今朝の中日新聞朝刊には1ページを使った「考える広場」があったテーマは「保守主義」で3人の有識者の考えが掲載されていた(思想家 片山杜秀、衆議院議員 船田元、社会学者 鈴木彩加)つい先日、ここでも保守の定義について文句を言ってところなのでとてもタイムリーで、時々見られる「共時性」の現れの1つだと思いこむことにした(共時性はユングが提唱した偶然の一致みたいなものを扱った概念)自分が違和感を持っているのは、本来ならば極右と表現すべきところをオブラートで包まれたような保守という言葉で誤魔化されているのではないか?という感覚だつまり欧米でははっきりしている保守と極右との区別が日本ではなされていないのでは…