<「トランプ症候群」
           〜法哲学者・井上達夫精神科医香山リカの対談>
   * 精神疾患ですと…
  一時風靡した船村徹の『矢切の渡し』の歌詞 
< つれて逃げてよ……」「ついておいでよ… 夕ぐれの雨が降る 矢切の渡し
 親のこころに そむいてまでも 恋に生きたい 二人です … >が
何とも物悲しいが、弱者・日本の「見捨てられ症候群」に重なって聞こえる。
冷戦時の日米同盟においては、「巻き込まれ」の懸念が圧倒的だった。当時は、
「米国の戦争」に関与せざるを得なくなることが恐れられたのである。他方で、
地理的には冷戦の最前線国家の日本で、中国・ソ連への脅威は、さほど高くは
なかった。
 しかし、その時代は去り、北朝鮮の核弾道ミサイル開発や、中国の海洋進出
が進む中、日本の領土防衛がより深刻の課題となっている。そこで果たして、
有事の際に米国は本当に日本を守ってくれるかが問われている。「見捨てられ」
の懸念である。 昨日の内容を、眉唾と思った読者が多くいたと思われたと
推測するので、この一節を紹介する…

≪ ・井上: 日米安保から巨大な利益を受けているのは、むしろアメリカ。
 日本はただ乗りどころか巨大な負担を背負わされている。アメリカは、海外に
おける世界最大のしかも代替え不能な戦略拠点を日本に持っているわけですから。
ベトナム戦争も、朝鮮戦争の時もそうだった。日本は技術水準の極めて高い兵站
拠点になるわけ。石油基地にしても、海軍の最大ものは、本土にあるが、第二、
第三位は日本にあり、二つを合わせるとアメリカ本土より大きい。その放棄は、
世界に対する軍事的な優位を放棄することになる。アメリカが、この大事な拠点
を保持する経費は殆どタダです。日本が75%の駐留費を持っている。もっと負担
をしろと言ったのはトランプだけ。知らないだけです。
 …日本人が「見捨てれれ不安」を持っているのは、日米安保の軍事的・戦略的
実態に対し知識が無さすぎるからです。軍事問題がタブー化していたためです。
・香山: 50年前に、精神疾患と思しきゴールドウォーターがジョンソンと
大統領選で闘った時、敗戦後の裁判で、彼が勝訴した。その時以来、『診断を
してない著名人の精神鑑定を、精神科医が診断するのを控えるべし』という
規定をつくった背景がある。トランプが大統領になって以来の、問題の続出で、
「黙っていられない」とばかりに何人かの精神科医が口を開き出した。
「自己愛性パーソナリティー障害」が一番多く、他に
「反社会性パーソナリティ障害」「妄想性障害」… 
…その都度、精神学会が警告を出しているが、精神科医たちは、「私たちには
危険を社会に警告する義務があるのだ」と引かず、シンポジウムや、本を出したり
デモをしたりしています。私自身、トランプ氏の多くを知りませんが、何らかの
パーソナリティ障害、それも‘かなり病態水準が悪い’と思います。病態水準とは、
現実検討能力、自我同一性、心的防衛メカニズムが上手く機能しているかどうかで
判断するのですが、いずれもかなり低めで、人格のまとまりが悪いということ。≫

▼ アメリカの民主党だけでなく、共和党さえも、この怒れた老人を苦々しく
 思っているようだ。歴史に残る漫画的日々を全世界が唖然と見ているのが実態。
安倍首相の政治生命も、危険状態の極みにあるようだが、トランプ退陣以降も
考えておくべきである。
 熊: 副大統領のクーデターかい? 
 寅: そりゃないよ! いくら何でも!
 颯太: とすると… 発病? 心不全脳梗塞? 
 熊: やば!
 颯太: ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」の末尾で、
  「語りえないものについては沈黙しなければならない」といったけど
  我々庶民は、黙って静観するしかないのかな〜。
 大家: …「    」… 性質の悪い「劇場型コミックショー」ですか。
・・・・・・
4391、大衆は何も考えない
2013年03月25日(月)
    * 劇場版「相棒の映画感想
 一年前から、平日の16時から刑事モノ「相棒」の再放送をみているが、
物語に捻りと味わいがあって面白い。一昨日、その劇場版をシネマで見てきた。 
 ーまずは、専用サイトの内容よりー
【‘謎のデータ’がネット上にバラ撒かれ、削除された・・。
 直後、燃え残った数十枚の一万円札と死体が発見された現場で、捜査一課刑事
・伊丹とサイバー犯罪対策課専門捜査官・岩月は出会った。死体は東京明和銀行
本店システム部の中山雄吾。ネットに不正アクセスし、機密情報を流していた
疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた。殺人事件として真実を追う
伊丹、不正アクセス容疑を追う岩月。いがみ合いながらも、共に捜査を進めて
いく二人だったが、目に見えない圧力に曝され、捜査は行き詰っていく・・。】  
 ー私の主観で要約するとー
≪ 官僚が銀行閉鎖の「Xデー」を策定・計画していた。が、その内容が
 ネット上に流され、それを知った暴力団関係のトレーダーが、そのXデーを
知ろうとして偶発的に告発者を殺してしまう。しかし官僚たちと政治家と警察
トップが、銀行閉鎖の計画を知られるのを阻止するため捜査妨害する。公然と
マスコミに出てしまえば、その日がXデーになってしまうからだ。 
キプロスで偶然、銀行閉鎖騒ぎがあったこともあり、銀行の取付け騒ぎや
銀行閉鎖計画に現実味が感じられる内容。金融庁などの各省官僚と政治家の
打ち合わせの中の言葉が、辛らつ、かつ真実を含んでいる。
 ・国民は、厳しい現実を示されるより、甘い将来の絵図を求めている。
 ・難しい真実より、簡単な嘘を好む。
 ・現在が、そのまま将来も続くと信じて疑わない。
  現在何が起こっているか知ろうとしない。 等々、
アベノミクスに両手を上げて喜んでいる愚衆を、そのまま言い当てている。
貨幣も国債も信用があってこそ通用する。誰も信用しなくなったら只の紙切れ。
映画とはいえ、現在進行形のアベノミクスを批判している。アベノミクス
Xデーを早める必要性も確かにある。何れにせよ、一度、焼け野原にしてから
立て直さなければならないならば。それにしても、あまりに国民は無知と
(私を含め)思い知る。少し逸れるが、このオバマの中東訪問で、
「シリアへの攻撃と、イスラエルのイラン核施設攻撃のXデーの相互確認が
あった」という仮説を立て二人の会見をみると、近々に始まると思えたが。
・・・・・・
5488、閑話小題 〜人間の尊厳とは
2016年03月25日(金)
 *「人生の意味」の、コペルニクス的転回
      〜主語を入れ替えるか、逆照射をするか
 カントは、認識について、「対象が意識を規定するのではなく、
意識が対象を規定する」と、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に
従う」と、コペルニクス的転換を示した。 かってテーマとして取上げたが、
フランクルは、アウシュビッツで、『私が人生の意味を問う』のではなくて、
『私自身が人生から問われたものとして体験される』と、転換してみせた。
この逆照射の視点から、人間の尊厳の問題が提示される。
『生きるとは、人間としての尊厳を大事にすること』と。
・『幸福とは、上手くいったからなるのではなく、幸福だから上手くいく』
という、幸福論がある。学生時代に、ある2つのグループに属したことが
あったが、上記の通りである。彼らは、明るく、物事に動じず、教養があり、
気楽で、積極果敢の要素を多く持っていた。
  〜フランクの哲学をネット検索〜
≪ 「 私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。」
 そう言って生きることをやめようとした囚人に、フランクルは説く。
「他人によって取り替えることができないこと、かけがえのないあなたを
待っている仕事、待っている愛する人がいる。人生はあなたからあるものを
期待している」と。 フランクルたち囚人は、そのすざましい生活において、
生きるための「なぜ」を常に問わなければならなかった。そして、生活目的
を意識する。 目的が無くなったととたん存在の意味も消えてしまいます。
拠り所が無くなった人は死んでしまうのです。
 そして、生きのびるために、人生の意味をひっくり返した。
『人生から何をわれわれは期待できるか』が、問題ではなくて、
『人生が何をわれわれから期待しているか』が、問題なのだと。
『私が人生の意味を問う』のではなくて、『私自身が人生から問われたもの』
として体験される。人生は、私に毎日毎時問いを提出し、私はその問いに、
詮索や口先だけでなくて、正しい行為によって応答しなければならない。
「われわれ」「私」と「人生」を入れ替えることで、まったく違う世界を
出現させたのです。≫  ー別の検索結果はー
≪「生きる意味」は強制収容所の中でのみ必要だったのではなく、強制収容所
 は単なる野蛮な装置ではなく、凝縮された異形の近現代でもあった。
人生の無意味さに悩み、人生の意味に憔悴する「時代の精神病理」は、
これから近現代が極まろうとしている21世紀において、ますます世界を覆って
いるのではないか。これは、飽食と並ぶ先進国病理ではなく、近現代の成り
ゆく果ての病理としてとらえるべきではないかと。「ぜいたく病」ではなく
必然の摩擦ではないのかと。
「およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味が
あるはず。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも
生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という
存在ははじめて完全なものになるのだ。」 池田香代子訳『夜と霧』より≫
▼ フランクル強制収容所の経験の後で書くこと自体が、そぐわないが、
 私自身にも、かって心の変化があった。どん底の時節に、沸いて出た言葉が、
『この最悪の状況は、私にとっての最高の状況ではないか。最悪と思っている
現在こそが、事業に耐える力を培っている。何を勘違いしているのだろう』
 という心の大転換だった。5年前の会社整理の時に思ったことは、
『この結果に意味(価値)がある。事業の準備から、創業、会社清算の一連
を含めた45年間の一括りを、「学び、遊び、働き」のきり口で物語化して捉え、
自分で納得できれば、それで充分。他者の視線、批判に惑わされることはない』
である。で、直後に、シリーズのテーマとして、ここで書いていた。 
 残ったのは充実感だけだが、それで十分。 ・・として思うしかない!
で、これも丁度良く、以下に続いていく。
・・・・・・
2911,人生は作品である
2009年03月25日(水)
「人間にとって、その人生は作品である」これは司馬遼太郎の言葉である。 
「人間には志がある。その志の味が、人間の味である」という言葉もある。
 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品という
ことが理解できる。そして生きている限りは未完であるところが、ミソ。 
死んだ時に完成するが、その時は自分にとって関係ないことになるから絶妙。
哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。
それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 
本人の意志に従う物語。従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄
合わせが始る。シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 
だから面白いのであり、悲しくもある。 自分で悲劇の場面と思っても第三者
の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える)
 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると顔から火が出ること度々。
主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの
内容が物語を決めることになる。だから、問題に対して嘆いてはならない。
(自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 
 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> 
 (以下、字数制限のためカット 2015年3月25日)
・・・・・・
5853,物語で経験する「生老病死」 −3
2017年03月25日(土)      
      <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝・著>
   * 寂聴と今東光
 若き日の官能作家「瀬戸内晴美」を見知っていたが、今では尼僧の身。
一言一言が、常人では理解できないような人生を味わい尽くしたが故の
圧倒的なエネルギーが満ち溢れている。着の身着のまま家出をしたくだりと、
本人と思われる「そういう一日」の、この圧倒的場面が強く印象に残っている。
  〜その部分から
≪ タイトルの『風景』とは?自身のことを書いた3作「デスマスク」「絆」
「そういう一日」を景色として眺めたことによるのか? 全7篇。
なかでも、「そういう一日」に描かれている出家に到る様は、ある種の
凄まじさがある。 その凄まじさは・・・
【 <出家させて頂きたいのです>
 「御家族はどう言われている」
<家族はございません。両親はとうに死亡しています。姉が一人、父の残した
 家業を守っていますが、電話で出家すると告げましたら、あら、いい年貢の
 納め時ねと申しました>
「そのお姉さんが、得度式で一番泣かれるよ。
 肉親というのは泣くものだ。 髪は?」
<剃ります>
「無理に剃らなくてもいいんだよ」
<私はだらしない駄目人間ですから、型からも、
  きちんと入らないとつづかないと思います>
「下半身は?」
<断ちます>
「ふむ。仕事は?」
<続けたいと思っています。でも出家したら書かせて
 くれない場合も予想しています>
「その時は?」
<ひとりで書きおきます>
「わかった。あなたは尼僧になる前に、れっきとした小説家だったことを
 忘れてはならない。死んでもペンを放さないように。坊主とつきあうことも
 ない。寺をもつこともない。書くために出家をするのだから」 】
 この会話の二人、真偽は別にして今東光と寂聴である。≫

▼ 奔放すき放題に生きれば、娑婆には思い残すこともないはず。
 宇野千代と対談で、この日のことを具体的に話している。女傑同士の話は…  
世には魔性の女がいるそうな? リアルな、純粋一途で、床上手な、しかし
恐ろしいのが巷を徘徊しているそうな。水商売より、普通風の人に多いという。 
人生という森林には、様ざま広くて深い闇と、ドブと蓮の花が紛れ込んでいる。
「やはり野に置け、蓮華草」 摘んで持ち帰るより、眺めるが良し? ったく!
・・・・・・
5123,「魂」の思想史 ー?
2015年03月25日(水)
     〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著)
   * ソクラテスを魅惑する魂
 ソクラテスといえば、「魂の鍛錬」「対話術」「無知の知」がキーワード。
魂とは「神的でダイモン的な何か」として、その鍛錬を説く。〜その辺りから〜
≪(p17) ソクラテス自身に最も人知の限界を意識させたのは、ほかならぬ
 彼の内部から立ち上がってくる声。いくら知ろうと思っても認識できない。
声といっても、明確に言葉を発するわけでなく、いつ心のなかに発生するかも
分からない正体不明の存在です。自分のなかに棲む謎の他者。分からないまま
現れて自分を翻弄する何ものか。この声は自分を毒したと正義のソクラテス
強弁していますが、はたしてそうだったのでしょうか。
 この声が国事への公的参加をソクラテスに拒ませたのはたしかに正しかった
と思われます。しかし彼が公的な場にいようと、私的な活動の場にいようと、
あの「神的でダイモン的な何か」は曖昧な動きを呈します。しっかり動かない
既存の制度、慣習、信仰とは反りのあわない暖昧な動きです。そして彼の意識
の底で果ての知れない広がりを呈しています。大きな魂と呼んでもいいでしょう。
彼の「無知の知」の教説、彼の正義、心、そして自分自身のものと彼が考えて
いた魂は、この大きな魂と表裏一体になっていて、しかもその底から、大きな
魂を定かには見えないかたちで溢れ出るにまかせていたと思えてくるのです。
そのことは、はたしてソクラテスにとってよいことだったのでしょうか。
無知を人に悟らせるのは間違ったことではありません。立派な正義です。
しかしソクラテスの言動は正論であると同時に正論を超える何かを放っていた。
彼を死なせるほどにです。公開裁判で、彼は、五百一人の民衆裁判官に対し、
まるで自分を有罪へ、そして死刑へ、煽り立てるように挑発的正論をぶった。≫
▼ ネット検索に(ソクラテス ダイモン)と入力すると、
 <ソクラテスは、自然に際して合理的思考を、対話・議論には論理性を重視
するが、その一方で内面にダイモンという神霊の声を聞いて茫然自失の態に陥る
ことが多かったと言われます。ダイモンは『善なる神霊あるいは悪なる神霊』
とされますが、その実態は詳らかではなく、ソクラテスの意識に突如飛来する
神秘的現象であり、ソクラテス自身には『内なる道徳律を示す声』のような
認識が為されていたようで、自らが道徳律に反する悪しき行為を為そうとする
時に『それを為すべからず』といった形でダイモンの合図がやってきた。
現代の脳神経科学的な見地からは、てんかん発作に近い意識消失を起こしたと
されます。しかし、ソクラテスの脳内現象とダイモンの出現を結びつけて、
神霊としてのダイモンは幻影に過ぎないと科学的判断で切り捨ては出来ますが、
心的リアリティとして『内面的な良心や倫理観の象徴としての神霊』は実在した
こともまた事実です。> とある。彼は、一切の著書を残さず、その言説は、
弟子のプラトンによるもの。欧州の発生の地で、2千5百年前のギリシャで、
こういう議論が戦われていたとは、驚きである!それにつけても私の脳は・・
 ー思いまどうことはない、人生は無意味なのだ ーサマーセット・モーム
・・・・・・
4758,閑話小題 ー冒険家の憂鬱
2014年03月25日(火)
 ーベスト・エッセイ2012ー探検家の憂鬱 角幡唯介
  * 35歳の冒険家の憂鬱 
 ある随想集で見つけた少し哀しい話題。友人に晩婚の人が何人かいたが、
35歳ぎりぎりで結婚をした。モテ過ぎの人は、女性が逆に敬遠するようだ。
以前、女性の適齢期をクリスマスケーキに例えた時期があった。
22、23をピークに、24、25と日毎に価値が下がっていく。現在は違うが、女性の
職場には、23歳停年制の暗黙の戒律があった。若くて綺麗な娘が毎年、入社して
人気が日毎、凋落するのに耐えられない。そこで、早めに本命を掴んでおいて、
あとは少しでも良いのを探す! が、最後は、この程度と諦めて結婚していく。
著者は、35歳男の婚活についての本音だから、納得させられる!ーまずは、抜粋ー
《 婚活女からみた人間の価値判断の基準は意外と単純なところにあり、男で
 いうと34歳と35歳の間に引かれるラインが、それにあたるのではないか。
つまり女性陣の多くは私の年齢を聞いた瞬間、頭の中で四捨五入して、35歳は
40歳側の人間ーおっさんーという仮借なきカテゴライズをしているような気が
するのだ。さらに悪いことに私は探検家という日本で数人しかいない珍しい
肩書を名乗っている。名刺的には「ノンフィクション作家・探検家」としている
のだが、ノンフィクション作家などという普通の肩書は探検家を前にすると、
アマゾン州にそそぐタパジョス川みたいなもので、ほぼ存在しないに等しい。
そのことを証明するように、私はこれまで何度も、どんな文章を書いているん
ですかと質問されたことがない。聞かれるのは、どんなところに行ってるんです
か、そこで何をするんですか、何のためにそんなことするんですか、マゾか
サドかといえばマゾですか、といった質問ばかりなのだ。 ・・ 酒も入って
気持ちよくなってくると、ついついキャバクラにいるような気分になってきて、
あることないことをペラペラしゃべってしまう。やれ雪崩に三回埋まって死に
そうな目に遭ったとか、チベットで滑落して九死に一生を得たとかの話を
お酒の力を借りて講談調で話すのだ。面白いことに、そういう話をすると女性
の目は必ず変わる。もはや場の主役に躍り出たような気分になっている私は、
その目の色の変化を肯定的に捉え、今、女たちは俺のことを男の中の男だと
思っている、などと有頂天になるが、実際のところ女性陣の目の色が変わった
のは、私を男の中の男だと思い始めたからではなく、対象外と思い始めたから
であることにはその場では決して気がつかない。翌日に次回の約束を取り付け
ようと、お気に入りの女性に意気揚々とメールを出し、数日待っても返事が
来なかった時に初めて気がつく。コンパに来る女性は通常、交際相手を求めて
いるから、四十歳の側に属した探検家を名乗る、安定的な生活基盤がない
どころか生存基盤すら危うい男をつきあう対象と見なすわけがないのだ。
もし年齢と職業がネックになっているという推測が正しいのであれば、長年
憧れてきた世間的な幸せを私が享受する可能性は、いよいよしぼんでいく。》
▼ 私自身の経験では、それが27歳。21歳から26歳までは、終戦直後の生まれ
 のため、同年代の数が極端に少ない上に、数歳下の数が異常に多いため、
在庫からして非常に有利の状況。その割に?だったが、それでも早いうちから
声がかかっていた? しかし、姉4人の最低ラインがあるため、クリアーする
相手は、なかなか見当たらない。要は、さほど持てなかっただけだが、
27歳になると同時に、塩を引くように、声がかからなくなった。ここが潮時と、
思った矢先、紹介されたのが家内である。家内も同じような動機だった? 
だから、著者の悩みが分かるのである。先行きどうなるか分からない事業を
創業をするといっても、何の手掛かりもない。誰も、結婚相手として認めない
当時の私の状況に似ている? 結婚の時節は、それぞれあり、それを逃すと・・  
生涯独身が男3人に1人、女4人に1人の時代が来つつある厳しい時代である。
特に女性は、相手の選択で大きく人生が変わってくるから・・

つれづれに

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  今日のYoutube

今朝、例年より一週間ほど早くポタリングをしてきた。
思いの外、寒くはなかった。 昨日の午後に、近くの栖吉川で
試行運転をしていた。



・・・・・・
4758,閑話小題 ー冒険家の憂鬱
2014年03月25日(火)
 ーベスト・エッセイ2012ー探検家の憂鬱 角幡唯介
  * 35歳の冒険家の憂鬱 
 ある随想集で見つけた少し哀しい話題。友人に晩婚の人が何人かいたが、
35歳ぎりぎりで結婚をした。モテ過ぎの人は、女性が逆に敬遠するようだ。
以前、女性の適齢期をクリスマスケーキに例えた時期があった。
22、23をピークに、24、25と日毎に価値が下がっていく。現在は違うが、女性の
職場には、23歳停年制の暗黙の戒律があった。若くて綺麗な娘が毎年、入社して
人気が日毎、凋落するのに耐えられない。そこで、早めに本命を掴んでおいて、
あとは少しでも良いのを探す! が、最後は、この程度と諦めて結婚していく。
著者は、35歳男の婚活についての本音だから、納得させられる!ーまずは、抜粋ー
《 婚活女からみた人間の価値判断の基準は意外と単純なところにあり、男で
 いうと34歳と35歳の間に引かれるラインが、それにあたるのではないか。
つまり女性陣の多くは私の年齢を聞いた瞬間、頭の中で四捨五入して、35歳は
40歳側の人間ーおっさんーという仮借なきカテゴライズをしているような気が
するのだ。さらに悪いことに私は探検家という日本で数人しかいない珍しい
肩書を名乗っている。名刺的には「ノンフィクション作家・探検家」としている
のだが、ノンフィクション作家などという普通の肩書は探検家を前にすると、
アマゾン州にそそぐタパジョス川みたいなもので、ほぼ存在しないに等しい。
そのことを証明するように、私はこれまで何度も、どんな文章を書いているん
ですかと質問されたことがない。聞かれるのは、どんなところに行ってるんです
か、そこで何をするんですか、何のためにそんなことするんですか、マゾか
サドかといえばマゾですか、といった質問ばかりなのだ。 ・・ 酒も入って
気持ちよくなってくると、ついついキャバクラにいるような気分になってきて、
あることないことをペラペラしゃべってしまう。やれ雪崩に三回埋まって死に
そうな目に遭ったとか、チベットで滑落して九死に一生を得たとかの話を
お酒の力を借りて講談調で話すのだ。面白いことに、そういう話をすると女性
の目は必ず変わる。もはや場の主役に躍り出たような気分になっている私は、
その目の色の変化を肯定的に捉え、今、女たちは俺のことを男の中の男だと
思っている、などと有頂天になるが、実際のところ女性陣の目の色が変わった
のは、私を男の中の男だと思い始めたからではなく、対象外と思い始めたから
であることにはその場では決して気がつかない。翌日に次回の約束を取り付け
ようと、お気に入りの女性に意気揚々とメールを出し、数日待っても返事が
来なかった時に初めて気がつく。コンパに来る女性は通常、交際相手を求めて
いるから、四十歳の側に属した探検家を名乗る、安定的な生活基盤がない
どころか生存基盤すら危うい男をつきあう対象と見なすわけがないのだ。
もし年齢と職業がネックになっているという推測が正しいのであれば、長年
憧れてきた世間的な幸せを私が享受する可能性は、いよいよしぼんでいく。》
▼ 私自身の経験では、それが27歳。21歳から26歳までは、終戦直後の生まれ
 のため、同年代の数が極端に少ない上に、数歳下の数が異常に多いため、
在庫からして非常に有利の状況。その割に?だったが、それでも早いうちから
声がかかっていた? しかし、姉4人の最低ラインがあるため、クリアーする
相手は、なかなか見当たらない。要は、さほど持てなかっただけだが、
27歳になると同時に、塩を引くように、声がかからなくなった。ここが潮時と、
思った矢先、紹介されたのが家内である。家内も同じような動機だった? 
だから、著者の悩みが分かるのである。先行きどうなるか分からない事業を
創業をするといっても、何の手掛かりもない。誰も、結婚相手として認めない
当時の私の状況に似ている? 結婚の時節は、それぞれあり、それを逃すと・・  
生涯独身が男3人に1人、女4人に1人の時代が来つつある厳しい時代である。
特に女性は、相手の選択で大きく人生が変わってくるから・・
トゥームレイダー」ファーストミッション>を見てきた。
事前にみた評価は低かったので、期待をしなかった分、面白かった。
評価:85点。 奇想天外な内容で… 日本の卑弥呼が厄病にかかり、
自ら南海の孤島に引籠った。そこに… まあ、日本人をバカにしたような内容だが…

・・・・・・
2547, パリ高級娼婦館女主人の告白 -5
2008年03月25日(火)


゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚
ギリシャ神話の「ピグマリオンの神話」に登場するピグマリオンという王様。
自分の彫った女性像に恋をする。
恋こがれた彼の想いがビーナス神に届き女性像は本物の人間になり、
ピグマリオンの恋が成就するというストーリー。
この娼婦の館の女主人は、ひとりあたり二年かけて、そのような理想に近い女性を作り上げる。
 その幾つかが、なかなか面白い。
 女性の魅力の作り方であり、真をついている。
(手練手管の熟練が自然と身につけるイロハである。)

・われ関せずの態度をとること。
・彼らが期待するイメージのみを与えること。
・自分の問題は自分で解決すること。
・巧みなセックス技術を身に着けること。
・ユーモアと優しさと悦楽を与えること。

彼らの実の妻や娘のできるはずのこと、できなくてはならないことを与えること、
つまり、自分の立場と役割を理解できる女性に仕立て上げることである。 
彼女たちには、大金を受け取るということは、その分だけお客に喜びを与えて、
仕事を正当化しなくてはならないことを知らしめることである。

こうして作り上げた高級売春の館と、他の店とはサンローランと、
横丁の洋裁店の差があると、自負している。。
彼女は、子供時代に育てられた修道院での淑女の教えがあったのである。

銀座のママが新人のホステス教育の現場のドキュメントを見ていたとき、
「お客様には、世界で一番大切な人、と心から思い込みなさい」と言っていた。
なるほど、そう思われたら男というものは、何万、何十万もかけても通いたくなるだろう。

 そういえば、ジョークに「娼婦の館」という、とっておきの小話がある。
パリ高級娼婦館女主人の告白 -
  ~~
ー「娼婦の館のとっておきの話」ー ①
ある男、暇をもてあまし、知り合いの娼婦の館の女主人の所に遊びに行った。
「何かオモシロイコトないかね」と言うと、2Fのある部屋で裸になって
待っているように言われた。その部屋で待っていると鶏が1羽投げ込まれた。
鶏姦をという事かと面白くなり鶏を追いかけまわし、やっとのことで事を成し遂げた。

1週間後また退屈になり、再びその女主人のところにやって来てまた何か面白いことが
ないかと聞いた。それでは3Fのある部屋に行くように言われた。
その部屋に行くと、数人の男が隣の黒人3人と白人女3人のスワッピングを隠れみていた。
一緒になって見ていたが、あまりに面白いので隣の男に声をかける。
 その男曰く
「いや1週間前はもっと面白かった!馬鹿な素っ裸の男が鶏を追いかけて鶏姦をしていた。」

  ~~
ー「インデアンの娼館にで」ー ②
白人のある男がインデアンの娼館で若いインデアンの女を買った。
いざベッドインでおんなが「クエックエッ」と身をよじる、それなりに満足をして
下のバーで飲んでいると、玉突きで遊んでいるインデアンの男達が時たま
「クエックエッ」と言っている。
マスターにあの「クエツクエッ」ってどういう意味だと聞いてみた。
 マスター曰く  ‘穴が違う!’  

・・・・・・・・
2007年03月25日(日)
2182, 「ライオン 空前の王交代劇」-2
            ( ^3)~♪ オハヨウゴザイマス!

  「ライオンの空前の交代劇」を観ていた時に、一年ぐらい前の
  「三頭の兄弟(放浪)ライオンの物語」を思い出した。
  「検索」で調べてみたら「地球・ふしぎ大自然」で、昨年4月に放送されたものだった。
    インターネットは本当に便利である。

ーその内容をまずは紹介してみるー
 ーー
 ライオンは猫科の中で唯一群をなして生活する動物である。
しかし一つの群の中のオスは最大でも三頭ぐらい。
それ以外のオスは群に属しない放浪生活をする。
だが放浪ライオンの生態についてはあまり知られていない。
今回この番組はその放浪ライオンの生活の記録を伝えている。

     群の中のオスは、遅くとも三歳までに群を出される。
    これは近親交配を防ぐためであるとのことであるが、
    元来狩が苦手な雄ライオンにとっては、これは試練の始まりでもある。
    この番組では、ある三頭の兄弟を追いかけて、その生態について紹介している。
    ライオンは同時に群を出た兄弟が一緒に生活する例が多いとのことである。

 群を出た放浪ライオンは、自らだけの力で生きていくか、どこかの群を乗っ取るか、
しか手はない。まだ力不足の三兄弟は、まずは自分たちの力で生き残る試練にさらされる
ことになる。食料の少なくなる乾期などの試練を乗り越えて、三頭はなんとか生き延びる。
 翌年、やや逞しくなった彼らは、群の乗っ取りを試みる。
しかしながら他の群のメスに全く相手にされない。結局彼らは二回の失敗後、
幸運にも雄ライオンを病気でなくしたメス三頭の群と出会い、自分達の群を手に入れる。
もっともこれからの彼らは、その群を守る任務に追われることになるのだが・・・
ちなみにライオンが群を維持できるのは長くても三年が限度だとのことである。

     ライオンが群で暮らすことは以前から知っていたのだが、
    あぶれた雄がどうして生活しているのかは、当番組で初めて知った。
    やはり雄が自分の城を築くのは大変なようである。
    ところでこれまた私が初めて知ったのは、雄ライオンが兄弟で行動することが多く、
    群も兄弟で維持している場合が多いということ。ライオンの兄弟の結びつきが
    これほど強いというのは、なかなか興味深いものであった。
    
 ーーー
 解) 前回は、メスのライオン・クループの視点の「王交代劇」 のドキュメントだったが、
 これは雄の放浪ライオンの立場の苦労物語である。(TV局も、制作会社も違うものだが・・・)
 百獣の王ライオンに、このような弱肉強食の世界があるのである。
 メスのグループにも、オスにとっても試練はどこにもある。
 人間社会と、似ているところが可笑しさと、悲しみを感じとれる。
 デ・カン・ショ、デ・カン・ショというが、人間の本質は動物とドコガ違うのか。
  まあ、ライオンの世界と人間の世界の違いを論じてもしかたないか?
 
    追い出されたオスが社会の中で、自分の居場所を確保するのは
    至難のワザではないのである!まったくである!
                  (℃゛)/ また、明日ね!
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2006年03月25日(土) 1817, 日暮里界隈 -2
        ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆

最近の定宿は日暮里のホテルである。 日本旅行社の元支店長の知人に、
「都心(東京~秋葉原)に近くて、安くて・便利で・気楽で、インターネットもあり、
 かつ面白そうな居酒屋が近くにあるホテルはないか?」と聞いたら、
「自分が定宿にしているホテルが全ての条件を揃っている」という。値段は7千円である。

    そこが日暮里駅至近のホテルである。早速泊まったら正しく、ピッタリである。
    おまけに7~8分歩いたところに谷中銀座という昔ながらの商店街がある。
    ところが、たまたま同行した人が谷中銀座近くに10年近くに住んでいて、
    谷中の飲み屋街を熟知していた。

そのある一角に、タイムスリップしたような昭和半ばの雰囲気を残た路地がある。
殆どの店が、50代後半の少しクタビレタ?ママがやっている。
7~10席位の店が両側に十数軒並んだ飲み屋横丁。
そこで4回も通って馴染みになったのが、沖縄料理の店である。
少し高い?が、料理と泡盛が美味しい。

    先日、長男と沖縄の店の後に入った店がトルコ専門店。谷中銀座を歩いていると、
    ある飲食ビルの一角から騒々しい音楽とドヨメキが聞こえてきた。
    面白そうなので、玄関口までいってみるとトルコ人がいた。
    『この騒ぎは何?』と尋ねると、『今、ベリーダンス・ショーが始まるところ。
    トルコ料理一式とダンス鑑賞で一人三千円。面白いよ!』という。
    面白そうなので入ってみることにした。
    
30坪位の絨毯のスペースに三十人位のお客が真ん中に空間を囲んで、
車座に座っていて異様に盛り上がっていた。
お客の半分は在日トルコ人。あとは何と殆んどが若い女性である。
そしてショーの開始。(=^‥^=)┘♪└(=^‥^=)┐♪┌(=^‥^=)┘♪└(=^‥^=)┐  
以前トルコに行ったときベリーダンスを見たが、それはあくまで観光用。
ところが、ここは違う。 蛇のように、身体をくねらせながら色気を表現する。
全員がが手を叩いて、音楽に合せて囃し立てるほど踊りが過激になっていく。
        ━ヾ(   )ノ゛ヾ( ゜д)ノ゛ヾ(゜д゜)ノ゛        
    ところが日本人の女性のプロダンサー?が一緒に途中から踊りだした。
    常連のようだが、身体の動きからみてダンサーのようだ。
    そのあたりから雰囲気は佳境に入り、不思議なトルコの夜の世界になった。
    まあ、大当たりの店である。                    
                  
その次に入ったのが『何と申しましょうか?』と、いう店であった。
飲み屋横丁の一番奥にあるスナック風居酒屋?の店である。
50代のサラリーマン風が4人座っていた。何とママが86歳で、手伝いが71歳という。
大年増というのが話題になりTVによく出るといっていた。
お客とダンスを踊ったのには驚いた。店の中は凄いアルファー波に満ちていたが、
お客は癒しを求めてきているのだろう。   
                    ーつづく
      ΒΥΕ.._〆('Д'*⊂⌒`つ
ーー
2003/06/26
日暮里界隈 -1

一度、日暮里に行きたい思っていたが、念願かなって知人に夜の日暮里を案内してもらった。
谷中銀座と日暮里駅の中間を少し入り込んだところに時代から取り残されたような飲食街があった。

それが何ともレトロ調で映画のセットの中に入ってしまったよう感覚だ。
知人の会社の東京事務所があったため、よく通ったという店があった。
沖縄出身の60歳位の女将がやっている7~8人位しか入れない
沖縄料理の小さい店であった。

店の名前は『あさと』といって、本人の名字の安里をそのままつけていた。
石垣島出身で、具志堅用高もわざわざ訪ねてきたという。何とも沖縄料理がおいしい。
豆腐よう、ほしぶどう、ゴーヤーの炒め物、そして泡盛が絶品であった。

そういえばこの数ヶ月、泡盛を晩酌で飲んでいる、
スーパーでブレンドされた泡盛がいやにおいしいのだ。
店の中の全員がお互いの話を旧知のように話し合える感じがよい。
それこそ若い人は皆無という雰囲気がまたよいのだ。

たまたま若い女性が一人入ってきて飲んでいた。
話しかけると「2~3日うちに石垣島に亭主と行く」とのことで、
女将に知り合いの店を紹介してもらっていた。
何か楽しくなって、下の息子を呼びだして一緒に呑むことになった。
本人も目をクリクリさせて、「今時、凄いところがあるものだ!」と驚いていた。
その後にもう一軒谷中銀座の中にある居酒屋にいったが、ここも印象深い店であった。
大きいメンチカツが何とも美味しい!
                 
・・・・・・・
2005年03月25日(金)
1452, 「仏教の根底からの否定」の文章-2
山根二郎かく語りき-2

ー前回に続いて印象的な部分を書き出してみるー

あのオウムが、教団の対立者を「ポア」という名で殺したが、
これは特殊な教義を信奉していたからと信じられている。
が、しかし「救済」の名の下でなされる殺人の容認は仏教にも多く認められる。

私が書いた「仏教解体」は、仏教を根底から解体しつくした日本では稀有の書である。
そこに述べられている仏教否定思想は、これまでの日本にはなかったものだ。
内容の一部を紹介すると「仏教思想、禅思想」が、どれほど恐るべき
非人間思想であるかということが分ってくる。日本人は、この思想に取りつかれたままになっている。
要するに日本および日本人は、戦前・戦中・戦後を通して、今日まで巨大なオウムをやってきたことになる。

「日本人は恐い」「日本人は特殊である」と世界の人々が思ってきた根底は、これである。
「世界の人々よ、気をつけろ。そして日本人よ、仏教から目を覚ませ」

般若心経で、 色即是空ってのがある。存在とは空だって意味だ。
無限耳鼻舌身意 耳も鼻も舌も体も心もすべて無だと言い切る。
浅原じゃあないが、まさに涅槃の境地に達しないと言えないことだ。
しかし、この凄いことを、我々日本人は日常で坊さんに言われ続けている。
葬式で般若心経を坊さんが唱える。月命日でも坊さんは仏壇の前で唱えてる。

「もともと、無いものが無くなったんだから、死んだからといって、
そんなに嘆くな悲しむな。殺されたからといって、そんなに怒るな」
って言われていることになる。 葬式でこんなこと言われていたのだ。
いま、犯罪被害者の人権などと騒いでいるが、まっさきに糾弾されるのは坊主である。
 (字数の関係でカット2008年03月25日)
ーーー
以上のように初めから終わりまでこのような文章が続く。
この人の文章を読んでいると、全くそのとおりと思えてくるから不思議である。
極東の島国では仏教は丁度良い思想と思っていた。
禅坊主が「考案」とか訳のわからない議論をして悟り顔をしているも、
山岳の多い風土には丁度良いのだろうが。

あのアブラハムが創りだした「アラーの神」も、東洋の片隅から見てみれば、
砂漠の無知の民をマトメル為の嘘ー方便にしか見えない。
その反対に彼等から見れば山根二郎のいう論も、的を得ている。
この位の論を持っていないと、葬式坊主どもに集られてしまう。

・・・・・・・・・
2004年03月25日(木)
1087, ある日突然

ある日突然、今まで順調であった仕事や商売が成り立たなくなる時代になった。
以前は、時計屋が典型的な事例であった。
・25年前に、デジタル時計の出現でアナログ時計の売り上げが激減をしてしまった。
・10年前には駅前旅館も消滅をしてしまった。
・その後、業種店はスーパーなどの業態店の出現で殆ど壊滅した。
・そして、酒屋や米屋やガソリンスタンドなどの規制で守られてきた業界も
 一瞬で壊滅をしてしまった。
・最近では、駅前のあちこちにあったDPEの店もデジタルカメラとプリンターの
 普及で、いつの間にか無くなってしまった。

次は、何であろうか? 
全ての経営者が自分のところではないだろかという恐怖の時代になった。
DVDとビデオレンタルの「ツタヤ」が光ファイバーとデジタルTVのドッキングで、
ある日突然消滅するのではという可能性を秘めているとか。

鳥インフルエンザで、京都の養鶏場のオーナー夫婦が「ある日突然」国家的犯罪者に
仕立てられ、自殺に追い込まれた。経営者なら誰も身につまされる出来事であった。

私の事業もごたぶんに漏れず、「日帰りの徹底」で、打撃を受けている。
これに新幹線がテロに狙われたり、SARD騒ぎが起きたら、ホテルの顧客はゼロに近くなる。
本当に恐ろしい時代である。

あの絶対大丈夫と思われていたNTTや電力会社や郵便局でさえ、一歩間違えれば
明日は解らない時代である。時代の変わり目は、こういうものだろう。
日々の科学技術の進歩が背景にあるのだ。事業も考えてみれば、情報と技術の能力の差である。
それが情報化で瞬時で格差がなくなってしまったのだ。

・・・・・・・・
2003年03月25日(火)
720,「お金の哲学」ー3

デフレになって、お金の価値が物の価値より上がってきて、日本ではタブーの
お金に対して関心が増してきている。
過去何千年も祖国を追われていたユダヤ人は特にお金にシビアであるのも、
最後頼るべきはお金や金ダイヤなどの貴金属ということが骨の髄まで解っているからである。

日本人がお金に対して「お金は汚いもの」とか、「お金のために生きているのではない」
とか言っていられるのは、島国の環境の為である。
世界中にお金を汚いとか、甘く見ているのは日本人だけである。
 
 江戸時代の幕藩体制下の宮仕えの貧乏藩士の建前意識が、美徳としてごまかされ飼い
ならされた結果でしかない。それを儒学で覆い被せて、それしか世界をしらない田舎侍たちを
無垢に信じさせていただけの事。上手く金は汚いものと洗脳してしまったのだ。
惨めな話だが、それがそれだけの世界ならそれでよかったのだろう。
その意味でまだ日本はその影響下にあるのだ。

「もう人生を終わってしまった敗残者か、成功した人が外装としての理屈」
の為に集まって、鼻声で儒学を楽しんでいる分にはよいが。
これから一生を妻子を養っていかなければならない真っ当な人間に、
その教えをまともに教えている無知な人種がいるのが問題なのだ。

 現在日本がこのような状況にある根本原因は、この「虚勢犬意識」が国民的潜在意識にあるからだ。
もし一億のお金を貯めようとしたら、5百万の預金をしたとしても20年はかかる。
その為には2000万の収入を20年続けなければならない。
その能力のある人は1000人に一人?いるかどうかだろう。
それだけお金を蓄積するのは時間を要するものである。
実際のところ 二代三代をかけなくてはならない。
 
 商人であった両親から学んだ事は、お金の大事さと、その使い方である。
晩年になってよく父が言っていたのは「お金の使いかた」である。
見栄でなく、本当に自分の好きな事に納得して合理的に、使うことだ。
そこには一点の隙があってはならない。稼ぐと同じくらい前向きに合理的に楽しむことだった。

 それを聞いていた割に全く身についてない自分は何故??
装置産業の為に、大借金をしているためであるー言い訳か!
大儲けをして現金の山を見たことは一度もない。
「健康法説いて あの世に先に逝き」ではないが、
「金のこと説いてた あのバカ夜逃げをし」ということになる
可能性もあるからあまり偉そうな事を書かないほうがよい。

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2002年03月25日(月)
356,西アフリカー3
 ー能力探しー

今回の旅行で面白い人とであった。 予備校の講師でミュージシャン、今度小説を出すという。
年令が31歳、数学の本を何冊か出し、予備校の講師。 今回の旅行で3つの歌を作ったという。

音楽のゴーストライターもやっているという。ゴーストライターで本は聞いたことがあるが、
音楽では珍しい。 ミュージシャンと数学の先生の二刀流ということだ。
CDを数枚出し、有線でトップテンに入ったことがあるという。
「防波堤」は長岡のスナックで聞いた事あった。夜バーで聞いた弾き語りがなかなかよかった。

昼からビールを二本飲んでいた。夜もしかり。話しているだけで、自分の中の創造性が喚起される。

私の目では一応本物に見えた。エルミナの夕景を見にホテルの海岸に出たら、一人海辺に隣接している
誰もいないスナックでビールを飲んでいた。声をかけると、夕日で変わる海の色の変化を見ているという。 
これはいえない言葉である。何か変わった人だと気に留めていたが、家内からあの人はミュージシャンで
予備校の講師と聞いて納得した。
その後何回か話す機会があったが、講師とミュージシャンの仕事の特性の
為か、相手を自分の世界に引き込む話術には驚いた。いや話術ではなく、その人の中味なのであろう。

http://yoshiki-o.hoops.ne.jp/  大上芳樹

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[月曜の朝に ]☆☆☆
-哲学的にも有名なユーモアー

ある死刑囚が月曜日の朝、
死刑執行に引き出され連れられていくときのジョーク、

「ふん!今週も今日から幸先がいいわい!」
(・彼にとって今週がない   
 ・長い間の死刑の恐怖から解放される
 ・目の前の死の恐怖を和らげようとする自嘲)