Oscar Wilde(1854-1900) 作家。小説家。詩人。劇作家。
1854年アイルランドのダブリン生まれ。世紀末文学の代表的作家で、芸術のための芸術を提唱。 才気あふれる作品を発表する一方、奇抜な服装や過激な発言で社交界でも注目を集め、アルフレッド・ダグラス卿との男色事件で有罪判決が下るなど、スキャンダラスな一生を送った。
一貫性というのは
読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)作者:ピエール・バイヤール,大浦康介筑摩書房Amazon 作品概要・所感 挑発的なタイトルの一冊だが、「読書をサボるための言い訳マニュアル」というわけではない。バイヤールが本書で扱っているのは、本を「読む」こと「語る」こととは、そもそも本当はどういうことなのか?という問題である。 そもそも、「本を読んだ」とはどういう状態を指すのか。一度通読したら「読んだ」と言えるのか?では、流し読みした場合は?目次だけチェックした場合は?一度目を通したからといって本の内容がすべて頭に入ることなどないはずだが、いったいどの程度まで頭に入れば「読んだ」ことに…
『社会は個人に対して極刑を加える権利をもつかのようにふるまうが、社会は浅薄きわまりない悪徳をもっていて、己れの行うことを自覚する力がない。 オスカー・ワイルド『獄中記』(角川書店)』 理性を持ち、自覚を持つことは、人間の成熟度を示す一つのゲージとされます。 これは、無意識下でも、意識下でも問われることです。 社会的に、逸脱した犯罪行為をどこまで許容できるのか? 「死刑廃止論」も、根強いものがあります。 私は、死刑も必要だと考えています。ただ、冤罪をなくす事が前提ですね。 でも、感情的な集団が、加害者を石打ちにするような光景は目にしたくないと考えています。 人のいのちを奪うことには、慎重であるべ…
親との精神的年齢は年をとるにつれ近づいてくる。母や父の年齢に自分がなってみると年齢の実感として理解できるところもあれば、共感できないこともある。「あ~歳は取りたくないもんだ。」などと愚痴めいたセリフを耳にしたものだが、今のところの私は同感できない。むしろ年を取れば取るほど若い頃の自分に対する浅はかさを思い返しては恥じ入ってしまう。浅はかな失敗を繰り返して年齢を重ね、気づいて学べたのだから、若い自分より進化できたのである。歳を取って目の上のたんこぶみたいな人も減ってきたし、自分のやり方をとやかく言う人もいないので自由だ。 たまに歳をとって、外見は立派な大人中の大人でも幼稚な行動に驚く時がある。そ…
おはようございます。 読書がライフワークになっている 医療業界のコンサルタント ジーネット株式会社の小野勝広です。 本当は、子どもの時分に しっかり読んでおかねばならない本って かなりあると思うんです。 でも、すべてを読むことはできないし、 親の影響は少なからずありますね。 それこそが真の教育ですし、 どんな本を子供に読んであげるかは 親としての大きな責任であると思います。 とはいえ、良い本のすべてを 読み聞かせることはできません。 だから私たちは、いい大人になってから 未読であることに気づいてしまうという そんなケースは とても多くありませんでしょうか? 少なくとも私は非常に多くて 恥ずかし…
オスカー・ワイルド「幸福な王子」を久しぶりに読んだ。こんなに政治的な話で、格差社会を書いたものだったとは。貧富の差がすごい。 再読するまでは、王子の自己犠牲精神や貧しい人達への思いから、王子のことを美しく素晴らしい人なんてイメージを持っていたけど、今回読んでみたら、イメージがガラリと変わった。結構自己中な人なんだなと。 死んで彫像になった王子は自分についている宝石を貧しい市民に分け与える。けど、まず市民達が貧しいのは今に始まったことではない。 王子が生きていた頃、王子が人間だった時にもっと経済政策を取っていればどうにかなったのではないか。 貧困には必ず原因があるけれど、この町の貧困は政治で解決…
冒頭の表紙は2017年1月に出版された単行本のもの。2015年から2016年にかけて「オール讀物」に連載発表された後、戯曲<サロメ>の象徴的場面が単行本の表紙に使われた。聖人殺害にまつわるショッキングな挿画。 こちらは、2020年5月に出版された文庫の表紙。 サロメがバプテスマのヨハネの首を見つめるシーンが二通りに描かれている。 オスカー・ワイルドは戯曲<サロメ>をフランス語で書き、最初は私家版として出版した。少女サロメの要求に応じざるを得なくなった領主ヘロデの命令で、捕らわれていたバプテスマのヨハネの首が切られる。その首が盆に載せられてサロメにわたされた。少女はそれを母のところに持っていく。…
「失敗」って、かっこ悪い。 誰だってかっこ悪いことはしたくない。 誰だってかっこ悪い姿を見られたくない。 ただ、まったく失敗しない人なんていないですよね。 前に進むためには失敗をしなくちゃいけない。 そうやって失敗してまた立ち上がって。 それをくり返しているうちに、とてつもないところまで到達できる。 というか、まったく失敗しない人を人間と呼べるのかどうか。 まったく失敗しない人は、何も挑戦しなかった人と同じことかも。 で、そんな失敗にポジティブな意味を与えている言葉に出会いました。 経験とは皆が失敗につける名前のことだ これはオスカー・ワイルドさんによる言葉。 ※※※ ああ、これだ。 この言葉…
オスカー・ワイルドの『幸福の王子』は、あまりにも有名な童話だ。目にサファイアをはめ、体には金箔を貼られた美しい王子の像が、町を見下ろす高い台座に立っている。だがその心は、地上で貧しさや孤独に苦しむ人々の姿を見て、悲しみの涙を流している。そこへ、一羽のつばめがやってくる。仲間たちは南へ飛び立っていたが、このつばめは旅立ちに遅れ、偶然王子のもとに降り立った。そして王子の願いを受け、町の人々へ宝石や金箔を運びはじめる。 王子は、自らの目を、胸を、体を削って与え続け、つばめは寒さと疲労のなか、何度も空を飛びつづけた。やがて、すべてを失った王子と、凍えたつばめは、誰にも気づかれずに命を終える。 この物語…
ブライアン・ギルバート監督による『Wilde』(1997)は、オスカー・ワイルドの生涯を扱った伝記映画でありながら、私小説的な親密さと、抑制の美しさをたたえている。その芯を支えているのが、主演のスティーヴン・フライとジュード・ロウ、ふたりの俳優の演技である。 スティーヴン・フライのワイルドは、ただ本人に似ているという以上に、その内面の複雑さ、軽やかな機知と抑えがたい激情、ユーモアと深い孤独を全身で表現している。ワイルドは言葉の人であったが、フライの演技はむしろ沈黙に宿る説得力によって観る者の心を打つ。 対するジュード・ロウは、若きアルフレッド・ダグラス卿(通称ボジー)として強烈な存在感を放つ。…