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ドイツから学ぼう

2018-05-16

(346)鈴鹿山麓での農的創成(1)・問われる地域性3−1・平和的生存権・官僚支配による憲法改正

鈴鹿山麓での農的創成(1)

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既にブログ(339)でも書いたように、昨年の11月までは妙高で骨を埋めるつもりであったことから、この半年近くの急転直下の激変に自ら驚くと同時に、人生には予期せぬ出来事で変わり得るものだと実感している。
驚異的に変わったのは暮らしであり、豪雪地帯妙高では毎日除雪に追われていたが、ここでは殆どその必要もなく(今年は除雪作業が全くなかった)、移り住んだ1月下旬から農作業ができることは本当に有難いことである。
怠惰な私の暮らしのなかで、ベルリンで学んだ4年間を除き四半世紀近くも有機農で自給用の野菜や稲栽培が継続されて来たのは、それが私にとって快く、糖尿の私の体をそれなりに維持してくれているからだ。
そしてここでの農作業がこれまでと大きく異なるのは、有機農から自然農に変化したことである。
有機農は堆肥や完熟鶏糞などの肥料を地中にすき込むことから、稲作では少なくとも耕運機が欠かせない(最初の十数年は中古トラクターを購入し自ら耕耘して来たが、最近は田んぼの耕耘とコンバインでの刈取りを知合いに依存していた)。
それに対して自然農は地中を耕さない、地中に肥料を持ち込まない、草や虫を敵としないことを掲げており、道具は鍬、鎌、シャベルしか要らず、本当にそれで自給用作物ができれば夢のような話である。
これまでの有機農から自然農に変えた理由は、娘が現代の機械農業に不信感を持ち、書物を通して川口由一さんの自然農に傾倒していたからであり、それに移住したここで耕耘などを農協に頼めば、最早自給するよりも購入したほうが安くなり、私の農作業が道楽に成り果てるからである。
もっとも私の場合これまでの経験から、地中に肥料を持ち込まず地表の草を刈るだけの自然農法では、収量が余り期待できないことから、例えばジャガイモなどの植付けでは元肥に完熟堆肥を施すなど自然農の掲げる鉄則に執らわておらず、自らが快く農的暮しが出来ることを優先させている。
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1月下旬に移住して、すぐさま自給目的の農的暮らしを始め、写真で見るように庭の50坪ほどの畑と、自宅から歩いて10分ほどの以前棚田であった森に1反(300坪)程の耕さない自然農を開始している。
既にレタス小松菜、二十日大根などが収穫出来始め、青菜は充足出来ていると言えるだろう。




何故地域での農的創成を始めるか

その理由は妙高の暮らしでも感じたことであるが、日本の地域がバブル以降如実に衰退し、グローバル化が進むなかで破綻へと向かっていると思えるからである。
ここでも集落の50件ほどの民家は3分1近くが空家となり、最早専業として生業とする農家は見あたらず、近くにはお店もなく、小学校は2キロ離れ、中学校に至っては5キロ近くも離れ、子供が通う家庭は2件しかなく、このままでは集落の未来はないと言えるだろう。
そうした地域の未来がないのはこれまでの妙高でも同じであり、3校あった小学校が1校に統合され、高校からは列車通学を余儀なくされ、地域に殆ど若者を受け入れる雇用がないことから東京などの都会へ出て行かざるを得ない。
そうした状況にもかかわらず、選挙の度に地域活性化が唱えられ、目先のお金がインフラ整備にばら撒かれるだけで、益々地域破綻の速度を速めている。
しかもゴルフ場開発反対運動で戦った私には、地域の翼賛化が加速しているように見える。
そうした思いで絶えずブログを書いて来たことから、娘の大学での研究テーマである「地域の生業をオルタナティブに復活させ、如何に人、動物、自然のためのより良い未来、暮らしに生きる喜びを創成するか(マリア・ミースのサブシステンス実践)」には、私のこれまで唱えて来たドイツから学ぶ大きな目標とは異なるように見えるが、同じ思いが感じられ、父親であるというより同士的思いでここへ移住参加したと言えるだろう。
何故なら「地域の農的創成」にこそ、私が絶えず唱えて来た官僚奉仕、そして世界の恒久平和、さらには自然エネルギーへのエネルギー転換への鍵があると、今思うからである。
それは追々述べて行きたいと思うが、今回載せるZDFプラネットeの『問われる地域産の食料品』、私の見た動画45『平和に生きる権利を求めて』、私の見た動画46『日本人と憲法』を見てもらえば、その片鱗が理解できるだろう。

ZDFプラネットe『問われる地域産の食料品3−1』



私自身ベルリンに暮らした際、ドイツのスーパーのお店に寧ろお世話になった気がしていた。
何故なら食料価格も日本に比べて非常に安く、既に地域産表示も多く、このフィルムで提示されるスーパーの偽装とも言うべきトリックなど思いもよらず信頼していたからである。
もっとも近くの公園で開かれる週末マーケットには多くの市民が訪れ、多少高くても近郊の生産者から購入する市民の意識の高さには感心したものであった。
このフィルムに登場するビオダイナミック農法(注1)アルプスホーフのような有機農産物を生産する安心できる農家が売りに来ており、今フィルムを見ると地産地消を求る市民の声が益々盛り上がっているのを感じる。
それに対してスーパーを経営するドイツの食料品巨大企業からは、グローバルな規制なき市場競争に益々巻き込まれ、地産食料品への市民ニーズを逆手に取り、偽装とも言うべきトリックで売る戦略が垣間見えてくる。
(注1)ビオダイナミック農業はシュタイナー提唱の農法に由来する循環型農業であり、耕作地に鶏や牛などを移設して飼い、人、植物、動物、大地が共創して、エコロジーで安全な食料品を提供する農業である。

私の見た動画45『平和に生きる権利を求めて』



4月28日ETV特集『平和に生きる権利を求めて』75分を、私の印象深かったシーンで13分ほどに編集した。
戦後70年を経て、憲法9条及び自衛隊の合憲、違憲めぐり争われた恵庭裁判長沼裁判の録音記録公開を受けて、このフィルムでは平和に生きる権利、平和的生存権を問うていた。
この両裁判で失われたかに見えた平和的生存権が、2008年イラク派遣差し止め訴訟名古屋高裁で権利として確定し、今沖縄基地問題で叫ばれ、さらには世界の危機が深刻となる中で、世界の人々が平和的に生きる権利こそが世界平和の切札になると思った。
またこのフィルムで語られる平賀書簡を通して、日本の司法は戦前同様独立しておらず、官僚支配の翼賛的ムラ社会に生きていることを感ぜずにはいられない。
それでも長沼裁判後あからさまに15年もバッシングされた福島元裁判官が、「後悔はしないですよ。自分の良心に従って生きてきた大きな喜びと僕は思っています」と胸を張って言い、さらに今、原発訴訟などでバッシング覚悟で住民の危険性に立った判決が出るようになって来た事に、日本もドイツのように変わり得る可能性を感じる。

私の見た動画46『日本人と憲法



5月3日NHKスペシャル『日本人と憲法〜1949−64 知られざる攻防〜』50分を4分1ほどに、憲法改正に生涯をかけた政治家広瀬久忠に焦点を絞り纏めて見た。
この広瀬の改正案には、発掘された膨大な資料を通して外務省、大蔵省、防衛省の総そうたるメンバーが関与するだけでなく、法務局の首脳たちが関わっていたことが明るみにされる。
改憲案では個人の権利や自由が行過ぎているとして国民の権利を制限し、憲法9条については戦力不保持の2項を削除し、国民に防衛の義務を課することを明記していた。
それは憲法改正のすぐ後に、戦前のような徴兵制が控えているように思える。
しかし戦後の平和憲法が押付の憲法でないと判明すると、憲法改正勢力も衰退し、憲法調査会が終わるに際して広瀬は手記を残し、「現行憲法を改正するか否か、いかに改正するかは、すべて主権者たる国民の判断にかかっている。5年かかっても、10年かかってもよいではないか、国民の大部分の納得を取付けるまで飽くまで努力を重ねるべきである」と述べている。
それは改憲案作成に奔走していた頃の広瀬の考えとは、180度転換した考えに思える。
そこから浮かび上がる私の思いは、戦前の官僚支配復活を模索する勢力に利用され、消耗品となった末路政治家の本音、良心に見える。
すなわち戦後奇跡の高度成長を遂げた60年代には、日本の産業社会は再び国益最優先の戦前の富国強兵策を掲げる官僚支配を求め、憲法改正が官僚組織によって仕組まれたと言えるだろう。
憲法改正の国民支持は得られなかったものの、官僚支配は裏側で巧妙化して行き、次なる政治家田中角栄を利用し、国債発行禁止を実質的に解き、日本を土建国家にするなかで肥大し、戦前の翼賛的ムラ社会を復活させて行ったように思える。

2018-04-28

(345)時代の終わりに(29最終回)・ソ連崩壊以来の最大の危機(6)危機を最大のチャンスに変えるとき・官僚支配が辿るいつか来た道(6)世界が官僚奉仕に変わるとき



危機を最大のチャンスに変えるとき

最終回の議論でも、現在は最大の危機ゆえにチャンスであると、イシンガーが再度強調している。
しかもこの討論の数日前、トルコドイツ製戦車でシリア国境を越えて侵攻し、ドイツが支援する反アサト市民グループのクルド人民防衛隊の攻撃に踏み切ったことから、トルコ独裁制を厳しく批判するドイツとの関係も一層危機に陥っている。
そのような世界の危機はこの討論会でも述べられているように、これまで危機ではなかった地域であり、世界の何処に居ても危機が差し迫っている。

それは下に載せた私の見た動画44『金正恩の野望』(4月22日NHK放送『金正恩の野望第3集』の印象に残ったシーンをテレビから編集)を見れば、世界の危機は決して他人ごとではなく、寧ろ日本こそが現在も最大の危機にあるとわかるだろう。
北朝鮮が核開発放棄を前提とした対話路線に180度転換したのは、トランプの仄めかしていた核基地の局地攻撃が現実化しているのを察知したからだと私には思える。
すなわち既に攻撃のXデイが決められ、それに対しては報復攻撃も意味を為さないことから、熟慮のしたたかな決断であったように思える。
しかしその転換も北朝鮮が核を手放すわけでなく、北朝鮮元高官や元米国務長官が述べるように、北挑戦は核保有を死守することが予想され、期待される米朝首脳会談も拙速に運べば決裂する公算は大きい。
その場合トランプが核基地局地攻撃に踏切れば、当然同胞の韓国よりも日本への報復公算が高いと言えるだろう。
それ故に北朝鮮の野望がどのようであれ長期的な対話を求め、単に北朝鮮の核を全廃させるだけでなく、世界に戦争が起こらないルールを確立すると言った気構えで取組まなくてはならないだろう。
何故なら最早強国が世界を支配できる時代は、弱国でも軍事に特化することで北朝鮮のように核とサイバー攻撃保有を通して世界破滅の脅威となり得、終を告げたからである。
既に北朝鮮の核とサイバー攻撃のノウハウとマテリアルは、紛争国からテロリスト集団に至るまで売り渡たされていることさえ予想されることから、人類破滅の危機は秒読み段階に入ったと言っても過言ではない。
それは世界平和の最大の危機であると同時に、最大のチャンスでもある。
何故なら強国も弱国を尊重して、全ての国、そして全ての人が豊かになれるよう行動しなければ、強国の未来、さらには人類の未来がない時代に突入したからである。
世界平和を実現できる機関は国連であるが、現在のように各国の国益追求の手段とされているなかでは殆ど機能していないのが現状である。
それを機能させるためには、下に述べるように国連を世界市民にガラス張りに開き、国益ではなく世界市民への奉仕を最優先できるシステムに変えていかなくてはならない。



官僚支配が辿るいつか来た道(6)世界が官僚奉仕に変わるとき

世界に類を見ない革命的なドイツの官僚奉仕は、ナチズム反省から戦後司法法務省から完全に独立させ、無謬神話の無責任な国益を最優先する官僚支配を問える仕組を創り出したことに依っている(それは一夜に達成されたものではなく、官僚一人ひとりの責任が問えるように権限の現場官僚への委譲が50年代より模索され、権限委譲のハルツブルクモデルとして断行されて行き、1960年の行政裁判所法制定で行政の資料提出が義務付けられたことで官僚の一人ひとりの責任が問えるようになって行った)。
すなわち市民からの行政に対する訴えがあれば検証し、事実であれば行政から強制的に資料や証拠書類を提出させ、無料でしかも短期に行政訴訟を決着させる仕組みに革命的に変化し、官僚の責任が問われることから官僚支配から官僚奉仕へ、国民への奉仕に徹せざるを得ないと言えるだろう。
また言葉だけの国民発案の審議会を、連邦であれ州であれ議会の政党投票率で各党推薦の専門家審議委員の選出で、政治が透明化され、市民のための政治へと変化して行った。
さらにそのように開かれた市民のための民主政治は、60年代の「競争よりも連帯」を標語とする教育の民主改革で市民一人ひとりに定着して行った。
そうしたなかで60年後半には裁判官さえも市民奉仕が優先され、高座の裁判官を傍聴人と同等の席の高さまで引き下げ、傍聴人と隔てる柵が取り払われ、裁判所自体市民のサービス機関に変わることが目標とされ、ドイツの官僚奉仕が完成されて行ったと言えよう。
そして現在問題になっている日本の官僚組織は、相変わらず無謬神話に基づく責任の所在のない無責任体制であり、国益のための官僚支配と言っても過言ではなく、再び戦前のように国益のために国民を犠牲する方向へと旋回している。
まさに現在の財務省防衛省等などの不祥事が物語っていると言えるだろう。
それを変えて行くためには国民一人ひとりが、現在の危機を認識することから始まり、まさに危機ゆえに、国民のために奉仕する官僚組織に変わり得る最大のチャンスであると思っている。
そして国連も、気候変動、シリア紛争や北朝鮮核問題を通して、従来のように各国の国益追求の手段であり続けるなら、最早人類に未来はないところまで追い込まれている。
国連を世界の人々のために奉仕するようにするには、繰返し述べる必要もないと思うが、戦後のドイツの革命的変化に学べばよい。

*次回からは私の今の暮らしを通して、「鈴鹿山麓での農的創成」を書き始めようと思っています。

2018-04-13

(344)時代の終わりに(28)・ソ連崩壊以来の最大の危機(5)トランプアメリカの正体・官僚支配が辿るいつか来た道(5)NHKの執念と“悪い奴”の正体

タブー破壊から見えて来たトランプアメリカの正体



核攻撃威嚇、懲罰的関税、エルサレムへの首都移転擁護、気候変動パリ協定からの離脱、ユネスコからの脱退というタブー破壊から見えて来たものは、今回の冒頭でアメリカ政治評論家のピーター・ラオが述べているように、トランプ権力政治の象徴であり、アメリカ強化によって同盟国とアメリカ支配の世界を築いて行くことであり、トランプアメリカの正体と言えよう。
しかしながらその原因は、そのようなタブー破壊を露骨に実行する大統領を誕生させた時代背景にあり、それこそが暴走を加速する現在の資本主義の終焉を告げるものである。
今回も議論の締め括り役として登場したメルケル後継者の一人と称されるノルベルト・レットゲンCDU連邦議員は、アメリカ依存からの脱却と国際的責任を強調している。
しかしそれはメルケル同様、現在の新自由主義に支配されて行く世界、さらには終焉の時代を本質的に変えるものではなく、戦後国内政治では理想を追求して来たドイツの国際的限界さえ感じられる。

“二度と戦争を起こしてはならない”と誓ったNHKの執念と“悪い奴”の正体



公共放送NHKは安倍政権役員人事によって、この数年社会問題や政治問題を考える番組が激減し、時の内閣を擁護する国家放送への転身さえ危惧されるなかで、4月4日放送の『森友文章“改ざん”問題』には『何故日本人は戦争に向かったのか』シリーズで誓って来た執念が感じられた。
すなわち佐川国税庁長官国会答弁904回を徹底分析し、政治的関与を鮮明にした。
そこには二度と同じ過ちをしてはならないと、戦後長年に渡って引継がれて来た民主主義国家を希求する執念が息衝いていた。
また改ざんの舞台となった近畿財務局を徹底取材し、自殺した改ざんを余儀なくされた官僚の同僚友人の証言を通して、ひずみを生じゆがんできていると明かされる組織の論理で、現場官僚が信念に反することをさせられる実態を炙りだしている。
今回の森友問題では、財務省内閣府の政治家の言うがままに改ざんしたように推測されるが、その政治家も日本産業がグローバル競争で行き詰まるなかで戦前の重商主義が求められ、以前から憲法改正で普通の軍隊を持てる国を希求して来たからこそ奇跡の復活がなされたと言えよう。
そうした経緯からすれば、安倍政権を誕生させたのは、、福島原発事故で問われた政官財の原発ムラ社会と根源を同じくするものであり、それこそが“悪い奴”の正体である。
そして番組の最後では再発を防止する政府の取組が紹介され、これまで一部で安倍内閣のスポークスマンと化したと批判されてきたNHK政治部記者吉川衛が、「いくらルールを厳しくしても守らなければ何の意味もない」と述べているのが印象的であった。
既に事態は4月4日の放送から大きく動き出し、森友用地値引き教唆証拠書類やかけ学園の「首相案件」証拠書類など、田中角栄や鈴木宗男の時のように次から次へと出てきて、最早安倍政権退陣へと動きだしている。
しかし安倍政権が退陣し、厳しい新しい規則が運用されても、官僚の無謬神話に基づく無責任な官僚制度が戦後のドイツのように官僚支配のルールから国民奉仕のルールへ転換されなければ、益々巧妙化し繰返されることは目に見えている。

2018-03-27

(343)時代の終わりに(27)・ソ連崩壊以来の最大の危機(4)危機こそチャンスの理・官僚支配が辿るいつか来た道(4)“悪い奴ほどよく眠る”の顛末



“危機こそ好機の理”

ミュンヘン安全保障会議代表のイシンガーから極右政党と指摘されるAfD(ドイツのための選択肢)のパーデスキー副代表まで、“危機こそ好機の理”では意見が一致している。
すなはち今回の『』では、パーデスキー副代表でさえ「私はイシンガーさんに全く賛成です。トランプへの全体行動はヨーロッパにとって大きなチャンスです、自立させるための大きなチャンスです」と明言している。
メルケル後継者の一人といわれるレトゲンは、トランプの持ち出した懲罰的関税に対して、アメリカへの友好能力を発展させると同時に、紛争能力を発展させて行くことを説いている。
まさに今、トランプの仕掛けた輸入品への懲罰的関税は、中国との貿易戦争の引金が引かれ、世界の危機へと発展しようとしている。
しかし「危機こそ好機の理」に従えば、これまで欲望の為すがままに任せて破局に向かう世界を、万人の幸せを求る理性ある世界に変えることも可能である。
確かにトランプにとって、莫大なアメリカ貿易収支赤字を減らすことが最大の課題であり、日本のようにまだ黒字国である国でも、農産物から生活必需品まで広範囲に輸入を減らすことが求められている。
何故ならアメリカや日本だけでなく、世界の地域はグローバル化のボトム競争によって破綻寸前であるからだ。
破綻寸前の地域を再生させるためには、地産地消を増やして行く必要があり、そのためには従来のような競争に耐えうる関税で守るのではなく、例えば喫緊の人類の課題である地球温暖化に大きく関与するフードマイレージ(食糧の輸送距離)を問題視していけば、世界の地域が少なくとも半分以上地産地消ができるように、輸入品の輸送距離に課税できる理性あるルールを設けることも自ずと可能である。
それは現代が危機であるこそ、希望ある未来世界を創る好機とも言えよう。

“悪い奴ほどよく眠る”の顛末

映画の結末では、悪い奴は身の振り方として一時外遊という言葉でよく眠るかのように描かれている。
今日3月27日、国民の誰もが少なくとも関心を抱く森友学園問題での財務省佐川前長官の国会証人喚問が開かれており、国民は真相が明らかになることを佐川氏の人間性を通して期待しているが、これまでのロッキード疑獄やエイズ犯罪に見るようにその真相が明らかにされることはないだろう。
何故なら官僚個人の問題ではなく、その背後に巨大な組織の問題が潜むからである。
もっとも真相が明らかにならないとしても、既に賽は振られており安倍政権崩壊に急速に向かい、国民の鬱憤を晴らすために、例えば現在総務大臣野田聖子の日本初の女性首相誕生シナリオが動き出しているのだろう。
黒沢明が“悪い奴ほどよく眠る”を制作した1960年には既に戦前の官僚組織肥大は、公団さらにはファミリー企業へ膨らんで行き、1965年には田中角栄を通して赤字国債発行を解禁し、再び日本が負債を膨らます、いつか来た道を辿り始めたのであった。
今回の証人喚問では政治家の忖度が問われているが、本当に問わなくてはならないのはこのような問題を引き起こすシステムの問題である。
確かに今回の問題では状況から推測して安倍首相への忖度は否めず、官僚のトップである長官たちも2014年に誕生させた内閣人事局を通して政治家の指令には逆らえないであろう。
もっともそれまでも一部の官僚たち(事務次官会議)が日本の政治を支配していたわけではなく、族議員支配に見るように官僚たちは政治家の指令に逆らえないのである。
それだからといって閣僚の政治家たちが政治を支配できるかと言えば、全く見当違いであり、各省庁の連絡会議が決めたことには逆らえないのである。
何故なら連絡会議(前の事務次官会議)は儀式に過ぎないとしても、そこで決めたことは省庁間が膨大な労力で積み上げて来た調整による合意であるからだ。
その合意は単に政府組織だけでなく、公団(公益法人)やファミリー企業まで果てしなく関与して行き、間接的には日本人の誰もが関与していると言っても過言ではない。
このような問題を本質的に変えていくためには、ドイツのように司法法務省から完全に独立させ、行政訴訟では全ての書類が裁判所へ提出される仕組に変え、記録の改ざんなど絶対にできないようにして行かなくてはならない。
現在の日本のような国益優先の官僚支配システムを、国民優先の官僚奉仕に180度転換させたドイツでは、悪い奴ほど決してよく眠れないのである。

2018-03-13

(342)時代の終わりに(26)・ソ連崩壊以来の最大の危機(3)今何が起きようとしているのか?・官僚支配が辿るいつか来た道(3)悪い奴ほどよく眠る機構



今何が起きようとしているのか?

今回のZDF公開討論『見くびられるエゴイスト・トランプは成功するのか?6−3』では、CDUのメルケル後継者の有能な一人でもあるノルベルト・レットゲンが、トランプ政権が決着した税制改革を鋭く批判するところから始まる。
彼はアメリカの景気を蘇らせ、世界の景気を燃え上がらせるとしても一時的であり、いずれ失墜すると明言している。
その理由として、トランプの為そうとしている税制改革は大企業優遇の税制オアシス競争に拍車をかけるものであり、恩恵の見込めない中小企業を分断し、国家を安全性に不可欠なインフラ整備すらできない程貧しくさせるからだと述べている。
また外国からの供給を差別するものであり、公正で自由な国際貿易の精神に反するからだと結んでいる。
議論はそれを踏まえて進行していくが、私に強烈に鳴り響いたのは、ミュンヘン安全保障会議代表のヴォルフガング・イシンガーの次のような訴えであった。
トランプが招こうとしている世界の危機はトランプに責任があるのではなく、ヨーロッパを含めて世界が為してきた過ちにあり、それがトランプを通して今何が起きようとしているのか、という危機の訴えであった。

悪い奴ほどよく眠る機構

黒沢明が1960年に世に出した『悪い奴ほどよく眠る』は、まさに現在の森友学園の問題の闇の深さを物語っている。
週間朝日取材班の記事を見ると、直接交渉にあたっていた近畿財務局職員の自殺は、まさに『悪い奴ほどよく眠る』が追求した官僚支配が造り出した凡庸な悪の機構を浮かび上がらせている。
下に載せた映画では(注1)、宮口精二演ずる検事が汚職に関与した(藤原釜足演ずる)真面目で気の弱い公団課長補佐の黙秘に、「和田さん、いったい誰のために20日間も黙秘権を使っておられるのです。あなたは公団のお方です。官吏と同じく国民の利益を守らなくてはなりません・・・・」と諭さとしている。
本来官吏は国民の利益を守るために国民奉仕に徹すべきであるが、戦後の反省も政官財の汚職が頻発する1960年には、既に官僚支配を蘇らせ、凡庸な悪の機構を復活させていた。
そして1965年にはその機構を肥大させて行くために、臨時法案で禁じられていた国家負債を解禁し、現在のように“どうにも止まらい”まで病ませているのだ。

それは凡庸な悪の機構を築いて来た世界でも同じであり、上で述べたようにミュンヘン安全保障会議代表のヴォルフガング・イシンガーは世界の危機を訴えている。
しかしアイヒマンに象徴される悪の凡庸でホロコーストを犯したドイツは、戦後官僚支配から官僚奉仕へと180度転換させており、それ故にメルケル後継者の一人でもあるノルベルト・レットゲンの発言にもそれが伺える。
すなわち世界が求るトランプの税制改革は、失墜すると明言している。

注1
https://www.youtube.com/watch?v=pBg0JTQg7fM&t=4072s