いくつもの峠を越えて 「六十里越《ろくじゅうりごえ》街道」は1200年前から開かれたと伝えられ、庄内の鶴岡から松根、十王《じゅうおう》峠、大網、塞ノ神《さいのかみ》峠、田麦俣《たむぎまた》を経て湯殿山主尾根上の大岫《おおぐき》峠を越え、志津、本道寺、寒河江《さがえ》を通り内陸の山形に至る。月山《がっさん》西側の山腹を越える険しい山岳道であり、庄内と内陸を結ぶ唯一の街道だった。山岳信仰の盛んだった室町・江戸時代には、出羽三山のひとつ湯殿山を目指す「お山詣り」と共に東北・関東の各地から訪れる行者(参詣者)で賑わい、また、戦国時代には最上と庄内が領国支配の争いを繰り広げ、街道は軍兵と軍旗で埋め尽くさ…