壱岐市

壱岐市

(地理)
いきし

長崎県壱岐市は、福岡県と対馬市の中間地点で玄界灘に面する地方公共団体。
面積は139.42km²、人口は27,344人*1
2004年3月1日、壱岐郡郷ノ浦町石田町芦辺町勝本町が合併し発足。

地勢

福岡市博多港から郷ノ浦港まで西北に76km、佐賀県唐津東港から印通寺港まで北に41kmの位置にある。
南北約17km、東西約15kmのやや南北に長い亀状の壱岐島と、23の属島(有人島4*2、無人島19)からなる。
壱岐島の地形は一般に丘陵性の玄武岩をなし、高度100mを超える山地が占める面積は極めてわずか。分水嶺は西に偏り、谷江川は北西から南東に、幡鉾川は西から東に流れ、その流域には、本島最大の平野(深江田原)が発達している。
また、海岸線は屈曲が多く、発達した海蝕岩がみられる北東部を除けば、大小の湾入がある。特に、西岸一帯は激しく、溺谷の原型を保っており、南東岸には、大小の砂浜が点在している。

気候

対馬暖流の影響を受け、概ね温暖な海洋性気候。長崎県本土の長崎市や佐世保市と比較すると、年間を通して1〜2度低く、同緯度の福岡県北部と比較すると、夏季は涼しく、冬季はやや温暖で、降雪や積雪もまれ。
降水量は、6、7月の梅雨期と9月の台風、秋雨時期に多く、長崎県本土よりはやや少ない傾向にある。

産業

新鮮なウニ・サザエやマグロ・ブリなどの海の幸、そして米・いちご・アスパラガス・葉たばこ・肉用牛などの豊かな農産物を代表とする第一次産業の漁業と農業が大変盛ん。また、麦焼酎発祥の地として、1995年にWTO(世界貿易機関)の「地理的表示」の産地指定を受けている。
太古の昔から、東アジアと日本との交易の拠点として栄え、島内には貴重な遺跡や歴史遺産がいくつも点在する「歴史の島」で、2010年3月にオープンした壱岐市立一支国博物館・長崎県埋蔵文化財センターを核とした観光業にも力を入れており、交流人口の拡大を図るとともに、漁業・農業を含めた地場産業の活性化を図っている。

その他

市外局番は福岡県扱いとなっており、NHKも松浦〜壱岐の回線が開通するまでは福岡放送局のエリアだった。

全国地方公共団体コード(市町村コード)

42210-0

法人番号

8000020422100

沿革

1878年10月、郡区町村編制法が制定され、壱岐郡・石田郡の2郡となり22村に分けられる。壱岐石田郡役所が武生水村に置かれる。
1889年4月1日、市町村制施行により、壱岐・石田の2郡、12村(武生水村・渡良村・柳田村・沼津村・志原村・初山村・香椎村・鯨伏村・田河村・那賀村・箱崎村・石田村)となる。
1896年4月1日、壱岐・石田の2郡を合併し、壱岐郡となる。
1922年8月、壱岐総村組合が設立される。
1925年4月1日、武生水村が武生水町となる。
1926年7月1日、壱岐郡役所を廃止し、壱岐支庁が設置される。
1935年4月1日、香椎村が勝本町となる。
1947年11月3日、田河村が田河町となる。
1958年4月1日、壱岐郡12町村をもって壱岐郡町村組合を設立する。
1955年2月11日、町村合併促進法により、武生水町・渡良村・柳田村・沼津村・初山村・志原村の6町村が合併して郷ノ浦町となる。また、勝本町・鯨伏村が合併して勝本町となる。
1955年4月1日、田河町・那賀村が合併して芦辺町となる。
1956年9月30日、芦辺町に箱崎村を編入する。
1958年4月1日、郷ノ浦町の久喜触を石田村に編入する。
1961年4月1日、芦辺町湯岳地区の射手吉触・興触の一部を石田村に編入する。
1970年8月1日、石田村が石田町となる。
1981年4月1日、壱岐郡町村組合を壱岐広域圏町村組合と改称する。
2004年2月29日、合併に伴い壱岐広域圏町村組合を解散する。
2004年3月1日、郷ノ浦町・勝本町・芦辺町・石田町が合併して壱岐市となる。

*1:2017年6月30日現在

*2:若宮島原島長島大島

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