スタジアムを満員にしたロックスターは、なぜ地方の小さなラジオ局で頭を下げたのか?――矢沢永吉『アー・ユー・ハッピー?』全米進出の挫折と自前主義の夜明け 1980年、後楽園スタジアムでの歴史的公演を大成功に収め、日本の音楽シーンの頂点に君臨した矢沢永吉。 次なる野望として彼が見据えたのは、世界マーケットの頂点であるアメリカでした。翌1981年、名門エレクトラ・アサイラムと専属契約を結び、全曲英語のアルバム『YAZAWA』で全米デビューを果たします。 当時、日本のメディアは「無名の日本人が単身アメリカへ乗り込み、契約を勝ち取った快挙」と大々的に報じました。しかし、その華やかな美談の裏には、あまりに…