本はねころんで

2016-05-27 新日本紀行 札幌

 本日夜に放送があった「新日本紀行」は、札幌すすきのでありました。

 番組は1時間ですが北の歓楽街「すすきの」の色々な側面が取り上げられていました。

 そういえば最近はあまり「すすきの」へといくことがなくなったなと思うのですが、

これは夜のすすきのではなく、昼間のすすきのです。当方の菩提寺すすきのにあり

まして、かっては春と秋のお彼岸には両親と一緒にすすきののお寺へと墓参にいって

おりました。父が亡くなったことにより、住まいの近くの同宗派のお寺とお付き合い

がはじまり、おかげですっかり札幌すすきのの寺には縁遠くなってしまいました。

 以前のすすきのには新刊本屋とか古本屋がありましたが、最近は次々と姿を消して

残っているのは、古くからある古本屋一軒となっていますが、その古本屋北海堂」

に、この番組の取材がはいっていました。「コーヒーとだじゃれ」とテロップにあり

ました。

 この古本屋さんのことは、札幌出身小西康陽さんが「これは恋ではない」の「札幌

ガイド」で「ススキノのど真ん中(南六条あたり)にある古本屋。」として紹介して

いました。( http://d.hatena.ne.jp/vzf12576/20080425 )

 本日の「新日本紀行」をご覧になった方は、ここのご主人がなかなかユニークな人

であるということがおわかりになったかと思いますが、このお店については、古本

ツアーさんが当然のことレポートしていまして、これがとっても面白いです。

( http://furuhonya-tour.seesaa.net/article/392484546.html )

 そうなんですよね。当方は、もう何年もいっていませんが、以前にこのお店を

訪ねましたら、いきなりご主人からアマチュア無線の話題で話かけられて、当惑した

ことがありました。なぜ、そんなことになったかといいますと、当方とアマチュア無

線をやっている弟を間違えてのことのようでした。当方は、そんなに弟とは似ていな

いと思うのでありますが。

 もちろん、小西康陽さんが書いていますように販売されている書籍と価格はいたっ

てまともなものでありまして、とくにこの店のカバー(川上澄生さんの版画)はすば

らしいものです。

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2016-05-26 父の娘の息子

 本日のニュースには伊勢市神宮鳥居前で、外国からの賓客をむかえる総理大臣

様子が映し出されていました。現在の日本の総理大臣にとって、この神宮というのが

最大のパワースポットであるということがよくわかる絵でありました。なんとなく、

王権神授をアピールしたいようにも思えることですが、これも本気なのでありましょ

う。その母は「父の娘」のようにも思えるのですが、「父の娘」とは矢川澄子さんの

用語でありますが、もとは「ユング」によるものだそうで、矢川さんの著書には、

次のようにあります。

ユング心理学に『父の娘』という概念がある。輝かしい父の栄光のもとに生れ、そ

の存在にあやかろうとして、ともすればみずからの女性性を蔑ろにしかねない少女、

とでもいっておこうか。」

 総理の母が、女性性を蔑ろにしかねない少女かどうかはわからないのですが、その

存在にあやかろうというところは、たぶんそうでありましょう。それが色濃く投影

れた息子であります。このことを息子がどのように受け止めているのかはわかりませ

ん。

 伊勢市といえば、ちょうど読もうと思って確保していた笙野頼子さんの出身地であ

りました。最近に入手した文庫には「イセ市、ハルチ」という作品があり、もう一冊

には「母の縮小」というのがありました。

 どちらの作品も、現在の総理大臣は読みそうもないものであります。特に、母もの

については。

 笙野さんの母親は、作品の中では過干渉のキャラクターで描かれます。(もちろん

私小説ではありませんので、現実の親子関係であるかどうかは問題としません。)

 「母の縮小」の書き出しです。

「母が縮んで見えるという視界の異変にずっと苦しんでいた間の事を、なんとか文章

説明してみたいと思ったのだが、そもそも縮み始めてからの記憶は滅茶苦茶だし、

苦しまなくなったきっかけはごく単純な事で、しかもそれを機会に母と会わなくなく

なってしまったのだから一方的な話になってしまうかもしれないのだった。」

 大きな母に抗う娘の話でありますが、この先が楽しみです。

母の発達 (河出文庫―文芸コレクション)

母の発達 (河出文庫―文芸コレクション)

2016-05-25 旅の空から 6

 本日の夕方の便で戻ってきましたが、予定よりも30分ほど遅れてのフライトとなり

ました。

 30分くらいでありましたら、持参の本を開いていれば、たいして苦になるものでも

ありません。帰りのバスと飛行機で開いていたのは、次の本です。

 「プレイガイドジャーナル」が創刊されたのは、1971年といいますから、当方が京

都で学生生活をおくっていたときのことです。当方は70年4月から京都に暮らしはじめ

たのですが、その年に大阪で開催された万国博には、まったく興味なく、大阪自体にも

あまり関心がありませんでした。

 そのせいでしょうか「プレイガイドジャーナル」を学生時代に手にした記憶があり

ません。こういう情報誌というのを、当時の当方は必要としていなかったのでありま

しょう。この著者の村元さんのお名前も、今回初めて知りました。 

 以前にも記しましたが「プレイガイドジャーナル」は、当方の友達の友達が関係して

いるものでありまして、それで近しく感じておりました。

 この本を読んで見てわかったのですが、当方がこの時代に熱心に読んでいました中村

とうようさんの「ニューミュージックマガジン」とは人的にかぶることであります。

2016-05-24 旅の空から 5

 昨日ほどではありませんが、本日も気温が上がりました。北国に住む人間は暑さに

弱いことです。

 というわけで、本日は体を休めることもありまして、ほぼ終日アパートの部屋に

こもっておりました。せっかくなので持参した文庫本を手にしていました。

今回は二冊の文庫本を携行ですが、そのうち読んでいたのは、次のものです。

( この本をアマゾンでリンクを貼ろうとしましたら、乙川優三郎で検索しても一冊も

上がってきません。アマゾンで検索をしたら、ちゃんとヒットするのに、なぜでしょう。

何か意図が働いているわけではないですよね。というわけで、楽天でリンクです。)

 乙川優三郎作品を読むのは、初めのことです。新潮文庫から刊行となった時、この

作者が、以前に大佛次郎賞を受けていることを思いでしました。受賞した時の作品が

「脊梁山脈」で、それ以来ちょっと気になっていました。

文庫化されたのを機に読むことになりました。

 脊梁山脈というのは、どういう意味なのかなと思いましたが、終わりも近くなった頃に

この文字が出てきました。

 それにしても、一つの作品にいろんな話題がてんこ盛りでありまして、こんなに盛って

大丈夫かなと心配になりますが、最後になんとか一つに収束していきます。

大佛次郎賞を受けたのは、これのメッセージ性を評価してのことでしょう。

 主人公は戦争から復員して、叔父の遺産を相続するのですが、それで働かなくとも生

活に困ることはないという、まるで怠け者には羨ましい立場になります。主人公のよっ

て立つところを明らかにしてから、彼の探索の旅(それは復員の途中に世話になった

戦友のを求めてのもの)が始まります。その戦友がやっていたと思われる仕事の歴史を

探ることで、古代史の謎解きにまで発展します。

 メッセージといえば、次のようなくだりに感じました。

「政変の背景には緊迫した東アジア情勢による危機感があると言われるが、本当にそう

だろうか。朝鮮半島で動乱が続き、唐が高句麗を攻撃したとはいえ、すぐに日本を呑み

込むほどの脅威が迫っていたとは思えないし、人を暴挙に駆り立てるのは恨みや怒りや

激情であって、大局観や正義感ではないだろう。むしろ冷静な愛国者を装い、危機感を

煽り、利害の一致する不満分子と結び、秘めた目的を遂げようとする利己的な人間が

現れる方が自然である。社会的に非力な彼らはよく天命を持ち出す。」

 唐が高句麗というところを北が南をと読み替えると、現代の話となりますが、もちろ

ん、これは現代ではなく、古代史で中大兄皇子についてのところにあるものです。

 この作品には、日本文化の底にある朝鮮半島からの渡来人によって伝えられた技術へ

の尊敬があります。

2016-05-23 旅の空から 4

 関西は連日暑いことです。

 本日も京都におりましたが、日中は30度を超えていたようです。

 さすがに炎天下の下をうろうろと歩きまわるのは、体によろしくないので、本日は、

ほとんどおひさんを避けて過ごしていました。こんなにお天気が続きますと、少し

おしめりが欲しくなることです。(明後日の天気予報は傘マークとなっていますが、

雨が待ち遠しい人たちもいますでしょう。)

 本日の夕方に京都から大阪へと移動しましたが、その前にお土産を購入です。

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 平日でしかも少し遅い時間でありましたので、いつもの行列がさほどではなく、すぐ

に購入することができました。このお店の名物「豆もち」とこれからの時期のお菓子

水無月」を入手です。水無月の品書きには「京の町が伝えた初夏の生菓子」とありま

した。このお菓子は、最近では当方の住む町でも売られるようになったいますが、ほんの

30年ほど前までは、ほとんど知られておらず、関西から引っ越してこられた方が、初夏

のお菓子といえば「水無月」というのがあるといって、手作りされたのをいただいたのが

最初の出会い。

 一年に一度は「水無月」をいただこうと思っていますが、今年はタイミングよろしで

京都で「水無月」を入手することができました。