2026年1月25日 純文藝に挿絵の有無について考へると、さまざまな可能性が見えてくる。特に、明治期に挿絵の有無が比較的揺らいでゐたことも確認できるため、その時代の多くの作家は自作に挿絵の有無をさほど意識してゐなかつたのではないかといふことになるだらう。しかし、先行研究には、「挿絵無用論」といふキーワードがあげられ、尾崎紅葉や饗庭篁村らがそのやうな思想を持つてゐたやうである。しかし、果たして実際にこの「挿絵無用論」がどれほど一般的であつたのだらうか。この点については、例へば槌田満文「「金色夜叉」と挿絵無用論」(『文藝論叢』1980・3)は紅葉を中心に、次作と挿絵に関して第三者の言葉を取り上げな…