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2016/12/22

[読前読後]追憶の文学、あるいは夢の顔合わせ

(2001年12月4日に書いた記事の再掲)

小沼丹さんの『木菟燈籠』(講談社)を読み終えた。

何が起こるわけでもない。平静な暮らしのなかで出会う人々、小動物、木、花などとの対話の断面を切り取り、見事な言葉で結晶化する。そんな魔法のようなわざにただ見とれて陶然とするばかり。

小沼文学といえばユーモアという言葉を思い浮かべるが、今回『木菟燈籠』に収録されている十一の短篇を読んではたと気づき、それが他の作品(たとえば『懐中時計』など)にも通底していることに思いが及んで、自分で納得してしまった。

小沼文学には「死」というテーマが色濃く投影されている。すでに小沼ファンの間では周知の事柄に属するのかもしれないが、鈍感な私にもようやくそれを感じ取ることができたようだ。もともと『懐中時計』などに収録されている“大寺さん物”は、奥様を亡くされた小沼さんご自身の姿がそのまま写しとられているわけだが、本書『木菟燈籠』でも、大寺さんだけでなく、ご本人そのものも登場して、しきりに亡妻の話題に話が及ぶ。

また、「「一番」」は大衆割烹の店を出している末さんや、馴染みの鮨屋「一番」のおかみさんが亡くなった話、最後の「花束」は新宿の酒場でよく顔を合わせた飲み仲間の毛さんが亡くなった話、「槿花」は火災保険の仕事で小沼家へ年二回ほど訪れる松木の爺さんが亡くなった話、松木の爺さんは、大寺さん物で、大寺さんの後妻が急病で入院した話である「入院」にも登場する。こんなふうに、作品のいたるところに「死」や「病気」が登場して、それが登場人物の対話から醸し出されるユーモアと背中合わせに、お互いがお互いを際立たせているという格好になっているのだ。

「死」を読者に伝える締まった文章がまた素晴らしい。「「一番」」で末さんが亡くなったことを知った「私」の心象。

店に這入るといつも正面に、白いコック帽を被つて丸い赤い頬つぺたをした末さんの姿がある。それがこの夜は見えなかつたから、何だか物足りない気がしたのを想ひ出したが、末さんはこれから二度と姿を見せないと思ふと、どこからか寒い風が吹いて来るやうな気がした。

また、「花束」で、毛さんが亡くなったことを知った「私」の心象。

親爺の寄越した酒を飲んでゐる裡に、いつだつたか毛さんの奥さんが大きな花束を抱へてゐたのを想ひ出した。あれは何の花束だつたのだらう? 毛さんも奥さんもにこにこしてゐて愉しさうだつたから、そのときは何かいいことがあつたのだらうと思つたが、或はそれは思違だつたのかもしれない。

さう思つたら不意に空気が動かなくなつて、辺りがしいんとしたやうな気がした。

寒い風が吹いて来る、空気が動かなくなる、知己の死を知った瞬間の気持ちがこのたった一行に過ぎない文章のなかに封じ込められているのを読んで、鳥肌が立ってきた。

小沼さんがよく使う言い回しに、「かしらん?」という疑問形がある。「あれはどうなつたかしらん?」、こんな形で使われて余韻が残る。この多用される「かしらん?」という疑問符も、よく考えてみれば追憶のなかで過去に出会った人物や物などを懐かしく振り返る文脈で使われていることが多い。 小沼文学を「追憶の文学」と呼んでみようか。

ところで本書冒頭の一篇「四十雀」には驚かされた。これに驚喜したため、全編を読み通すパワーが充填されたといっても過言ではない。というのは、鎌倉の林(房雄?)邸を訪れたときのこのエピソード。

話をしながら何となく薄の方に眼をやつてゐたら、一人の男が薄の前を横切つて客間の外に立つた。半ば潰れた古ぼけた中折帽子を被つた中年男で、兵隊の着るやうな襯衣を着てゐた気がするが、はつきり想ひ出せない。どう云ふ人物なのか見当が附かなかつたが、…

という人物が、実は吉田健一だったのである。私の敬愛する二人の英文学者がこのような出会いをしていたとは。その後一度出版社で出会ったことも記されている。 小沼さんのロンドン滞在記『椋鳥日記』(講談社文芸文庫)を読んだり、倫敦とか卓子といった言葉づかいを目にして、吉田健一を思い出さないわけがない。この二人は知り合いなのだろうかと思ったこともある。この二人の出会いを知っただけでも、読んだ価値ありという一書であった。ちなみにこの「四十雀」には、小沼さんが久保田万太郎久生十蘭とも鎌倉で会ったという話が書き留められていて、これもまた興奮させる挿話であった。

2016/10/31

[]「三世澤村田之助小説」を超えて

今年の3/9条にて、三世澤村田之助が主人公ないし登場人物として登場する小説をあげ、これらを「三世澤村田之助小説」とくくってみた。

幕末明治期に美貌の女形として若い頃から立女形として活躍し、将来を嘱望されていたにもかかわらず、脱疽で両足や手を切断する悲運に見舞われ、それでもなお舞台に立ちつづけ、果てに狂死したという、波乱万丈の生涯をおくった歌舞伎役者である。

そのときあげたのは、南條範夫『三世沢村田之助 小よし聞書』(文春文庫)・山本昌代『江戸役者異聞』(河出文庫)の2冊。

このたび、そのなかに北村鴻さんの『狂乱廿四孝』(角川文庫)を付け加えることができたのは嬉しい。

長編「狂乱廿四孝」は第6回鮎川哲也賞を受賞し、95年に東京創元社から単行本として刊行された。ところが、著者曰く「あまりに紆余曲折がありすぎてとてもここでは書ききれるものではない」(「あとがき」)という事情で文庫化が遅れ、結果的に別の版元から文庫化された。

今回の文庫化にあたり、本作品に加えて、この原型だという短編「狂斎幽霊画考」(オール読物推理小説新人賞候補作)が“ボーナストラック”として付け加えられている。

夏休みでは休みのときに読もうと思っていた本を優先していたので、本書を持参しなかった。そういうこともあって、東京に戻るやいなや、すぐにこの本を手に取り、興奮のうちに読み終えた。

歌舞伎ミステリとして傑作である。

時は明治初年の東京浅草猿若町。すでに脱疽で両足を切断した澤村田之助が、からくりを駆使して「本朝廿四孝」の八重垣姫を勤め上げ、観客の度肝を抜いた守田座が主な舞台となる。

澤村田之助に加え、守田座の座付作者河竹新七(黙阿弥)、座主の守田勘弥、田之助のからくりをつくった大道具方の長谷川勘兵衛、それに五代目菊五郎、河原崎権之助(のちの九代目團十郎)、またこの物語のキーとなる幽霊画を描いた河鍋狂斎(暁斎)、戯作者の仮名垣魯文など、実在の人物が多く登場し、そこにお峯という黙阿弥に弟子入りした16歳の女性芝居作者がからんで話は展開する。

驚くのは、上記した実在の人物たちが、物語のリアリティを増すという目的だけで、たんに「特別出演」としてちらりと顔を見せるのでなく、一人一人が主人公と言ってもいいほどの深い人物造型で描かれていることにある。黙阿弥しかり、勘弥しかり、團菊、勘兵衛、狂斎・魯文もまたしかり。

そうした幕末明治初年における歌舞伎界の裏事情をうかがわせるような、歌舞伎ファンをくすぐる道具立てにさらに拍車をかけるのが、幕末の歌舞伎界の重大事件であった、八代目團十郎切腹事件と、河原崎権之助(九代目團十郎の養父)殺害事件という二つの事件が物語にからんでくるという仕掛けである。たまらない。

ミステリということもあり、これ以上内容に触れるのはひかえるが、「長編より先に読んではいけない」と作者・解説者(西上心太氏)に強く釘をさされた併録作の「狂斎幽霊画考」もまた興味深い。

長編と登場人物がかなり重複し、暁斎の幽霊画がキーとなることには変わりはないものの、微妙に役割や描かれ方が異なり、しかも…、おっと、これ以上は申すまい。

歌舞伎ミステリといえば、これまで戸板康二さんの中村雅楽物や近藤史恵さんの『ねむりねずみ』(創元推理文庫)があったが、この『狂乱廿四孝』は実在の歌舞伎役者やその周辺の人物の特徴を見事に生かしたうえで作中に配するといった、これまでの歌舞伎ミステリにはない新機軸を打ち出したものと評価できる。

(旧版2001年9月6日条の再掲)

2014/09/14

ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一

[]残りの人生で吉田健一

吉田健一は「好きな作家」というより、「好きになりたいと思っている作家」でありつづけているといったほうがよかろう。「好きな作家」と胸を張って言える自信がないからだ。一度書いた本に『時間』の一節を引用したことがあるけれど、中味を正確に理解して引用できたかどうかは不安である。

書棚にある本をふりかえってみれば、講談社文芸文庫から出た『絵空ごと/百鬼の会』*1を新刊で買ったのが吉田健一との出会いだった。1991年。幻想文学の作家の一人という関心からだったと思う。この新刊を買ったとき、『金沢/酒宴』が既刊であることを知り、一緒に購った。それ以降同文庫で出るたびに買っている。その後、その時点で刊行され、すでに品切寸前になっていた中公文庫などを、新刊書店や古本屋を熱心にまわって必死にかき集めた。古い日記の1991年5月21日にこんな記述を見つけた。

熊谷書店青葉通店にて、『舌鼓ところどころ』(吉田健一、中公文庫)を購う。(…)吉田健一の本は中公文庫から五、六冊出ているのだが、結局一冊のみで新刊書店には全くなし。殆ど品切れかと危ぶまれる。

「熊谷書店青葉通店」という古本屋はとっくの昔になくなっている。さらに日記を見てみると、東京に出たとき(出版社への入社試験だったろうか)に立ち寄った八重洲ブックセンターで売れ残っていた中公文庫版『東京の昔』を購っている。地方の人間にとって、すでに売れ切れて残っていない本が東京なら売れ残っているかもという期待が、大書店に対してたしかにあった。そういう感覚も懐かしい思い出だ。

それでも入手できなかったものは、直接中央公論社に代価の切手を同封して「汚本・旧カバーの本でいいから買いたい」とお願いしたところ送られてきたので驚いた。『瓦礫の中』『怪奇な話』『書架記』の3冊であった。それが9月6日のこと。この方法は井狩春男さんの本に教わったのである。3%の消費税が導入されたのが1989年。そのさい、それまで売られていた文庫のカバーに旧価格が書かれていて対応できず(その頃はおおよそが内税方式だったからか)、消費税に対応した新しいカバーを作るほど売れる見込みがないものは書店の倉庫に眠っているのだという話だった。その後、このうち『怪奇な話』は1993年に「僅少本復刊フェア」と称して中公から復刊され、いま書棚には、旧版とその復刊が2冊並んでいる。

そう見てみると、1991年という年は、吉田健一との出会いから一気に沸点まで達した年だったのだ。そんなふうでありながら、この間新潮社から『吉田健一集成』が出て、二十数年も経っていまだに吉田健一をきちんと理解できているか怪しいというのは、何とも情けない話である。

しかしこのほど、角地幸男さんの『ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一*2(新潮社)を読んで、吉田健一が好きかどうか、好きになれるかどうか、というよりも、とにかく今後残りの人生で真剣に付き合ってみるに値する作家であることを強く認識した。この本によって、日本語という言葉でものを考え、表現する人間のひとりとして、吉田健一がそうした問題にどのように向き合ってきたのかがよくわかった。

また、たいへんに難解な書である『時間』に対する丁寧な解説「時間略解」を読んで、この本に書かれたことがらをどう読むべきか、はじめておぼろげながらわかってきたような気がする。

驚きなのは、吉田健一の仕事のなかでも大好きな『大衆文学時評』が、角地さんによれば、後期の『時間』へと向かってゆく吉田健一の文業において重要な位置を占めているという指摘だった。『大衆文学時評』は、取り上げられている作品がわたし好みであることもあって著作集の端本を持っているほど好きなのだが、これまた内容を十分に理解できているかといえば、覚束ない。この仕事のなかで吉田健一が考えていたことが、後期の仕事につながってゆくという指摘に、自分の“吉田健一好き”の方向性は間違っていなかったのかもしれないという大きな安堵を覚えたのも事実である。

いよいよ著作集を購入する時機がやってきたように思う。以前は高くて買えなかったが、最近全集全般の価格下落とともにだいぶ手に入れやすいところまで安くなってきた。これらを残りの読書人生、じゅうぶん愉しめるだろうとふんでいる。

2014/04/15

本を読む人のための書体入門

[]ソシュールを超えて

正木香子さんの『文字の食卓』*1(本の雑誌社)は、文字好きにとってこのうえなく素敵な本であった。だから、本好きのうえに文字好きだろうと踏んだ同僚にも薦めた。

期待どおりそれを面白く読んでくださったようで、今度は逆に、正木さんの新著が出たことを教わった。『本を読む人のための書体入門』*2星海社新書)である。昨年12月に出た本で、発売後ほどなく教えられ、すぐ買ったはずだけれど、しばらく読まずに放ってしまっていた。

ようやく身辺に余裕が出てきたので積読の山から本書を掘り起こして読み始める。果たして一気に魅了された。前著『文字の食卓』からすでに感じていたが、正木さんの文字に対する関心のあり方が、自分のそれととても近いことをあらためて実感した。しかも本書では共感するところが随所にあって、何度も深くうなずきながら読み終えたのだった。

『文字の食卓』が実践編だとすれば、本書『本を読む人のための書体入門』は書名のとおり入門編なのかと言えば、実はそうではない。理論編というか、思想編である。著者の字体(フォント)に対する考え方が、軽やかで平明な文章を用いて力強く説かれている。

ソシュールによって提唱された言語論のキーワードとして、シニフィアンシニフィエがある。言葉を表記する文字や音声といった表面的な要素と、指し示す意味を示す要素のふたつから言葉が構成されているというのである。

ところが『本を読む人のための書体入門』では、そうした言葉のもつ二側面というソシュール以来の言語論をあっさり超えてしまった。字体というもうひとつの要素こそ、享受者に伝えられるあたらしい第三の感覚である。おなじ言葉であっても、字体が異なればまったく違った印象を与える。字体が固有の雰囲気を身にまとっているのである。これはたいへん画期的なことではあるまいか、と思う。

本書は従来も星海社新書の本文書体として使われてきた筑紫明朝が採用されている。編集部からは、字体の本なのだから自由に選んでいいと言われたが、正木さんはそのまま筑紫明朝を選んだという。この書体、わたしがかつて出した本のシリーズでも使われていた。そのシリーズから本を出すことが決まってからというもの、近刊を眺めては、自分の文章がその書体に包まれることを夢見た。筑紫明朝という字体は、その端正なたたずまいが、読む者をして一字一句もおろそかにさせないという雰囲気がある。少なくともわたしはそう感じる。

とはいってもその字体が筑紫明朝という名前だと知ったのは、後の話である。上述のように気になる字体だったため、本の校正中、校正のやりとりをしていた編集者の方に「この本の字体は何と言うのですか」と質問して教えていただいたのだ。

そのひとつ前の本では、やはり字体にこだわり、版元にあたらしい字体セットを購入してもらった。もちろんその字体は拙著のためということではなく、もともと別の字体を揃えてこれからも表現豊かな本をつくっていこうと考えていた版元の意向とうまく合致したからこそ、そうしてもらえたのである。幸運だった。

いま別に二つの企画が進行中なのだが、ひとつは僭越ながら字体を指定させてもらっている(実現するかは未定)。いまひとつは、そのシリーズで用いられている字体がやはりわたしの大好きなものであるため(こちらは名前をすでに知っている)、前著同様その字体で表現される自分の文章をイメージしながら準備を進めている。

このようにわたしは、内容以上に、文章が表現される字体の美しさ端正さにこだわりを持っている人間であり、これは自分の所属する業界では異端に属するだろう。版面の美しさより内容の良し悪しが問われるべき業界だからだ。でもわたしは、たとえ内容が良くても、それを表現する字体が醜ければすべてが台無しになると考えている。

正木さんの考え方に共感することのもうひとつは、キーボードで文章を打つとき「かな入力」を使っているということだ。大学生のときにワープロ専用機を購入して以来25年を経過しているが、わたしも最初からかな入力であり、ローマ字入力に浮気したことはない。最近でこそ、電子辞書はかな入力をはなから拒否しており、公共の場所にあるパソコンをわざわざかな入力に変えてから打つことまでしなくなったため、ローマ字入力には慣れてきた。大きな流れに乗せられやすい性格なのだが、これだけは死守したい。

ワープロに親しみ始めた当初は、キーボードのキーを万遍なく使いたいという貧乏根性からかな入力を選択したのだが、それに慣れるうち、自分の頭で考えた文章がいったんアルファベットに変換されることがどうにも許せなくなった。日本語で考えている以上、浮かんだ文字をストレートに日本語キーボードに打ち込みたい。そんな意志が少しずつ強くなって今に至っており、たぶん死ぬまでかな入力はやめないだろう。

かな入力派なので、ノートパソコンを選ぶのにも条件がある。ローマ字入力主体だと、右のほうにあるキー(「け」「め」「ろ」「む」など)が、ほかのキーにくらべて小さいものがある。これはかな入力派としては受け入れられない。全部のキーがおなじ大きさであるのが理想である。意外にマックがそうなので、それだけで嬉しい。右端の、ローマ字が割り当てられていないキーが不当に小さいのは、ある種のマイノリティ差別なのではあるまいか。

そんなことを考えていたので、正木さんがかな入力派だと書かれていてとても嬉しかった。記号論を超えた言語論の展開、字体へのこだわり、かな入力、この三点によってすっかり本書の魅惑にとりつかれた。たかが新書とあなどるなかれ。中身はとても充実した、強靭な思想が展開されている文字論、言語論なのである。

八尾のポコペンさん八尾のポコペンさん 2014/07/11 10:20 漢字、という分野で、白川静さんはどうですか?
大学闘争でキャンパス封鎖の中でも、裸で漢字研究されてたとか?!興味あります。

のんののんの 2014/08/28 21:04 大坂志郎さんの大ファンです。今放映中の大岡越前も夢中になって見ているものです。志郎さんは本名でしょうか?お墓参りに行きたいのですが場所をごぞんじでしょうか?宜しくお願いします。

kanetakukanetaku 2014/09/14 21:11 大坂志郎さんのお母様が書いた本を2006/10/19のブログで書いています。姓は神成というので、本名ではないのかもしれませんね。お墓のことも存じ上げません。すみません。

2014/04/14

芸者小夏

[]花柳小説の金字塔

舟橋聖一『芸者小夏』*1講談社文芸文庫)を読み終えた。

実はこの作品が原作となった映画をかねがね観たいと思っていて、長いあいだ果たせないでいたが、日本映画専門チャンネルで放映していることを知って慌てて録画し、どうせ観るのならその前に原作を読んでおこうと奮起したのである。

山梨県にある温泉場の芸者の子として生まれ、幼い頃母を亡くし置屋で育てられた主人公夏子は、小学校卒業後芸者となり、小学校の恩師にほのかな恋慕を抱きながらも結局東京の建設会社の社長に身請けされて東京西郊(井の頭線沿線)の妾宅に囲われて二号さんとしての生活を送ることになる。

小説はそんな幼くて純情な芸者夏子と恩師久保先生との淡い恋を背景に、芸者としての生活、また囲われた妾としての日常生活が微細に描かれる。個人的には、芸者が身請けされるまでのかけひきや、身請けされてから妾宅で暮らしてゆく「二号さん」としての日常生活の細部、また二号さんが旦那やその正妻に抱く心の揺れなどが生き生きと描かれている点でとても面白かった。

「不倫は文化だ」という名言があったけれど、花柳界は堂々たる文化と言えるし、非難をかえりみず言えば、「女を囲う」という行為もそれに近いものがあったのではあるまいか。ただ「女を囲う」のが文化的性格を発揮したのは、近代以降の富裕層という限定された時間と階層に限定されていたのかもしれないが。そしてもちろんこの「文化」は、すでに明治期でも黒岩涙香のようなジャーナリストから「蓄妾」と批判された背徳的行為ではあった。

だからこの『芸者小夏』は、いまやまったく廃れてしまった花柳界の身請けから、身請けされた女性の生活までを漏らさず描いたという意味で、貴重な「文化」の一端を伝えているとも言える。

本書は、講談社文芸文庫において丸谷才一さんが『花柳小説傑作選』を編んだときに収録候補になったが、連作短編集のおもむきを呈しているとはいっても一篇だけを抜き出しがたく、結局は長篇小説ということになるので(とわたしは推測する)収録が見送られ、かわりに一冊独立しての文庫化が企画されたのだという。このいきさつは本書にとって幸福だったし、わたしたち読者にとっても同様だった。こんな素敵な小説を文庫で読めるのは幸せである。ちなみに「花柳小説の金字塔」とは文庫帯の惹句である。

中身は結構官能的で、かといってあからさまでなく大事な部分、場面は衝立の奥に隠されるようなうまい見せ方がされているから、それがかえって想像力を刺激する。

これで講談社文芸文庫に入った舟橋作品は『相撲記』『悉皆屋康吉』につづいて三作目であり、珍しくわたしはそのすべてを読んでいる。しかもいずれも面白いのだ。意外にわたしには舟橋作品が合っているのかもしれない、そんなことを感じた。

なお上記の文庫化経緯は、松家仁之さんによる解説に紹介されているのだが、丸谷さんの担当編集者でもあった松家さんの解説は文章表現が意を尽くして素晴らしく、やはりこの人の小説作品(『沈むフランシス』など)を早く読もうという気にさせられる。

[]岡田茉莉子の入浴場面に惹かれて

  • 日本映画専門チャンネル
「芸者小夏」(1954年、東宝)
監督杉江敏男/原作舟橋聖一/脚本梅田晴夫/岡田茉莉子/池部良/森繁久彌/御橋公/杉村春子/沢村貞子/中北千枝子/北川町子

この映画は、主演岡田茉莉子さんの入浴場面が入った宣伝ポスターが盗まれるという騒動になった伝説の作品である。やはりわたしもこの場面のスチール写真を見て以来、岡田茉莉子さんの美しさに見惚れ、観たいと願っていたのだった。ようやく今回その念願が叶った。

あらかじめ原作を読んでから映画を観ると、原作にあるエロティシズムはうまく再現されず(もっともこれは仕方のないことである)、また夏子がほのかに恋を寄せる恩師久保先生との恋愛関係が強調されてしまって、原作の良さである「二号さん」生活の細部が生かされない。これもまた、久保先生役が東宝きっての二枚目池部良さんである以上、そう改変されるのは致し方ない。したがってストーリーとしての面白さは原作に軍配を上げざるをえない。

ただ、岡田さんは匂い立つような美しさだし、配役も見事にはまっている。身請けする社長が御橋公なのはややインパクトに欠けるものの、二人の世話を焼く部下である経理課長河島の森繁さんはまさに適役。また夏子の養母となる置屋のおかみに杉村春子、馴染みの料理屋のおかみに沢村貞子という二大女優を配して盤石、この安定感は揺るぎない。

先輩だが売れ残り気味で不見転の年増芸者といった役どころに中北千枝子というのも見事。思わず成瀬巳喜男監督の『流れる』を思い出してしまった。

映画は旦那の御橋公の死で終わり、続篇へと続くことが予告されているが、御橋の葬儀の場で、焼香に参列した岡田茉莉子を好色な目で見つめる葬儀委員長佐久間に志村喬というのも絶妙。小説では、旦那没後献身的に夏子の世話をするものの、甲斐性がなく自分が囲うという立場になれない河島をさしおいて、夏子は結局佐久間の二号さんに収まってしまうのだが、枯淡というべき御橋公(原作でもそんな印象)と対象的に強引で脂ぎった老人実業家の雰囲気を、志村さんがあの葬儀の一場面だけで表現してしまうのだからすごいものである。