本はねころんで

2017-02-19 本日の読書欄から

 本日の朝日新聞読書欄を見ていましたら、購入することはないだろうと思うのです

が、気になる本の紹介がありました。

 一冊は、次の本です。評者は宮沢章夫さんであります。

ロッキング・オンの時代

ロッキング・オンの時代

ロッキング・オン」というのはロックのための批評誌になります。創刊は1972年とあ

りますので、すでに40年以上の歴史があります。ロック好きでもかなりコアな人を対象

としているものですから、ほとんどの人には無縁な雑誌でありましょう。

 宮沢さんの書評から引用です。

渋谷陽一が、本屋で音楽雑誌を立ち読みしてもどれもつまらないから自分たちで雑誌

をつくったという意味の痛烈なメッセージを、その頃、どこかで発言していた。まず、

この言葉に喚起されたと思うし、音楽そのものとは別に音楽批評という営みの刺激を

ロッキング・オン』から受けた。それはジャズ批評でも、歌謡曲の批評でもなかった。

ロックでなければいけなかった。」

 当時二十歳をすこしでたくらいの若者たちが、当時の音楽雑誌(というか音楽批評)

に満足できず雑誌を創刊したのでありました。当時の音楽雑誌といえば、中村とうよう

さんがおこした「ニューミュージックマガジン」が出来てまもないころでありまして

当方などは、高校生の頃から中村とうようさんにいかれていましたので、それを毎月

購読していたのであります。

 椎名誠さんと仲間たちが「本の雑誌」をつくったように、その世代の人のつながりか

ら雑誌が誕生するとすれば、「ロッキング・オン」こそ、当方の世代がつくった雑誌と

いえるでしょう。

 当方が京都で学生生活をおくっていた時、「ニューミュージックマガジン」の投稿

欄に掲載された当方の住所を見てたがと郵便が届き、そこには「ロッキング・オン」と

いう雑誌をつくることになったが、ついては雑誌を置いてくれるところを紹介しては

くれまいか(販売に協力してほしいともあったかもしれぬ。40年以上も前で、このとき

の手紙は残っていないでしょう。)というものでした。

 このようなコンセプトの雑誌とは書いてあったと思うのですが、ちょっと当方の音楽

の好みとは違うなと思って、京都レコードやさんを紹介して、それっきりになって

しまいました。

 当方は当時から若年寄のようなところがありまして、同世代が新しい雑誌をおこすと

いう試みに、冷やかであったようです。

それから40数年でありますが、同世代である渋谷陽一さんの文章とか番組につきあう

ことがほとんどなく、主としてかなり年長の文筆家のものに親しむことで、日々を過ご

しているのであります。

 しかしそれにしても、同世代で一番地道に活動をしているのが渋谷陽一さんであると

いう印象を受けます。特に、最近の「SIGHT」誌などの刊行に関してです。

2017-02-18 本日も小沢さん話題

 先日に池内紀さんの「亡き人へのレクイエム」を読んでいましたら、その菅原克己

さんのところで、小沢さんの文章に言及されていました。

その文章は、小沢さんの「本の立ち話」に収録のものですが、この菅原克己さんに

つながって、小沢さんの本を紹介している方がいらっしゃいました。

 ちょうど「亡き人へのレクイエム」を読んでいた頃に、「みすず」アンケート特集

号が届きました。それを駆け足で見ていましたら、そこに小沢さんの本があがってい

ました。

 あげてらしたのは栗原彬さんで、小沢さんの本は「捨身なひと」晶文社

捨身なひと

捨身なひと

 栗原彬さんの紹介文は、次のようになりです。

菅原克己さんに詩集を戴いたときのこと。含羞の詩人のやさしい面差しと共に、

人と世界への疎遠と、だからこそその距離を必死に埋めようとする近しさの捨身な

身振りが、閃光のように走って消えた。忘れ難い記憶の中の一枚の絵。ここに酉

上げられたのは、花田清輝中野重治長谷川四郎菅原克己、辻征夫。いずれも

『捨身の人』でなく、『捨身な人』。そして小沢信男もまた。」

 先日は池内さんが紹介する小沢さんの文章を読み返し、「みすずアンケート」を眼

にして「捨身なひと」を手にすることになりです。 

 「捨身なひと」の担当編集者は中川六平さんで、ほぼ生前最後の仕事となりました。

小沢さんはあとがきで、この書名について次のように記しています。

「拙文の束をお届けすると、やがて中川六平氏が全五章の目次案を手にあらわれて曰

く。こんなふうにならべた。題して『捨身なひと』。はじめ『捨身のひと』としておい

たら、装幀平野甲賀さんが、だんぜんこれは『捨身なひと』だって。そうだよなァ。

これできまりよ。あっちこっち書きなおしたいんでしょ。どんどんやって頂戴。」 

 捨身と聞くと、なんとはなしに爆弾三勇士とか自爆テロヒーローのことを思い浮か

べてしまいますが、もちろん、この場合は、これの真逆でありまして、身を捨てて

浮かぶほうのことでしょう。

2017-02-17 金もないが

 懐の具合がよろしいわけではないのですが、気になる本を書店で手にすることがなく

て、これはこれでさびしいこと。東京にお住まいになっているかたでも、住まいの近く

にあった気の利いた書店が姿を消してしまってと記しているのですから、当方の住む

あたりはいわずもがなです。

 現役で働いている人たちは、財布のなかにそれなりにお金をいれておかなくてはい

けないのでしょうが、こちとらの普段は千円札数枚しかはいっておらず、それでいて、

たまたま欲しい本が見つかったけども、所持金では買うことができなかったなんてこ

とにはまったくなったことがない。

 それよりも、新刊がでることをチェックしていて、それをいつまでたっても店頭で

見出すことができないうちに、でたことを忘れてしまうというのが困ったことであり

ます。拙ブログで新刊で購入を考えるもののリンクをはるのは、忘れてしまわない

ようにするための方策でもあります。

 小沢信男さんの新刊などはAmazonに注文をだせば、すぐに入手できるのでしょうが、

それはせずに、もうすこしやってみることにしましょう。

とりあえず、今月から来月にかけて気になる本たちであります。

ぼくの東京全集 (ちくま文庫)

ぼくの東京全集 (ちくま文庫)

小公子 (岩波文庫)

小公子 (岩波文庫)

田中克彦自伝: あの時代、あの人びと

田中克彦自伝: あの時代、あの人びと

 今月は所得税の還付金が振り込まれてくる予定でありますが、そのなかで本の購入に

回せるのは、いくらでありましょうか。

2017-02-16 そろそろ刊行かな

 いまほど拙ブログへの足跡を確認していましたら「頼山陽とその時代」からの検索

で来ているものがありまして、さてどうしたのかなと思って、足跡を辿りましたら、

ちくま学芸文庫3月新刊で「頼山陽とその時代」が刊行とありました。これまで中公

文庫三分冊のものでしたが、ちくま学芸文庫では二分冊だそうです。

 ということはちくま文庫3月ラインアップもネットにはあがっているのかと思って

みましたら、ありましたですね小沢信男さんの「ぼくの東京全集 」(ちくま文庫) 。

ぼくの東京全集 (ちくま文庫)

ぼくの東京全集 (ちくま文庫)

Amazonではすでに予約を受けているということですが、紹介には、次のようにありで

す。

「 小説、紀行文、エッセイ、俳句……作家は、その街を一途に書いてきた。

東京骨灰紀行』等65年間の作品から選んだ決定版アンソロジー。文庫: 576ページ

 解説 池内紀 」

 どのような作品が収録されているのかはわかりませんが、これはファン待望のもの

といえるでしょう。このようなつくりの本は晶文社からでた「東京の人に送る恋文」

以来かと思いますので、せっかくだから「東京の人に送る恋文」のあとがきを紹介す

ることにしましょう。(これまでは、小沢さんの古い作品を読みたいという方には

東京の人に送る恋文」を紹介していたのですよ。)

東京の人に送る恋文 (1975年)

東京の人に送る恋文 (1975年)

第一創作集『わが忘れなば』が、晶文社から刊行されたのが1965年。以来ちょうど

十年の星霜のうちに、さしも非流行の拙著もついに売り切れた。そこでちかごろ、

それが読みたいというありがたい読者が、日本中に暗夜の星ぐらいにはおられるらし

いのだけれども、とっくに絶版だから手に入らないのです。

 さりとて復刻するほどの”幻の名著”でもなし、どうしたものかと気をもんでいた

ところ、さいわい晶文社さんが、なんとかしてあげようといってくださった。そこで、

旧著と新稿を取捨案配して、あらたに一冊つくることになり、その厄介の一切を、

津野海太郎氏がひきうけてくれました。

 そうしてできたのが本書です。

 絶版第一創作集をお探しの、暗夜の星のごとき読者のみなさん、おまたせしまし

た。」

 「東京の人に送る恋文」がでたのは1975年ですから、なんとそれから40年余であり

ます。当時二十代前半の青年であった当方は、立派に前期高齢者となりましたが、

まさか、これまでのアンソロジーが文庫になるとはな。

 そういえば、筑摩書房2月新刊「私のつづりかた」が、そろそろ書店にならぶ頃では

ないだろうか。これはどこで入手できるだろうかな。

2017-02-15 本日は図書館へ

 本日は、借りていた本を返すために図書館へといってきました。

 返却したのは、池内紀さん「亡き人へのレクイエム」でありますが、これはよかった

ことです。購入して手元においておきたいなという気分になりました。

 これを返して借りてきたのは「日本廻国記 一宮巡歴」川村二郎 河出書房なのです

から、これは池内さんの本のおかげです。

 先日にも記したかと思いますが、川村二郎さんはなかなか気難しそうな印象のある批

評家(ドイツ文学者)でありまして、なかなか親しむことはできなかったのであります

が、「亡き人へのレクイエム」でのポートレートには、人間味あふれるエピソード

紹介されていまして、この中で書名があがっている川村さんの「日本廻国記」を借りて

読んでみましょうとなりました。( 川村二郎さんの祥月命日である2月7日にあわせ

て読もうと思ったのですが、こちらは一週間遅れてしまいました。)

日本廻国記―一宮巡歴

日本廻国記―一宮巡歴

 池内さんの本には、川村さん(池内さんが都立大学に勤務していた当時の、独文の

教授でもありました。)と仕事の終えてから大学近くの飲み屋で呑んでいる時に、川村

さんが全国の一宮を巡る旅を始めると聞いて、自分の故郷の一宮に関する文書を渡した

とあります。このことは、川村さんの本にもでてくるのでした。

姫路出身で、古社寺についてもなかなか精しく、『峰相記』の注釈書を贈ってくれた

友人、池内紀も、播磨一宮には行ったことがないといっていた。それだけ辺鄙な、山陽

道とはいえ山陰の方に近いといってもよい避陬の社なのである。」

(書き写していて、普段まるで目にすることのない文字にいきあたりました。りっしん

べんに取をあわせた文字ですが、この漢字はうまく表記されるかな。なんて読むので

しょうね。)

 当方が暮らしているところは、新開地でありますので、明治以前の神社は存在せず、

一宮というのを眼にしても、なんの感慨もわかずであります。どこかに一宮市という

のがあったなくらいでありますが、本来の一宮というのはなんであるのかと訪ねて歩く

というのが川村さんの著作です。

 川村さんは、もともとほとんど物見遊山をされない人ということで、その人が普通

列車やバスを乗り継いで辺鄙な場所にある一宮をめぐる姿を池内さんがユーモアたっぷ

りに描いています。