本はねころんで

2018-06-23 本日の読書欄から

 読書欄が土曜日に引っ越しをして、いまだになれないことであります。それ以上に最近

の読書欄に掲載されているもので、これはと思うのがないことです。これは読書欄の選書

と当方の興味の方向にずれがあるからでありましょう。

 ほんとに読書欄を目にして、本屋に足を運ぶということがなくなっていることです。

当方が興味を持つものは文庫とか新書の紹介のなかにあるようです。本日の読書欄に掲載

のもので、当方が手にしたのはわずかに文庫本一冊でありました。

 本日の読書欄紙面でを引いたのは、出版社の広告でありました。

 第三書館の広告です。

原発ゼロで、米軍基地なしの『共和制日本国』へ 天皇制共和制の狭間で

 90代小沢信男から30代山口裕二郎まで、『わだつみ会』理事長から四年制大学前学長

まで、男女24人の『どうする・どうなる天皇制論。今世紀末、我々全てが日本共和国

民」

 当方の目に飛び込んできたのは、この広告の冒頭に小さな文字で小沢信男さんの名前

を見つけたからでありますね。

 最近は天皇制を廃止せよという勢力は後退しているようでありまして、天皇制は安泰

でありましょう。まあ天皇制はいいけども元号法制化のほうはどうにかしてくれという

ほうが多いのかな。

 それでも今世紀末ということになると、70年ほども先のことでありまして、今を基点

として70年過去に遡れば、戦後の混乱期でして、その当時に、今のような社会となる

ことが予想できなかったように、これから70年先のことも予想することも難しいようで

すね。

2018-06-22 やっと青空が

 本日は午後になって、ほんとひさしぶりにおひさんがでてきました。おひさんがでま

すと、気持ちも晴ればれとすることです。おかげで19時過ぎても明るさが残っていて、

野暮用から戻ってきても、すこし屋外で時間を過ごすことができました。週末もこの

天気が続いてほしいものです。

 昨日に図書館で新刊のところを見ていましたら、普通であれば手にしないような本が

目に入りました。背表紙をみましたら、タイトル、著者名があって、その下に版元が

記載されているのですが、これが岩波書店としか見えないのです。岩波図書」で新刊

をチェックしている当方であるのに、岩波からこのような本がでているのは、まったく

頭にはいっておりませんでした。

 なんじゃこれはとまず著者のプロフィールを確認です。なるほどかって平凡社の編集者

をしていて、その後にフリーの編集者となって、「WIRED」という雑誌の編集長であっ

たとか。この雑誌も、この著者のこともまったく知らずでありますが、岩波からでたと

いうだけで、借りてしまった。

 副題は「エディターズ・クロニクル 2010ー2017」とありまして、編集者の書くものが

好きな当方は興味を感じたのです。

 著者は当方よりも二十歳ほど若く、平凡社では月刊「太陽」の編集部にいたというので

すから、本が売れなくなった時代に編集者デビューであります。当然のことながら、デジ

タル時代の編集者となります。

 ぱらぱらと斜め読みをしていますが、次のような文章がありました。

「いまどきのFacebook」は、すっかり『おっさん』がとぐろを巻く場所になっている観

がある。つとめて平静を装いながらも、隠しきれない自己顕示欲と、傲慢と、苛立ちと

が滲む、あのイヤな感じ。

見るたびにげんなりするのだが、実際のところ、投稿するひとの性別や年齢にかかわら

ず、SNS空間そんものがすでにしておっさん的空間でしかないのかもしれないという気に

もなってくる。」

 これが発表されたのは2017年12月9日ですから、半年前のことです。

ここでは「Facebook」とありますが、「さえずり」のほうも同様でありましょう。

 いうまでもなく、拙ブログもまた「おっさんがとぐろを巻く場」でありますね。

2018-06-21 本日は夏至ですが

 本日も寒いことでありまして、この時間は暖房をいれようかと思っています。

なんということでありましょう。本日は夏至であるというのに、終日雨模様でありま

して、18時を過ぎた頃には薄暗くなっていました。まったく夏至を実感できぬこと

です。

 昨日に借りていた本を図書館に返却して、本日は改めて借りることとしました。

借りたものの一冊は、先日に書店で手にして購入するかどうか迷ったものであります。

この時は、持ち合わせがなくて(図書券はもっていたのですが)、購入することがで

きませんでした。そのときは図書カードを使おうかとも思ったのですが、これは別な

ものを予定していますのでね。

 ということで借りたのは、次のものです。

 多和田さんの前作「百年の散歩」は、いまだ半分も読めていないのですね。あれが

読めていれば、この作品は、すぐに買うことになったでありましょう。書店で立ち見

をした限りでは、今回の作品のほうが読みやすそうにも思えたのですが。

帯には、このようにありです。

 「誰もが移民になりえる時代に 言葉のきらめきを発見する越境譚」

 多和田さんからすれば、移民というのは、日常のことであるのですね。当方の環境

では移民は相当に特別なことでありまして、ましてや自分が移民になるなどとは考え

ることもできないのですが。現在、移民となっている人々も、以前はそう思っていた

のでありましょう。

 作品の冒頭のところで、主人公は次のようにいっています。

「最近の移民はほとんど流浪の民になっています。絶対受け入れないという国はなく

なりましたが、ずっと暮らせる国もなくなりました。わたしの経験した国は、たった

三つです。でも三つの言語を短期間で勉強して混乱しないように使うのは大変です。

脳のなかにはそれほど広い場所がありません。だから、自分でつくっちゃったんです。

スカンジナビアの人なら聞けばだいたい意味が理解できる人工語です。」

 隣の国とは、ほとんど言葉は通じ合わないという国に住んでいますと、国が違って

も聞けばだいたい意味が理解できるというのは、よくわからんことでして、当方が

思いうかぶ人工語は、発語を聞くとなんとなくわかりそうだが、意味がまったく通じ

ない例のハナモゲラ語くらいであります。

2018-06-20 強制終了せり

 その昔のパソコンは、よくフリーズしたことを思いだしました。いくつかの作業

並行してやっているとCPUの処理能力を超えてしまって、キーを押しても、まるで

反応しなくなるのでした。これはMacWindowsも同じでありまして、そうなったら、

いくつかのキーを同時に押して抜け出るように操作するのですが、それでだめな時

は、電源ボタンを長押しして、強制終了することになります。

 強制終了は、ほとんどフリーズ状態にあった、当方の読書生活にも必要なようであ

ります。本日は、図書館から借りていた本を一度全部返却してしまいました。読めそ

うなものもあって、心残りですが、それはまた借りればいいでしょう。

 本日の朝日新聞夕刊は「『小さな物語』懸命に静謐に」という見出しで「野呂邦暢

小説集成」の完結を伝えていました。そうでした文遊社からでている小説集成が完結

したことは、「一冊の本」6月号に掲載の文遊社広告で見ておりました。先週に東京

乗り換えをした時に、どこかの本屋で購入することができないかと思っていたのです

が、これは新刊本屋に寄ることもなく終わったので残念となりました。

 

 夕刊の記事には記者さんの文章があるのですが、そのなかに「編集に協力した元都立

高校教諭の浅尾節子さん」と紹介があるのですが、文遊社の小説集成も、みすずの随筆

コレクションもともに、浅尾さんお力なしには成り立ちませんです。

記事のなかには、浅尾さんの次の発言がありです。

国会図書館で、野呂が文筆活動した間の新聞・雑誌のマイクロフィルムをひたすら

見続け、未発表作を探した」

 この小説集成には「全9巻に単行本化されていないものが49作、未発表も3作」と

あります。そろそろ野呂さん没後40年になろうとしていますが、亡くなってから文名は

あがる一方でありまして、幸せな没後であります。

 それにしても、野呂さんは小説集成に解説を寄せている中野章子さん、資料探索の

浅尾節子さんと良き理解者に恵まれたことです。

 この小説集成9巻は、どのようにして入手することにしましょうかな。

2018-06-19 バラとW杯

 図書館からたくさん本を借りているというのに、まるで読むことができていないこ

とです。本の選択を誤ったかなとも思うのですが、複数冊借りると、どれか一冊は

読む事ができるはずなのに、これはいかんことです。

 もちろんなまけ癖がついているところにもって、蕾が色づいて割れ始めているバラ

の面倒をみなくてはと思っているのに加えて、W杯でありますよ。普段はそんなに

サッカーを熱心に見るわけではないのですが、やはりW杯は特別であります。以前に

も記しているはずですが、当方はTVでのW杯の応援は、年季が入っていまして、

たしかNHKが初めてライブ放送をしたのが1978年でありまして、あれから40年とな

りますが、あの頃は、日本チームがW杯の本大会に出場できるとは思いませんでした

ですね。時代が変わったなと思うのは、日本チームがW杯の常連となったことと、公

式スポンサーのボードに日本企業の名前が見当たらないことですか。

 W杯の試合は、予選であっても好ゲームが続きまして、日本チーム以外でも見ると

はまってしまいまして、これはW杯が終わるまでどっぷりつかるのかもしれません。

 大阪北部の地震で亡くなった人のうち二人は、本棚の下になったことによるもの

とのことです。どのような部屋に、どのような本棚が置かれていたのかわかりません

が、こういうのは後学のために、すこしでも情報がほしいものです。このニュースが

報道されたら、あちこちで本をためこんでいるおやじたちは、家人から、いろいろと

いわれているのでありましょう。

 本に埋もれて死ねば本望なんてことはないのであります。