洛北孫子亭通信−亭主消息

2018-09-18 華燭の典、関空の水没を越えて

我ながら、流石に苛酷と言わざるを得ない一週間、―いや十日間はバタバタしてたか―を、何とか乗り切ることができました。

驚愕の事態が連続し、呆然自失している間に、ベトナム行きの航空券はキャンセルに。発券もとの旅行会社に事情を問い合わせに行くと、電話対応で忙殺されていて、怒るより同情してしまうほど。

『これは、さすがに、今回の渡航は断念したほうが良いのではないか』

真剣に考え込んだ最大の理由は、私の生来の「雨男」という、何処で炸裂するか当人にもわからない、近所迷惑傍迷惑な「隠しコマンド」の所為です。別に私が雨を降らせるわけではないでしょうが、「此処では、お願い、降らないで!」というときに雨にめぐり合わせた思い出が、あまりに重いで、・・・なんて、ちっとも笑えない。

考え込んでしまったもう一つの要因は、17日に東京で行われるワークショップでの発表を抱えていたことにあります。私、英語での発表の機会をいただくというのは初めてのことで、こちらも絶対に逃したくはない。

考え込み、思考の迷路にはまり込んだ私の尻を思い切り叩いたのは、出国当日の新郎が、空港からかけてきた

「絶対来てください!」

という電話です。これで、心に盛大に火が付きました。

「よし、絶対に行ったる!」

と。そして今回のコースですが、

  1. 東京まで夜行バス
  2. 成田から韓国大邱を経由してバンコク
  3. 別の参加者「妖怪」さんと新郎と合流、プノンペンへ空路
  4. 陸路サイゴン入り
  5. 15日の式に参加、その日の25時50分(厳密にいえば、この表記は間違いですが)の台北経由で東京成田
  6. 東洋大学での研究会(懇親会だけ)参加
  7. 翌日は朝から千葉商科大学でのワークショップで発表
  8. 次の日は朝一番の新幹線大阪に出て、後期からいただいた非常勤の授業
  9. その後、桂の塾に顔を出して一週間ぶりの帰宅

長征の締めくくりは今回も、百万遍東山湯でした。なお、帰りの飛行機も航路上では台風が驀進する、えげつない気象状況のおまけつきで、サイゴンから台北まで、かなり揺れました。あはは。

東洋大学千葉商大では、「疲れないの・・・?」といろいろな人に呆れられましたが、正直、ヘロヘロのボロボロでした。報告もぐだぐだだったんじゃないかな・・・大変申し訳ありません。この間、それぞれの段階での次第は、ぼちぼち上げていきます。

この一連の旅程で、韓国カンボジアは初めてです。まして大邱は全く何の印象もなかったのですが、よく地図を見てみると、慶州が近い。それに空港が市街地と隣接していて、歩いて空港の外の食堂に飯を食いに行けるところで、これは新羅遺跡見学に丁度良いところだというのが発見でした。そしてカンボジア・・・次は絶対に行くぞ、シェムリアップ。他にもいろいろと書きたいことはありますが、とりあえずは手短に二点だけ。

T倉君、Taoさん、結婚おめでとうございます。どうぞお幸せに。

千葉商科大学での報告、大変にありがたい機会でした。お話をくださいまして、ありがとうございました。ここに、伏してお礼を申し上げます。

写真を一部。上から、結婚式場周辺、ビェンタン市場、カンボジアベトナム国境、プノンペンバスターミナル大邱の市場です。

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2018-09-17 One Day Workshop: Approaches to Local Historiography参加記

※9月30日アップロード

千葉商科大学で行われた、"One Day Workshop: Approaches to Local Historiography"に参加してきました。

「参加」と書きましたが、今回は報告者としての参加です。ついでながら、英語での研究発表でした。日本でいくつか学会や研究会発表はこなしてきましたが、英語での報告は初めて、しかも今回はベトナム行の直後という、身体に負荷をかけまくる日程になってしまいました。そのベトナム行も順風満帆からかけ離れた、

関空水没→航空便キャンセルでチケット取直し→出国KIXから成田に変更>

という、変更だらけの行程になってしまいました。ついでながら、ベトナム出国時点で空路上に台風襲来、というわけで、とことん台風の動向に注意せざるを得ないことに。よくこの席につくことができたもんだ、とつくづく思いながら報告に臨みました。

さて、今回の報告は、

'Attalids' Independence and Building of the Great Altar'

と題しまして、7月の金沢での研究報告を発展させたものです。エディンバラでの修論の第4章にあたるものが原型で、博士論文に組み込むかどうか検討した結果、時期尚早との結論に達したという経緯があります。今回の報告では、ヘレニズム時代史の先達のお1人である田村孝先生と、エディンバラ大での先輩にあたる松原俊文先生にかわるがわる質疑、というよりご指導いただきまして、感慨深いものがありました。一時は発表ができるかどうかも不透明でしたが、報告することができて、また他の方々の発表を拝聴できて、大変勉強になりました。報告の機会を与えてくださった千葉商大のM尾先生に、深く御礼を申し上げます。

2018-09-09 「村屋企画」と吉田寮見学

10月4日更新

旅仲間のおねぎさんに誘われ、吉田寮・旧食堂で開催中の「村おこし(村屋企画)」に行ってきました。

村屋というのは、京大西部講堂の裏手にあたる、鞠小路東一条を上がったところにあった、知る人ぞ知る変な居酒屋です。いつの間にやら店が無くなっていたのですが、この村屋を中心に、物好きな居酒屋さんが日本中から集まりまして、京大吉田寮旧食堂を借り切って、3日間、居酒屋祭りをするという催しです。吉田寮の旧食堂は芝居を含めたイベント空間で、芝居の手伝いで学生時代にはよく出入りしていました。

並行して、吉田寮の見学ツアーが開催されまして、おねぎさんの関心は、こちらにありました。私は2001年1月に、この吉田寮に一週間ほど泊まったことがあります。入り口近くに雑居房というか雑魚寝部屋がありまして、ここでは一日200円で誰でも泊ることができたため(今でも可能かも)、下宿探しのために泊まったのです。ただ、何しろ居住スペースですから奥に進入することは控えておりました。しかし今回、寮をひととおり見て回る機会を得た次第です。

床がギシギシ音を立てること、そしてさすがに生活空間であるために汚れは目立ちますが、作りはしっかりしているというのが、素直な感慨です。大正時代建築ということもあってか、かつての第3高等学校の建材を一部流用しており、建築史・教育史の観点からも、重要な文化財であると感じました。したがって、吉田寮の取り壊しに向かってひた走る現在の京大施策は、首肯しかねるというのが率直なところです。

ただ、居住空間としての現状の維持には、これも賛同しかねるところです。住処としての耐用年数は過ぎている、けれども建物は維持してほしい、となると、落としどころは総合博物館の別館ということになろうかと思います。

つまるところ、私は吉田寮が好きなのです。あそこを壊して綺麗にしてしまったら、東大と差別化ができないではないか、と偏見丸出しにして思ってしまうわけです。

そんなことを考えながら外に出て、おねぎさんと拙亭でお茶を飲んで、本日はお開きとなりました。

おねぎおねぎ 2018/10/09 23:14 京都大学の敷地内にそぐわない建物なので、なんとかして建物を解体して、きれいな建物を建てようというのが透けて見えるのですね。
京都大学の敷地にドヤ街のようなものがあるので取り壊せという意見もあると思います。

案内人の方が「写真は撮らないで」と言ったのも、プライバシーの侵害が第1にあると思いますが写真は一見に如かず猥雑さと老朽化が分かるので、建て直した方が良いという方向に加速しかねないからだと思います。

ただ人を引き付けるキャンパスいわゆる街を形成するのに猥雑さというものは必要で、香港が発展したのも面積が小さいので無秩序に建物が建って行き、結果的に猥雑さと遠くが見通せないので「奥に何があるのだろう」という好奇心を駆り立てるものも街の発展には必要と思います。

実際、神戸市東灘区にある白鶴酒造資料館は大正時代に建造された酒蔵を利用した酒造資料館ですので京都大学吉田寮も残す気があれば残せるのですね。

第3高等学校時代の建材を一部流用をしているので、京都大学の長い歴史も感じるわけですよ。

孫子さんの云う京都大学総合博物館の別館案は賛成です。

2018-09-04 第4回日欧古代地中海世界コロキアム@名古屋大学

※9月30日アップロード

9月4日から6日まで名古屋大学で開催された、第4回日欧古代地中海世界コロキアムに参加してきました。

過去3回はずっと参加できませんでしたが、今回のコロキアムは会場が名古屋大学ということで、帰省ついで、と気楽に考えておりました。そうしますと、なんと初日に台風日本列島を直撃、私は起床して外の天気を見て、初日の参加をあきらめました。・・・驚くべきことに、初日、予定通りやったと2日目に聞かされました。

そのようなわけで、

'Transmission and Organization of Knowledge in the Ancient Mediterranean World'

との総合テーマで行われたコロキアムは、残念ながら3日間のうち2日分しか話を聞くことができませんでした。しかし、貴重な勉強の機会でした。質疑応答自体は、ヨーロッパからの参加者が先を争って質疑に突入したために日本人は挙手の暇なく、という感じではありましたが。

このコロキアムでは、エディンバラからバリンジャー教授が報告者として出席されていました。私は授業を数回聞いただけでしたので、さすがに覚えてもらっていませんでしたが、「また会いましょう」と言ってもらえました。

2018-08-30 旅人は、瀬戸内の旅人を訪ねて〜豊島・岡山訪問録〜

この夏、手許には、まったく使用していない青春18切符が(略)。ぽっかりと予定が空いたこの2日ほど、その青春18切符を使うべく、瀬戸内の豊島と、岡山市立オリエント博物館を訪問してきました。

豊島を訪問したのは、エディンバラ友のちひろさんを尋ねるためです。前に会ったのが2015年、共通の珍友・静ちゃんが高野山で企画した「高野山1000年まつり 2015」でしたから、3年ぶりです。その3年間に、ちひろさんはオーストラリアワーキングホリデーに行って、結婚して、子供を産んで、という目のまわりそうな変化の連続を経ていましたが、相変わらずでした。そのお子さんにすっかり懐かれてしまいまして、島を離れるときに大泣きされ、困ってしまう一幕もありました。

豊島は、近くの直島同様に「ベネッセアートサイト直島」の一角で、変な博物館が各所にあります。ちひろさんの旦那さんのアダムの言葉を借りれば「一館に展示品ひとつ」というところが多いのだとか。異国からの訪問者も多く、自転車や徒歩で島内を回っているのが印象的でした。

豊島を離れた後、岡山市立オリエント美術館へ。金沢での「ヘレニズム〜イスラーム考古学研究会」でよく顔を合わせる学芸員の四角隆二さんをお喚びすると、すぐに出てきてくださいまして、1時間ほど意見交換をすることに。ただいまの特別展

シルクロード新世紀 −ヒトが動き、モノが動く− Silk Road Revisited: Humans Created Eurasia

は、東京古代オリエント博物館と、この岡山の館と、日本東西のオリエント専門の博物館がタッグを組んでの展示会ということで、その展示もそうですし、パネル解説が、私見では、シルクロード関係の解説としては、過去にないほど踏み込んだ文面になっているという印象を受けました。図録も、一般の来館者にウケる内容、などというモノではありません。文章は平易ながらも、きわめて野心的な内容となっており、むしろ当該分野の研究者こそが、熟読批判すべき構成となっています。よって、一読で済ませて買わずに館を出ていくのは、あまりにももったいない。座右に置いておけば、現時点での日本のシルクロード研究の状況を、相当詳しく概観できる内容になっています。

ちなみに四角さんはササン朝ガラスの専門家で、

ビザンツ専門家との意見交換の場が欲しいのだが・・・」

と考えているところに私が来たので、すっ飛んで出てきたそうです。同館での特別展会期は、9月9日まで、その後は池袋古代オリエント博物館巡回します。

以下、この二日間の写真です。上から順に、直島に行くフェリー、豊島の食堂「101」、ちひろさん一家との一枚、そして豊島の朝の風景です。

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