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2013-06-12

領土問題が正念場を迎える安倍外交の行方はどうなるのか? 東郷和彦・京都産業大学教授に聞いた

| 14:19

安倍首相が抱える課題は経済だけではありません。昨年来問題が山積している外交も正念場です。京都産業大学教授で元外交官の東郷和彦さんは、2012年は外交敗北の年だったと言います。これをどう安倍首相は立て直すのでしょうか。経済成長に外交の安定が必須であることは論を待ちません。現代ビジネスにインタビューを掲載しました。編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36104


安倍晋三内閣が直面しているのはデフレからの脱却を柱とする経済問題ばかりではない。昨年来悪化している日中、日韓関係や、懸案の北方領土問題がからむ日露関係など外交問題も正念場を迎えている。いくらアベノミクス経済をテコ入れしても、貿易相手である周辺国との関係が悪化しては元の木阿弥だ。 安倍外交の行方はどうなるのか---『歴史認識を問い直す―靖国慰安婦、領土問題』を上梓した元外交官の東郷和彦京都産業大学教授に聞いた。 聞き手: 磯山友幸(ジャーナリスト

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中国の「第一列島線」進出に口実を与えてしまった日本

問 2012年は「外交敗北」の年だったと『歴史認識を問い直す』に書かれています。尖閣諸島問題は敗北だったということですか?

中国尖閣諸島の領海にまで海洋調査船「海監」を送り込んでくる。それを常態化させてしまったのは敗北以外の何ものでもありません。

国際法上、航行する軍艦(それに準ずる公船も)には「無害通航権」が認められていますが、その権利の範囲を逸脱しているのは明らかではないかと私は思います。主権を主張するために入ってきているわけですから。

 同じ事を竹島北方領土で日本船がやったらどうなりますか。まず間違いなく撃沈される。ところが日本は撃沈しない、できないわけですから、当面は完敗です。

 問 中国に常態的な侵犯を許す口実を与えてしまった、と。

 2008年に中国は「やるぞ」と言っていたわけです。この本にも書きましたが、2008年12月8日に中国の海洋調査船が尖閣諸島沖の領海に入り、海上保安庁巡視船の退去要求を無視し、9時間半にわたって航行を続けました。

 そして何と、中国国家海洋局の公式見解として、「中国も管轄権内で存在感を示し、有効な管轄を実現しなければならない」と言ったのです。日本の実効支配を実力によって変更するという方針を示したわけです。そして2010年にはご承知とおり、中国漁船の巡視船への体当たり事件が起きました。

 問 それまでは中国尖閣問題を"棚上げ"していた。

 1972年の日中国交回復の際の周恩来首相田中角栄首相の会談や、78年の日中平和友好条約の最終交渉での小平首相・園田直外相の会談で、この問題を実質的に棚上げするとの「暗黙の了解」ができたと考えていいでしょう。「将来世代が方法をさがすだろう」という小平の発言に、日本側は、少なくとも拒否行動をとりませんでした。

 それを打ち破ったのが92年。中国は「領海法」によって、尖閣諸島を自国領と宣言しました。危機感をもった日本政府が「領土問題は存在しない」と言い始めたのは1994年ごろからですが、これは中国領海法への対抗策として出てきたものだと考えています

 問 それが尖閣諸島を国有化したことで火がついた。

 国有化という言葉を使うのがいいのかどうか、つまり、所有権の移転ですね。実際にはそれまでも国は所有者から賃借を続けており、それを買い取っただけの事で、国際法上の位置づけも、また、尖閣に対する政策の実態も何も変わっていない。

石原都知事(当時)は船の停泊施設を作ると言っていましたから、もし東京都が買っていたら問題は大変複雑になっていたと思います。かつての棚上げでは、日本側が自ら実施していたのは「立ち入らない」「建造物を作るなど開発しない」「調査を行わない」の「3つのNO」だということになっていました。

 問 日本政府は国有化でむしろ事態を穏便に済まそうとしたと言われています。

中国との摩擦を回避しようとしていたことは、間違いないと考えています。2012年8月の段階では、中国側の知日派ルートなどを通じて、この「3つのNO」を守るなら所有権の移転には大反対はしないというシグナルが届いていたようです。政府はそのシグナルを過信したのでしょう。その後、一気に国有化に走りました。

 8月末に山口壮外務副大臣が訪中した際に外交のトップだった戴秉国・国務委員に会い、世界情勢に関する総括的な議論を行ったようです。最後に戴秉国委員から、尖閣諸島について逆に「提案」をされたと、山口氏はその後公表しています。

 さらに、9月9日にロシアウラジオストクで開催されたAPECでは、中国胡錦濤国家主席野田佳彦首相と立ち話をして、「日本は事態の重大さを十分に認識し、間違った決定を絶対にしないように」とクギを刺しています。

 にもかかわらず、9月11日に国有化の閣議決定を強行してしまいました。戴国務委員の提案も、胡首席の要請も無視したわけです。仮に飲めない提案だったとしても、正式に返事はしなければいけない。これが本当なら、どうも、外交の基本を誤ったように見えます。

 問 そんな外交上の不手際を中国は突いてきたわけですね。

九州から沖縄台湾南沙諸島へ連なるいわゆる「第一列島線」を勢力下に置くというのが中国の基本戦略です。それを一歩進める口実を日本側が与えてしまった。中国関係者の中には「野田首相に感謝だ」と言っている人もいます。

 問 問題がさらにエスカレートする可能性はありますか?

 日本外交に欠落があったからといって、実力で現状変更の実態を変えていくという今の中国の政策が許されて良いはずはありません。現状を放置すれば、海の上で何か一つ間違いが起き、それをきっかけに大きな武力衝突になる可能性もある。

 これまでの中国側の対応を見ていますと、中国の一部は、日本が誤発砲なりの実力行使に出たと言わざるを得ない行動をとるのを待っているのかもしれない。どちらかが先に手を出したということになれば、事態は一気に緊迫します。危険極まりない状況です。

竹島問題の交渉で韓国が折れることは絶対にない

 問 昨年来、韓国とも、竹島の問題を巡って緊張が高まっています。

太平洋戦争終戦から9年後の1954年になって韓国竹島に兵隊を常駐させます。それ以来、韓国による実効支配が続いてきました。日本はすぐに国際司法裁判所提訴を言いますが、その後の長い間の交渉で、日韓でもおそらく密約があったような気がします。問題が「解決せざるをもって、解決したとみなす」という政治判断です。

 1965年の関係正常化時に密約があったにせよなかったにせよ、事態は約30年間あたかも密約があったかのように動いた。しかし、これも冷戦終了後の金泳三大統領時代には反故にされたとみられています。背景には韓国のナショナリズムの高まりと東西冷戦構造の終結があるのでしょう。

 問 李明博大統領竹島訪問の背景には慰安婦問題があると言われていますね。

 2011年の8月に韓国憲法裁判所が、韓国政府慰安婦の権利を守っていないという判決を下しました。李大統領はすぐさま対応せざるを得ない課題を抱えたわけです。

 12月17日に京都を訪れた李大統領野田首相との夕食の席で、元慰安婦の心情に理解を示し、何らかの解決への知恵と協力を求めたようですが、野田首相大統領の琴線に触れる言葉を発することはなかったと言われています。翌日の正式会談以降、大統領の語気は一気に激しくなった。これが竹島訪問の伏線になっているとみられています。

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 問 解決策はありますか?

竹島は日本領だから取り戻せ、という威勢の良い主張も聞かれます。それが日本の国益にかなうと国民全体が思うのなら腹をくくってやればいい。しかし、韓国が交渉で折れることは絶対にないので、本当に取り返そうと思うなら、少なくとも今中国尖閣諸島でやっているような実力行使しかない。結果は、確実に戦争になります。

 あの島のために日本人は若者を死なせる覚悟があるのでしょうか。韓国人を殺すことができるのでしょうか。戦争はいやだと思うなら、そして外交交渉での決着も見通せないのなら、いがみ合うのではなく共存する道を探るべきではないのでしょうか。主権についての事実上、あるいは暗黙の「棚上げ」といってもいいでしょう。

 いずれにせよ、待っていても韓国側が折れてくることはありません。まずは日本が動かねばなりません。実行支配を崩そうとしているのは、日本側なのです。

日露双方が合意できるラインは2島プラスアルファ

 問 日露関係も大きく動いています。東郷さんは外務省時代、長く日露問題に携わってきました。

 2012年3月1日、プーチン氏が大統領に就任する3日前、G8の新聞記者を集めた会見で、朝日新聞若宮啓文主筆北方領土問題について自ら切り出して、こういう趣旨の発言をしました。

「勝ち負けいずれも目標にならない。何らかの勝利を達成する必要はない。受け入れ可能な妥協でなくてはならない。『引き分け』のようなものだ」

 これは重大な提案だと思います。プーチンから球を投げられたわけです。にもかかわらず、結局、今年4月の安倍晋三首相の訪露まで日本側は動かなかった。

北方領土問題に関しては日本が要求する立場です。本来、要求側が1年サボったらすべて終わりです。しかし、プーチンはまだ窓を開けている。つまり、日本は早急に、ロシアとの「引き分け」のアプローチを考えなければならないのです。

 問 北方領土(国後・択捉・歯舞・色丹)の4島一括返還はない、と。

 4島一括返還はロシアにとって明らかに「負け」でしょう。では、歯舞・色丹の2島のみではどうか。これは1956年の日ソ共同宣言で2島の引き渡しが規定されていますから、50年以上の時を失って元に戻ることになります。日本にとっては明らかに「負け」でしょう。

 つまり、お互いが合意できる「引き分け」のラインは2島プラスアルファだということになってしまいます。そのアルファにはいろいろな選択肢があると思います。参議院選挙後に安倍首相が一気に動けるよう、外務省の事務方は具体的な案を作り上げておかなければいけません。

靖国問題では中国ロジックにも耳を傾けるべき

 問 靖国神社の春の例大祭に麻生太郎副総理ほか国会議員が大挙して参拝したことに外交関係への影響を懸念する声が上がっています。

中国韓国ばかりでなく、特に米国では、安倍首相は、(右翼的な)信念からぬけられない歴史修正主義者ではないか、という見方が強まっています。そうなると、安倍晋三という政治家個人の信頼度にかかわる問題になってきます。

安倍首相は自らの参拝は控えていますし、内閣として村山談話継承を表明するなど、一応問題は沈静化しつつあります。ですが、選挙後に首相が参拝すれば、世界の世論は一気に変わります。

 問 首相靖国参拝モラトリアム(一時停)を主張されています。

靖国問題は日本人の魂の問題として、中国が何かいうまえに日本人自身の問題として解決していないからです。私は、戦争中たくさんの兵士が「靖国で会おう」と言って死んでいった事実は大事にしなければいけないと一貫して思っています。私も学生を連れて年に1度、参拝しています。

 私の祖父、東郷茂徳は東京裁判でA級戦犯として禁固20年の判決を受け、服役中に病死し、1978年に靖国神社に合祀されました。そういうことも無関係ではありませんが、祖父のことがあってもなくても、実際に亡くなられた方の気持ちは、後の世代として大切にすべきだと思います。

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靖国神社を、国に殉じた方の純粋な慰霊の場にするよう、国民で議論すべきでしょう。1978年以降、靖国神社には天皇陛下がおいでになれない状態が続いているのですから。

 問 まさに、日本人自身が歴史認識を問い直すことが重要だというわけですね。しかし、安倍首相の周辺には右翼的思想を持った政治家が多く、今年8月15日には首相として靖国を参拝すべきだ、という主張も根強くあるようです。

 向き合うべき対象の一つとして中国があることは否定できません。先方のロジックには耳を傾けるべきです。田中角栄総理による日中国交回復の際、周恩来が提起した「日本軍国主義は日中人民共通の敵」という論理にだれも正面から向き合わず、相手の言っていることに「暗黙の了解」を与えてしまった。今の尖閣と極似しています。

 その問題と向き合わずに靖国訪問に突っ走ったら、単に日中関係が当面修復不能になるだけではなく、日本は外交的に世界から孤立してしまうことでしょう。


東郷和彦 (とうごう・かずひこ)

1945年生まれ。東京大学卒業後外務省入省。主にロシア関係部署に勤務、在ロシア日本大使館次席公使、外務省条約局長、欧亜局長などを経て2001年駐オランダ大使。2002年に外務省退官。ライデン大学、プリンストン大学などで教鞭をとり、2009年ライデン大学から博士号(Ph.D.)。2010年から京都産業大学法学部教授兼同大学世界問題研究所長(現職)。2011年から静岡県対外関係補佐官も務める。