阪神淡路大震災から、三十一年だという。ということは、北丹(ほくたん)大地震から百一年ということだ。 大地震によって神戸の街が壊滅状態だとの報せに、城崎温泉の女将たちは、すぐに動いたという。温泉郷の板さんや男衆を総動員して、とり急ぎ八千食の弁当を仕立て、車に積み込んだという。兵庫県内といっても北から南へ、つまり城崎から神戸へと入るには、六甲山の下をくぐらねばならない。八キロにもわたる長いトンネルを抜けた瞬間、あまりの惨状に一同眼を疑ったという。これが神戸か……。 七十年前の大正十四年、城崎温泉郷は北但馬地震に見舞われた。その時代の計測技術では最大レベルの深度6だった。当時を記憶する住民はほとんど…