2012/02/09
■[読前読後]時代と心中するということ
『沙漠に日が落ちて 二村定一伝』*1(毛利眞人著、講談社)という本が出ることを新刊案内で知ったときに感じたのは、「色川武大さんがたしか書いていた人だ」「エノケンとコンビを組んでいた人だ」というほどのものであった。
刊行後さっそく購入し、読む前にまず色川さんが二村について書いた一文「流行歌手の鼻祖―二村定一のこと―」に目を通した。『なつかしい芸人たち』*2(新潮文庫)に入っている。そこに書かれている色川少年と二村定一の交流、熱狂的な人気を獲得したのも束の間、時代に取り残された哀れな末路は、毛利さんの評伝を読むための格好の踏み台となった。
帯にはこんな宣伝文が書かれている。
エロ・グロ・ナンセンスでしか語りえぬ真実もある。/昭和の初め、独特の歌唱とパフォーマンスで時代を疾駆した/稀代の蕩児の姿を通して浮かび上がる戦前モダニズムの夢。
昭和初期のエロ・グロ・ナンセンスの時代、エノケンとともに一世を風靡した流行歌手。それが二村定一である。鼻が異様に大きくて、白塗りするとまさにピエロのような、日本人離れした特徴のある風貌がまず強烈に脳裏に焼きつけられる。いろいろなブロマイド写真が掲載されているが、どれをとっても「異貌」である。
二村定一という名前だけ知っていても、その歌声は聴いたことがない。
このジャズバンドのなかで定一の声は、ひときわ目立つ楽器と化する。明るいけれどピエロのように哀歓をはらんだ中性的な声で、三番まである歌詞を間奏なしで一気に歌い通す。各パートの演奏、ヴォーカル、どれひとつとっても官能的なのだが、全体のイメージはスピード感に支配されて、一陣の風のように過ぎ去る。あたかもサブリミナル効果のように官能が刷り込まれるのだ。(118-119頁)
ヒット曲「君恋し」を唄う二村の姿を描いた毛利さんの文章は、それこそ聴いたこともないのにサブリミナル効果のように刷り込まれ、いい歌なのだろうと、その文章表現だけで陶然となる。
そして「探偵ナイトスクープ」で取りあげられて話題になったという「百萬圓」という歌のナンセンスな味わい。
百万円拾ったら/女学校建ててぼく先生/月謝は少しも取りません/綺麗な娘さん募集して/毎日恋愛 エロ講義/裸ダンスを教えます/面白いですね
昭和7年に発売されたというこの「エロ小唄」、「裸ダンス」というのはせいぜいレオタードや水着でレヴューを踊る程度なのだろうが、男が抱く“透明人間になって女風呂に入ってみたい”といった妄想まであと一歩のところ。たまらずYouTubeで二村定一を検索するとこの「百萬圓」がアップされていたので聴いてみると、最後の「面白いですね」の歌詞が、頭のなかの妄想にもかかわらず嬉しさに身を震わせる男の侘びしさを感じさせてたまらない。
エノケンと組んで好評を博した二村定一だが、エノケン人気が絶頂になると置き去りにされ、凋落への道を歩むことになる。戦後落ちぶれた姿を目撃したのが色川武大少年だった。
結局二村定一という歌手は「エロ・グロ・ナンセンスでしか語りえぬ」人物なのだ。毛利さんは本文にてこうも書いている。
定一の非凡さは悲運にも、その時代に閉じこめられる宿命であった。しかし定一はまだそのことを知らない。(125頁)
エロ・グロ・ナンセンスの時代にあまりに寄り添いすぎ、その時代を体現したからこそ、その時代が過ぎ去ると置き去りにされ、忘れ去られる。時代の変化のなかをたくみに泳ぎ回る器用さがない。
わたしの恩師である羽下徳彦先生が、南北朝時代、兄足利尊氏と協力して後醍醐天皇の建武政権を倒し、室町幕府を打ち立てたものの、その後兄やその近臣である高師直らとの権力闘争に敗れ、滅んでいった足利直義について、こんな評価を与えている。
それは、思い切っていえば、ある体制そのものを背負って生きた人間は、その体制の瓦解に際会するならば、その体制を担って死ぬことによってのみ、歴史の進展に寄与する結果となるということである。(『日本中世の政治と史料』202頁)
二村定一という、エロ・グロ・ナンセンスという時代を背負って生きた人間は、その時代が過ぎ去ったとき、その時代に殉じて忘れ去られるほかなかった。まさにそれゆえにこそ、歴史に名を残すことになった。何も二村自身は、自分という存在が時代に寄り添っているなどとは思っていなかっただろう。時代が変わって人気を失い、かつての相棒が頂点に上りつめるかたわらで屈託を抱え、世の中を恨み、精神と身体を滅ぼす。後世の人びとが、そんな彼を時代を体現する人間として「発見」したことにより、はじめて「時代に閉じこめられる運命」を持った人物として評価された。浮かばれたと言わずなんと言おうか。時代に寄り添いきったことの功徳である。
著者の毛利眞人さんは、本書にさきがけて『ニッポン・スウィングタイム』(講談社)という著書がある。昭和文化史の一側面を戦前の日本ジャズによって描いた好著らしい。まったく知らなかった。しかも、『ニッポン・スウィングタイム』や本書と連動するようなかたちで、「ニッポン・モダンタイムス」というコロムビア、ビクター、キング、テイチク四社が協力して発売された戦前日本ジャズの名曲集が発売されていることも知った(本書にチラシが入っている)。
本書を読んで我慢ができなくなり、先の週末町中へ出る所用があったついでに、銀座の山野楽器に立ち寄り、二村定一のベスト・アルバム『私の青空〜二村定一ジャズ・ソングス』(ビクターエンタテインメント)、若き時代の藤山一郎の作品集『ジャズを歌う』(同前)、「銀座カンカン娘」の好演が印象深く、これまた色川武大さんの文章でも知っている岸井明のアンソロジー『唄の世の中〜岸井明ジャズ・ソングス』を買ってしまった。もっぱらいまそれらばかりを聴いている。頭の中では、二村の代表曲であり、本書のタイトルにもなった歌詞が含まれている「アラビアの唄」が繰り返し流れている状態である。
2012/02/08
■[読前読後]再読してわが身の変化を憂う
岩波現代文庫に入った川本三郎さんの『郊外の文学誌』*1を読み終えた。
この本の元版*2が新潮社から出たのは、2003年2月のこと。とおして読むのは約9年ぶりのことになる。わたしは3月2日に感想を書いている(「都市東京にはたらく遠心力」と題してさるさる日記の旧読前読後に掲載。まだはてなに移植していない)。この頃の川本さんは精力的にお仕事をなさっていた時期であり、『林芙美子の昭和』や本書、『青いお皿の特別料理』などを出され、わたしもそれらを興奮しながら読んでいたことをなつかしく思い出す。
初読の頃のわたしは東京に来てまだ5年。子どもも未就学であり、まだまだ貪欲に都市東京の生活から何かを得ようとしていた。地方に住んでいたときに読んだ東京論によって知っていた地域を自分の足で歩き、満ち足りていた。その水先案内人が川本さんであった。川本さんの論じる東京を歩くことに悦楽を感じていた。
そこから9年。東京に住みはじめて14年になろうとしている。もっとも印象深い仙台暮らしの年数(12年)をとうに超え、故郷山形暮らしの年数(18年)に迫りつつある。そんな長い時間を東京で暮らしているにもかかわらず、また貪欲に東京を歩き回ったつもりでいても、東京という町はどうしても自分のなかに根づかない。いまだに自分はよそ者だという意識のまま。50歳という節目の年が意識されるようになり、そろそろ東京を離れ、あらたな環境に身を置いたほうがいいのではないかという思いが、しばしば頭をよぎるようになった。たださすがに14年も暮らしているとしがらみも多くなる。とくに子ども二人は東京生まれであり、学校に通っている以上、家族で環境を変えるということは当分無理だろう。
『郊外の文学誌』を読みながら、内容はおいてそんなことばかり考えていた。論じられている対象である渋谷や大久保、あるいは葛飾や中央線沿線の町々、初読のときとおなじような知的刺激は受けたのだけれど、東京暮らし歴5年のときに感じた中央線沿線の町へのある種の“憧れ”が、9年を経過したことである種の“諦念”に変じていることを痛感している。
一箇所印象に残った文章。
東京は変わり続けていることが常態となった、世界でも珍しい都市である。東京に生まれた人間で、大人になってもなお生まれた家と同じ家に住んでいるという例は、きわめて少ないのではないか。東京では刻々と風景が変わってゆく。だから近過去へのノスタルジーという特別な感情が生まれてくる。京都や奈良のような古都に住んでいる人間は、東京の人間のように消えゆく近過去に対するノスタルジーを抱くことは少ないだろう。(25頁)
「刻々と」「変わってゆく」風景を目の当たりにすることが日常茶飯事になっている(先日も本郷通りの看板建築が取り壊されてしまったことに驚いた)と、「近過去へのノスタルジー」という細やかな感情も麻痺しつつある。地方の人間だからこそ、そうした感情に敏感なのだと思っていたのだが、そんな感情すら鈍磨しつつあるのだから、都市東京への関心低下は明らかである。
もう一箇所。
ひとをひとたらしめているのは記憶である。記憶の連続性である。過去の自分と現在の自分が確かな記憶によって結びついているときに、ひとは安定する。急速度の発展は、この記憶の連続性を壊わしていく。若い父親の記憶がもう子どもには受け継がれないように、速度の急流に身をまかせていると、自分のなかの記憶が壊われてゆく。(329頁)
このくだりを読んで、少なからずショックを受けた。旧冬上梓した拙著『記憶の歴史学』*3において、上に引用したような川本さんの文章を引用した。それは2007年に出た『映画を見ればわかること2』の一文であった。ちょうど記憶と史料と歴史との関係に関心を持ち、そのテーマで何か考えることができるのではないかと着想した矢先にこの本に接し、いずれ何らかのかたちでまとまったときには、かならず言及しようとファイルにメモしていたのであった。
ところがそれとほぼおなじ内容のことを川本さんはすでに2003年に書いていたとは。しかもその本は、かつて自分が熱狂して読んだ本だったのである。結局、元版を読んだとき記憶などにまったく関心はなかったということに尽きる。ここでもまた、元版と文庫版を読んだときの我が身の立場の落差を考えてしまった。
昨日今日、宮城県の白石に出張に行っていた。出張先でお世話になった地元白石の方と飲んでいたとき、約一年前の大地震の話になり、それ以来ずっと気になっていたことを訊ねた。仙台に住んでいた頃、休みの日など妻とよく通っていた仙台市の海岸に近い蒲生というところにある市営テニスコートは、津波の被害を受けたのかどうか、という疑問であった。そこはもはや津波で跡形もないでしょうというのが答え。そのとき、仙台暮らしの「記憶の連続性」を支えていた太い糸が一本ぷつりと切れた。どうもそれで精神の安定が崩されたようである。今朝は二日酔いでしばらく具合が悪かった。
さて、『郊外の文学誌』文庫版には、元版になかった索引が付いていて便利である。元版を読了後、その影響を受けて購った本がある。有馬頼義『山の手暮し』である。文庫版を読んで、買ったまま本棚の奥に眠らせていたことに気づいた。さいわい本棚のどこにあるかはわかっている。文庫版を読んだという記憶を連続させるためにも、『山の手暮し』を読まねば、と思う。
2012/01/29
■[映画]島崎雪子の芳兵衛
- よみがえる日本映画 vol.3新東宝篇@東京国立近代美術館フィルムセンター
- 「もぐら横丁」(1953年、新東宝)
- 監督・脚本清水宏/原作尾崎一雄/脚本吉村公三郎/佐野周二/島崎雪子/日守新一/宇野重吉/若山セツ子/森繁久彌/千秋実/和田孝/田中春男/堀越節子/天知茂/尾崎士郎/檀一雄/丹羽文雄
尾崎一雄の私小説をそのまま映画化したような作品。主人公佐野周二の役名は「緒方一郎」。若い奥さんの芳兵衛は島崎雪子。
などと偉そうに書いているが、尾崎さんの芳兵衛物をちゃんと読んだことはない。ではなぜ知っているのか、自分でもはっきり憶えがない。知友の小説家のエッセイなどで読んだのか、あるいは何かのアンソロジーで尾崎作品を読んだのか。評論などで読んだのか。とにかく天真爛漫な芳兵衛の物語ということだけ、憶えているのである。
そのほがらかな芳兵衛に島崎雪子とは、少し驚いた。この頃の島崎雪子はそういう女優さんだということになるのだろう。「めし」で叔父の上原謙を誘惑する小悪魔的な役柄や、岡本喜八監督の「暗黒街の弾痕」で奇妙な歌を歌う歌手というイメージしかなかった。「めし」は調べてみると「もぐら横丁」より前の作品なのである。とにかくも、この映画での島崎雪子は良かった。
貧乏文士の貧窮生活が、一転芥川賞受賞によりハッピーエンドに終わるという流れ(しかも緒方は芥川賞の賞品である懐中時計をさっそく質に入れるというユーモアもある)だが、点綴される登場人物たちもなかなか面白い。いかにも森繁さんにはまり役という胡散臭い薬売り。売り口上を早口でまくし立て(寅さんを思い出す)、あげくは無断で作家の名を宣伝文に拝借する。口上は一種の森繁さんの芸であろう。また最初の家主の宇野重吉。家賃を滞納されているものの、佐野周二の碁敵になっているあたりの懐の深さ。芥川賞を受賞したとき、宇野重吉は家主をやめ、骨董屋になっている(お祝いに壺をプレゼントする)というのも、原作にあるのかもしれないが何となく宇野重吉っぽい。
そして素晴らしいのが、夫婦が新しく越したもぐら横丁の家の家主である日守新一。この役者さんの存在感はわたしが言うまでもないのだが、ため息が出るほどうまい。見ず知らずの人間には冷酷さを見せる反面で、店子のこととなると親身になって心配してくれるような二面性。嫌味に見えてけっして悪役ではないという微妙な役柄を演じて神品である。
このほか田中春男や天知茂も出ていたというのだが、はてどの場面に出ていたものか、さっぱり気づかなかった。尾崎士郎・丹羽文雄・壇一雄も特別出演していたというのだが、これはラストの受賞祝賀会の出席者のメンバーか。これまた気づかなかった。
壇一雄のばあい、作品では「伴克雄」の役名で和田孝が演じている。もぐら横丁にもともと家を借りていた学生で、住む場所を失い途方に暮れていた緒方夫妻を自分の借家に住まわせ、いろいろと雑用も引き受けてくれるという人のいい若者。尾崎一雄の弟子的な立場だったのだろうか。
日守新一はいいなあなどと思いながら、『ノーサイド』1995年2月号(特集「戦後が匂う映画俳優」)をめくって彼の事跡を探していたら、たまたま天知茂の紹介文も目に入った。天知さんは1985年にくも膜下出血のため54歳の若さで亡くなっている。何となくその頃のことは憶えている。
天知さんといえば、わたしの世代は土曜ワイド劇場の明智シリーズ(江戸川乱歩の美女シリーズ)であるわけだが(このシリーズでいつも見られるヌード場面が、田舎の純真な高校生にとっては刺激的だった)、この頃の天知さんの年齢は現在のわたしとそれほど変わらないと言っていい。わたしも今年でもう45歳。明智小五郎を演じた天知さんは40代後半から50代前半だったので、ほとんど変わらないのである。ちょっぴりショックを受けた。
2012/01/27
■[映画]ライン・シリーズ マジック1
- よみがえる日本映画 vol.3新東宝篇@東京国立近代美術館フィルムセンター
- 「黒線地帯」(1960年、新東宝)
- 監督・脚本石井輝男/脚本宮川一郎/天知茂/三原葉子/三ツ矢歌子/細川俊夫/瀬戸麗子/矢代京子/魚住純子/鮎川浩/宗方祐二/大友純
今週はなぜか身体ががっくり疲れており、毎日帰るときには「重い身体を引きずって」という表現がぴったりなほど、ふらふらしながら家路についたものだった。
そういう一週間の最後の日、職場からフィルムセンターへ向かう足取りも重かったのだが、いざ映画を観て帰宅するときはそんな重さも忘れて、軽快に足を動かしているのだから不思議なものである。
石井輝男監督の「ライン・シリーズ」。これまでわたしは「セクシー地帯」(→2006/6/1条)と「黄線地帯」(→2006/9/1条)を観ている。どちらも面白い作品だったが、とくに「セクシー地帯」は良かった。
そんな印象もあったので、今回の「黒線地帯」も前々から楽しみにしていた。売春組織の実態を追うトップ屋の天知茂が睡眠薬で眠らされ、そのあいだに殺人事件の犯人に仕立てられるという巻き込まれ型のアクション・ミステリ。前半の展開はスピーディであり、三原葉子も好演している。相変わらず「ンフッ」といったため息や、人差し指を口にくわえるような媚態をふりまくのだが、それが嫌みにならない。また期せずして麻薬の運び屋になってしまう三ツ矢歌子の可愛いこと。わたしの知る三ツ矢さんは、すでに「お母さん女優」というイメージなのだが、こんなに可愛かったとは。
…と思っていたら後半ダレた。しかも幕切れが「これでいいの?」というオチなのでがっくり。切れ味の鋭いアクションが、二級のラブ・ロマンスに急転回してしまう。まあ、でもこれがご愛敬なのだろう。天知茂も軽快でさわやかな二枚目で、ときおり三原葉子の影響で二枚目半の仕草を見せるのもおかしい。
帰ってから、三原葉子を論じた鹿島茂さんの『甦る昭和脇役映画館』*1(講談社)をめくっていて驚いた。この本における三原葉子論では、「セクシー地帯」を絶賛していたことがいまなお強い印象に残っているのだが、その引き立て役として言及されていたのが「黒線地帯」だったのだ。
鹿島さんは三原葉子の鮮烈な印象をこう熱く語る。
この下着姿の三原葉子は、まさにグラマーという形容詞がピッタリの姿態で、胴もキュッとしまり、「悩殺」「お色気」という当時の文句にいささかも偽りはない。(221頁)
わたしもおなじシーンを観て、ほとんどおなじ感想をもった。三原葉子の抜群のスタイル(痩せすぎず適度に肉付きがいい)にうっとりしてしまう。
またラストについても、「このように、映画はまあまあ面白く、演出も撮影も冴えているのだが、いかにも最後がいけない」
と、ラストの「ドヒャーと引っ繰り返りそうになる部分」
を指摘している。たしかにそうなんだけれど、それはそれで愉しいから許そう。身体が軽くなったのが、そんな「ドヒャー」を許している第一の証拠である。
さて、これでライン・シリーズは、第一作の「白線秘密地帯」を残すのみとなった。DVDにもなっていないとのことだが、フィルムはまだあるのかしらん。いつか観ることができるだろうか。
2012/01/14
■[映画]日活アクションのはざまに咲いた花
- 現代文学栄華館―昭和の流行作家たち@ラピュタ阿佐ヶ谷
新聞記者の小高雄二は、ある夜、いきつけの飲み屋で、ひどく泥酔した男にからまれる。彼を新聞記者と知った酔っ払いが、自分の戦争体験を聞いて記事にしてほしいと言うのだ。飲む気分をそこなわれた小高はその日すぐ飲み屋を出るが、翌日(?)、泥酔男がしらふで新聞社に彼を訪れ、前夜の失態をわび、あらためて戦争体験を話し始める。その男は、硫黄島から生還してきたのだといい、話は壮絶な生き残り体験だった…。
その主人公が大坂志郎。大坂は、近いうちに、生還のときよくしてくれた米兵のお世話でもう一度硫黄島を訪れるつもりであると小高に告げる。というのも、逃避生活中毎日日記をつけており、それを帰還のとき島に埋めてきたので掘り起こし、出版するためだという。しかしその後急に硫黄島行きが延期になったと知らされ、小高は翻弄される。
このため小高や上司の小沢栄太郎は、大坂の話に次第に疑問を持ち、戦争体験をでっち上げて新聞に取りあげてもらい、一もうけ企もうとする輩なのではないかと疑うが、ある日、本当に硫黄島に行き、大坂はそこで墜落死してしまったことを知って愕然となる。その後、小高は、大坂がどういう人物であったのか、関係者を訪ね歩き、なぜ硫黄島に固執したのかを解き明かそうとする…。
映画は、戦後に小高が取材を進める場面に、戦時中の硫黄島の場面がカットバックでくりかえし挿入されて進んでゆく。上のように書いたあたりまではミステリーの味わいが濃厚で、なぜ大坂が硫黄島に戻りたがったのか、本当に大坂が探したかったのは日記なのか、日記だとすればそこに何が記されているのか、などなど、さまざまな謎が浮かんできて、これは掘り出し物の映画かもしれないと興奮したのだが、最終的にこのミステリー性は稀薄になって、ヒューマン・ドラマになってしまったのが残念。菊村到の芥川賞受賞作を原作としている以上(原作がどんなふうに展開するかわかぬものの)、制約があるだろうから仕方ない。原作から逸脱して、謎解き本意でドラマを展開すれば、とんでもなく面白い作品に化けた可能性はあった。
そうした残念な部分があるにしても、全体的に見ればこの映画はとても良かった。なにしろ日活アクション花盛りのなか、宇野重吉監督、大坂志郎主演というしぶい映画が制作されたことが奇跡である。硫黄島で大坂とともに逃避生活をつづけた戦友に佐野浅夫。戦後は東京から電車で一時間ほどの町で板前をしている。この人物像も印象深く、脇役の印象が強い佐野さんにとっても代表作的な作品になるのではあるまいか。
ヒロインは芦川いづみさんだ。大坂・佐野にもう一人、逃避生活をともにした戦友がいた。しかし彼は生きて帰れなかった。その妹が芦川さんという設定で、生還した大坂さんが芦川をわが妹のように可愛がるうち、いつしか二人には愛情が芽生え…という展開。
最初は新聞社と戦場の男臭いドラマなのだが、いまかいまかと待たせておいて、とうとう登場、しかも看護婦という彼女にふさわしい役柄であるあたり、さすが日活、芦川さんという女優のキャラクターを心得ている。
日本映画データベースによると、俳優宇野重吉の監督作品は5作。「硫黄島」はその最後の作品となっている。なぜ彼がメガホンをとったのか、いろいろ経緯があるのかもしれず、それを書いた記録もあるのかもしれない。彼が所属していた劇団民芸との関係があるのだろうか。ラストシーンにちらりと本人も登場する遊び心(配役には名前がない)もある。
日活アクションを飾る男優陣の相手役としてではない、隠れた芦川いづみ出演作を観るのがたのしみになりつつある。たとえば昨年5月にラピュタで観た「青春を返せ」もそう(→2011/5/21条)。その作品が彼女の魅力を存分に引き出しているなら、なおのこと嬉しい。今回の「硫黄島」もそういう映画だったので、満足している。











