1331年(元弘元年)光厳天皇が里内裏であった土御門東洞院殿を皇居としたことによる。その後焼失しており、現在の建物は1855年(安政2年)に再現されたものである。
加茂社とはいずれの神社を指すのか調べてみると、どうやら 加茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ 通称:上加茂神社)と 加茂御祖神社(かもみおやじんじゃ 通称:下鴨神社) のふたつの神社を合わせて呼ぶらしい。ふたつ合わせて呼ぶならば隣り合って、もしくは道路の斜向いに在るくらいには近いのかと思いきや京都御所の北、お互い歩いて約40分の場所に位置している。 上加茂神社と下鴨神社の位置 そもそもなぜふたつに別れたのか、この謎を解くにあたって一冊の本を読んだ。神道学者、三橋建著「日本書紀に秘められた古社寺の謎」である。簡単に説明すると794年に平安京の遷都される以前から山背の国に深く根を下ろしていた加茂…