本はねころんで

2016-08-31 波と図書 9月号 3

 図書9月号にあった高村薫さんの「少数派の独り言」という文章をみていましたら、

本日手にした新聞夕刊には、金時鐘さんへのインタビューでも「絶対少数者」という

言葉が目に入りました。

 日本の先住民であるところのアイヌの人々や併合された琉球の人、そして朝鮮半島

からの人々は、絶対少数派でありますからして、この国で生きていくためには、それ

なりの心構えが必要なのでありましょう。

 先日に見ていたTVで沖縄出身の若い女性タレントが、スペインフラメンコ短期

レッスンを受けるものがありましたが、その時に彼女が教えてくれる先生に対して

「私は沖縄人です、」といっていたのが印象に残りました。もちろん、フラメンコ

いう舞踊の背景にも少数者の存在がありです。

 本日の金時鐘さんのインタビューは、あちこちに引用をしたいと思うところがあり

ですが、そのなかから、最後におかれたところを紹介です。

「詩を書く者は生き方も必然的に問われます。絶対的少数者の側に立つ。それが詩を

書く者の意思だと思っています。参院選の結果を見て、生きるのも嫌だという気分に

なりましたが、変化を避け、なれ合いを続けようというする社会に分け入っていくの

もやはり詩だと信じています。」

 このインタビュー記事では、金時鐘さんの「在日のはざまで」が取り上げられてい

ました。品切重版未定とありますが、中古では容易に入手できそうです。

「在日」のはざまで (平凡社ライブラリー)

「在日」のはざまで (平凡社ライブラリー)

2016-08-30 波と図書 9月号 2

 「図書」で毎号楽しみにしているものに、高村薫さんの「作家的覚書」という連載

があります。9月号は「少数派の独り言」というタイトルとなります。

 当方もこのような駄文を書き続けているのですから、けっして社会の多数派ではな

く、天然記念物ではありませんが、かなり稀少な存在となりつつあるのでしょう。

高村さんがいうところの少数派というのは、そこまでのことではなく、数ヶ月前に行わ

れた参議院議員選挙の結果についての話であります。

与党とその補完勢力で三分の二を超える議席を獲得する結果となった先の参院選も、

終わってみれば、これが戦後日本の決定的な曲がり角になるという実感はむしろ茫洋と

しており、一日本人として何をどう悔やみ、怖れたらよいのか、なかなか明確な言葉は

ない。老いも若きも将来不安を抱え、ただひたすら安定を求めた結果が与党の圧勝だと

すれば、筆者のように三分の二を怖れるのはいまや少数派の杞憂、もしくは時代の趨勢

に反した特殊な考え方ということになろう。」

 「決められない政治」はお断りというのがありましたですね。そうなるとごりごりと

決める政治に傾斜していくようです。いったん傾斜していくと止まらなくなってしまう

のが、最近の社会のようです。最近のテレビ番組欄やネットニュースのヘッドラインを

見ましたら、この国は大丈夫かなと思ってしまいます。

 高村さんの文章の続きを見てみます。

憲法は、時代に合わせて変えればよい。憲法前文の主語が国民から国家に変わっても

大したことではない。それよりとにかく景気対策を!こう叫ぶ多数派は、この先起きる

であろうことへの想像力を決定的に欠いてはいるが、何であれ時代の大きな流れをつく

り、そこにのみ込まれてゆくのが多数派というものだろう。」

 テレビのワイドショーにも週刊誌にも、ほとんど縁のない当方は、立派な少数派で

ありまして、いまのところは生きにくさをあまり感じていないだけ、ありがたいかな

です。ネットの宝くじの広告の「私たちも、ニッポンのお役にたちたい」なんてキャッ

チコピーを見て、これはなんかへんだぞと思わないなんて、「この先起きるであろう

ことへの想像力を決定的に欠いてはいる」でありますね。

2016-08-29 波と図書 9月号

 本日に新潮「波」と岩波「図書」が一緒に届きました。さっそく両方とも取り出し

て、中をのぞいてみることになりです。まずは目次と新刊広告をチェックです。

この両号ともに池澤春菜さんが文章を寄せているのが眼をひきました。

「図書」では、先月号に掲載がなくて心配した小塩海平さんの「農学と戦争」が、この

号に掲載となって、無事に完結です。この「農学と戦争」は上中下の三回に分けて掲載

となっているのですが、完成した形で編集部にはわたっているはずですから、たんに

スペースの関係で先月は見送りとなっているのかな。

 この文章の最後におかれたくだりが、時節がらうまくないということで、それが静ま

るのを待っていたのかもしれませんですね。詳しくは、岩波「図書」の「農学と戦争」

の掲載号をご覧くださいです。

 「図書」お楽しみの来月の新刊ページでありますが、ここに津野海太郎さんの名前を

見つけました。10月の岩波新書新刊に「読書と日本人」というのがあがっていました。

10月20日刊行予定ですから、いまから二ヶ月も先のことですが、これは楽しみなことで

す。

 一方の新潮「波」を見てみましたら、津野海太郎さんが文章を寄せているではないで

すか。

2016-08-28 女性への期待 2

 昨日に清水真砂子さんの「幸福に驚く力」に収録の文章を話題としましたが、本日の

新聞読書欄に清水さんの寄稿がありました。これはタイミングがよろしいことで。

 清水さんは児童文学者で、翻訳家となります。翻訳を手掛けた一番有名な作品は「ゲ

ド戦記」でして、当方は読もう読もうと思いながら、いまだ読めていないのは残念なこ

とです。

 当方が清水真砂子さんに関心をもったのは、「青春の終わった日――ひとつの自伝」

という清水さんの本を手にしたことによります。

(  http://d.hatena.ne.jp/vzf12576/20130429 )

青春の終わった日――ひとつの自伝

青春の終わった日――ひとつの自伝

 これによって、清水さんが静岡大学高杉一郎さんの教え子さんであり、翻訳家

して、今あるのも高杉先生のおかげとあるのです。学生時代に良い先生に出会うという

のは、とても幸運なことであるようです。

 最近はどうなのでありましょう。

 本日の清水さんの寄稿には、「学校がつらい時は」とタイトルがついていました。

ここで清水さんは、次の五冊をあげています。

ベーグル・チームの作戦 (岩波少年文庫)

ベーグル・チームの作戦 (岩波少年文庫)

おいぼれミック

おいぼれミック

センス・オブ・ワンダー

センス・オブ・ワンダー

 子ども文学に求められる最低のモラルというのが、「幸福に驚く力」にでてきます。

「最低のモラルは『人生は生きるに値する』ということだと申し上げたい。・・・人生は

生きるに値するというのは、別の言葉でいいますと、子ども文学というのは、『めでた

しめでたし』で終わらなくてはいけないということです。つまり、ハッピー・エンディン

グでなければいけない。なぜかというと、一生懸命生きたあげくに悲劇で終わったら、

子どもたちにとっては希望がなくなってしまうからです。」

 16歳で仲間と思っている人たちに殺されてしまう子どもや、20歳そこそこで親となっ

子どもを殺してしまう若者、ほんとうに希望のないことですが、物語で人は生きる力

得ることができるだろうか。

2016-08-27 女性への期待

もうずいぶんと前のこと松田道雄さんが「私は女性にしか期待しない」という本を

岩波新書から刊行しました。 その当時は、女性の社会進出がいわれていた時代です

が、早速に購入して読んだものの、内容はすっかり忘れていて、タイトルだけが強く

記憶に残っています。

私は女性にしか期待しない (岩波新書)

私は女性にしか期待しない (岩波新書)

 なんというか当時は、女性のほうが地に足のついた発想ができて、男性よりも平和

的であるということであったのかな。それから二十年近くもたって、国会議員などを

見ると、そのころよりは、少しは女性が多くなっているようですが、目立つのは、

目立ちたがりで過激な右派の女性でありまして、松田道雄さんが期待していた女性と

いうのは、こういうことではなかったろうにと思うことです。

 昨日のブックオフでは、過激ではない女性の本を購入です。

幸福に驚く力 (かもがわCブックス)

幸福に驚く力 (かもがわCブックス)

 この本の巻頭におかれているのは、「橋をかける女たち」という講演でありますが、

あと何日かで二十世紀から二十一世紀にはいるというタイミングでなされたもので、

この世紀から、次の世紀に女たちに求められるものということになるのでしょうか。

「これから二十一世紀に入る女たちにとっての大きな課題は、どうやって男に橋を架け

るかということのような気がします。もちろん国境を越えて橋を架けることは必要だし、

私たちには、これからきっとそれが求められるだろうと思う。いろいろな世代をこえて

橋を架けることも求められると思います。でも、いちばん身近な男あちに橋を架けると

いうことを抜きにしては、私たちは幸福になれないのではないでしょうか。」

 「橋をかける」とは、やんごとなき女性が、かってすえもりブックスから刊行し、

いまは文庫にもなっている本のタイトルにかぶるのですが、そちらのほうは、どんな

内容なのでしょう。