戰爭と追憶 川上貞奴 彼の露國靑年は今何處? 妾 わたし は今囘の帝劇の軍事劇で、敵國へ女探となつて入込む女優に扮して居りますが、夫 そ れについて追憶 おもひだ されるのは曾て妾に戀した露國の靑年士官です。其の方は當時男爵の一粒種の息子さんでしたが、今日では一廉 ひとかど の將校として 今度の大戰爭にも出征され て居られる事を聞きましたから、其の方の名譽を重んじて、お名前だけは申上げられません。 恰度 ちやうど 日露戰役の前年でしたが、妾 わたし が歐洲巡業の際、愈々 いよいよ 露國に這入ると、露國では意外にも學生の歓迎が盛んで、妾の爲めに特に學生團の歡迎会が催さんと云ふ騒ぎでした。殊に不思…