1892年、和歌山県新宮生まれ。作家、詩人。「田園の憂鬱」で知られるが、本人にとっても印象深い作品となる。詩人としての評価も高い。訳詩とか徒然草の現代語訳も優れている。1910年、慶應義塾大学予科文学部に入学するがやがて中退。堀口大學とは大学時代からの親友。9代続いた医者の家に生まれ、両親は「長男の春夫を医者に」と願ったが両親に背いて文学者になった。「文学者以外の何者にもなれなかった」と語っている。口語詩と文語詩についての、萩原朔太郎との論争は有名。 1964年、心筋梗塞により死去。
佐藤春夫(1892‐1964) 「菊花の約」を『雨月物語』中の最高傑作と推して憚らなかった人に、佐藤春夫がある。必ずしも多数意見ではない。 若き日の芥川龍之介の住いへ、谷崎潤一郎と佐藤とが寄合ったとき、談たまたま『雨月』の噺となった。三人三様に上田秋成になみなみならぬ注目を寄せていたのだ。谷崎は『雨月』中では「蛇性の婬」を第一、「青頭巾」を第二とした。芥川も「蛇性の婬」を佳しとした。ところが佐藤は「蛇性の婬」と「吉備津の釜」とがもっとも嫌いだった。ならば貴君はと問われて、佐藤は「菊花の約」を採ると明言した。即座に芥川が、あれは原典に近過ぎるだろう、いかにも翻案臭が強過ぎると反論したという。「あ…
わたくしは拙作のなかで荷風を「エディポスコンプレックスの人」としました。これはすくなくともわたくしにとっては、新発見のつもりでした。わたくしは永年、荷風の父に対する恐怖的服従とそれをはね返す反抗とはよく知っていましたが、それがエディポスコンプレックスに根元があること、そしてそれが荷風の生涯を支配していることは、今度拙作を執筆中にはじめて気がついたところでした。 同じような事をこうはっきりといった人が今までにありましたろうか。寡聞(かぶん)にしてわたくしは知りません。あったなら御教示を得たいものです。 それとも荷風をエディポスコンプレックスの人と見ることが間違いで、新しい発見にはならないのでしょ…
新聞には、大きいのや小さいのや「の」の字はどっさり。うたちゃんには、新聞も「の」の字ばかりです。お兄さんのまわすコマが、「の」の字を書いているし、コマのヒモも、おえんがわで「の」の字になっています。お庭のカタツムリは「の」の字をしょって歩いているし、うたちゃんの夜具のカラクサもようも、あちらむきやこちらむきの「の」の字が一ぱいです。お兄さんの頭の上に、だれか「の」の字を書いているというのを見ると、つむじのことなのです。お庭に「の」の字が生きて動いていた、というので、ついて行って見ると、ミミズがいたので、みんなでわらいました。 ――佐藤春夫「「の」の字の世界」 昨日は、『読売新聞』とは一体なんぞ…
志賀直哉の惣領弟子である。 小説の手習いをする過程で、一度は志賀直哉の文章を研究してみるのが、かつては常識だった。無駄な言葉が見事に刈込まれ、一語々々の背後に、それぞれ対応する意思または意図が無駄なく詰った文章というものを体感するためにだ。 青は藍より出でて、とばかりに、師匠以上に切詰めた文章を実現してしまったのが、瀧井孝作だ。息苦しいほど濃密で、石ころのごとくゴツゴツした手触りの日本語には、なめらかな流露感など微塵もない。それどころか文章が心地好く進行しそうになると、強靭な精神力をもってブレーキをかけたような文章である。 読者も速くは読めない。サッと読み流すわけにはゆかない。一語一語を確認し…
魚は大名の子に焼かせろ、餅は乞食の子に焼かせろ。 昔の人から伝えられた言葉だ。魚というものは、けっして今か今かと持ち上げたり引っくり返したりせずに、慌てず騒がず鷹揚に、片面づつじっくり焼くといい。餅というものは、片寄ったり焦げ目がついたりせぬよう、かたときも眼を離さず小心に、頻繁に裏返しながら焼くといい、という忠告だ。 今年はどうやら、秋刀魚がよろしい年だとの実感があると、ご婦人の友人からのお報せがあった。そういえば先日、サミットストアの鮮魚売場で、ずいぶん太った立派な秋刀魚を眼にしたと思い出した。 気候が変り、海水温度が変り、黒潮の流れ道が変って、秋刀魚も鰹も鰯も、つまり回遊魚全般の漁獲量が…
所用終えた後、 お天気も良かったのでアフォガートを。 そうしたら、、、 昨日は初めて垂らすことなく、 エスプレッソをかけるのに成功した! ある意味、きれいに出来た 初めてのアフォガート。 マスターにも伝えたら、おぉ!!と 喜んでもらえて。 次がどうかはわからないけど、、 それでも嬉しかったな。 初夏の日差しを感じながら、 美味しく楽しむ。 十八珈琲さん、 昨日もありがとうございました。 やはり大好き何もつけないトースト。 世界一のご褒美ランチ。 書店で出会い入手した一冊で、 これもまた初めて読むもの。 自分の中では北原白秋を好む感覚の コインの裏側のような感じで惹かれてる。 北原白秋に感じてる…
こんにちは、皆さん!一人ぼっちユウトです。今日は、日本文学の名作、佐藤春夫の『田園の憂鬱』について語りたいと思います。この作品は、郊外の田園風景を舞台にしながらも、人間の内面の孤独と憂鬱を鮮やかに描いた傑作です。 『田園の憂鬱』の魅力 『田園の憂鬱』は、田舎暮らしに理想を求めた主人公が、次第に精神的な苦悩に苛まれていく物語です。美しい自然に囲まれながらも、彼の心は晴れることなく、むしろその静寂が孤独感を際立たせます。佐藤春夫の詩的な文体は、まるで風景そのものが語りかけてくるような感覚を呼び起こし、読者を独特の世界へと誘います。 キャラクターの深み 主人公の心の揺れ動きが、非常に細かく、時には痛…
ちょっと前にもTwitterでたぬきの話がわっと盛り上がりました。 実際に近くで見たことはないけれど、場所によっては身近な生き物なのだろうな~、 と思います。それこそ、カラスのような存在なのかしら。 今日はそんな、たぬきが出てくる本を紹介します。 聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫) 作者:森見登美彦 朝日新聞出版 Amazon 森見登美彦「聖なる怠け者の冒険」 「何もしない、動かない」ことをモットーとする社会人2年目の小和田君。 ある朝目覚めると小学校の校庭に縛られていて、隣には狸の仮面をかぶった 「ぽんぽこ仮面」なる怪人がいる。しかも、そのぽんぽこ仮面から「跡を継げ」 と言われるのだが…… こ…
慶応義塾大学三田図書館旧館八角塔脇の小道を入っていくと・・・(入っていいんだろうか?と、一瞬躊躇してしまうような裏道感のある所ですが・・・入っていいんですw) 何やら小高くなっている所があります。 ここは「文学の丘」(丘?っていうか、石が積まれ土がこんもり盛り上がっているだけのような・・・いや、でも丘なんですw)。慶應ゆかりの文人たちの、文学碑や石像の並んでいる丘です。 まず目に入ってくるのは、吉野秀雄(明治35.7.3~昭和42.7.13 歌人・書家)の歌碑。 図書館の 前に沈丁咲くころは 恋も試験も 苦しかりにき 群馬県高崎出身の吉野は、『福翁自伝』(福沢諭吉 明治31.7.1~32.2.…
ひともと銀杏葉は枯れて 庭を埋めて散りしけば 冬の試験も近づきぬ 一句も解けずフランス語 (「酒、歌、煙草、また女ー三田の学生時代を唄へる歌」『閑談半日』昭和9.7 白水社) (佐藤春夫) 佐藤春夫(明治25.4.9~昭和39.5.6 詩人・小説家)がこう唄ったのは、慶應義塾大学三田キャンパスの銀杏の木。 慶應の三田キャンパスには銀杏の木が何本もあるので、どの木を詠んだのか特定されてはいませんが、三田の銀杏といえばこの中庭の大銀杏。 この銀杏が金色に色づいてくると、春夫のこの詩を思い出します。 詩人も、試験には苦労したんですね。 三田キャンパスの大銀杏。 もう一本は、塾監局玄関前の銀杏の木。 …