第10講 S-2 10月に入り早くも2週間が経ようとしている。 何がしたいのか、何を為したいのか、どうありたいのか、こんなことを時々問う。 答えは分かっているのだ、しかし、それをここに書くことはできない。 なぜなら、それは今の行いを否定することになるからである。 とはいえ、まったくの無回答を貫いてしまうと終着を迎えることになる。 そこで、答えの一つ手前となる部分回答のようなものを提示しておく。 どうありたのか、それは観測者として存在したいのである。 観測者、もう少し具体的にすると、世界の観測者である。 世界とは言っても、地球とほとんど同意の世界ではない。 世界とは、視認することができる範囲での…