洛北孫子亭通信−亭主消息

2018-07-29 蔵前仁一 インドトーク「インド先住民アートの村へ」

8月5日アップロード

旅行人編集長・蔵前仁一さんの名前を知らない人は、旅人としてはモグリではないか。そんな旅人としての私の意見に首肯しない旅人は、たぶん私の周囲にはいないでしょう(「旅人人口そのものが少ない」という指摘は、差し当たり、聞かないことにします)。

その蔵前編集長が、珍しく京都にトークショーに来るというので、慌てて予約をしたのが5月。忘れないようにきちんと手帳に日付を書いて、そしていよいよ当日、会場の京都テルサに向かいました。長年、京都駅の南側でバイトをしてきた私ですが、こんな場所には行ったこともありません。それでも、京都駅から南をさして歩き、九条通りで西に折れてしばらく歩くと遠目に見える巨大な建物に、流石に迷うことはありませんでした。今回のトークショーは、関西旅行人の会でも世話人役をされている、池彼方さんのご尽力によるものということです。池さん、ありがとうございます。

さて、本日のお話のテーマは、タイトルを見ればわかるとおりでインド先住民の、絵のお話です。先住民とされる人たちは、インドカースト制度の外部の集団で、インド憲法では「指定部族」とされているのだとか。その数は5000万人におよぶとのことで、これより少ない人口の国なんて、いくらでもありますね。そういった各部族の絵が脚光を浴びているということで、その絵は部族ごとに分類されているというお話です。絵の良しあしは正直なところ、よく解らないのですが、絵を見に行くということにも相当の労力を必要とするということ、そしてその労を厭わない蔵前編集長は、流石旅人というべきでしょうか。

この後は京都駅南側の店で懇親会、さほど広くない店の2階を借り切って、大いに盛り上がりました。私は、あこがれの旅人のサインをもらうことができて、これまた大満足でした。

テキトーだって旅に出られる! (わたしの旅ブックス)

テキトーだって旅に出られる! (わたしの旅ブックス)

蔵前編集長の最新刊です。「旅」を前にして肩肘の力が張りすぎている人たちの余計な力を抜いてくれる、そんな本です。

2018-07-27 「四国の飛び地」東寺訪問記

2018年8月5日アップロード

本年も、小島剛一さんとお会いする機会を得ました。この数年は、移動中の小島さんが京都を通過する際に出迎え、散策して次の目的地へ出発されるのを見送る、という形をとっています。今回も京都駅で出迎え、周辺の諸寺を散策しながらあれこれと雑談し、次の目的地に出立されるのを見送りました。今年はサッカーワールドカップフランスが優勝した際のマクロン大統領の(やや度を越した)大はしゃぎや、EU離脱交渉におけるUKの迷走ぶりなど、やはり話題には、事欠くところがありません。ただ、以前に比べると、ヨーロッパ情勢に関する意見をうかがうことが増えたかな、と思います。

さて、そんな話をしながらの京都駅周辺の散策でしたが、昨年に引き続き、今年も最初に向かった先は東寺でした。小島さんといえば日本以外の土地での旅経験が豊富な方ですが、これまで何度か、四国遍路道を歩かれています(詳細は、小島さんのブログをご覧ください)。

近年、四国八十八か所をめぐる遍路旅の人気が高まっているようで、私の周囲にも何人か遍路旅を行った人がいます。そのブームに便乗しようとしたのか、京都東寺

「八十八か所めぐり・0番札所

と称した立て看板を立てているのを確認したのが昨年のこと。その立て看板が、今年はどのようになっているのか。大いなる関心をもって見学に行ったところ、「0番札所」の立て看板は泣く、代わりにあったのが下の立て看板です↓

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東寺はいつから、四国の一部になったのでしょうか。京都に住んで二十年ほどになるのですが、初めて聞く怪情報です。

2018-07-23 何時の間に 四十路の門を くぐりけり

8月5日アップロード

とうとう、四十路になってしまいました。しかしながら、三十路に入った時ほどの感慨はありません。あの時は、エディンバラに行けるかどうかしか考えてなかったような、そんなことを思い出してしまいます。

日中は普通に仕事でしたが、夕刻に四条川端のSIBAに、友人知己が大勢集まってくださいました。東京からはまりもさん、鯖江からはかずよさんが、わざわざ来てくれました。他に集ってくださった皆さんも、大いに盛り上がったようで、企画者としては嬉しいことです。

2018-07-21 第25回 へレニズム〜イスラーム考古学研究会

7月31日アップロード

今年も、金沢でのヘレニズム〜イスラーム考古学研究会に参加してきました。

酷暑の折であり、蒸し風呂状態の京都から、しばし海岸に涼を取りに行った、という感も無きにしも非ずです。例年より半月ほど遅めの開催ということもあり、青春18きっぷで現地入りしまして、前日は準備に追われました。今回は事情により2日間の日程のうち初日しか参加できず、初日の早い時間帯に報告の枠を取っていただきました。もっとも、自身の報告直後、初日の第3セッションの司会を突如として依頼されて、バタバタする一幕もあったりしました。

今回の報告は「ペルガモン王国のセレウコス朝からの独立時期」と題しまして、昨年11月の関学西洋史研究会大会での話を膨らませたものです。ただ、準備不足の所為か、かなりヘロヘロな報告になってしまったのは、不勉強の至りです。

2018-06-17 第17回歴史家協会(於:関西学院大学)参加記

6月22日アップロード

※この記事の翌日、6月18日に発生した地震では、幸い私は特に被害を受けませんでしたが、被災された方は相当に不便な思いをされていることと思います。当該記事の研究会の行きと帰りは、当然のことながら、震源地付近を通過しております。半日違えば、私も被災者でした。早期の復旧を願っております。

研究会参加記が連続します。学会・研究会が立て続けに行われる時期なので、当然といえばそれまでですが、今回は、関関同立+京大阪大大阪市大の西洋史研究室による合同研究会、歴史家協会です。何処も同様ですが、関関同立西洋史の院生不足は深刻なものです。今回主催校の関西学院大学は、自前の報告者を用意できない、という事態になり、そのため午前中の報告はなく、午後からの研究会となってしまいました。そのために余裕を持ちすぎ、会場入りしたときには、前会長の中井義明先生の挨拶の最中でした。いつも通りの時間管理の拙劣さには、恥ずかしく思う限りです。

今回の研究会の特色は、第一報告者(全4名)が学振PD阪大出身)の石田さん、そしてトリの講演が名古屋大学・周藤先生ですので、プトレマイオス朝研究の報告でプログラムがサンドイッチされている、ということになります。・・・拙劣な表現で申し訳ありません。

とりわけ前のめりになってしまったのは、当然のことながら、周藤先生の講演です。考古学者としても歴史学者としても経験と実績が豊かな先生の目には、プトレマイオス朝史がどのように見えるのか、どのような問題と伸びしろを持っているのか、というお話であったと理解します。非常に勉強になった一日でした。