1931年9月18日の柳条湖事件から始まる、関東軍による中国東北地方への攻撃。いわゆる十五年戦争の第一ステージ。
石原莞爾らを首謀者とし、短期間で東北地方を制圧*1、満州国を樹立した。
現地軍部による独断専行(下克上)とその追認という形で帝国陸軍の統帥が失われていく契機ともなった*2。
*1:結果、石原は作戦の神様と呼ばれるようになる
*2:石原自身がそれによって日中戦争の拡大抑止に失敗することになる
戦時中の満州国では、昭和通商がアヘン流通に深く関与していました。なぜそれほどアヘンにこだわっていたのでしょうか? kumashine369.hatenablog.com その理由は、アヘンの高価格と、その売上が関東軍の資金源となっていたことにあります。 終戦後、GHQが関東軍の倉庫を押収した際、時価1兆円相当のアヘンが発見されました(その後、アヘンは忽然と姿を消しています)。当時の国家予算が約210億円であったことを考えると、関東軍がどれほど巨額の資金を手にしていたかがわかります。 kumashine369.hatenablog.com つまり、関東軍は国家予算を超える規模でアヘンを流通させ、…
2022.11.22小テストを実施したので、実質45分授業[授業の流れ]P.Icebreak:頭の体操と対話A.探究の入口:Critical Reading 重要点や疑問点の掘り出しB.知識の習得:解説を聴いて知識を共有し、疑問も解決。C.技能の習得:資料の読み取りをし、ペアで共有。D.知識の活用=思考・判断・表現力の育成:「アプローチ」の解答を考えて共有G.活用・探究=今日のゴール:「今日のテーマ」の解答づくりと「仮説シート」の検証今日のテーマ 日本はどのような状況のもと、日中戦争に向かったのか?P 対話の準備 Icebreaker 記事を読んで、日本の世論は国際連盟脱退をどのように受け止め…
太平洋戦争というのをどう読むかを考えてみたい 学生の頃、私は日本史の教科書や学校の授業、参考書、問題集、受験、新聞、TV番組等を通して「模範解答」を学びました。何しろ受験生でしたから、模範解答を頭に積み上げるのが仕事みたいな部分もありました。「模範解答」=「史実」とすることに何の疑いもなかったし、疑う気すら生じませんでした。「そういうもんだ」と理解してきたわけです。 ところが最近、自分の認識・知識がどうも史実と異なるのではないか?と感じるような部分が随所に出てきました。もはや受験も関係ない、そういう意味では模範解答を頭に詰め込む必要がなくなったので、自由に判断することができる時間が生じたのも手…
近衛文麿公はお公家さんだから戦争しなくて良いお人だ。ご本人もそう思っていたに違いないし、常日頃から平和ボケしていたんだろう。共産主義者はあれだし、残るのは永野修身と五十六だ。 「真珠湾攻撃させてくれないなら司令長官を辞める」というので永野修身は仕方なく五十六の真珠湾攻撃を許可した。つまり永野修身の背後には説明できない闇がある…林千勝 東京裁判の検察尋問で彼がこう答えたのだから、既に五十六は戦死していて「五十六が~」を口実にしてるが、仮にそうだとしても。この理由では変だ。 まあでも、結果としては、五十六が自分の信念で日独軍事同盟に反対で、「んじゃ、お前らの言う通りやって負けてやる、ざまぁ~~」と…
面白かった。 単行本380ページ。長編だが、長さはあまり感じない。 作者である佐々木譲の名は、本作ではじめて知った。しかし、奥付には1979年に『鉄騎兵、跳んだ』でオール讀物新人賞、とある。このタイトルには見覚えがあった。このころ僕は、高田馬場にあるスクールで、文章作成の講座をとっていて、担当の先生が、同じ賞を受賞していた。たぶん、その関係で覚えていたのだと思うが、読んだことはなかった。また、以前本欄で紹介した『作家の値うち』(小川版)でも、警察小説の高評価に対して、佐々木の歴史小説に対する評価は今一つだった。 本作は、歴史小説にSFの要素を絡ませたもの。日中戦争、太平洋戦争で、日本は中国、米…
ロシアがウクライナに侵攻し、第3次世界大戦勃発の危機とさえ、言われています。 クリミア併合から、傀儡国家を作って占領する手法が、かつての大日本帝国によく似ているなと思っていたら、かつて父親が、「日本の場合は、経済制裁(ABCD包囲網)を受けたから、参戦したのだ」と言っていたのを思い出しました。 昭和1桁で、徴兵に取られて、もう少しで戦場に行くところだった世代ですから、そういうふうに考えるのは、無理もないかもしれません。 ですが、それは順序というか、原因と結果が違うだろう(経済制裁されたから戦争を起こしたのではなく、中国に侵攻したから経済制裁された)と思ったのですが、自分も詳しいところは知らなか…
ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会で演説されるというニュースを聞き、生中継の映像を見ていました。淡々と窮状を訴えつつ日本に期待する部分を話されましたが、予想以上に日本の立場を理解し、イギリスやアメリカ、フランスの議会で話された内容とは違う印象でした。在日大使館が原案を作ったのかもしれませんが、将に、今侵略(ロシア側の説明は違いますが)されている国の大統領が、メディアを使って他国に訴えるという情報戦はビックリしますね。我々(平和ボケの)日本人には実感がありませんが、世界各地では、常に、民族、宗教、領土をめぐる紛争が起こっています。ドローンで空爆とか情報戦等々新しい戦争スタイル(紛争)を実…
※政府が事後的に満州事変を認めた背景、第一次上海事件、満州事変の国内の評価の項目を追加しました。 シリーズ(10)(11)(12)では国際グローバルスタンダードであった金本位制が崩壊し、グローバル経済が維持できなくなりブロック経済化していった状況を説明した。当時の常識であった金本位制を維持するの政策によって各国はデフレと金利上昇に見舞われ、経済が悪化し社会不安が広がった。これが当時の大恐慌の概要である。そのような状況のなかで陸軍が動きはじめます。 kyoyamayuko.hatenablog.com 今回も松元崇先生の本の12章をまとめていきます。 中国大陸の情勢と満州事件 昭和6(1931)…
1983初版発行。1998改訂・増補版発行。 内容 満州事変から終戦までが描かれています。 中国大陸での戦争と太平洋・東南アジアでの戦争が同時進行していく様は、無茶であったとしか言いようがありません。 南京事件、従軍慰安婦など、議論が分かれる描写もあります。アメリカ国内で日本人が強制収容所に入れられたことも描かれています。 小さなエピソードの意味が連続しています。 この手の本としてはその辺の感覚のバランスが取れていると思います。 巻頭口絵ページでは国会議事堂や戦前のオリンピックが紹介されています。 電子書籍版は、巻頭口絵ページ・巻末資料編が削除されているので、できれば紙書籍を入手したほうが良い…
1904年(明治37年)日露戦争が起こり、日本は苦戦しながらも勝利し、1905年ポーツマス条約で朝鮮半島における自国の優位の確保、遼東半島の租借権、東清鉄道南部(長春・旅順間)の経営権、樺太の南半分の譲渡を獲得しました。1906年日本政府は半官半民の国策会社「南満州鉄道株式会社」通称、満鉄を設立しました。満洲の資源開発を急ぐため、1907年満鉄調査部を設置、鉱業部を作り、地質調査機構を大連に集中、また中央試験所を設立しました。その後、数年かけ、東亜経済調査局、撫順露天掘り事業がはじまり、油母頁岩採油試験そして満鉄統計資料、経済調査資料、満洲地質資料などが定期発行されるようになりました。1940…