踏み切りを渡ると、雨がぽつりと降り出し、木々はざわめき、冷たい風が通り抜けた。連休が終わる。 *** 人生はいつもわたしの手からすべりおちていった。わたしがみつけるのはその足跡、つまらない抜け殻だけ。わたしがその座標をさだめるやいなや、人生はすでに、ちがう場所に移動している。あるのはしるしだけ。それは、「ここに来たよ」と公園の木にきざまれた、メッセージに似ている。わたしが書くと、人生は不完全な物語に変わった。夢の話、ぼんやりとしたプロット、さかさまの景色、垂直に走る地平線。そこから全体をとらえることは、たぶんすごく難しい。 オルガ トカルチュク (著), 小椋 彩 (翻訳)『逃亡派』白水社,p…