AIが生成したイメージ画像です 今回のポイント ・日本の文化財を守るべく明治30年に制定された国宝制度に貢献したのがアメリカ人のフェノロサである。・ハーバード大学を卒業したフェノロサは大学での哲学の教師を目指したが、スペイン移民の子だった彼は階級意識の強いボストンで権威のある職を得ることは困難で、日本に渡ることで立身出世を目指すことを考える。・明治11年、フェノロサは25歳でお雇い外国人として東京大学の哲学と経済の教授となった。・年収1億(今の価値で)という破格の待遇を得たフェノサは日本の美術品の収集に力を入れる。・日本美術に魅入られたフェノロサは、狩野派に師事するなど研究に熱を入れ始め、特に…