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2010-08-23

[]WHITE PHOSPHORUS(WEAPON)=白燐弾(直訳)=黄燐焼夷弾(意訳)

訳語問題

WHITE PHOSPHORUS(WEAPON)

WHITE PHOSPHORUSは直訳では白燐と訳され、意訳では黄燐と訳されます。

WHITE PHOSPHORUSが武器として使用された場合は直訳では白燐弾と訳され、意訳では黄燐弾もしくは黄燐焼夷弾と訳されます。例えば、以下のように。

牧師ジュネーヴ条約を引用して、わが国は正義の軍隊であって、神を助けて大義を実現せねばならないと論じた。だがこんな道徳論では、現実的な兵士たちにはたいして効き目はない。ジュネーヴ条約は却下され、過激な意見が飛び出した。「ジュネーヴ条約では、黄燐焼夷弾を軍に向けて発砲してはならないと定めているから、敵の装備に当たったと主張すればいい」と教官に教わったが、と若き砲兵は言う−「条約を出し抜く方法をこっちが考えつくぐらいだから、敵だって考えついてるはずですよ」。また別の兵士も口を開いて、「ロシア捕虜になったら殺されるかもしれない。敵に同じ薬を盛ってなにがいけないんです」。牧師の「正義」や「神を助ける」ということばに対して、冷たい雨に濡れた兵士たちの考えは「正義は銃身から生まれる」、「歴史は勝者がつくる」のほうへ傾いていた。

<ジュネーヴ条約と黄燐焼夷弾>の話は、私もフォート・ベニングで聞いている。士官候補生学校での大砲の射角に関する講義でも、歩兵将校基本コースでも、レンジャー養成校でも、そして歩兵迫撃砲小隊将校コースでも聞かされた。捕虜の扱いについて述べたレンジャー養成校の教官は、自分の考えをはっきり伝えていたものだ。いわく、襲撃や待ち伏せの際には捕虜をとるものではないと。私の見るところ、レンジャー大隊出身の優秀な若い兵士たちは、大半がこのレンジャー養成校ばりの考えかたを身につけてくる。

「戦争における「人殺し」の心理学」P327-328より。

この「ジュネーヴ条約と黄燐焼夷弾」に関する記述が原文ではどうなっているか確認してみましょう。

The chaplain cited the Geneva conventions and discussed our nation as a force of righteousness and the support of God for our cause. To pragmatic soldiers this moral approach didn't go far.

The Geneva convention was dismissed,and our forward observer said that in school they had told him that “the Geneva convention says you can't fire white phosphorus at troops;so you call it in on their equipment. ” The young artilleryman's logic was “if we're gonna find ways around the Geneva convention,what do you think the enemy is gonna do?” Another said,“If we get captured by the Russians,we might as well kiss it off, so why not give them a dose of the same medicine?”To the chaplain's “righteousness”and“support of God”comments,the cold,wet soldiers' answers were along the lines of“righteousness comes out of a gun barrel” and “the victor writes history.”

At Fort Benning I too had heard the “Geneva convention and white phosphorous on equipment” line during the artillery pitch in Officer Candidate School,the Infantry Officer Basic Course,Ranger school,and the Infantry Mortar Platoon Officers Course.

The treatment of POWs had been addressed by an instructor at Ranger school, and he clearly communicated his personal belief that in a raid or an ambush,a patrol could not be expected to take POWs. I had noted that most of the outstanding young soldiers coming to us from the Ranger Battalion shared this Ranger-school belief.

「On killing」P203-204より。

これらを比較することにより「white phosphorus」が「黄燐焼夷弾」と訳されていることがわかります。

つまりwiselerさんの

とうぜん白燐弾≠黄燐焼夷弾と思っています

という発言などに見られる白燐弾と黄燐焼夷弾を別物とする認識は訳語に対する無知からくる誤りです。

また、“the Geneva convention says you can't fire white phosphorus at troops;so you call it in on their equipment. ”(ジュネーブ条約では白燐を兵に向けて撃ってはならないとされているから、装備に対して撃ったと言えばいい)という記述は、米軍では白燐の対人使用がジュネーブ条約違反と解釈されていること(とそれに対する言い逃れの方法)を示しており、つまりwiselerさんの

その前後に、とくにこの黄燐焼夷弾が白燐弾であるような説明はありません。黄燐焼夷弾は焼夷弾ですから、ジュネーヴ条約で禁止されていますし、いかなる対人使用も法律違反であることは当然です。

という発言も、同様に訳語に対する無知からくる誤りです。


MELT
Use of white phosphorus bombs by Ethiopia in Mogadishu
モガディシュ(地名)におけるエチオピア軍による白燐弾の使用

As one indication of the intensity of the fighting that took place between Ethiopian military forces and the Shabaab, during one battle, on 13 April 2007, at approximately 2015 hours, at Shalan Sharaf, in the Shirkole area of Mogadishu, Ethiopian military forces resorted to using white phosphorus bombs against the Shabaab. As a result, approximately 15 Shabaab fighters and 35 civilians were killed.

エチオピア軍とシャバーブ族の間で起こった戦いの激しさの一つの目安として、2007年4月13日のおよそ20時15分頃のモガディシュのシャーコール地域のシャランシャラフでのある戦いにおいて、エチオピア軍はシャバーブ族に対して白燐弾を使用した。その結果、およそ15人のシャバブ族戦士と35人の一般人が殺害された。


Witnesses who were present in the general vicinity at the time the weapon was used described the impact of the weapon as it "lightened the whole of Mogadishu". They also saw a "fireball". Witnesses further described the after-effect of the weapon by describing the bodies of the victims as having been "melted" and stating that the soil and the surrounding area were white in colour.

その武器が使われたときに丁度居合わせた目撃者はその武器の衝撃を「モガディシュ全体が照らされた」というように語った。彼らは「火の玉」も見た。目撃者は更に武器の影響について、犠牲者の体が「溶けていた」、そして、地面と周辺地域を色において白くしたと述べた。

国連公式記録「S/2007/436」段落30から31より。翻訳は引用者による。

このように白燐弾の被害に関する報道では、しばしば、犠牲者の体が「溶けていた」(melted)と表現されます。

これを化け学的な意味で捉えて誤解する人がいるので説明すると、この場合の「melt」は熱傷の状態を表現するのに使われる言葉です。漢字としては、常用外なものの、「融けていた」と書いた方が意味が伝わりやすいでしょう。

白燐は高温で燃える物質であり、燃えている白燐を浴びれば熱傷を負うのは当然のこと。

そういう熱傷で融解した傷に対して英語では「melt」という言葉を使うわけです。

白燐弾報道の否定においての犠牲者の体が「溶けるわけがない」という批判は「melt」を融解ではなく溶解と誤解したことによるもので、それは英文を読解できればありえない誤解です。結果としてそれは、誤解から虚像を作り出し、その虚像を虚構と批判するデマとなっているわけです。


機能問題

WHITE PHOSPHORUS(SMOKE)は焼夷兵器としても使われる

Smoke shells made up a large fraction of the service's output of mortar ammunition. Authorized smoke fillings included white phosphorus(WP), a solution of sulphur trioxide in chlorosulfonic acid(FS), and titanium tetrachloride. “The American white phosphrums ammunition was outstandingly good,” wrote Generalleutnant Ochsner, after the war.

These shells threw up a large volume of dense white smoke that was useful as a marker or as a smoke screen. Burning chunks of phosphorus flying through the air frightened enemy soldiers. Phosphorus could ignite dry underbrush, hay, paper, and other combustibles, and thereby serve as an incendiary. And finally the agent could cause casualties among enemy troops by inflicting burns. Mortar squads fired quantities of WP second in volume only to HE. 0ver three million WP shells came from filling plants in the United States, more than all other mortar shells came from filling HE−combined. In comparison, the service procured only one-third of a million FS smoke shells, and none containing titanium tetrachloride.

The German Army would have been happy to have had the same plentiful supply of WP as the American Army, but Germany lacked the raw materials for producing phosphorus, and its army had to depend on inferior Berger mixture or on sulphur trioxide.

煙幕弾は迫撃砲弾の役割において大きな部分をなしている。代表的な煙幕剤は白燐(WP)、硫黄酸化物のクロロスルホン酸溶液(FS)、そして、四塩化チタンである。戦後、オクスナー中将が書いたところによれば「アメリカ製の白燐弾は際立って良かった」

これらの砲弾はマーカーや煙幕として有効な大量の濃い白い煙を上げた。空中を飛んでくる燃えている燐の塊は敵兵を怖がらせた。燐は乾いた下ばえ、干し草、紙、その他の可燃物に火をつけることができ、焼夷兵器としても使われた。最終的に燐は火傷を負わせることによって敵兵を殺傷することができた。迫撃砲隊はHE*1に次ぐ量の白燐弾を発射した。三百万を超える白燐砲弾がアメリカ本土の工場(充填施設)から送られ、それはHEを除く全種類の砲弾の合計より多かった。比較すると、FS煙幕弾は三十数万だけ調達され、四塩化チタンはなかった。

ドイツ軍も米軍同様に白燐弾の豊富な供給があれば幸福だったのだが、しかし、ドイツは燐を生産するための原料が不足しており、ドイツ軍は劣悪な混合物か三酸化硫黄に依存するしかなかった。

「The Chemical Warfere Service」P135より。翻訳は引用者による。

「The Chemical Warfere Service」は米軍の化学戦の歴史に関する本です。この本ではwhite phosphorusに対しsmoke(煙幕)とincendiary(焼夷)が別々に説明されていますが、引用部分はsmokeに関して説明している部分から引いたものです。

白燐(黄燐)は燃焼時に激しく煙を出すと同時に高温で燃える物質です。

白燐弾は燃えている白燐の破片をばら撒く兵器であり、ばら撒かれた燃えている白燐の破片は煙幕を生成するだけでなく、ばら撒かれた範囲に可燃物があれば着火し、人がいれば殺傷するわけです。WHITE PHOSPHORUS(WEAPON)の「煙幕と焼夷の両用」というのは、どちらか片方の機能を発揮するということではなく、両方の機能を発揮するということです。

仮に「大抵の煙幕弾に焼夷効果や殺傷効果はないから、煙幕弾に分類される白燐弾にもそういう機能はない」というように考える人がいるとしたら、それは先入観による思い込みでしかありません。

つまり、wiselerさんが言うような

私が述べたいのはそのサイトで言えば http://www.globalsecurity.org/military/systems/munitions/wp.htmにあるWhite Phosphorus (WP) - IncendiaryとWhite Phosphorus (WP) - Smokeの違いです。M74やM47A2が黄燐を使用していて、かつ発煙効果がないと思っているので私の想定している黄燐焼夷弾にあたります。 http://www.globalsecurity.org/military/systems/munitions/dumb.htmには両方とも掲載されているもののサブページがないため専門的な解説はわかりませんでした。しかし私が調べた限りで発煙効果はないようです。

というのは、無知と無理解による誤りでしかないということです。


用法問題

焼夷兵器の用法は様々ですが、説明のためにその代表的用法の一部を以下にあげます。

  • より効率よく破壊するための手段としての焼夷兵器
  • 運動エネルギー兵器では攻撃困難な対象を攻撃できる兵器としての焼夷兵器
より効率よく破壊するための手段としての焼夷兵器

第二次世界大戦での日本やドイツに対する戦略爆撃において焼夷兵器が多用されたのはよく知られていることです。

工場地帯やインフラを攻撃することで生産能力を破壊し、人口周密地域を攻撃することで銃後を支える国民の生命と財産を破壊し、もって、敵の継戦能力を破壊する戦略爆撃。

その戦略爆撃で何故、焼夷兵器が多用されたかといえば、単純に言えば、通常爆弾のような運動エネルギー兵器だけでは不効率だから。

破壊自体は運動エネルギー兵器だけでも可能でも、運動エネルギーで家財を破壊するだけでは再利用可能なものが残りやすいですし、頑丈な外壁に守られた住人を殺害することもできません。

その一方で家財はしばしば可燃物であり、人間はそれらに囲まれて生活しており、焼夷兵器はそれらに着火し火災を引き起こすことができるわけです。

焼夷兵器を使用し家財に着火して火災を引き起こすことにより、家財を効率よく破壊できますし、引き起こされた火災による焼死、熱死、(一酸化炭素など燃焼に伴って発生する毒性物質などによる)中毒死は頑丈な外壁に守られた住人も殺害することができます。

運動エネルギー兵器では攻撃困難な対象を攻撃できる兵器としての焼夷兵器

焼夷兵器の運動エネルギーによる破壊力は徹甲弾や通常爆弾のような運動エネルギー兵器に劣るのが普通です。

例えば、火炎放射器の射程は火炎砲戦車搭載のものでも百数十メートル程度で、運動エネルギーによる破壊力は殆どありません。

しかし、歴史が示しているように、それでも戦場で使われました。

理由の一つとしては、焼夷兵器は運動エネルギー兵器で攻撃困難な対象を攻撃できる場合があるから。

例えばトーチカ。トーチカの銃眼から攻撃してくる敵を運動エネルギー兵器で倒すことは難しいですが、火炎放射機であれば銃眼に向けて放射することでトーチカの内部に燃える焼夷剤を流し込み、それにより(運動エネルギー兵器では殺傷が困難な)トーチカ内の敵兵を倒すことができます。


これらのことは当然すぎて説明不要なことと思うのですが、こういう当然のことを知っていれば、焼夷兵器の能力を運動エネルギーによる破壊力において通常の砲弾と比較し、焼夷兵器の方が劣ることを理由に、その有用性を否定するような素人騙しに引っかかることはないと思います。逆にいえば、こういうくどくどとした説明を行うのはそういう素人騙しに引っかかる人が存外に多いように思えるからなんですね。

榴弾では攻撃困難な対象を攻撃する手段としての白燐弾

第一次世界大戦での戦線の膠着ぶりから明らかなように塹壕(あるいは要塞などの掩蔽)にたてこもる歩兵は砲撃に対して非常に高い防御力を発揮します。

榴弾の破片は爆発により放射線状に飛び散るので、複雑に折れ曲がった塹壕線は直上での炸裂でもない限り砲弾の破片から歩兵の身を守ってくれますから。

そういう榴弾に対し、白燐弾の破片は放射線状にではなく傘状に飛び散るので、広範囲にわたって直上から降り注ぐような形となり、直上での炸裂でなくても塹壕内の兵士を殺傷することが可能で、そのため第二次世界大戦では主に米英軍によって戦場で多用されました。

Attack teams consisted of one tank, an engineer team, a squad of riflemen, plus a light machine gun and a 60mm mortar. The Sherman opened the action. It plowed its pipe devices into the hedgerow, stuck the cannon through, and opened fire with a white phosphorus round into the corners of the opposite hedgerow, intended to knock out German dug-in machine-gun pits.

White phosphorus was horror. Lt.Robert Weiss got caught in a rare German barrage of white phosphorus shells (rare because the German supply was insufficient). He recalled the bursting of the shell, followed by “a snowstorm of small, white particles that floated down upon us. We looked in amazement, and eyes filled with instant terror. Where the particles landed on shirts and trousers they sizzled and burned. White phosphorus! We brushed our clothing frantically, pushed shirt collars up. If any of the stuff touched the skin,it could inflict a horrible burn, increasing in intensity as it burrowed into a man's flesh....

“Another shell. Another missile from hell. Fiery snow! I remember thinking that if the shelling kept up for long it would be more than most men could endure. There was nowhere to hide, no place that was safe.“ Fortunately, that was the last.

攻撃部隊は戦車一両、工兵部隊、小銃分隊、加えて、軽機関銃と60mm迫撃砲から成っていた。シャーマン戦車は行動を開始した。砲身を生け垣に突っ込んで、砲口を通し、向かいの生け垣で隠れている場所へ白燐弾を撃った。機関銃陣地に伏せているドイツ兵をノックアウトするために。

白燐弾は恐ろしかった。ロバート・ワイス中尉は白燐弾によるドイツ軍の砲火という珍しい体験をした(珍しかったのはドイツ軍の補給品が不足していたから)。彼はその砲弾の炸裂をこのように思い起こした。「小さな白い粒が吹雪のように私たちの上に舞い降りてきた。私たちは驚き、瞳は即座に恐怖で満たされた。その粒がシャツやズボンに着くと、それらはじりじりと焼けて燃えだした。白燐だ!私たちは狂ったように衣服を払い、シャツの襟を立てた。もし、その物質が皮膚につくと、ひどい火傷を負い、それが体内に潜り込んでいくにつれて苦痛は増していく…」

「どんな弾やどんな飛び道具よりも忌々しい。炎の雪!もし、その砲撃がもっと長く続いていれば殆どの人は耐えられなかっただろうと考えたことを私は忘れない。そこに隠れられる場所は無く、安全な場所は無かった」幸運なことに、それがその最後だった。

「Citizen Soldiers」P67-68より。翻訳は引用者による。

「Citizen Soldiers」はノルマンディー上陸作戦以降のドイツ西部戦線での戦争を主題にしたノンフィクションです。

この引用文から米軍もドイツ軍も白燐弾を攻撃兵器として用いていたことが分かります。

まさか、そんな勘違いをする人はいないだろうとは思いますが、「as it burrowed into a man's flesh(それが体内に潜り込んでいくにつれて)」というのは燃えている白燐の破片が、焼夷効果により人体組織が破壊された分、人体内に入り込むということで、白燐の破片が生き物のように動くわけではありません。*2

白燐は火が消えにくく、人体にくっついて取れにくいので、燃えている白燐の破片を浴びて適切な治療を受けられないと、穴のように組織が失われた深い火傷を負うことになるわけです。

引用文中の「There was nowhere to hide, no place that was safe.」という言葉は通常の運動エネルギー兵器とは異なる白燐弾の性質をよく示していると思います。運動エネルギー兵器には塹壕などの遮蔽物に隠れることでの防御が有効なのに対し、広範囲にわたって直上から破片が降り注ぐ白燐弾を攻撃に使用されると、その破片から身を守ることができるような隠れる場所は野戦においては殆ど無いわけです。(これは、塹壕や狭い路地に潜む相手にも有効な兵器であることを意味します。つまり、「レイテ戦記」で描写されているような白燐弾の用法は正しいということです。)

白燐弾報道否定論では、初期から、白燐弾と榴弾の破壊力を運動エネルギーで比較して白燐弾の兵器としての有用性を否定するものが見られました*3が、そういう運動エネルギーによる破壊力の低さをもってその使用の「不合理」を指摘するような否定論は戦場での焼夷兵器の用法に対する無知と無理解による誤りというものです。*4


法的問題

Incendiary weapons are weapons or munition primarily designed to set fire to materials or objects or to cause burn injury to persons through the action of flame,heat,or a combination thereof. Examples are:flamethrowers, fougasses(hand-held weapons containing liquid incendiaries), shells, rockets, grenades, mines, bombs, and other containers of incendiary substances(Article 1, para. 1 lit.a, IncendiariesProt).

焼夷兵器とは、炎や熱やそれらの組み合わせの作用によって物に火をつけたり人に火傷させたりすることを主目的に設計された武器または軍用品。

例:火炎放射機、fougasses(液体焼夷剤を収容している手持ちサイズの武器)、砲弾、ロケット手榴弾地雷、爆弾、その他の焼夷剤の運搬容器(Article 1, para.1 lit.a, Incendiaries Prot)


0ne of the main topics of the 1980 UN Weapons Conference was the issue of incendiary weapons (the US air force use of napalm bombs in Vietnam were still fresh in the memory). Some of the states participating at the conference(including Sweden, Mexico, and the majority of the non-aligned states) demanded a complete ban on incendiary weapons, for these weapons-such was the argument-always cause unnecessary suffering and generally have also indiscriminate effects; but the superpowers, led by the USA and the USSR, openly declared that-due to the military importance of incendiary weapons-they would accept, at the maximum, a few(and limited)restrictions on the use of such weapons. The traditional military powers thought these weapons to be militarily absolutely necessary to attack certain objectives, and particularly specific operations such as ‘close air support' in the combat zone against immediately adjacent enemy positions. A compromise only became possible when the delegation of the USA began to request a prohibition of all air-launched attacks by incendiary weapons(including napalm)in settlements and populated areas, thus providing an opening for the resumption of the stalled negotiations. The resulting definition of the incendiary weapons covered by protocol III of the WeaponsConv is extremely broad, since it includes not only incendiary materials based on hydro carbon(like napalm)but also all means of combat designed to set fire to objects or to cause burn injury to persons through the action of flame, heat, or a combination thereof. The only important factor in the definition is the causation of burns through chemical reaction of a substance brought on the target.

1980年の兵器に関する国連会議の主題の一つは焼夷兵器についてだった(ヴェトナムでの米空軍によるナパーム弾の使用はまだ記憶に新しかった)。会議に参加している国々のいくつか(スウェーデンメキシコ、及び非同盟国の大多数)は不必要な苦痛をもたらし、一般的に無差別な影響も持つ、そういう焼夷兵器の完全な禁止を要求した。しかし、米国ソ連といった超大国は、焼夷兵器の軍事上の重要性から、最大限でも、わずかな(かつ、限られた)使用制限しか受け入れられないと公然と主張した。この伝統的な軍事大国たちはこれらの兵器が軍事的に特定の目標への攻撃、とりわけ戦闘地域の敵位置近傍に対しての即座の「近接航空支援」のような特定の作戦行動に必要不可欠と考えた。米国の代表派遣団が、このようにして行き詰まった交渉の解決の糸口として、住宅地や人口周密地域での全ての空中発射された焼夷兵器(ナパームを含む)による攻撃の禁止を要望しはじめたとき、妥協するしかなかった。特定通常兵器使用禁止制限条約議定書IIIにカバーされる結果として生じる焼夷兵器の定義は、(ナパームのような)ハイドロカーボンを基材とした焼夷性物質だけでなく、炎や熱やそれらの組み合わせの作用によって物に火をつけたり人に火傷させるように設計された全ての戦闘手段であることから極めて広い。定義において唯一の重要な要素は、物質の化学反応を通した焼夷効果を標的にもたらすことだ。

「The Handbook of International Humanitarian Low」P156より。翻訳は引用者による。

「The Handbook of International Humanitarian Low」は題名の通りの国際人道法の手引き書です。

焼夷兵器の非人道性は昔から問題視されており、特にベトナム戦争の結果、その規制が国連会議の議題となりました。

規制を求めた国々が焼夷兵器の完全な禁止を要求したのに対し、米ソといった超大国は、焼夷兵器の使用が自国の軍事行動に必要不可欠だと考えました。このことによる妥協の結果、焼夷兵器は(材質ではなく効果により規制される一方で)、完全な禁止ではなく、用法で規制されることになったわけです。

焼夷兵器が使用制限された理由は、当然のことですが、運動エネルギーによる殺傷力が高いからではありません。

理由の一つは、ベトナム戦争での報道が示したように、焼夷兵器が苦痛兵器としての性格が強い兵器だからです。

焼夷兵器の犠牲者は長時間苦しみ、生き残ってもケロイドなど一生続く障害を負う可能性が高いのです。

そういう焼夷兵器による被害と白燐(黄燐)が深刻な被害をもたらす焼夷剤の一種であることについてはhigetaさんの記事焼夷兵器に関する国連事務総長報告書 - 日本近現代史と戦争を研究するが詳しいので是非、読んでほしいと思います。


特定通常兵器使用禁止制限条約議定書IIIによりその使用が制限された焼夷兵器ですが、用法による規制には問題がありました。用法による規制は用法を偽ることにより言い逃れすることが可能だからです。

対人使用しておきながら「装備に向けて撃った」と言ったり、人口周密地域で焼夷兵器として使用しておきながら「煙幕として適切に使用した」と言ったりというように。

こういう言い逃れによる条約の空文化の危険性は当時の議論でも懸念されていました。

このような経緯を踏まえていれば、白燐弾報道否定論における「焼夷兵器を使いたいのであればナパームを使えばいいのに」というような否定*5がどうしようもない愚論であることが分かります。

白燐弾は煙幕と焼夷の両用兵器であるがゆえに用法を偽ることで言い逃れを試みることができる兵器ですが、ナパームはそうではありません。

例えば、イスラエルの場合。イスラエルが表向きには国際条約を破っていないことにしたがっていることは、報道で見られるスポークスマンの発言から明らかであり、ナパームを使うという明確な条約違反は仮にイスラエルがナパームを所持していて戦術的には実施可能であったとしても政治的には実施不可能というものです。批准していない国際条約に違反しても非難され政治的にダメージを負うのですから。それは「北朝鮮と宇宙条約の場合」からも明らかというものでしょう。


白燐弾に関する報道では様々な報道*6で白燐弾の「人口周密地域での白燐の焼夷兵器としての使用」がジュネーブ条約に違反するというように報道されていますが、それは特定通常兵器使用禁止制限条約議定書IIIの解釈として正しいものであり、それを否定する方が誤りです。*7

In the context of the need for unswerving compliance with the Convention and its protocols, the use of white phosphorus as an incendiary weapon in populated areas by a State party to the Convention was unacceptable, and a gross violation of Protocol III. It could not in any way be considered to be a legitimate weapon in the planning and conduct of tactical operations.

本条約及びその議定書の揺るぎない遵守の必要性において、締約国による人口周密地域での白燐の焼夷兵器としての使用は許容できないし、議定書IIIの著しい違反である。それは、作戦の計画と指揮においてどのような形であろうと合法的兵器とみなすことはできない。

国連公式記録「CCW/MSP/2005/SR.1」の段落31より。翻訳は引用者による。

このように「特定通常兵器の使用に関する国連会議」での「手順の原則の確認」においての発言でも「人口周密地域での白燐の焼夷兵器としての使用」は「特定通常兵器使用禁止制限条約議定書IIIの著しい違反」と解釈されていることを確認できます。

当然のことですが、条約の制定には歴史的経緯と議論の積み重ねが有り、その過程で条文をどのように解釈し運用するかも議論されます。(その結果はそれぞれの国の軍隊の交戦規程に反映され、交戦規程にどのように反映されているかについては書籍などを読むことにより間接的に知ることができます。)

そういう経緯を無視しての条文だけを読んでの独自解釈には意味がありません。

つまり、wiselerさんの

白燐弾は法律上焼夷兵器には該当しません

という発言などに見られる解釈はそういう歴史的経緯と議論を無視した無知と無理解による誤りです。

そもそも、欧米の報道機関では、通常、学問としての軍事を修めた人が軍事問題担当記者を務めるわけです。その解釈を否定するということは、学問としての軍事知識に基づいた発言をオタの受け売りレベルの知識で否定するのも同然なわけで、それだけで、十分、常軌を逸していると私は思います。

イスラエル軍のガザにおける白燐弾使用の被害

チームはまたガザの主要病院であるシファ病院も訪れた。そこで彼らはリンによる火傷などの傷の処置の難しさについて医療スタッフと話をした。火傷治療担当のチーフが語ったところでは、最初、スタッフたちは白リンによる傷を処置していたことに気づかなかったという。彼は、不快な臭気を放ちながらどんどんひどくなっていく尋常でないオレンジ色の火傷について説明してくれた。数時間後には、傷から煙が上がり始めたという。

「私たちは頭に傷を負った3歳の子どもを診ました。3時間後、ガーゼを換えるとき、傷から煙が立ち上りました。私たちは傷を切開し、このくさびを取り出しました。それは私たちが今までに見たこともないものでした。後に、同僚であるエジプトノルウェーから来た医師たちがガザに入ることができ、これが白リンだと教えてくれたのです」と、医師は語った。

また医師は、「私たちはこれについて様々なことに気づきました。この火傷は治りません。リンはおそらく体の内部にとどまり、そこで燃え続けるのです。患者の状態は大体において悪化します。通常、体の表面の10〜15パーセントの火傷なら回復を期待できるのですが、今はそのような患者の多くが死亡しています」と語った。

no title

イスラエルが当初、白リン弾を使用したことを認めなかったために、医師たちは正しい治療をすることができなかった。肉に食い込んだ白リンの小片は燃え続け、火傷が拡大深化するにつれ激痛を引き起こす。そして、内臓に回復不能な傷害をもたらすのだ。それは患者の身体の他の部分、もしくは傷を治療する人たちにさえ悪影響をおよぼす。

「私たちは今まで治療した症例とは異なる火傷であると気づきました。数時間後、火傷は拡大深化し、不快な臭気を発散し、そして発煙しはじめたのです」と、ガザのアルシファ病院の火傷の専門医はアムネスティに語った。

白リン弾による火傷を負った人びとの症状は急速に悪化することがある。身体の表面の比較的小さな領域、10〜15パーセントに火傷を負った人たちは、通常は生存するものだが、こうした人びとでさえ悪化して死ぬことがあるのだ。医師たちが白リン弾による最初の犠牲者を診た数日後、多くの外国の医師たちがガザ地区に到着してはじめて、地元の医師たちは傷を引き起こしたものの正体と治療法を知ったのである。

16歳の少女のサミア・サルマン・アルマナヤは、ガザ市の北にあるジャバリア難民キャンプの家で寝ていた1月10日の午後8時、白リン弾が家の1階に着弾した。10日後、病院のベッドで彼女はアムネスティに対し、顔と足の火傷のためにまだ激痛があると語った。「突き刺すような痛みです。まるで私の身体の中で火事が起きているみたいです。とても痛いので我慢できません。どんな薬をもらっても、痛みはまだとても強いんです」

どんなものであるかを知らないまま、白リン弾あるいはそれから派生した燃える残骸が当たった家のパレスチナ人たちはあやまって炎に水をかけたが、火勢を強めるだけだった。医師たちが気づかずに食塩水で患者たちの傷を洗おうとしたために、患者たちは痛みのあまり叫び声をあげた。また、医師たちは患者の火傷のガーゼを交換したとき、傷から煙が立ち上るのを見て衝撃を受けた。検査のための手術を行なった際、医師たちは空気にさらされると直ちに燃えはじめるフェルトの小片を摘出した。

no title

白燐弾には幾分かの破片効果による殺傷力もあること、白燐が焼夷剤の一種であると同時に猛毒でもあること、燃えている白燐に下手に水をかけると煮えたって飛び散り、より激しく燃え上がることを考えれば、これらのアムネスティの記事を単純に否定する方がおかしいというものでしょう。

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この記事について

この記事はかなり前に書いたwiselerさんに反論するための記事を若干手直ししたものです。

http://megalodon.jp/2009-0128-1442-13/d.hatena.ne.jp/wiseler/20090114/p1でのwiselerさんの応答次第でアップする予定でしたが、wiselerさんが応答せず、マジコン騒動の影響かプライベートモードにしてからID削除したことによりお蔵入りになっていたものです。

id:HiiragiJPさんの

HiiragiJP 議定書条文に「焼夷兵器には、次のものを含めない。焼夷効果が付随的である弾薬類。例えば、照明弾、曳光弾、発煙弾又は信号弾」って書いてあるのにスルー。なお人を殺したいなら発煙弾なんか使わず榴弾を打ち込む 2010/08/23

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/D_Amon/20090114/p1

という発言によりアップすることにしました。

各種報道に関わらず未だにこういうことを発言をしてしまう人がいるということですから。

白燐弾報道否定論に対する私の見解は他人の主張を「嘘」「デマ」と言って回ってる人間がなに泣きごと言ってんの?(追記あり) - Apeman’s diaryでのブックマークコメントと変わっていません。

D_Amon 白燐弾, 議論 この問題は、南京事件否定論を展開する人々が、実の所、それは「無知の無知」による増長でしかないのに、自分のことを論理的で現実的で世の中のことを分かっていて思想的中立だと思い込んでいたのと似ていると思う。 2009/01/23

はてなブックマーク - 他人の主張を「嘘」「デマ」と言って回ってる人間がなに泣きごと言ってんの?(追記あり) - Apeman’s diary

白燐弾報道否定論は「無知の無知」によるものと思っています。白燐弾報道否定論の正体は「素人騙し」というより「無知の無知」による「井の中の蛙」現象という方が実態に近いだろうと推測します。

私は、白燐弾報道否定論において被害に関する証言や人権団体告発を嘲笑していた人々を許しがたいと思っています。

しかし、その一方で、選択的無知ではなく「無知の無知」なのであれば、いつの日か自らの無知を自覚し反省する日がくる可能性がある分、マシとも思います。

そのような人々が、もし自らの間違いを知ったとき、(「恥をかかされた」と逆恨みするのではなく)「自らが恥ずべきことをした」と自省できるような精神性の持ち主であることを祈らずにはいられません。


あと、この記事で洋書などから英語の記述を引用して翻訳しているのには理由があります。

白燐弾と黄燐弾(あるいは燐酸弾)を別物と思い込んでいる人々に対してはWHITE PHOSPHORUS(WEAPON)を意味する言葉として黄燐弾とか黄燐焼夷弾とかが使われている日本語の記述を説明のために引用しても意味がないことは明らかだからです。

信じたくないことに対して信じない理由探しをするような人に邦訳書籍の意訳や誤訳でわざわざ信じない理由を与える必要はありません。(私自身の意訳や誤訳に関しては原文がありますしね)

まあ、この手のことに関して詳しい情報が書かれているような日本語書籍が少ないのも理由の一つなんですけどね。

欧米とは異なり、日本は民間一般において学問としての軍事がほぼ死滅状態な国*8で、その差が軍事関連書籍の程度にも表れていますから。

白燐弾について機能説明がきちんとされていたWikipedia英語版と、「焼夷効果は持っていない」という記述が長期間そのままだった上に編集ノートでは英語版の記述をトンデモ扱い*9していたWikipedia日本語版の差は、ある意味、その差の表れというものでしょう。

軍事における学問的知識の空白からオタレベルの知識で専門書や戦史に普通に載っているような(かつ、以前のネットには載っていなかったがゆえにネット検索では調べられなかったような)ことを否定しているのが日本独特の白燐弾報道否定論の実態というものではないかと私は推測します。

仮にそうだとして、この件に関しては受け取る側が「オタは専門家ではない」、「オタは所詮オタでしかない」、「オタ的視野狭窄に注意」というようにリテラシーを発揮すべき事例というものだと私は思います。

例えば、軍事に関してGlobalSecurity.orgよりオタの言うことの方を信じるなんていうのは常軌を逸していると思うんですよね。

というわけで、日本の軍事オタクの言うことより欧米の(例えば、軍事の専門知識を持つ軍事問題担当記者の)報道の信頼性の方が高いという当然の話。

「欧米の報道の方が間違っていて日本のオタの方が正しい」なんて考えたりするのは陰謀論的な認識というものだと私は思います。

追記

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

On Killing: The Psychological Cost of Learning to Kill in War and Society

The Chemical Warfare Service: From Laboratory to Field : The Technical Services

Citizen Soldiers: The U S Army from the Normandy Beaches to the Bulge to the Surrender of Germany

The Handbook of International Humanitarian Law二版

*1:High Explosive=高性能爆薬の略語。つまり、通常の榴弾

*2:世の中には無理な曲解をした上でそれを否定するというような論法を使う人もいるので念のために。

*3:数年前にここにも来た

*4:白燐弾の焼夷効果や殺傷力を否定し、白燐弾の被害に関する報道を「超兵器プギャー」という感じで笑い飛ばしていた人々には、自らの身を燃えている白燐の破片が降り注ぐ直下において超平気かどうか確認してほしいものだと思わないでもありません。それで何が解決するわけでもないのは分かっていますが、犠牲者の苦痛を考えれば許し難いという感情を覚えます。

*5焼夷砲弾による対都市砲撃は軍事目標に対してであっても条約違反 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかのコメント欄にも来た

*6:例:The Times & The Sunday Times「The Geneva Treaty of 1980 stipulates that white phosphorus should not be used as a weapon of war in civilian areas, but there is no blanket ban under international law on its use as a smokescreen or for illumination.)」、no title「白リン砲弾は、含有する化学物質が酸素と接触して燃えるときに大量の煙を発生させることから、部隊の動きを隠す煙幕生成などに使われる。ただ、人間に対して使われると激しいやけどの原因となることから、国際法で人口密集地などでの使用は禁止されている」

*7:砲弾が煙幕弾と名づけられていようが、人口周密地域で燃える白燐の破片をばら撒いたりしたら、その白燐の破片が焼夷兵器として扱われるのは当然という話。燃える白燐の破片が焼夷効果を標的にもたらすことは当然のことなのですから。

*8:民間一般において軍事がサブカルでしかない国。一部の幹部自衛官の言動に見られるようにプロの知識も怪しいのはおいといて

*9:日本語版の記述の方がトンデモだったのに英語版の記述の方をトンデモ扱いして英語版wikipediaの翻訳を日本語版に追加掲載することを拒んでいた。

2010-08-20

[][]本当に日本を糾弾するのが目的ならば他にも題材は一杯ある件

ヴェトミンが決定的なイニシアティブを握ったのは、「二百万人餓死事件」である。この事件は、ヴェトナムではことあるごとに、日本を非難する出来事として引き合いに出される。

一九四四年末から一九四五年にかけて、ヴェトナム北部と中部で、食糧飢饉のために二百万人が餓死したといわれる。ヴェトナムの主張によると、このような大勢のヴェトナム人が死亡した理由は、日本軍が食糧を強制調達したからだということが定説となっている。いまでも、北ヴェトナムを歩くと、老人たちは、日本軍進駐時代の苦しい思い出として、これに触れるのである。

この事件は、ホ・チ・ミンの独立宣言の中にもふれられている。「われわれ人民は、日本とフランスの二重支配を受けてきた。そのためにわれわれはいままでよりも一層苦しくなり、一層みじめになった。その結果、昨年末から今年はじめにかけて、クァンチ省から北部にかけて二百万人を超えるわが同胞が飢え死にした」

四四年十一月はじめ、トンキンは、大暴風雨に襲われた。ハノイをはじめ各地の鉄製電柱が、くの字型に折れ曲がった。トンキン・デルタの米作は壊滅的な打撃を受けた。

ハノイにいた日本軍の兵士は、こう証言している。「ハノイの町は、餓死した死体が、累々としていた。むごい死体が横たわっていた」。北部ヴェトナムの南端にあるヴィンにいた日本軍兵士もつぎのように証言している。

「わたしは、一九四五年春、ヴィンにいたが、北部は猛烈な食糧飢饉で、食糧がなく、ヴィンの町では死体がごろごろしていた。町のそばの川では、死体がどんどん流れてくる。かれらは、みな、草を食べていた。南と違って作物の出来が悪く、とにかくあの飢饉はひどかった」(前掲「日本の南方関与」)

この飢饉は、大規模な水害によってトンキン・デルタの米の生産が激減した、米軍の爆撃で鉄道が破壊され、南部から通常行われてきた米の移入がストップした、という複合原因によって発生したとみられているが、事実はどうであったのか、いまとなっては、確かめるすべもない。しかし、当時、きわめて大勢の死者が出たことほまちがいない。一説には、二十万人とも、四十万人ともいわれる。また百万人ともいわれる。だれも実相がわからないのだ。このことは、裏返していえば、当時の政権担当者がフランスだったのか、日本だったのか、微妙な時期であったとはいえ、救援活動というきわめて当然のことがまったく行われなかったことを示している。政策担当者は、国民のために何の措置もとらなかった。ヴェトナム人はだれからも見放されていたという事実が厳然と残っているのである。

ヴェトナム戦争全史(岩波現代文庫)P22-24より。

このようにベトナムでは日本軍の食糧強制調達による食糧飢饉により一説では二百万人が餓死したとも言われています。

この二百万人というのは推計値の一つであって、二百万人説の他に、この記述から分かるだけでも、二十万人説、四十万人説、百万人説といった諸説があり、規模を断定できるような根拠はありません。

何故、こういう話をするかと言えば、以下のid:the_sun_also_risesさんのコメントに応答するためです。

the_sun_also_rises comzoo 犠牲者数を特定できる資料なんて存在しない。僕は30万説は懐疑的に見ているが南京事件そのものは肯定している。難しいのは敗残兵の扱いだ。降伏しなければ掃討戦は通常の戦闘行為。認識の差がでる部分だ(メタブへ) 2010/08/16

はてなブックマーク - 南京大虐殺と選択的無知 - 非行型愚夫の雑記

ベトナム餓死事件の犠牲者数を特定できる資料なんて存在しないですが、この日本非難に用いられる出来事であるベトナム餓死事件に対して二百万人説をやたら懐疑的に見るような人を今のところ私は見たことがありません。

というかね、南京大虐殺と選択的無知 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかに対するブックマークコメントがこれというのはどういうことなんだろうと思います。

the_sun_also_rises comzoo 民間人殺害は当時も国際法違反なのだが連合国中国だって連合国だ)が日独へ行った戦略爆撃はどうなのだ。降伏後のソ連満州千島の侵略と脱出民へのソ中朝の暴行はどうなのだ。そう言いたくなる(さらにメタブへ) 2010/08/16

はてなブックマーク - はてなブックマーク - 南京大虐殺と選択的無知 - 非行型愚夫の雑記

で、連合国のそういう行いを否定する人はいるの?

それと、戦略爆撃には敵の生産能力を破壊するための工場爆撃のような選択爆撃も含まれているわけで、文脈的にはおそらくこの言葉を無差別爆撃という意味で使っているのでしょうが、日本による重慶爆撃はドイツによるゲルニカ爆撃と並び無差別爆撃の歴史の中で重要な位置を占めていますよね。

the_sun_also_rises comzoo 彼我に関わらず戦争中の戦争犯罪に対して等しく批判するなら同感できる。なぜ殊更南京事件のみ批判するのか。日本人への犯罪は我慢せよと?隠れた政治的意図を感じるしそれではダブルスタンダードだ。 2010/08/16

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/D_Amon/20100816/p1

殊更南京事件を否定したり矮小化したりしたがるような人々がいるから。

で、そういう人々への批判に対し、こういう被害妄想じみた言葉を語りだす人々が現れると。

誰も日本への犯罪は我慢せよと言ってないですし、隠れた政治的意図やダブルスタンダードを読みとるのは自身の偏見を疑った方がよいと思います。

こんなことを言っているより、そもそもの原因である殊更南京事件を否定したり矮小化したりしたがるような人々に対処した方が合理的なのにとも思いますね。

あと、推計値が使われている歴史上の事件なんて珍しくもないと思うのですが「犠牲者数を特定できる資料なんて存在しない」と発言することに何か意味があるのでしょうか?

歴史上のそういう事件全てに対してそういうならともかく、南京事件のような場合にだけそういうのはダブルスタンダードだ、とでも言えばいいのでしょうか。そういうのは相手にする価値もない難癖だと私は思いますよ。

この件に関しては、

歴史修正主義は歴史修正主義に対するカウンターアクション。そもそも歴史修正主義者が偽りの歴史を流布していなければ、そういう活動をする必要は無いのだ。

反歴史修正主義者にとって、歴史修正主義者の偽りを暴くことが目的であり、大日本帝国の負の歴史について発言するのは偽りを暴くための手段にすぎない。

全てがそうとまでは断定せぬが、反歴史修正主義者にとって大日本帝国を糾弾するのは目的ではない。

偽りを暴くための手段として大日本帝国の負の歴史について発言することが、諸君には大日本帝国を糾弾することが目的のように見えているだけなのだ。

つまりだ。そもそもの疑問がおかしいのだ。

大日本帝国を糾弾するのに熱心な反歴史修正主義者が大日本帝国と同じようなことをしている中国に対して積極的に糾弾しているように見えないのは何故か? - 模型とかキャラ弁とか歴史とか

とチョビ髭閣下の言うとおり。(著者は私ですが)

で、この記事を示せば説明不要だろうと思っていたら、この記事に対するthe_sun_also_risesさんのブックマークコメントがこれ。

the_sun_also_rises 南京事件もチベットもガザ攻撃も連合軍の日独への戦略爆撃も全部戦争犯罪として批判すれば説得力を持つのにね。この弁は単に自分のダブルスタンダードを言い訳しているだけにみえる。 2010/08/17

はてなブックマーク - 大日本帝国を糾弾するのに熱心な反歴史修正主義者が大日本帝国と同じようなことをしている中国に対して積極的に糾弾しているように見えないのは何故か? - 非行型愚夫の雑記

この記事をそういう風に受け取ってしまうわけですかと。

まあ、あれですね。他人に手前勝手なハードルを課し、そのハードルを越えてないから疑うという御馴染の論法。

この記事のコメント欄のid:natamaruさんと同類。

反歴史修正主義が歴史修正主義に対するカウンターアクションであることは日本の非道の中で何を取り上げているかを考えれば明らかというものでしょう。

日本の非道は南京事件とか従軍慰安婦とかに限りません。

今回の記事ではベトナム餓死事件を取り上げているわけですが、もし、本当に日本を糾弾するのが目的ならば他にも題材は一杯あるわけです。

シンガポールでの華僑虐殺の他、フィリピンインドネシアといった東南アジア諸国において大日本帝国がどのようなことを行ったかを考えれば。

日中戦争太平洋戦争が虐殺や虐待や凌辱や略奪といった日本の各地での非道の歴史でもあるのは変えられない事実。

その数々の非道の中で取り上げる比率が南京事件や従軍慰安婦に偏りがちな理由は、それらの否定に対する歴史修正主義者の熱心さが反映されているからというものです。

何故、それらが殊更取り上げられるかという背景を考えれば反歴史修正主義の基準は明確。それをダブルスタンダードなんていってしまうのはthe_sun_also_risesさん自身の偏見のなせることというものでしょう。


ドキュメントヴェトナム戦争全史 (岩波現代文庫―社会)

[]ミダス王は水槽脳の夢をみるか

Midas ↓ バカ勢ぞろい, 地獄への善意の道, 考えが浅い, 今週のサバト, 今週の民族浄化, ぼくのかんがえた理想, 基地外絶滅大作戦 修正主義はなくならない。誰も「私は史実A(含・遺物)があったという夢をみてるのではない」と証明不能。なのになぜそう実感、確信できるか。共依存してるから。修正主義は史実主義の他者。理性は単体では存在しえない

はてなブックマーク - 南京大虐殺と選択的無知 - 非行型愚夫の雑記

タッチ、タッチ、ハートタッチ、ハートタッチプリュギア。ミダスタッチは対象を黄金(うんこ)に変える、とかなんとか。

id:Midasさんの活動がまた活発になってきて嬉しいです。Midasさんにdisられたのであの記事の勝ちは鉄板。

しかしまあ、相変わらず言っていることが頓珍漢ですね。

Midasさんは自らが認識している現実が自己認識において水槽脳が見せられている夢ではないと証明可能なのでしょうか。

陳腐な懐疑論を前提に論を立てても無価値ですよ。人は確信できなくとも確からしさをあてにして生きているというものでしょうに。

歴史修正主義と反歴史修正主義とが供依存の関係でないことは歴史的経緯を考えれば明らか。

史実否定への対抗言論である反歴史修正主義はそれは歴史修正主義の存在なしに存在できませんが、史実否定である歴史修正主義は反歴史修正主義が存在しなくても存在できます。

仮にMidas説を真とすると、史実主義と修正主義は最初から両方とも存在していたのでなければ存在できないことになりますね。んな阿呆な。

まあ、歴史修正主義がなくなれば、それに対するカウンターである反歴史修正主義もなくなりますが、私としては心底そういう状況になってほしいと思いますね。

その分の資源を別のことに使えるようになりますから。

[]平気で嘘をついたり理解できないふりをしたりすることが通じる世界にでも生きているのですか?

skeleton-lair しょうがないやらあいつが悪いで人格攻撃を肯定する手腕に目が点に。修正主義排外主義ぐらいだよ?それ通じるの。/修正主義を批判したいのか修正主義者を否定したいのか何がやりたいのかよくわからん。 2010/08/18

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平気で嘘をついたり理解できないふりをしたりする人はそういう態度自体を批判されるのが普通だと思うのですが、id:skeleton-lairさんの周辺ではそういうのが通じるのでしょうか?

私としては、そういう人をかばいだてするように「人格攻撃はよくない」という人が現れるのは修正主義や排外主義ぐらいだと思います。あ、似非科学の場合などにもそういう人が現れることがありますね。

[]日中戦争中国による日本侵略だと言う人々

munyuu これはひどい, はてサ, 歴史, 南京事件 学問的には数万から数十万の規模の戦闘があり、そこに戦争犯罪もあっただけのこと。責任があるのは日本を侵略し南京を戦場にした中国軍。中国の戦争責任を無視して日本に謝罪を求めるのがおかしい。 2010/08/17

はてなブックマーク - 南京大虐殺と選択的無知 - 非行型愚夫の雑記

id:munyuuさんの言うことがおかしいのはいつものことなんですが、こういう日中戦争を中国による日本侵略とするのはある種の人々の主張として珍しいものではありません。

例えば、以下のb:id:m-matsuokaさんの発言とか。

m-matsuoka 歴史 日本は対英米に関しては侵略戦争。対中国に対しては防衛戦争という2つの戦争を戦った。先制攻撃は侵略戦争だということを知らない日本人が多いのが問題。「自存・自衛」のために先制攻撃をしかけるのは珍しくもない 2010/07/18

はてなブックマーク - 国東守(凶暴なモルちゃん) on Twitter: "大東亜戦争における、日本の戦争目的は「自存・自衛」だったんだね。「開戦の詔書」にはっきり書いてある。みんな遊就館で見てください。「太平洋戦争」って名前はこの事実を隠すための、連合国の押し付け

で、この発言に対して私はこういうコメントを書きました。

D_Amon メタァ, はてなブックマーク 「日本は対英米に関しては侵略戦争。対中国に対しては防衛戦争という2つの戦争を戦った。先制攻撃は侵略戦争」id:m-matsuoka氏の定義が斬新過ぎる。Japanese Invation of Chinaを防衛戦争というのはある種の人々には珍しくないが 2010/07/19

はてなブックマーク - はてなブックマーク - 国東守(凶暴なモルちゃん) on Twitter: "大東亜戦争における、日本の戦争目的は「自存・自衛」だったんだね。「開戦の詔書」にはっきり書いてある。みんな遊就館で見てください。「太平洋戦争」って名前はこの事実を隠すた

そうしたら、返ってきたコメントがこれ。

m-matsuoka 歴史, 国際, 政治 id:D_Amon侵略戦争の定義はパリ不戦条約で明確に定義されている。東京裁判が、その法論理の元で裁かれたのも知らないの?日本国憲法の第9条もその法論理の影響下で作られた条文ですよ。 2010/07/19

no title

いや、ニュルンベルク裁判を含め「平和に対する罪」の概念はパリ不戦条約によるものですし、憲法9条に関してもその通りなわけですが、そんなことは聞いてもいないし教えてもらう必要もないことな上に、パリ不戦条約は侵略戦争の定義なんかしていませんし、第一、それを根拠にするならば満州事変がパリ不戦条約違反とみなされていた時点で「対中国に対しては防衛戦争」なんてことは成り立たないというものでしょうに。

このコメントに対してはこういうコメントを返したのですが、無反応な模様。IDコールに気づくのが遅れた私のせいかもしれませんが。

D_Amon はてなブックマーク id:m-matsuoka氏、 Kellogg-Briand Pact(パリ不戦条約)は戦争放棄の条約であって、侵略戦争の定義なんてしていませんよ。 2010/07/21

私の知る限り、パリ不戦条約は戦争放棄の条約であって、侵略戦争を明確に定義してなんかいません。解釈において自衛権を否定するものではないとされていることから、自衛戦争以外の全ての戦争が条約違反となり、必然的にその中には全ての侵略(aggression)が含まれはしますが。

それでも、もしかしたら、こういう私の考えの方が間違いなのかもしれません。

そこでm-matsuokaさんに質問します。


  • 「侵略戦争の定義はパリ不戦条約で明確に定義されている」の根拠を示してくれませんか。
  • 満州事変はパリ不戦条約違反とみなされたわけですが、そのパリ不戦条約をどうしたら「対中国に対しては防衛戦争」ということになるのですか。

まさか、こういう理屈を鵜呑みにしたからではないですよね。

従い、日中戦争では歴史を注意深く見ると、実は一撃目は中華民国から第一次上海事変、という日本への侵略 (agression)行為をもってはじまっています。 それまでの中国大陸での戦闘行為は、上記基準に達しません。 満州事変なども実は国家対国家の戦争行為ではありませんし、一兵士が発砲しても小競り合いで、国際法上の侵略(agression)ではありません。

「戦争」と「侵略戦争」の違いについて -「戦争」と「侵略戦争」は違う- 歴史学 | 教えて!goo

ちなみに、戦後の話ですが、侵略(aggression)の定義は以下のリンク先のようになっています。


国連総会決議3314「侵略の定義(Definition of Aggression)に関する決議」

http://www1.umn.edu/humanrts/japanese/JGAres3314.html

http://www1.umn.edu/humanrts/instree/GAres3314.html

2010-08-19

ウサビッチのプーチンのキャラ弁

[][]ウサビッチプーチンキャラ弁

f:id:D_Amon:20100819134904j:image

カミさんが作ってくれたキャラ弁。

今回はウサビッチのプーチン。

ウサビッチはこのところのカミさんのお気に入り。

ウサビッチ シーズン1 [DVD]

ウサビッチ シーズン1 [DVD]

2010-08-16

[]南京大虐殺と選択的無知

南京大虐殺の百科事典における記述

南京大虐殺の百科事典での記述は、その一例を下記のリンクから読むことができます。

no title

この記事では南京事件という言葉も用いますが、この言葉は南京大虐殺を含む南京戦での日本軍戦争犯罪の総称であり、なんら南京大虐殺を否定したり矮小化したりする意味合いを持つ言葉ではありません。

諸説について

定説(南京事件はなかったという説)はありえない

南京事件については諸説はあるものの学問的には数万から数十万の規模の虐殺を含む戦争犯罪があったことで決着がついています。

それらは数々の史料に裏づけられており、戦闘詳報のような日本側の記録だけでも相当規模の虐殺があったことは否定できません。南京事件は日本側、中国側、当時滞在していた外国人側というように加害側、被害側、第三者による歴史学的証拠のある歴史的事実です。史実のどれほどにそういう歴史学的証拠があるかを考えれば、まず疑いようのない史実というものです。

しかし、世の中にはその歴史的事実を否定するような人々がいて、南京事件に関する諸説において、そういう人々のことを否定派、そういう人々の主張を否定説もしくは否定論と呼びます。

このような否定論は、欧米においてホロコースト否定論者が歴史修正主義を自称したことから、歴史修正主義とも呼ばれます。

そして、そのような否定説に対して歴史的事実に基づいて反論している人々や、歴史的事実に基づいた説を取る人々を史実派と呼びます。

端的にいって否定説はガセであり、史実派はガセに対する指摘をしているわけです。

線引き問題

南京事件の諸説における虐殺犠牲者の人数は単純な死者数ではありません。

それは虐殺の被害と認定された数であり、当然のことながら、総死者数より少ない数となります。

虐殺の被害と認定された数であることから明らかなように、諸説における犠牲者数はどのような死を虐殺の被害者に含めるのかという(法と倫理における)価値判断を含みます。

また、南京事件に含める地域的範囲や時間的範囲をどう取るかによっても南京事件の被害として認定される犠牲者数は変わります。*1

つまり、同じような史料に依拠し、背景事情に関する考察が共通していても、何をもって南京事件での虐殺に含めるかという線引きの差により虐殺と認定される数は変わりうるわけです。諸説において犠牲者数が分かれる理由の一つですね。

諸説は必ずしも排他的な関係ではない

諸説は必ずしも排他的な関係ではありません。

諸説には依拠する史料や考察に共通する部分がある場合があり、そのような場合、相互の共通部分の研究が進むことは相互の事実判断に影響します。諸説はそのように相互補完の関係でもありうるわけです。

つまり、ある説を主張することは必ずしも別の説を否定することになるわけではないということです。


「懐疑派」の問題行動

南京事件における「懐疑派」の言動を問題にするにあたって、まず、懐疑そのものには問題がないということは言っておきます。問題はその使い方。

対象についてより知ることが目的となっているような懐疑なら問題ないですが、分からないと言い続けることが目的となっていたり、疑わしいという印象を持ち続けることが目的となっていたりするような懐疑なら問題ありです。

例えば、「日本軍最強伝説」*2を受け売りして史実派を疑うなんてのは、問題のある懐疑の一例というものでしょう。「日本軍最強伝説」のようなペテンにより史実への懐疑を植えつけられてしまうこと自体が懐疑精神を欠いていることの証というものです。そういう史実への「懐疑精神を欠いているが故の懐疑」を見ると、史実を知ることが目的なのではなく史実を疑うのに都合がいいから「日本軍最強伝説」みたいなものを真に受けているのではなんて思います。


実際問題、知らないがゆえに否定派だったり懐疑派だったりする人でも知ろうとする姿勢がある人はそういうのを「卒業」していくものです。

その一方で知ろうとしないで、いつまでも懐疑派に留まり続ける人もいるわけです。

そういう「懐疑派」は物言いも、結構、共通していたりします。そのいくつかを以下に挙げます。

「あったか無かったか分からない」と言い続ける「懐疑派」

「懐疑派」の中にはことある度に「あったか無かったか分からない」と言い続けるような人がいます。

南京事件は数々の史料に裏づけられた歴史的事実であり、南京事件について学問的知識を得れば否定派どころか「あったか無かったか分からない」というような懐疑派でいることもできません。南京事件について「あったか無かったか分からない」なんて言ってしまうのは基本的知識程度の知識すら身につけていないことの表明でしかありません。

つまり、知ろうとする姿勢がある人が「あったか無かったか分からない」と言い続けることはありえないということです。

にもかかわらず、南京事件が話題になるたびに「あったか無かったか分からない」と言い続けるような人は、自らの行動で自らの懐疑が「知ることを目的としたもの」ではないということを示してしまっているわけです。

そういう人は、「肯定派の主張と否定派の主張のどちらが正しいか分からない」(否定派の足止めにまんまとひっかかってしまっている)とか、「中国の記録を信用できないので、あったか無かったか分からない」(日本側の記録だけでも疑いようのない歴史的事実なのに!)とか、言う理由も共通していることが多いのですが、ここでは省きます。

その言動は、あたかも「あったか無かったか分からない」と言い続けることで、その言葉を見る人々をも不可知論に足止めしようとしているかのよう。


他国の戦争犯罪に関する情報はあっさり信じるのに、自国の戦争犯罪に関する情報には懐疑的になるというのは、人間の反応としてはありふれたものと思いますが、そういう反応は現実的でも論理的でもないというものと私は思います。

諸説があること自体を問題視し続ける「懐疑派」

「懐疑派」の中には諸説があること自体を問題視し続けるような人もいます。

「諸説が入り乱れているのは混乱の証。混乱は信用ならないことの証」というように、諸説があることをもって偏見の根拠としてしまうわけです。

これに関しても、知ろうとする姿勢があり、実際に諸説の内容について知れば、諸説があること自体を問題視し続けるようなことはないというものでしょう。

算出方法の違いや線引き問題を考えれば、諸説において犠牲者数が分かれるのは当然というものですから。

例えば、「現存する信頼できる史料から確認できる確実な値だけを重複を排除して積み上げた値」の説と「史料に数値が出てこない部分も推測で補った全犠牲者数の推計値」の説では値が異なるのが当然というものです。

前者は「犠牲者数は最低でもこのくらいという全犠牲者数の一部の値」であり、新たな史料が掘り起こされることで増加する可能性がある値。

後者は全犠牲者数の推計においての推測の妥当性が問われ続け、新たな史料が掘り起こされることで推計の精度を引き上げることが可能となるかもしれない値。

両者は単位は同じでも数としての性質はまったく異なるものです。


これは、実際に諸説の内容について知っていれば、数としての性質が同じ場合を除き、ある説の犠牲者数を主張することが即座に別の説の犠牲者数を否定してしまうかのようなことを主張することもしないであろうことも意味します。

諸説の数としての性質の違いを考えれば、諸説での犠牲者数が単純比較できないものであることは当然ですから。

逆にいえば、諸説があること自体を問題視してしまうような人や、数としての性質が異なる説を単純比較してしまうような人は、自らの知識がその程度のものでしかないことを自らの言動で明らかにしてしまっているわけです。


加えて、選択的懐疑の問題もあります。

邪馬台国の場所についてや、織田信長の死についてや、明智光秀の死についてなど、諸説分かれる事例は数多ありますが、それらに対しては諸説があることやその証拠を問題視したりしないのに、こと南京事件に限ってはそれら自体を問題視してしまうような言動。

そういう言動はそれ自体で「選択的に疑いをかけていること」の証明であり、そういう言動を行ってしまう動機や心理の方に「疑わしい」部分があるというものでしょう。

30万人説を殊更に疑い続ける「懐疑派」

「懐疑派」の中には中国側の象徴的数値である30万人説に殊更に疑いを向け続けるような人もいます。

具体的根拠も持たないのに30万人説への疑いを主張する人々。根拠はあっても持ち出すものが否定派と同様の破綻が明らかなものな人々。そこで話されてもいないし聞かれもしていないのに30万人説への疑いを語りだす人々。30万という数に対し「白髪三千丈の国だから」と誇張をにおわせ、つまるところ「中国人は嘘つき」と差別意識を垂れ流しているのも同然のことを言う人々。

これについても30万人説の諸説の中での位置づけを知っていれば、そのような振る舞いをすることはないと思うんですよね。

知らないからこそ気楽なことが言える - 模型とかキャラ弁とか歴史とかでも書きましたが、30万人説の蓋然性は低いですが無いわけではありません。その数は資料の累積に基づいており、その資料の信頼性に応じた蓋然性はあります。それに真っ向から対抗するためには、それ以上に蓋然性の高い説を出してそれを受け入れさせる必要があります。

史実派と否定派をどっちもどっちと言うのは只の知的怠惰の表明 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか

というように以前に書いたわけですが、30万人説には30万人説なりの蓋然性があり、簡単には否定できません。

それに対して、具体的根拠もなしに否定したり、殊更に疑い続けるようなことをすれば、それは30万人説は嘘と主張しているのも同じ行為なわけで、非難されるのも当然な行動というものでしょう。過去の報道に事例があるように、政治家が行えば外交問題にもなりうるものです。

これは「30万人説を否定するな」ということではありません。具体的根拠を挙げて学術的手順を踏まえて30万人説を否定できるというのなら、是非やってみせてもらえればと思います。

30万人説を本当に否定したいのであれば、それは日中あるいは多国間で議論を重ねて線引きを確定し、その線引きでより精度の高い推計値を出すことというものでしょう。史実派の学者がそういうことをやっているので、30万人説を否定したい人は自らもそういう場に立つ努力をしてみればいいのではないでしょうか。


あと、これにも選択的懐疑の問題がありますね。

ベトナムでは日本軍の軍政のせいで一説では200万人もの人々が餓死したとされているわけですが、それに対して殊更「懐疑」を向けている人を私は見たことがありません。*3

200万人というのは推測による象徴的な数であり、確実な値ではないのですが、それに対して200万という数を殊更に疑い「実数は「未確定」というのが正確」なんて言うような人を私は見たことがありません。

何故、そのような人を見たことがないのか。

その理由の一つとしては、それが日本では南京事件ほど関心を持たれていないからということが挙げられるでしょう。人間は本当に無関心なことに対しては言及もしないものです。*4

しかし、それだけではないと私は思います。

日本においてそれが話題になった際、その象徴的数値が概ね素直に受け入れられ、殊更に疑われ続けることがないことを考えれば。

世の中には数々の象徴的数値があるわけですが、象徴的数値が概ね素直に受け入れられ、殊更に疑われ続けることがない事例(少なくとも日本ではあまり目につかない事例)はこれに限りません。(歴史上の数々の虐殺事件とか大災害とかについて考えれば明らかというものと思います。)

そして、それは南京事件のような場合に限って象徴的数値に疑いを向け続けるような人の姿が目につくことの特異性を示しているわけです。


「懐疑」に足止めできれば勝ちな歴史修正主義 : 認めたくないことを認めないための手段としての「懐疑」

で、こういうこと*5を指摘すると「疑うだけの理由があるからだ」と噴き上がる人がいたりするんですが、その「理由」が「日本軍最強伝説」とかの否定説の影響を受けたものだったりするわけです。

そういうように否定説の影響で選択的懐疑を植えつけられている時点で歴史修正主義の策略にひっかかってしまっているわけですが、それに気づいていないのですね。

反歴史修正主義を掲げる史実派をサヨク呼ばわりして「ウヨクもサヨクもどっちもどっち」「両方ともいなくなれ」「両方ともキチガイ」なんて言っている人をネットではよく見かけますが、そういうことを言ってしまっている時点で既に(「なかった派」を否定することが「中立」の「担保」になると思われがちなことを含め)歴史修正主義の術中。歴史学と似非歴史学の間で中立を気取るという間抜けな姿をさらしてしまっているわけです。*6

なんというか、こういうようなガセとガセに対する指摘に対してウヨクとサヨクの対立という構図を幻視しメタ視点から見下しているつもりになるなんてことは極めて非論理的な態度だと私は思います。

この手の人々を見ていると思うんですよね。

この手の人々が南京事件について言及するにも関わらず、書籍などを調べて知ろうとはせず、むしろそうしない理由探しをしたりすることもあるのは「ウヨクの主張は過少であるが、サヨクの主張も過大である」という「信仰」を維持するためなのではないのか。

あるいは、その結果が自尊心を脅威にさらし心理的に受け入れられないだろうことを予見しているからではないのか。

大日本帝国の国家犯罪という変えられない歴史的事実に対する不快感情。大日本帝国の国家犯罪に対する道義的責任の追及に対する不快感情。歴史を見るときにそういう不快感情に負けてしまい、快・不快の感情を切り離して事実性のみを追求するということができないのではないのか。

というように。

この手の人々が本当に論理的なら、南京事件に至った旧日本軍と大日本帝国の構造的問題を淡々と分析して失敗事例研究の題材の一つとしてしまうぐらいのことをやってみせればいいのに。

で、この手の人々に対して、歴史修正主義の手口を含めて説明しても、大抵の場合、無意味です。

その理由は分からないでもありません。

説明を受け入れることは自らが歴史修正主義の手口にひっかかってしまったことを認めることであり、それを認めることは大抵のそういう人にとって恥ずかしいことでしょうから、自己認識での自分を恥から守るためには断じて認めるわけにはいかないのでしょう。

そういう心理的な自己防衛反応は極めて感情的な反応なわけですが、自己認識では現実的で合理的であろう人々がそういう自己欺瞞を無自覚にやると。

こういう「どっちもどっち」派を作り出す歴史修正主義の策略は、他者を見下したいという欲望とか自国の負の歴史を認めることに対する不快感情とかを入口として人々を取り込み、出口は自らがそういう策略にひっかかってしまった間抜けであることを認めることからの逃避により塞がれていると。そういうように私は推測します。

なんというか、歴史修正主義はこのように人間の心理的脆弱性を味方につけている点でもやっかいという話。


「態度が悪い」とか「相手にしない方がいい」とか

反歴史修正主義は歴史修正主義という似非歴史学に対するカウンターなわけですが、そうして歴史修正主義に対して反論していると第三者からアドバイスをもらうことがあります。

曰く、「態度が悪い(説得する態度ではない)」とか「歴史修正主義者なんて相手にしない方がいい」とか。


まず、「相手にしない方がいい」については日本の現状においては論外だと思います。日本は政治家が歴史修正主義な発言を繰り返ししてしまうような国であり、そういう発言に対する罰則もないような状態なわけです。「相手にしない」ということは歴史修正主義の言いっ放しを許すことであり、その実社会への影響を放置することでしかありません。

日本の現状ではそういう発言に対してはモアスピーチで対抗するしかありません。(もっと、いい方法があるのでしたら実践してみせてください。)

また、ネットで検索できるように対抗情報を発信していれば、ネットで調べて「真実」(と思い込んでしまっているだけの捏造情報)に目覚めてしまうような人が歴史修正主義に染まるのを、ほんの一部かもしれませんが、防ぐことができるかもしれないわけです。

こういう対抗情報の発信は、実社会への影響を考えれば誰かがやるべきことだと私は思います。


「態度が悪い」については傍目にはそう見えるのでしょうが、構造的に避け難いことだと思います。

南京事件否定派などの歴史修正主義者は「日本軍最強伝説」のようなペテンに引っかかって「あいつらはこういう愚かなことを主張している連中」扱いし、初っ端から見下した態度で接しくるような人々なわけです。

そういう自己認識では「真実を知っている情報強者」な人々に対して歴史修正主義の誤りを指摘することは「お前らこそ愚かなことを受け売りしている」と自らの愚かさを認めさせることになることが構造的に避けられません。

歴史修正主義に対する誤りの指摘は、歴史修正主義に染まって(あるいは、影響を受けて)他者を見下しているような人々にとって、気持ちよく酔っているところをぶち壊しにされるようなことに他ならないわけです。

そのような状況で、そういう人々が自らの愚かさを認めるようになることを素直に受け入れられると思いますか?

そういう人々の殆どは淡々と誤りについて説明したところで受け入れたりはしません。

ならば、続く言葉のやり取りが相手のそういう態度に対する批判になることも構造的に避け難いことになるわけです。

それを「説得する態度ではない」だの「人格攻撃は良くない」だのと言われても、歴史修正主義者の拒否的反応は自己陶酔や虚栄心などを維持するために平気で(おそらく自分自身にも)嘘をついたり、理解した結果を受け入れられないがゆえに理解できないふりをしたりするなどの態度の問題であり人格の問題であるわけですから、人格自体を批判対象にすることは構造的に避け難いとしか言いようがありません。


まあ、アドバイスはアドバイスとして、この手のアドバイス自体に非対称の問題があると私は思います。

反歴史修正主義の活動をしていると「歴史を絶対的真実と信じている思考停止した愚か者」扱いされたり*7、「歴史の真実を知り切っている神様(と思い込んでいるような愚か者)」扱いされたり*8することがあるわけです。

そういう先入観による偏見で一方的に愚か者扱いしてくるような相手に対して切り返さずに、相手が傷つかないように言葉を選んで噛んで含めるように優しく説得しないことが非難されるとすれば、その方が理不尽なのではないかと私は思います。

そういうアドバイスをしてくる人々には、態度云々に関しては歴史修正主義者に対しても言ってほしいと思わないでもないです。

なんというか、反歴史修正主義の側にだけそのように言われるのは、随分と非対称なことだと思うんですよね。

あと、アドバイスより「もっと上手くやってやる」と実際に行動してもらえるといいのにとも思わないでもないです。もちろん、これは皮肉ではなく本当にそう思っています。



というわけで、ここまでが前置き。

前置きにしては長過ぎと思いますが、これでもかなり削ってあります。

読みやすさを考えると、こういう前置きは省きたかったのですが、これを省いて、いきなり本題に入ると、この件に関する前提知識を持たない人々に誤読されるかもしれないと思いましたので書きました。

さて、ここからが、いよいよ本題。

続きを読む

*1:より詳しくは「虐殺少数派」のトリック - 模型とかキャラ弁とか歴史とかを参照してくださればと思います。

*2「日本軍最強伝説」は歴史修正主義者の捏造宣伝 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか

*3:どこかにはいるのかもしれませんが、南京事件の場合と異なり、話題になると必ずのように出没するというようなことはありません。今のところは。

*4:言及することは、少なくとも言及するだけの関心は持っていることの表れでもあるわけです。

*5:「数々の象徴的数値を素直に受け入れているのに、何故、南京事件については象徴的数値を疑うのか」など。

*6:この手の「どっちもどっち」派が「両方から非難される」と被害者ぶるのもよく見られます。こういう姿勢には、両方から非難されるのは両方が間違っていて自分が正しい証であるかのような、「両極端が間違っていて、中間値が正解」であるかのような、そのような思いが透けて見えるような気がします。もしそうならば、そのような思いの方が間違っているだけのことですが。歴史学と似非歴史学の間で「中間値」を取ることは正と誤の間で中間値を取ることが間違いであるのと同様に間違いです。加えて、「不当な非難の被害者」という立場の詐称というものでしょうね。

*7歴史修正主義批判がなされるのは「絶対的真実としての歴史があってそれに対する修正を許さない」からではない - 模型とかキャラ弁とか歴史とか

*8「よく知らない」のに「中国は南京事件の犠牲者数の値を増やし続けている」というデマなど否定派の主張は鵜呑みにしている「一見様」 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかのコメント欄

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