朝、洗濯物を干していて思う。なぜ、靴下というものはこうも自由奔放なのか。 昨日の夜に洗濯カゴに入れたはずの靴下が、朝になると片方だけ存在している。もう片方はどこへ行った。 家出か。 探しても探しても見つからず、代わりに出てくるのは去年の夏に買ったもう履けない子供の「片方だけの靴下」だったりする。 時空が歪んでいるのだろうか。 我が家は3人家族。夫と小学生の子どもと私。 3人いれば、靴下もそれぞれの性格を持ち始める。小さいの、中くらいの、大きいの。どれも似ていて、どれも違う。 そして夜になると、また事件が起きる。靴下がぬぎっぱなしで落ちているのだ。 リビングの隅、ソファの下、玄関の前。彼らは自由…