本はねころんで

2017-11-19 いよいよ冬本番

 ここのところ連日最低気温はマイナスを記録するようになりました。本日の当地は

さらっと雪が降りまして、朝にはすこし白くなっておりました。お近くの街では30

センチほども雪が積もったとか、いよいよ寒さ対策を本格的にしなくては。

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 昨日に読んでいた「夢幻の山旅」は、ページ数は多いのですが、会話が多用されて

いて、ページに文字は詰まっておりません。こういうのはページ数を稼ぐためには、

とってもいいのですが、じっくり読むということにはなりませんでした。

 そんなことで、口直しで同じ日に入手した井伏鱒二「珍品堂主人」を読む事になり

です。

珍品堂主人 (中公文庫)

珍品堂主人 (中公文庫)

 こちらは本を開くと、文字がびっしりとはいっていて、なかなかページを稼ぐこと

ができないのですが、骨董品を扱う店の主人が、料亭を始めるというのが筋となりま

す。

 発表は1959年で、作品の舞台は戦後から数年たった頃のようです。主人公が取り扱

骨董の値段が記されているのですが、現在の相場でいけば、これがいったいどのく

らいになるものか、すぐにはぴんとこないというのが、ちょっと歯がゆいことであり

ます。

 新薬師寺のご本尊そっくり白鳳時代とおもわれる一尺二寸ほどの仏像について

のくだりからです。

「取出して見せた仏像は、まぎれもなく白鵬仏像と思われるもので、ちょっとうつ

むき加減にして微笑をもらしている顔が何とも言われない。ふるいつきたいほどの顔

でした。一回十五万円、十二回払いなら大した掘出しだ。」

 今の時代にこの仏像について、この「十五万円」というところを、どのくらいに直

せば、リアリティがでるでありましょう。当方にとっては、合計百八十万円というだ

けでも、十分に高額と思うのですが。

2017-11-18 届いた本など

 先日に知人ときだみのるとミミちゃんの漂流のことを話題にしていましたら、そう

いえば、きだみのるフランス時代に甘粕正彦と接触があったとありましたねといわ

れました。佐野真一さん「甘粕正彦 乱心の曠野」の巻末にある主要参考図書には、

きだみのるのものはあがっていないのですが、これは嵐山さんの本がでていないので

すから、その昔はあまり知られていないことなのかな。

 あわせて、もう一つ話題となったのは、きだみのるが娘をともなっての漂流は、

やはりフランス時代の辻潤とむすこである辻まことの姿に重ねたものとのことでした。

 「乱心の曠野」で伊藤野枝のことを読んでいたこともあって、辻まことのことが気

になりました。これまでみすず書房からでた本などを購入したりしていたのですが、

あまりプライベートなことについては知っておりませんでした。

それで辻まことについて検索をかけてみましたら、なんと彼にスポットをあてた小説

が書かれているということがわかりました。

夢幻の山旅 (中公文庫)

夢幻の山旅 (中公文庫)

 このような作品が書かれていたことは、もちろん全く知らずで、探してみましたら、

容易に入手ができました。早速のこと、それを読んでみました。

 辻まことさんというのは、不思議な人でありますが、この作品を読んでもその不思

議という印象にはかわるところがありません。当方は興味本位で辻さんの女性遍歴に

目が行ってしまうのですが、普通であれば実名で書くのが憚れるような内容の部分も

あって、実話をベースにしての創作ではあるのだろうと思うものの、どう受け止めた

らいいのかととまどうこともありです。

 辻まことさんは、亡くなってずいぶんとたってから自死であったことが明らかに

なったのですが、その事実で、辻まことさんへの評価が変わらないように、この作品

でも不思議な人という印象は変わらないことです。

 なんといっても辻潤伊藤野枝という両親をもって、平凡に生きるというのがどん

なに大変かということがわかりましたです。

2017-11-17 となり町へ

 本日は午前からとなり町に住む知人のところにでかけました。

途中でトイレ休憩もあわせて、すこし巡回していなかったブックオフへと寄り道しま

した。朝10時過ぎで、まだ店内は閑散であります。

 久しぶりでしたが、立ち寄ってよかったなであります。「本の雑誌」に連載してい

西村賢太さんの「一私小説書きの日乗」に頻出する言い回しをかりますと、次の

ようになります。

 「少しく間が空いた為か、会心の大当たり。」(12月号であれば、76ページにでて

くるのですが、当方の大当たりとは、ちと当たるものが違いますが。)

 当方はブックオフでありますので、本日はワンコインでの本漁りとなります。

一番の収穫は、均一本のところで見つけた、次の一冊。

 クラフトエヴィング商会の一冊といえば、これでありましょう。「ちくま」の表紙

をかざっていた連載が単行本となったのですが、「ちくま」連載時に読んだっきりで

単行本を持っていなかったので、その後に中古本で購入したのですが、もちろん本日

の価格よりずっと高かった。今では、これはちくま文庫にはいっているのですが、

やはり手触りも含めて元版のほうがよろしい。しかも、このように申し訳ないような

値段で売られていれば、これは買わないわけにはいかない。

 この本は、結局、となり町の知人へのお土産本となりました。競馬関係と「サライ

が好きという知人に、よろしければこれをといって差し出しましたら、こういう本は

好きだなと喜んでもらいました。うーむ、会心のお土産本です。

 この他の収穫でありますが、どちらも均一本です。

文学部をめぐる病い?教養主義・ナチス・旧制高校

文学部をめぐる病い?教養主義・ナチス・旧制高校

 刊行された時に、ずいぶんと話題となったように記憶していて、新刊時にすこしのぞ

いたかなですが、ずいぶん時間がたって購入となりです。

副題に「教養主義ナチス旧制高校」とあって、主に東大ドイツ文学者を俎上にあげ

て論じたものとなっています。今では教養主義とか、旧制高校といっても、それは何さ

でありましょうから、当方の世代くらいまででしょうか、興味を持って読むのは。

居酒屋の加藤周一〈2〉

居酒屋の加藤周一〈2〉

 このところ、BSの番組でクロアチア鉄道旅行するものがありまして、それをみまし

たら、加藤周一さんの岩波新書クロアチアについてのものがありまして、それを引っ

張りだしてきて、目にしておりました。クロアチアというエリアがあることを知ったの

は、この本によってでした。

 それはさて、居酒屋で加藤周一さんが語っているのは、1993年まででありますが、こ

の時代はPKOでの自衛隊派遣が話題であります。パラパラと見たところに、次の発言が

ありです。

「明らかに憲法と矛盾する行為をやっていると、憲法の権威を落とすことになる。法治

国として危機的状態ですね。それは重大な問題です。・・憲法を場合によっては、多数

党が破ってもいいんだ、ということになってしまうと、憲法の権威は地に落ちる。する

と法治国の最後の保証が無くなるんです。」

 だから、法治国家を守るためにも、憲法改正(特に九条の)は必要で、そのことが憲

法の権威をまもることになるといわれそうですが、それはそもそも信頼できない人たち

にいいようにはされたくないことです。

2017-11-16 「本の雑誌」12月号

 先日に届いた「本の雑誌」12月号は、特集が「人生は『詩』である!」というもの

です。

 巻頭で「この詩が好きだ」ということで、15名の方が「詩」をあげているのですが、

残念なこと、ここには当方がなじんでいる「詩」がほとんどなくて、いまさらのよう

に詩から遠くにいるなと思ったことです。

 誰か一人くらい飯島耕一さんの名前をあげてくれていたら、うれしかったのにね。

 この特集で喜んだものに、北村薫さんの「待ち伏せ年代記」という文章があります。

この文章の書き出しに「かって『詩歌の待ち伏せ』という本を書きました。一部の方々

には驚くほど好評でした。さまざまな時に、わたしを待ち伏せしていた詩歌について

語った本です。」とあります。もちろん、このような本があったことも知りませんで

した。

詩歌の待ち伏せ〈1〉 (文春文庫)

詩歌の待ち伏せ〈1〉 (文春文庫)

 この「詩歌の待ち伏せ」というのは、シリーズとなって文庫化されているのですね。

これは、こんど探してみることにいたしましょう。

本の雑誌」12月号では、このシリーズで取り上げたもののなかから、いくつかを年

代順に紹介をしています。

 当方が喜んだのは、そのなかに次の文章があったからです。

「その頃、『虚無への供物』を読み、中に出て来るポオの『大鴉』の、日夏耿之介

にしびれました。中学生の頃、文学全集の一冊になっているポオを買いましたが、そ

の訳とは全く違う。・・・・

 中井先生は、 これでなければ駄目だ、という。これには洗脳されてしまいます。」

 どうやら、これは北村さんが高校生のころのことのようです。

虚無への供物」を高校生の頃に読まれたか、インパクトがあったろうな。

この文章には、書影が添えられているのですが、これは講談社文庫の元版でありました。

虚無への供物ファンのほとんどは、この作品を初めて読んだのは講談社文庫版で

ありましょうし、この作品を文庫化するために講談社に入ったという編集者がいたこと

も、この文庫元版を特別なものとしているのですよね。 

 先日に喫茶店(カフェというようです)にいましたら、となりにすわった若い男性が

文庫本を手にしていて、何を読んでいるのかなと思ったら、これが「虚無への供物」で

ありました。はじめて若い人がこの作品を読んでいるのを目撃したのですが、これが

上下二冊となった文庫新版でありまして、惜しいなせっかく読むなら旧版でしょうよと

声をかけたくなったのを、ぐっとがまんでありました。

2017-11-15 元気のでないこと

 そういえば12日日曜日から大相撲九州場所がはじまっておりました。今場所はひい

力士が負傷欠場ということで、今場所は応援にも力が入らないなと思いながら、す

こしは気になる力士の成績をチェックしていました。

 そういえば、あの力士は今場所土俵にあがっていないようだが、身体でも悪くして

休場しているかなと、番付を見てみましたら、そこにも名前はありません。これは四

股名でも変わったろうかと、検索をしてみましたら、九月場所後に引退しましたと

ありました。なんと、まだ若いし、もうすこしいけるのではないかと思ったけど、早く

も見切りをつけてしまったか。

 九月場所でも、名前が見えない力士がいて、あれどうしたかと思って検索をしました

ら、いきなり引退したとでていました。こちらは直前まで十両にいた若い力士でありま

して、引退の理由は膝の負傷で、再起の可能性が低いためとありました。きっとそうな

のでありましょう。

 相撲の世界の労働条件は、いまだに昔とほとんど変わっていなくて、これだけ保証の

ない世界に飛び込むというのは、相当な覚悟が必要でありますね。関取になれるのは、

ごくごく一部でありまして、あとは万骨枯るであります。

 そんななか、横綱が飲み会で同席していた力士に暴力を振るって、負傷させたという

事件にはなさけない気持ちになってしまいました。

まさに志半ばにして、角界を去ることになった力士たちは、やりきれないことでありま

すでしょう。