【Philipp Franz von Siebold】 ドイツ人の医師・博物学者。1796年2月17日生まれ。1823年、オランダ商館の医官として来日、日本研究を行うとともに、長崎に開いた鳴滝塾を通じて日本人学者に医学知識をひろめた。 1828年の帰国時、日本地図の国外持ち出しを図ろうとして露顕し、本人は再来日禁止となるとともに、国内の協力者多数が処罰された。(シーボルト事件)。 開国後の1859年には再来日している。1866年10月18日、ミュンヘンにて死去。主著に『日本』などがある。
チェーホフのなかの日本 表紙 六 サハリンで チェーホフは約2ヶ月間北サハリンで暮らし、それから約1ヶ月間南サハリンに滞在した。 未公開写真ではピクニックの写真がある。 チェーホフとともに日本領事館書記官が写っている。 その草むらの中で、サモワール、酒瓶、つまみなども並んでいる。 酒宴の席にいるチェーホフというのは、これまで作られてきたチェーホフのイメージを壊すことになる。 また日露戦争、第二次世界大戦で戦火を交えた日本の外交官と親しく交歓しているチェーホフ像が、今日のソ連でもごく少数の国粋主義者たちの心境を逆撫でする恐れもある。 「当地のロシア役人たちにとって、日本領事館は刑務所や懲役の煩労…
旅の詩人 ききんと一揆 物語日本史9作者:北小路 健Amazon↑ 私の持っている1982年第8刷と表紙が違うので内容も違うかも知れませんが 学研 物語日本史 第9巻 207頁~258頁 ◆鎖国の窓 北小路健 絵・岩田浩昌 蘭学の起こりからその弾圧までのいきさつが描かれています。 平賀源内も登場します。物産展などを成功させて文筆でも活躍していたのに行き違いで訪問客を殺害し入牢して破傷風で亡くなった、と書かれています。 その源内さんを追悼した杉田玄白や前野良沢らが腑分けを見学して『解体新書』を出版するまでも書かれています。この辺、みなもと太郎さんの『風雲児たち』でも描かれていました。田沼意次や最…
はじめに かつて、シーボルトの娘がいた卯之町は、江戸時代から宇和島藩の在郷町として栄えていました。 このため古い町並みが残る歴史的景観が、重要伝統的建造物群保存地区となっています。 歴史と文化の豊かさを感じさせてくれる宇和先哲記念館と町並みを訪問しました。 宇和先哲記念館 入口 「先哲(せんてつ)」というのは、歴史的な偉人、賢人のことです。 宇和町にゆかりのある先哲が、数多く年表に記されていました。 記念館には、この地にゆかりのある先哲の資料が数多く展示されていました。 二宮敬作 江戸末期に八幡浜市で生まれた二宮敬作は、15歳で医師を志し、長崎にあるシーボルトの私塾「鳴滝塾」で西洋医学を学びま…
膀胱炎のその後はまあ順調かな? 排尿時の痛みや違和感、残尿感などは消えました🫡 でも左下腹部のチリチリ感が少しあるのと、尿の濁りが気になります🤔 それもだんだん良くなってはいるので病院には行っていません🥲 尿路結石だったらとか腎臓に炎症が行ってたらとか色々考えますが、病院行くほどでもないしなーと🤔 も少し様子見ようかなー。 ※※※ 前回の乳がんの定期検診はこちら↓ https://migraine00.hatenablog.com/entry/2023/11/29/165257?_gl=1*1cihnja*_gcl_au*MTA5OTY5OTI3OS4xNzE0MTg2Mjc5 今回は1年ぶり…
岡崎に有る法蔵寺さんに行って来ました。 徳川家康ゆかりのお寺だとか? また、ブームに乗っかってます(*_*; 赤い橋の向こうが法蔵寺 松平家の菩提寺で、家康が子供の頃に読み書きを勉強していたお寺だとか? 由緒あるお寺なんですねぇ 法蔵寺の案内図 法蔵寺の案内図によると「新選組 近藤勇の首塚」もあるみたいです。 山門 山門には立体的な彫刻が掘られていて迫力満点 飛鳥時代の701年からあるお寺だとか?かなり古いですねぇ。 山門をくぐり階段を進むと左側に何やらあります。 賀勝水と日本武尊 階段を上りきったところに鐘楼門があり、正面に本堂です。 鐘楼門 本堂 ご本尊は阿弥陀如来で、本堂の左の六角堂には…
今日7月6日は「ピアノの日」・・ 1823年のこの日に、ドイツの医師、 シーボルトが日本に初めてピアノを持ち 込んだとされるとあります。 ん!? 1823年・・・ 今年は2023年・・ 200年前の今日か・・・ それにしても、あの重たいピアノをワザ ワザ船に乗せて運んできたのか・・・と 思うと、その理由が商売ベースなのか、 それともシーボルト自身が日本に住んで いる時にピアノ演奏を楽しむためなのか は不明なるも、凄いことだと思います。 そのお陰かどうかは分かりませんが、今 ではピアノはお馴染み・・・。 ストリートピアノとか、駅ピアノとか・ ピアノの音ピアノ演奏、もちろん音楽は いいですね・。 …
『シーボルト日本植物誌』ちくま学芸文庫, 2007.12 「今年は来崎200周年です」 「誰の?」 「シーボルト」 「鳴滝塾のシーボルト?」 「ええ」 にっこりとうなずくシーボルト記念館(長崎市)の館長。 「知りませんでした」と、苦笑いする「新・鳴滝塾」塾長の僕。 僕は県内16の病院などで組織する県医師臨床研修協議会「新・鳴滝塾」を創り、医師不足を解消するために塾長として10年以上奔走してきた。しかし、1824年に「鳴滝塾」を創り、高野長英ら多くの日本の若者を指導したシーボルについては、ほとんど知らなかった。遅ればせながら、ゴールデンウィーク中に3冊一気読みした。 1冊目は『シーボルト日本植物…
今年は早くも梅雨に入っている。 台風の影響の大雨の被害も出た。 街でもアジサイが見頃である。 伊吹山にもヤマアジサイが咲く。 沢筋も多いので、サワアジサイともいうらしい。 山地のやや湿った木陰や林縁に多い。 水の豊かな山では登山道の途中によく見かける。 園芸品種より花が小さいがそれが愛らしい。 その道を登っていくと高山植物に会える。 ガクアジサイもよく似ているが、ヤマアジサイのほうが小ぶりで葉っぱが違う。 街でよく見かけるアジサイは日本原産のガクアジサイの園芸品種である。 ja.wikipedia.org シーボルトがアジサイをH.Otaksaと命名したが、 先にカール・ツンベルクが記載してい…
テッセンが咲くばあちゃんの庭 ばあちゃんに聞いた。 「これ、何て言う花?」 「テッセンだ。」 ばあちゃんの庭には、色々なテッセンが咲いている。 はい。 我が家では「テッセン」と呼んでいます。 グーグルで検索しても、「テッセン」と出ました。 しか~し。 母ぶぅさんのブログで、これと同じような花を、クレマチスと呼んでいるではありませんか。 検索すると、もともと日本で「テッセン」と呼ばれていた花が、シーベルトにより、海外へ渡り、品種改良をして、クレマチスが生まれたのだそうです。 えっ、シーベルト! 朝ドラにも、名前が出て来ましたね。(^▽^) テッセンとクレマチスの決定的な違いは、テッセンの花びらの…
NHKテレビ「ダーウィンが来た!」で「解明!本当のニホンオオカミ」(2023/2/19放送)を観た。 120年ほど前に絶滅したニホンオオカミ。残されていた標本は、実はイヌと交雑したものだったと判明した、というものだった。 目次 ニホンオオカミの標本 最後のニホンオオカミ より深く知りたい方のご参考までに ニホンオオカミの標本 かつては日本全国に生息していたニホンオオカミ(北海道はエゾオオカミ)だが、その姿を伝える写真、毛皮、標本などで現在まで残っているものは非常に少ない。 そのひとつが、ライデン(オランダ)の国立自然史博物館(現、ナチュラリス生物多様性センター)所蔵の標本だ。 これは、「タイプ…