ガス減少する装置(尿素水タンク)を共同で偽装しており、絶対在ってはならないことが企業ぐるみで慣習化されていたからだ。
そのような絶対に在ってはならないことが慣習化される背景は、グローバル競争の激化で利益が最優先されるからに他ならない。
しかもそうした利益最優先は報道メディアにとって身近な問題であり、産業全体に不利益な報道に対しては、絶えず巨大な圧力がかかり、自由で公正な報道が脅かされている現実がある。
それ故昨年のパナマ文章でも、最初にスクープした南ドイツ新聞はそれを恐れて、時間をかけて世界の報道機関と連帯して一斉に問い正している。
それを一斉に問い正さなくては、益々自由で公正な報道が脅かされ、過去の過ちを繰り返すことにもならないからだ。

ベネズエラの独裁

前回載せたトルコポーランドの独裁は新自由主義(新重商主義、あるいは新植民地主義)の激化で右によるものであったが、ベネズエラの場合は左による独裁である。
21世紀初めのチャベス革命は、埋蔵量世界1の石油資源を国有化でその富を国民に配分し、教育や医療を無償化するだけでなく、食料などの生活必需品補助によって安くすることで殆どの国民を一時的に潤わしたことは確かである。
従ってチャベス反対勢力がクーデターを起こした際も、殆どの国民が立上がって数日でチャベスを復活させており、そのドキュメンタリー映像を見ると感動的である(注1)。
しかし富の蓄積する社会で富を平等に力によって配分することは、配分する組織(官僚、公務員)の腐敗で秘密警察による独裁国家へと変身させて行くことが常であった。
ベネズエラも例外ではなく(注2)、石油価格下落を通して民主的社会主義では制御不可能になり、民主的に選ばれた議会を掌握する(野党連合)政治家たちを罷免状態に追い込み、今回の制憲議会選挙で独裁化へ踏み切ったと言えよう(野党連合は今回制憲議会選挙を違法と唱えボイコットしたが、12月の23州の地方選挙では対決姿勢を鮮明にしているが、大勝利したとしても前途多難である)。
東ドイツというシュタージ独裁国家を体験したドイツの子供ニュースは、それゆえ闘いは益々悪化し、暴力化していくと悲観的に結んでいる。
もっともそれは公正な世界の将来を、子供たちに託する願望でもある。
この他私の心に残る直近ニュースは『パレスチナ問題』や『子供たち独りの避難』であるが、余りにも問題が大き過ぎて今回は載せるだけにしておくが、事態は益々悪化しており、北朝鮮の大陸間弾道ミサイルの広島上空ルート予告の脅威同様に、終末を迎えたと称される資本主義世界が制御不可能になりつつあることを認めざるを得ない。

沖縄からの叫びと希望(11沖縄は我が念仏)



私の見た動画25『沖縄は叫ぶ』で紹介した彫刻家金城実は、8月5日のEテレ『沖縄は我が念仏』で再度描かれ、彼の誇る「我が念仏」を自ら語っていた。
「悲劇を語るよりも、人間の誇りを拝みたい」という彼の言葉は、彼の反抗への浄土であり、生きている限り反抗を誓う誇りに聞こえた。
実際そうあるために、私より一桁上にもかかわらず、日々古びた重いズック履き、砂の入ったリュックを担ぎ精進しており、ラストでの彼の力漲る舞はそれを物語っていた。

今回のブログを閉じるにあたって今の思いを書けば、人類は重い重い技術発展の歴史を犯して、ようやく人類は富の蓄積を必要としない社会を創り出す入口にたどり着いた。
すなわち太陽から地球に降り注ぐエネルギーは、世界で消費するエネルギーの何千倍、何万倍という途方もない巨大なエネルギーであり、人類は太陽光、風力、バイオを通して太陽からのエネルギーだけで賄うことは可能であり、世界が一丸となって取り組めば少なくとも21世紀末までには実現する。
何故なら1基1万キロワットの風力発電基建設で少なくとも1万人の消費電力を賄うことが可能であり、私が21世紀初めに訪れた北ドイツの貧しい農村では村の消費電力の7倍を超える電力を製造する村が続出している。
しかも風の吹かない時は電解による貯蔵水素の燃焼で発電する技術も、経済的に見合う実証例で完成されているからだ。
風力発電基の耐用年数は一般的に20年と言われているが(太陽光25年)、ドイツのように検査義務を課することで、古くなった部品を交換して行けば原発の40年を超える使用も可能である。
しかも万一事故が起きたとしても、ドイツ風力発電農場は民家から1キロ近く離れており、牛が放牧され、人が通常近づくことがないことから、自動車に乗るよりも格段に安全である。
確かに太陽光発電にしても、風力発電にしても、世界全体を賄う装置を製造するには莫大なエネルギーを必要とすることも事実である。
しかし一旦装置が世界に出来上がれば、欲張らない暮らし、地球生物を含めて環境に優しい暮らしを求めて行けば、富の蓄積を必要としない平和で豊かな暮らしも可能である。

(注1)アイルランドジャーナリストによるドキュメンタリー(2003年NHK・BS1放映「チャベス政権〜クーデタの裏側」)
https://www.youtube.com/watch?v=aZXAzhm2zJ8&t=288s

(注2)ドイツでは右寄りと称されるヴェルト紙から左寄りと称される南ドイツ新聞まで、ベネズエラの腐敗を詳しく指摘し、厳しく批判している。
https://www.welt.de/finanzen/article163416308/Der-Welt-droht-der-groesste-Staatsbankrott-aller-Zeiten.html
http://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/wirtschaftskrise-venezuela-ein-land-vor-dem-zusammenbruch-1.3485312
またNewsweek(日本語)もわかりやすく腐敗を指摘している。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/05/post-5123_1.php











2017-07-30

(326)時代の終わりに(10) 直近のドイツニュースに見る予兆(2・トルコ独裁に見る共謀罪)・沖縄からの叫びと希望(10・代弁する劉暁波の願い)

直近のドイツニュースに見る予兆(2・トルコ独裁に見る共謀罪



ドイツ子供ニュース(ZDF logo!)が、7月10日から7月24日までの僅か2週間で4回も、「トルコ独裁」ニュースを取り上げていることは注目すべきことである。
もちろん注目すべき出来事が生じたからであり、トルコでは昨年7月15日の軍のクーデター未遂後、それを利用してエルドアン大統領が権力を強化し、政府に異を唱える教師、裁判官ジャーナリストの職を剥奪しただけでなく、政府を批判する人たちをテロリスト容疑で逮捕し、投獄するという独裁が急速に進行している。
それは、この6月に十分な審議なしに数の力で採決された「共謀罪」法が、戦前のように治安維持法として利用され得る恐ろしさをまざまざと見せつけるものである。
ドイツ子供ニュースが必死に子供や若者に訴えるのは、二度とナチズムのような独裁国家を起こしてはならないという責務からであり、ドイツ周辺の国々だけでなく、アメリカにさえトランプに見るように独裁国家への気運が高まっているからでもある。
それ故7月20日に放映された「ポーランド独裁の司法支配」でも、司法支配によって独裁への道が昨年から急速に進行していることを訴えている。
もっともドイツにおいても、グローバルな経済支配が進行するなかで、完全な報道の自由があるわけではない。
天安門事件で民主化運動の指導者として世界に轟かし、2008年12月に出した「〇八憲章」で共産党一党独裁体制の廃止など民主化を訴えて拘束されていたノーベル平和賞受賞者劉暁波が7月13日に死去したが、ドイツの子供ニュースでは取り上げなかった。
13日の一般向けのZDF今日のニュースでは、下に載せたようにノーベル平和賞受賞者劉暁波の死去を報道しているが、日本の公共放送NHKの報道と比較しても見劣りするものであった。
私がベルリンで暮らしていた2008年頃、公共放送ZDFの中国批判は激しく、当時起きたチベット騒乱に人権侵害として連日のように報道し、1951年の中国のラサ占拠の映像を通して中国の侵略を問うまでに、ゲレヒティヒカイト(公正)を求めるものであった(2007年にダライ・ラマと公式会見したメルケルは、その後彼を信奉すると伝えられ、逸速く北京オリンピックボイコット宣言を出すほどエスカレートしていた)。
しかし中国からのZDF及びドイツ政府への抗議も激化し、さらには中国への輸出で莫大な利益を得ている自動車産業の圧力もあり、中国に対してドイツ政府が「対立よりも対話」政策を採らざるを得なかったように、ドイツの報道機関も自制に追い込まれて行った。
「戦う民主主義」を掲げるドイツの報道機関にもそのような事情があり、日本でポーランドトルコの独裁が殆ど報道されないのも、それなりに事情があることは確かである。
しかしそのような事情が、報道自由による公正さの追求を制限し、世界を独裁へと導いていることも確かである。
もっともドイツでは、報道の自由を自制に追い込む経済圧力に対して、ドイツの最も誇りにする自動車産業の5大巨大企業、メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン、ポルシェ、アウディー、BMWのカルテル不正(7月25日)、ジーゼル排気ガス不正(7月28日)を子供ニュースでも最初に掲げて、公正を訴えており(次回転載)、たとえ自制機能を余儀なくされているとしても、ドイツ報道には「戦う民主主義」が感じられる。













沖縄からの叫びと希望(10・代弁する劉暁波の願い)



上の動画に聞く劉暁波の願いは、沖縄の叫びと願いを代弁している。
最後の言葉を書き出せば、
「・・・、私は望んでいる。私の国が表現の自由のある場所となり、ひとりひとり国民の発言が等しく扱われることを。そして、異なる価値観、思想、信仰、そして、政治的な考え方が共存できるようになることを。 私は望んでいる。多数意見と少数意見がともに等しく扱われることを。とりわけ、権力者と違う考え方であっても、十分に尊重され、守られることを。私は望んでいる。この国で、あらゆる政治的な意見が公に語られ、国民が選択できるようになることを。すべての国民が全く恐れることなく、みずからの意見を表明することを。そして、当局側と異なる意見だったとしても、政治的迫害を受けないことを。私は望んでいる。私が、中国で、文章を理由に、刑務所に入る最後の被害者となることを。そして、今後、言論を理由に罪とされる人がいなくなることを。表現の自由は、人権の基礎であり、人間性の根源であり、真理の母である。言論の自由を封殺することは、人権を踏みにじり、人間性を窒息させ、真理を抑圧することである。 憲法に与えらえれている言論の自由という権利を行使し、1人の中国国民として社会の責任をまっとうするにあたり、私のいっさいの行為は罪にあたらない。たとえこのために非難されようともうらみはない」
まさに劉暁波の願いは、沖縄の民意を尊重する沖縄県民の願いでもある。
沖縄県民にとって、日本の民主主義は上辺だけで独裁に近いものである。
ポーランド独裁の司法支配」に見るように、日本の民主主義ヨーロッパの基準から見れば独裁に近いことは明白である。
何故なら最高裁判所裁判官政府によって決められ、裁判官自体も法務省に人事権を通して管理されているなかでは、民主主義の根幹である司法の独立など全くないと言えるからだ。
それでも、繰り返し国と法廷で争うことには意義がある。
名護市辺野古の新基地建設を巡って沖縄県が、岩礁破砕許可の期限が切れたにもかかわらず、政府が新たな許可を得ることなく工事を進めていく暴挙に対する戦いは、五度目の県と国との法廷での異常な戦いであり、その過程で民意を尊重しない政府の独裁を世界に訴えていくことは、劉暁波の戦いでもある。

2017-07-16

(325)時代の終わりに(9) 直近のドイツニュースに見る予兆(1)・沖縄からの叫びと希望(9)

直近のドイツニュースに見る予兆(1)

前回述べたように琉球新報の新垣毅が講演で、公正な報道はドイツだけだと明言するように、私自身もドイツの報道は時の政府に迎合することなく、絶えず公正さを追求していると確信している。
既になぜ現在が「時代の終わり」なのか十分述べて来たこともあり、公正さを追求するドイツの報道に、その予兆を感じてもらいたい思いで、転載を始めることにした(ここでは、主にわかりやすく解説している公共放送ZDF子供ニュースlogo!の直近のニュースから字幕を付けて転載する)。

グーグルへの巨額な罰金(6月27日logo!)



6月27日EU委員会はグーグルがEU競争法(独占禁止法)に反して、消費者を検索エンジンで検索最上位のグーグル系列企業に誘導することで他の企業より有利に導いた理由から、24億2000万ユーロ(約3000億円)の罰金を命じた。
グーグルはこの決定を不服としてEU司法裁判所に上訴の意思を示しているが、グーグルヨーロッパでの検索エンジン支配率は9割を超えており、今回の命令も12億という膨大なグーグル検索分析結果を踏まえていることから、EU市民、さらには世界市民が納得できる公正さへ変えて行かなくてはならないだろう。
問題は公共性が求められる分野に私企業が進出して、世界の大部分の人が利用しているにもかかわらず、私企業のルールで検索結果を提供していることにある。
今回のEU委員会の罰金命令の背景には、損害を被っているヨーロッパ企業の圧力が感じられるのも事実であるが、本当に問われなくてならないのは検索エンジンの持つ未来への責任である。
グーグル検索エンジンが世界の至るところで利用されており、それは経済的だけでなく思想に対する影響は絶大であり、単に私企業の中立ルールだけでは済まず、ルールの公開性と未来への責任が問われなくてはならないだろう。
すなわち現在の世界は富がひと握りの巨大資本支配に向かっており、検索エンジンも必然的に順応し、新重商主義(現代の植民地主義とも言われている)を推進し、再び世界は戦争へと向かっているからだ。
しかも抑止を求める核保有が肥大し、世界に核兵器が有り余っていることから、一旦スイッチが押されれば世界の破滅も絵空事ではない。

原発廃棄物問題の追求(7月3日logo!)



このニュースも負の側面を先送りし、利益だけを追求して発展してきた現在の産業社会を象徴している。
戦後ナチズムの反省からあらゆる分野で公正さを追求する仕組みを構築したドイツでは、原発神話(安全、安い、クリーン)を崩壊させ、2021年までに脱原発が実現するが、それに伴い原発廃棄物の安全保管が屡報道されている。
今回のニュースは、4大電力企業が原発解体と原発廃棄物をガラス容器に密閉して処分場に運び、安全保管料として国に240億ユーロ(約3兆円)を支払う協定を伝えている。
しかしこの子供ニュースでは、(10万年という)長期間の安全保管費用として余りにも安いのではないかと訴えている。

歓喜の到来を表現するG20サミットデモ(7月6日logo!)



このニュースではハンブルグでデモする人たちについて、彼らはG20に集う政治家たちは富める企業や銀行のために仕えており、貧しい人たちや報われない市民に仕える政治に変えて行くことを望む人たちだと述べている。
そのデモも二つに分かれ、一部の暴力によって変える事を望む過激な人たちと、(非暴力で)平和的に変えて行くことを望む大部分の人たちだと解説している。
平和的に変えて行くことを望む人たちのデモは、踊るデモから演ずるデモまで多様であり、変化への歓喜を演ずる全身泥姿のデモを紹介している。
まさに全身泥姿の人たちが足を引きずりながら強いられるように行進するさまは、若い女性が感想を述べるように、「倒れても、誰も助けない社会」であり、現代の新自由主義社会を象徴している。
そして「全ての人が参加するなら・・・」のナレーションで、歓喜が沸き上がる。
それは、公正で平和な分かち合える世界、新しい時代の始まりに思える。

G20終了後の湧き上がる希望(7月9日logo!)



ハンブルグ繁華街の砦地区(Schauzenviertel)が騒乱で痛々しく破壊されたにも関わらず、5万人を超える市民が世界の公正と平和を実現する政治を求めて大通りを非暴力でデモする映像を見る時、失われていた希望が湧き上がって来る。


沖縄からの叫びと希望(9)・世界に向けた公正さと平和の追求



2012年4月に放映されたこの動画は(注1)、沖縄の基地返還と正義の遂行をオバマ、そして世界に訴えている。
この頃は2009年に鳩山民主党政権が誕生し、失望と落胆の連続とは言え、沖縄基地の県外移設だけでなく、日本の戦後民主主義への期待があった。
しかし2012年12月に安倍自民党政権が誕生し、一直線に戦前の海外進出のための軍事国家へと舵が取られるなかで、日本の戦後の民主主義は幻想であったことが見えて来た。
事実鳩山政権普天間基地県外移設公約では、官僚支配を露骨に露呈し、外務省ヒラリー・クリントン国務長官からの呼出要請という虚偽報道をし(2015年7月16日の琉球新報が虚偽性を検証)、防衛省は極秘内部文書捏造で徳之島移設を断念させている(2016年2月23日朝日新聞が極秘内部文書掲載)。
そして今、選挙での沖縄の民意を全く無視し、辺野古新基地建設護岸工事や東村高江ヘリパット運用強行の暴挙を、世界に訴えることは最善の力と成り得るだろう。
何故なら公正さと平和を求める沖縄の訴えは、ハンブルクG20サミットで見るように世界市民の願いであるからだ。
その訴えは必ずや世界に拡がり、日本全土にもこだまし、日本もドイツのように官僚支配から官僚奉仕へと転換させ、公正さと平和を追求する社会を創り出す原動力となろう。


(注1)オリジナルな動画『Why Okinawa Japanese sub-titles.mov 』
https://www.youtube.com/watch?v=duMplm1ZaGg

2017-07-03

(324)時代の終わりに(8)パラダイム転換3(シェーナウの電力セミナー)・沖縄から創る世界平和3(沖縄から訴える国民ファースト)

パラダイム転換3(シェーナウの電力セミナー)



私が上の動画を見て驚いたのは、2002年スラーデック御夫妻が“核のない世界”を掲げて来日した時、高校を卒業したばかりの息子セバスチャンがカメラなどの記録係として同行していたが、そのセバスチャンが今やシェーナウ電力会社代表となり、世界の脱原発及びエネルギー転換を訴えていたからである。
何故なら私の印象に残っているのは、柏崎原発資料館での見学の際「お父さんは、来る日も来る日も脱原発で、僕の思いなど・・」と泣きながら拒んだセバスチャンであったからだ。
もっとも連日の強行スケジュールで、東京での連日の講演の後一日の休みもなく巻町に前日に着くと、すぐさま午後から講演交流会、そして夜は巻町の人たちと歓迎懇談会に明け暮れ、翌日のスケジュールは巻原発予定地見学だけであったが、熱心な誘いから岸壁にそそりたつ予定地を見学した後すぐさま柏崎へ直行し、原発資料館見学、さらには刈羽村原発反対の住民との懇談会という凄まじいものであったからだ。
そのセバスチャンが代表となり、この動画の終わりで「私は、すべて人がはっきりと目を開けて行けば、ジレンマを克服し、大いなる目標を最終的に実現できると確信します」と誓う姿に、喜びとエネルギー転換の新しい世界の到来を期待せずにはいられない。
もちろんその到来はこのセミナーからも見えてくるように、2014年EEG法改正でブレーキがかかったからである。
すなわち市民の造る再生可能エネルギーの固定買取制度を終わらせて行き、風力発電建設なども競争入札へと移行し、市民の創る再生可能エネルギー組合も経営が難しくなるように、政府が巨大電力企業の圧力で方針を転換させたからだ。
しかもドイツの4大電力企業は、この年従来の化石燃料エネルギーから風力や太陽光再生可能エネルギーへの転換指針を表明し、一転してこれまでエネルギー転換を妨害してきた側から、推進側に変わったかのように見える。
しかし実際はEEG改正でエネルギー転換のスピードを弱め、石炭火力発電所や原発も可能な限り長く継続させるというソフトランディングな従来通のしたたかな巨大資本戦略が見えてくる。
もちろんその間再生可能エネルギーに巨額な投資をして行き、エネルギー転換の終着点でも巨大企業支配は変わらないのである。
そのような巨大資本のしたたかな戦略をドイツの意ある市民は見抜き、あくまでもエネルギー転換は市民が創るエネルギー転換でなくてはならないと、シェーナウの電力セミナーに集っているのである。
そうした中で2016年のシェーナウ電力セミナーには、私の信奉するエネルギー専門学者ウべ・レプリヒ教授が講演し、「現在政治による多少の後戻りがあるとしても、(市民への)システム転換は必至だ」と講演している。
すなわちシステム転換とは、彼のこれまでの主張からすれば、絶えず敗者と勝者を生み出すことによって発展してきたグロバル集中型大量生産の化石燃料エネルギー巨大資本から、市民が創りだすローカル分散型適正生産の自然エネルギーの市民資本へのシステム転換であるという本質が浮かび上がって来る。
それこそがドイツ市民、そして私が希求するエネルギー転換に他ならない。

沖縄から創る世界平和3(今何を訴えるのか)



この動画は新垣毅「沖縄はなぜ、いま自己決定権を主張するのか―アジアの平和を担う架け橋をめざして」のタイトルで今年4月に開催された緊急学習会であり(注1)、今沖縄基地問題で何を訴えているのか伝えている。
ブログ316で述べたように辺野古座り込みをした際、既に新垣さんの著作『沖縄の自己決定権』を読み、全面的に賛同していた。
この動画ではオリジナルな動画が2時間近いので、特に私の心に響いた訴えを抜粋した。
沖縄で既に起きているのは、平和を求める人たちをテロリスト呼ばわりするだけでなく拘留もなされており、新垣さんの訴えから再び戦争に向けて歩み始めたことが認識されるだろう。
現在の日本の報道は、一つ一つの事象に対して中立的で賛成、反対の意見を載せるだけで完結しており、公正な報道がなされていないと訴え、公正な報道がなされているのはドイツだけであると述べている。
それについては具体的に述べていないので補足すれば、2015年5月の集団自衛権政府決議の際ドイツ各紙は日本が戦争に再び歩み始めたことを公正に伝えている(ブログ248参照)。
何故ドイツだけが公正な報道ができるかは、ドイツナチズムを犯したことを真摯に反省し、二度と過ちを犯さないように、日本の手本とした官僚制度を180度転換し、国家主権の官僚支配から国民主権の官僚奉仕へ転換できるようにシステムを変えたからである。
すなわち戦前のドイツの官僚制は無謬神話を通して官僚の責任が問われない仕組みを張りめぐらし、国益と組織利益最優先で必然的にナチズムを生み出したと言っても過言ではない(特に行詰った際は民主主義政府よりも独裁支配政府が機能するから)。
そのためドイツの戦後は、既にブログ298で述べたように司法政府法務省から完全に独立させ、徹底して責任が問われるガラス張りの仕組みを創り出し、国家主権の官僚支配から国民主権の官僚奉仕に転換させたと言えよう。
そして新垣さんが訴える沖縄問題の原因は憲法にある国民主権が蔑ろにされ国家主権が戦前のように暴走し始めたからであり、国民主権を実現できれば沖縄の民意尊重、沖縄の自己決定権も実現可能であり、それゆえに本土に向けて国民主権を訴えるのである。
その訴えが聞こえたのか、昨日7月2日の都議会選挙では都民ファーストが大勝利した。
まさにそれは国政において「見える化」の国民ファーストを予兆するものであり、そのような政権誕生は現在の戦争に向けられた日本の進路を180度転換し、沖縄から世界平和を創り出すものだと期待したい。

(注1)私の見た完全版動画
https://www.youtube.com/watch?v=AFzyNT5xZ50&t=4417s

2017-06-18

(323)時代の終わりに(7)パラダイム転換(2)私のもう一つ別な転換・沖縄から創る世界平和(2)・誇りの復権

パラダイム転換(2)私のもう一つ別な転換



日本の内発的発展論の先駆者である鶴見和子は、途上国貧困を生み出す西欧の近代的発展を批判して、自然環境と調和したエコロジーで自立的な地域主義に基づく、もう一つ別な発展として独自の内的発展論を希求した。
すなわち民衆の貧しさと苦しみをなくすことを目標とした柳田国男の社会変動のパラダイム転換に立ち、南方熊楠曼荼羅思想を通して矛盾対立を共生へと導くことで、平和的普遍化を目指した。
また石牟礼道子の手ほどきで水俣に学び、人類が生き延びるためには(終末戦争や気候変動の環境破壊を危惧して)、人だけでなく鳥や草木に至る大いなる生命体を包摂するアミニズムによる共生を訴えている(注1)。
そのような視点で私自身についても語れば、都会生活から妙高で農的暮らしを選択し、遭遇したゴルフ場開発に反対して地域ボスなどからの叱責や攻撃を体験したことから、鶴見和子の内的発展論にたどり着く以前にもう一つ別な発展選択がなされなくてはならないことを痛感した。
その痛感から私の場合、戦後もう一つ別な(自然環境と調和したエコロジーで自立的な地域主義に基づく)発展を遂げて来たドイツに学ぶことを始めた。
そしてそのドイツ探索で、2001年に知り合ったのが動画のスラーデック御夫妻だった。
当時ご主人のミハエル・スラーデック(放射線医学専門の町医者)は市民電力会社を創設したことから、「電力の反逆者」として既にドイツ中に知れ渡っていた。
そして市民電力会社を運営したのが奥さんのウズラ・スラーデックであり、電力契約の90年の第一回住民投票から97年に自ら市民電力会社設立までの経緯で、電力企業や地域ボスから攻撃を受けたウズラさんのシェーナウ訪問の際の話は、私にとって共感せずにはいられなかった。
さらに驚いたことに、スラーデック御夫妻はチェルノブイリを契機として地域に脱原発運動を起こし、地域を変えて行き、ドイツ脱原発を成し遂げるだけでなく、“核のない世界”という大きな目標を掲げ、世界を変えようと希求していることだった。
そのような希求から、スラーデック御夫妻は巻町の原発住民投票にも関心が強く、翌年2002年の7月に原発推進国日本に脱原発を求め、巻町とシェーナウの姉妹都市設立親書を持って来日した。
しかし当時の日本は原発推進一辺倒で、地元巻町を抱える新潟日報以外は朝日、毎日、東京新聞さえも全く無視し、一部の人を除いて殆ど知られなかった。
また来日の目的の一つであった巻町との姉妹都市構想は、巻町の笹口町長の「町が長年賛成派、反対派で分断されてきたことから、これ以上原発推進派を刺激したくない」という理由で丁重に断られた。
それでもスラーデック御夫妻はめげることなしに、東京から広島まで3週間休みなく“核のない世界”をテーマとする講演を全力でやり遂げ、その殆どを同行した私は唯々頭が下がる思いだった(注3)。
その後私は母の介護から妙高から出られなくなり、2007年母を看取った後ドイツに渡ったが、ミハエル・スラーデックは自動車事故による重症で面会もできず、再会の機会を失いそのままになっていた。
もっとも奥さんのウズラ・スラーデックは、その後も市民電力会社EWSの代表として活躍され、私がベルリンで学んでいた際もZDF円卓討論などに出演して、原発可動期間延長を厳しく批判していた。
そしてミハエルが最近復帰したのを知り、再び世界に向けて「ドイツエネルギー転換を成功させ、世界を変えよう」と上の動画に見るようにメッセージを発進されていることを見て、私自身も大いに勇気づけられている。 
それは私がいかに老いぼれ、たとえ日本、そして世界が終末戦争に向かっているとしても、沖縄からの平和創造、そしてエネルギー転換に少しでも尽力しなくてはならないと思うに至らせている。

沖縄から創る世界平和(2)・誇りの復権



6月3日ETV特集で放映された上の動画『沖縄を叫ぶ』(注4)は、「私にとって芸術とは何かと言えば、人間がここそれぞれの持っている怒りだ」という彫刻家金城実の叫びで始まり、彼は「虐げられた人たちの役にたちたい」と訴える。
金城実は1970のゴザ事件を契機に自らの沖縄の誇りを取り戻し、「瀕死の子を抱く女」「拷問」などの作品を制作し続け、歴史を問い続けている。
そしてラストでは、
「悲しみをのり越える方法のひとつに肝苦りさ(他者の苦しみに自分の内蔵がかき回されるような痛みを覚えること)をくぐってきた者のみが感じ得た“笑い”というものがある。
わが念仏。わが沖縄
人類普遍の文化である“笑い”をたぐっていくと、屈辱の日々をなめつくし肝苦りさをかいくぐってきた者たちが、限りなくにんげんの人間の優しさというやつに近づこうとしてはじかれていく。
くるりと向きを変えた“笑い”が毒気をおびて逆転を狙う。
まさにそのときである。にんげんに誇りが見えてくる」と、彼の心の叫びを吐露する。

そのようなにんげんとしての誇りを私たちも復権させるとき、多数決の暴挙で成立させた集団自衛権から共謀罪に至る戦争法案を葬るだけでなく、沖縄から世界平和を創り出していくことは可能だ。

(注1)動画『鶴見和子 <内発的発展>と<回生>とは何か 』で自ら語られている。
https://www.youtube.com/watch?v=LxL3yGebePI&t=5794s

(注2)私のゴルフ場開発運動やドイツに学ぶアルタナティーフな(もう一つ別な)選択を記した『アルタナティーフな選択』(越書房2000年)参照。

(注3)私が同行したスラーデック御夫妻の日本での講演やエピソードについては、『市民利益追求』(越書房2003年)参照。

(注4)ETV特集『沖縄を叫ぶ〜彫刻家金城実〜』の完全版は下のアドレスで見られる。
http://www.dailymotion.com/video/x5p32vy