1868年(戊辰)1月から1869年5月まで行われた、「明治維新」における日本の内戦。 明治新政府が旧幕府勢力を「討伐」し、政権の正統性を内外に喧伝するために行われた。 鳥羽・伏見の戦い(京都)に始まり、江戸無血開城、彰義隊討伐(上野戦争)、奥羽越列藩同盟の成立と東北戦争などを経て、箱館戦争における榎本武揚の降伏によって終了した。
慶応4年(1868)1月3日、鳥羽伏見の戦いが勃発した。ということで、今年はじめての更新は、鳥羽伏見の戦いについて書こうと思う。 鳥羽伏見の戦い 鳥羽伏見の戦いとは 圧倒的に優勢だったはずの幕府軍 そもそも徳川慶喜は戦うつもりはなかった 慶喜は会津、桑名を抑えられず 薩摩藩邸焼き討ち事件 敗因は戦略戦術の不在と現場指揮官の能力不足 鳥羽伏見の戦いとは まずは鳥羽伏見の戦いのあらましをざっくり。慶応4年(1868)1月3日、大阪から入京をしようとした旧幕府軍と新政府軍(というか薩長両藩)が鳥羽と伏見で衝突、戦端が開かれた。 両軍の兵力は、新政府軍5,000人に対して旧幕府軍は15,000人。兵力…
(本記事はプロモーションを含んでいます)前回の一冊↓ tenkinzumadabe.hatenablog.com 今年は少しスローペースで始まった読書生活。今日は2冊目のご紹介です(^^) 燃えよ剣 司馬遼太郎 著書。 読み始めたきっかけは、昨年読んだマンガ「銀魂」です。新選組によく似た名前が出てきていましたが、本物の新選組自体をしっかりとは知らないので、気になって気になって・・・!ということで、銀魂は15巻くらいでやめて、こちらを読み始めたわけです(笑) これは、長旅な一冊でした。まだ上巻しか読んでいませんが、なかなかなボリューム。 下巻もまた1か月以上かかりそうな予感。(笑) そういえば、…
2018年月3号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 「お前は何もわかってないんだよ。だいたい、朝日や毎日みたいな左巻きの連中がいかにも言いそうなことじゃねえか、え? いつもの『軍靴の足音が聞こえてくる』だろ? そんな連中と働いてっから、腑抜けになるんだよお、おめえは。国のために死ぬのが日本人精神なんだよ。それがわからねえのかなあ・・・」 群馬県在住の山登りの先輩、Sさんとはよく「うるせえってんだ、この野郎」「口が減らねえ野郎だ」といった罵倒を挟みながらの言い合いになる。半ば冗談なのだが、周りに他のメンバーがいるときはギャラリーを意識し、よりエスカレートする。この日は山スキーで…
今回も、私が編集した動画のご紹介をしたいと思う。 youtube.com sizyuukara-1979.hateblo.jp 舞台は郡山市にある母成峠。 現在は郡山市と猪苗代町を結ぶ峠であるが、かつてこの峠は、二本松方面から会津へと抜ける要衝の峠でもあった。 そのため、同峠では、1868年の戊辰戦争において激戦が繰り広げられ、新政府軍そして旧幕府軍の間で、数多くの者の血が流れたのだという。 それから幾年月・・・平和な時代である今日であるが、実は同所においては、今もなお不可解な噂があるのだという。 そしてその噂とは・・・詳しくはぜひ、本編動画をご覧いただきたい。
こんにちは、四十雀です。 さて、今回も、私が作成しました動画の紹介をさせていただきたいと思います。 それがこちら。 youtube.com こちらは郡山市にあります「母成峠」。 郡山市の石筵方面から猪苗代町の中ノ沢温泉方面へと向かう峠にある同地。実は、戊辰戦争時の激戦地で、有名な土方歳三も出陣した場所となっています。 当時、この峠は会津へと抜ける要衝で、この地から会津を攻めようとする新政府軍と会津を守る旧幕府軍が激突した場所でもあり、そして多くの血が流された場所なのです。 それから幾年月・・・実は、今も同地では「とある」噂があるようでして、それは・・・詳しくはぜひ本編動画をご覧ください!!
戊辰戦争は、明治時代初期の動乱期に発生した内戦であり、幕末から続く武士たちの時代が終焉を迎える一翼を担いました。その戦争が幕末から明治時代への大きな転換点となった日、つまり戊辰戦争開戦の日(1月3日)について、今回は詳しく掘り下げてみましょう 戊辰戦争とは? 背景 戊辰戦争は、慶応3年(1867年)から明治元年(1868年)にかけて、新政府(明治政府)と旧幕府の間で争われた武士たちの戦いです。この戦争は、江戸幕府の衰退と新しい時代の幕開けを象徴する歴史的な出来事でした。 要因 幕末の混乱、外国との交渉による国内の不安定さ、そして尊王攘夷思想などが交錯し、幕府と新政府の対立を招きました。これが最…
アレサンドロです。 原作の「峠」(とうげ)は、司馬遼太郎の長編時代小説です。 この小説によって、幕末から戊辰戦争時に越後長岡藩家老を勤めた河井継之助の名を、一躍世間に広めることとなった歴史小説です。 河井継之助は、近代的合理主義の考え方を持ち、時代を見据える先見性と実行性を有していました。 しかし、「藩」や「武士」という束縛から自己を解放するまでには至らず、最後には武士として、長岡藩の家臣として、新政府軍に対抗する道を選んだ英雄の悲劇を描いています。 ただ、現在における河井継之助の評価は、分かれています。 映画には継之助が戦争の見通しを聞かれ、「勝てないが、負けはしない」 原作も映画も描いてい…
最終日 会津を出発して、道の駅猪苗代へ 磐梯山は雪化粧でした 来年の夏は登るぞ❕❕ 昨年、白河関跡をじっくりと見すぎたせいで 時間が足りず行くことができなかった白河小峰城へ あのときは夏の甲子園で東北初の優勝旗が白河の関を越えて いつも以上に盛り上がっていましたね⚾😆 今年も2年連続優勝かと期待していましたが・・・ また来年に期待します✨ hinemosurc.hatenablog.com 白河小峰城近くにある歴史館 お城に行く前にいろいろ勉強したいと思います 白河市の歴史や、戊辰戦争の様子などを学ぶことができます 白河小峰城といえば 昭和の終わりの年末時代劇スペシャル『白虎隊』で 仙台藩と米…
雪を纏う松前城 先週末は道南へ帰省しました。 前回は盆明けの異常な暑さに見舞われた頃なので3ヶ月ぶりになります。 進学の報告も兼ねて、今回は長女が同行します。 できれば札幌で合流し一緒に函館へ向かいたかったのですが、日程が合わず松前で落ち合うことに。 先に私が函館入り、翌朝一番で松前へ行って管理地のボロ家の掃除と樹木の剪定を済ませ、札幌から直接松前入りする長女をバス停で出迎えます。 何しろ松前は初めての長女、JR→いさ鉄→函バスの乗継が出来るべか?なんて親の心配をよそに、スマホが全てナビゲートしてくれたみたいで‥時刻表の時代ではない様です。 それより🐻です。中心街での出没が相次ぐ松前、バスのと…
何時も前を通りますが、目的地への途中の事で通り過ぎてしまう「大村益次郎卿殉難報国之碑」。 高さ約12mも有る大きな石碑は、紀元2600年の節目にあたる昭和15年11月に政財界や陸海軍の要人、大阪や関西を中心に88名の発起人並に発起人黨賛助者によって亡くなった旧大阪仮病院隣接地に建立されています。 日本近代軍政の創始者・大村益次郎、若き日の村田蔵六の物語は、1969年から1971年 朝日新聞に連載された司馬遼太郎の「花神」、1977年のNHK大河ドラマ「花神」で良く知られ、私は朝日新聞連載で読んでいて家の購読新聞が度々変わったりして良く解りませんでしたが、大河ドラマの「花神」の視聴は毎回欠かさず…
2024/4/25木曜日 5時半に起床し洗濯と朝食、昼食作り。 2日分の洗濯物を干したらベランダガーデニング。 10時から読書。 昨日から小桧山六郎・間島勲編「幕末・会津藩士銘々伝 上」を読んでいる。 会津戦争に関する本はその凄惨さの片鱗を知っているだけに読むのが怖かった。 何せ、藩士のみならず、老若男女が自刃している。 が、何故会津の人々が犠牲にならなければならなかったのか知るべきだと思い心して読むことに。 秋月悌次郎、飯沼貞吉、一瀬要人、井深宅右衛門、大庭恭平、大山捨松、小野権之丞、梶原平馬、萱野権兵衛、河原善左衛門、北原雅長、と読了した。 秋月悌次郎は会津戦争後、自分を殺して生きた。 飯…
サンエイ新書戦況図解 戊辰戦争 (サンエイ新書 10) 作者:木村幸比古 三栄書房 Amazon Amazonで戊辰戦争の参考資料を探していたら、サンエイ新書の「戦況図解 戊辰戦争」という本を見つけた。しかし申し訳ないがサンエイ新書なんて聞いたことがなかったし、近場の大型書店にも無かったので、ちょっと怪しく思っていたが、ようやく丸の内丸善で現物を発見。ぱらぱら眺めたら、たしかにウォーゲーマー向きの戦況図が沢山載っていたので購入した。この手の、簡単に歴史をわかった気になれる系の雑誌や書籍は基本的にスルーしているが、これだったら手元にあっても良いかなと。 戊辰戦争はもちろん日本国内の戦争だし、特に…
『琉球怪談』 現代実話集 闇と癒しの百物語 小原猛 ボーダーインク 2011/2 <キジムナー> ・たとえば沖縄でもっとポピュラーな妖怪であるキジムナーは、戦後という垣根を越えると、急激に目撃例が減少している。取材していく中でも「戦前はキジムナーがいっぱいいたのにねえ」「戦後すぐはいたけど、もういないさ」という、オジイ、オバアの声を聞いた。 もしかしたら戦争でのウチナーンチュの意識が変わり、キジムナーの存在を受け入れなくなってしまったのかもしれない。沖縄戦、という次元を超えた壁が、怪の世界にも立ちはだかっていることを、身を持って実感した。 <戦後の駄菓子 キジムナーのはなし1> ・Nさんはとあ…
箒川と七つ岩吊橋 塩原にある「七つ岩吊橋」は、吊橋でもしっかりした造りで揺れることはないので怖くはないです。 一級河川の箒川の水が綺麗。 無料で渡り放題です 吊橋からの景色も素晴らしい。 駐車場には無料の足湯もあります。 nasushiobara.kokosil.net 次は、七つ岩吊橋から車で5分ほど 頼朝に追われた源氏の落人が、隠れ住んでいた「源氏の隠れ岩屋 鍾乳洞」 源有綱の系図 チケットを購入すると、まず源有綱(ありつな)の解説を聞かせてくれます。 そのおじさまのお話が、面白いのなんのって。 話し方が上手なのと、ウイットにも富んでいて、その上歴史のお勉強にもなって聞きほれてしまいました…
2024/4/24水曜日 6時に起床し朝食と昼食作り。 雨予報なので洗濯とベランダでの水やりはお休み。 8時に長女を駅まで送迎。 ついでにスーパーで買い物。 帰宅後、おやつのクッキー作り。 その間に塩麹の材料をヨーグルトメーカーにセット。 べったら漬風の漬物も仕込んだ。 やることやったら9時半から読書。 今日は読書が捗りそうだ。 まずは二冊目の新徴組の本、西脇康著「幕末大江戸のおまわりさん」 ここでは、薩摩藩邸浪士隊が行った犯罪行為の数々が記されていた。 豪商や旗本の屋敷へ強盗で入りそのまま居座ったりしていた。 まるで新徴組を誘き出すのが目的かのように。 新徴組を預かる庄内藩の方でも薩摩藩が戦…
こんにちは。 T・たまもです。 今日ご紹介する本は、教養書。というより、雑学本ですね。 文響社編「1日1ページ以外と知らない東京のすべて365」文響社 それなりに私は知っている方だと思うけれど、それでも「へえ、そうだったんだ」という話がたくさんあり、勉強になりました。 ひとつの話題1ページなので、読みやすいしね。 今も昔も大都市の東京。 といっても、江戸幕府がインフラ整備するまでは「あずまえびすの住む田舎」だったとは思います。 京都よりも波乱に富んだ人生(街生?)だと思うのは東京育ちのせいでしょうか。 なのに、その波乱は大きくて街は破壊され、そのたびに新しい都市に変わっている。 不死鳥のように…
⚫1853年、アメリカのマシュー・ペリーの来航によって、日本は西洋列強の圧倒的な国力に直面しました。 ⚫この出来事は、日本近代化の道を歩み始めるきっかけとなり、その結果、明治維新が起こりました。 ⚫維新の動きは、単に政権の交代に留まらず、日本全体の構造根本から変えることを目指しました。 ⚫政府樹立後、明治政府は欧米列強模範に近代国家建設に着手しました。 ⚫その最初のステップとして、憲法制定議会が開かれ、近代軍隊の創設と産業革命が進められました。 ⚫これらの変革をわずか20年から30年の間に達成されたという点で、特に注目すべきです。 ⚫明治政府のもう一つの重要な成果は、戊辰戦争を通じて、旧幕府勢…
2023年度のお出かけを備忘録にした記事。後編です。年度なので2024年の3月までです。 [:コンテンツ] 10/15 たばこと塩の博物館(東京都墨田区) この館に来たのは初めてだったのだが、テーマに特化した常設展がとにかくすごかった。館名のとおり「たばこ」と「塩」の2つの展示で構成されているのだが、それぞれのジャンルに特化した資料が集まっていて興味深いし、展示方法自体も創意工夫に富んでいて飽きない。例えば塩の展示コーナーには、大きなディスプレイの上に塩の標本を置くと、その塩の原産国や生産国、種類(岩塩とか天日塩とか)が画面に表示されるハンズオン展示がある。こういう視覚的に分かりやすいし斬新な…
秋田城を見学した後は、バスで秋田駅に戻りこの日2つ目のお城巡り。 iechiko.hatenablog.com 桜の名所でもある久保田城は、秋田城と大違い。花見客で大混雑でした。 久保田城へのアクセス 久保田城の歴史 城内の見どころ 利用案内(久保田城御隅櫓 おまけ 久保田城へのアクセス JR「秋田」駅から徒歩約10分 久保田城の歴史 関ケ原の戦い後、常陸国から出羽国に転封された、清和源氏の流れを汲む佐竹義宣(よしのぶ)によって、久保田城は築城されました。 1603年に築城が開始され、翌年には初代藩主の義宣が久保田城に入りました。 久保田城の特徴として、石垣がほぼ用いられておらず、土塁や堀を巡…
2024/4/21日曜日 5時に起床し洗濯と朝食、昼食作り。 7時に米麹を出麹。 いい感じに完成。 やることやったら8時に畑へ。 じゃがいもの土寄せを済ませたらえんどう豆とサヤインゲン、キャベツの収穫。 9時に帰宅後、読書。 昨日に引き続き、伊牟田比多著「幕府挑発〜江戸薩摩藩邸浪士隊」を読むことに。 小島将満こと相楽総三は常陸国の豪農の生まれ。 5,000両の資金と共に故郷を離れ江戸へ。 江戸薩摩藩が組織した浪士隊の総裁となった。 そして、西郷や岩倉、大久保の指示の元、江戸で幕府挑発活動を展開。 強盗や、放火、辻斬り等を実行した。 結果、幕府は挑発に乗り江戸薩摩藩邸を焼き打ち。 戊辰戦争の引き…
皆様、ご機嫌いかがでしょうか。本日は【180】バットを振りました。 ウィキブックスの、歴史人物記事を読みながら、バットを振っています。 今回は勝海舟の第3回です。 幕府内で外国知識が豊富な有力者として、 海軍の創設などを行った。西郷隆盛などの有力者とも 親交を持った。戊辰戦争で薩長軍が 江戸を攻めようとした時、西郷隆盛と話し合い、 江戸城を人が死ぬことなく開城させた。 10行を5回ずつ繰り返し、【言ってバットを振りました】 ウィキペディアより引用。 勝海舟はこれにて終わります。 本日の素振り文武両道の概要。2024/04/21 素振りの本数 : 180 本,文武両道スイング,【20】本,ペーパ…
山形県 湯田川温泉ってこんなところ 湯田川温泉の泉質 1.理太夫旅館 2.隼人旅館 山形県 湯田川温泉ってこんなところ 湯田川温泉は山形県鶴岡市にある温泉。 三方を小高い山に囲まれた田園地帯にある静かな温泉です。 開湯は奈良時代の712年。山形県では蔵王温泉に次いで歴史ある温泉です。湯で傷を癒やす白鷺を見て発見したと言われています 共同浴場の正面湯を中心に湯治場的雰囲気の温泉街を形成しています。同じく鶴岡市のあつみ温泉や湯野浜温泉と異なり、大型旅館などはなく、小さな旅館が8件ほど。 金魚風呂(九兵衛旅館) 湯田川温泉と言えば有名なのは九兵衛(くへえ)旅館。山形県でも有数の料理に定評がある旅館と…
戊辰戦争の年(1868年)に大流行 音源や写真といった記録メディアが存在しない時代にも関わらず「宮さん宮さん」は製作された時期、流行した時期が明確に語り継がれています。 ♪宮さん宮さん お馬の前に ヒラヒラするのは 何じゃいな トコトンヤレ トンヤレナ ♪あれは朝敵 征伐せよとの 錦の御旗じゃ 知らないか トコトンヤレ トンヤレナ 作詞は新政府軍の品川弥二郎さんで、歌詞では鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍に勝利した事、薩長土は天皇の勅命を受けた官軍である事が強調されています。 征對大將軍宮が錦旗を高く掲げて出陣し、薩、長軍の士気が大いに昂ると兵に、錦旗に因んだトコトンヤレ節が洛中洛外に流行した。この…
コーエーテクモのTeam NINJAが贈る、幕末オープンワールドアクション「Rise of the Ronin」クリアしました! まさに日本人の日本人による日本人のためのゲーム、とても面白かった〜! ということで、感想をつらつら書いていきます。
戊辰戦争 (戦争の日本史 18) 作者:保谷 徹 吉川弘文館 Amazon 図解詳説 - 幕末・戊辰戦争 (中公文庫 か 80-3) 作者:金子 常規 中央公論新社 Amazon 来週のゲームマーケットで「1868 戊辰戦争」なるウォーゲームが発売されるそうで、早速取り置きをお願いした。すでにTwitter上で、N村さんたちがプレイテストに興じている様子が伝わっていたので、これはなかなか面白そうだなと。ゲムマに行くのも久しぶりだ。 新作ウォーゲーム「1868 戊辰戦争」ゲームマーケット2024春4/27 E02「Origins研究会」様に委託販売させていただくことになりました。 pic.twi…