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2013-03-20

ついつい焦ってしまって早口になったときに @ 『考えない練習』

 

ボクは緊張したり、焦ってくると、早口になって滑舌も悪くなり、言葉につまってしまいます。話す相手がいるのでなおさらその度合いが強まるのです。意識して普段よりもゆっくり目に話すことを心がけていけばいいのでしょうけどね。やっぱり気持ちを落ち着けることが大事なんだと思います。そんなことを小池龍之介さんが『考えない練習』の中で書かれていました。

  

考えない練習 (小学館文庫)

考えない練習 (小学館文庫)

 

早口になっていると気づいたら、途中で一拍おくのも効果的です。自分の気持ちも落ち着きますし、聞いている側を休ませてあげることにもなります。人は過剰供給されるとほしくなり、希少価値が高いとほしくなりますから、タイミングを見ながら、少しもの足りないぐらいに供給するのも、結果として人を惹きつける効果があるでしょう。

 

「途中で一拍おく」。この一拍をつくれるかどうかですよね。話すことを意識的に一度とめて、間をつくってまた話すような感じでしょうか。ボクは以前、小池龍之介さんの話しを直接聞いたことがあるのですが、まさにこの「一拍をおく」をされていました。かなりゆっくり目の話し方で、文と文の間、つまり「一拍をおく」が3〜5秒ぐらいあったと思います。会話の中の3秒って結構長いですよ。プチ沈黙に感じる人だっていると思います。でもその間があるから、そこに感情の整理や相手の話したことの咀嚼になるのでしょうね。

 

聞く側の立場で考えれば、多くのことをバーーーーッと言われると、過剰供給となって、話していることがぜんぜん耳にはいってこなくなります。コップからあふれた水のように。または何かの言葉にひっかかると、そこから先の言葉が入ってことなくなることもあります。

 

話しをするときは、いつもの8割ぐらいにゆくり話すように意識して、気持ちが焦ってきたり、緊張してきたら、意図的に一拍の間をとるようにしてみようと思います。

 

2013-03-06

「正解主義」ではなく「修正主義」で @ 『さびない生き方』

 

小学校、中学校、高校。中等教育で習ってきたことには何らかの「正解」があります。12年間も「正解」があることが前提の教育を受けてきたわけだから、物事には決まった「正解」があると無意識のうちにきめてしまいがち。「正解」以外は「間違い」と思ってしまう。

 

仕事へ就くようになっても、その無意識の「正解がある」感覚を拭い去ることってなかなかできません。現実の社会生活や仕事の問題には決まった「正解」など無いに等しいです。もちろん教科書もないし、探せば答えがみつかるわけでもない。一晩寝れば問題が解決するわけでもない。

 

仮に「正解」を求めても、現実の問題が解消する保証は何もありません。解決へ向けて動いた瞬間、物事の様々な状況が天気のように変化するからです。現実世界はかなりダイナミックです。

 

リクルートの藤原和博氏が『さびない生き方』の中で、こんなことをいわれています。

さびない生き方

さびない生き方

 

トライ&エラー。試行錯誤でいいんです。間違ってもいいし、チャレンジすれば2分の1の確率で失敗するのは当たり前です。だから、「正解」を一発で出そうとせず、手数をなるべく多く出して、細かく修正しながら生きて生きましょう。「正解主義」ではなく、「修正主義」でね。

 

 

動きながら、試しながら、状況の変化をみて修正しながら進んでいく。それを「修正主義」と藤原氏は言います。正解はないけど、間違いへの修正を繰り返していくなかで、よりベターな状態へと近づけていく。正解へとたどり着く直線ではなく、漸近線のようです。

 

別の見方をすれば、修正を繰り返しながら、自分自身のあり方を固めているのではないかと。その渦中で自分自身がわかってきて、みえてくるんじゃないかと思います。

 

 

自分には何ができるのかをはっきりさせて、その技術に集中し、それ以外は、なるべく他人のお世話になって生きるのが人生。20代、30代では、どんな練習を1万時間積むのか、これをはっきりさせたほうがいいでしょう。1万時間続けた練習の成果こそが、あなたの人生の背骨となって、40代からシャキッとたつことができるようになるのです。

 

 

自分になができるのか、できるようになるのか、できるようにするのか。1万時間かけてきたこと、これからかけること。そのことを固めながら自分なりの切り口をつくり、自分なりの「暫定解」が出せるようになるんじゃなかと思います。

  

そう思うと、ずーーーーと磨き続けることで、ボクの人生はさびることはなさそうです。

 

2013-02-18

脳の回路を変えるアウトプット方法 @ 『世界一自由な脳のつくり方』

 

脳科学者の茂木先生が2010年に出した本だけど、久々に読んでみたら、学習で結果を出すためのアウトプットのくだりが特によかったのでメモしときます。

 

『世界一自由な脳のつくり方』茂木健一郎

世界一自由な脳のつくり方

世界一自由な脳のつくり方


まずは脳の学習につていの仕組みから。脳の仕組みやそれにまつわる機能って素人には把握しきれないほど深くて広い世界です。茂木先生はわかりやすくかいつまんで説明されています。

 

私たちの脳は、生きているかぎり学習を続けています。脳の中には1000億の神経細胞がありますが、その神経細胞はいかなるときも活動し続けているのです。神経細胞のネットワークは、脳細胞が動くかぎり学習し続けるという性質をもっています。神経細胞神経細胞をつなぐシナプスが、その両側で神経細胞が同時に活動することによって強化されていくというメカニズムを通して脳は学び続けています。

 

神経細胞ってめちゃくちゃ数ありますよね。1000億って。。。その一つひとつが隣り合う神経細胞とつながりあって、時には深い結びつきとなり、ときには離れていく。人と人との出会いと一緒ですね。それはともかく、神経細胞のつながりが強化されることで学習は進んでいくようです。そのつながりを起こすことにはどんなことが必要なんでしょうか。それなりの外界の刺激が必要のようです。人との会話等からの刺激。本やWEBなどの文字・画像による刺激。知らず知らずのうちにいろんな情報から刺激は受けています。

 

現代はインプット過多の時代です(中略)本当に必要な情報を選んで接することが大切です。

 

「いいものを見抜き、選ぶ」

 

できるだっけたくさんの本物をインプットすることが必要なのです。

 

やたらめったらインプットするのではなく、その内容は絞りこまざるをえないです。やはり時間は有限ですからね。インプットを続けていると、何らかのタイミングで外に出したくなる。話す、書く、描く、歌う、といったアウトプット活動へと進んでいきます。ここでは「書く」というアウトプットに絞ってメモを続けます。

 

書くことについて、私がケンブリッジ大学で師事したホラス・バーロー教授は、「何を書いたらいいのかわからないのなら、とりあえず書いてみること。そうすればわかる」といいました。これはアウトプットの重要性、方法に関するポイントです。自分の内面にあることはアウトプットしてみなければわかりません。それは脳のつくりに関係します。人間の無意識には膨大な情報があるので、それらすべてに意識がアクセスすることはできませんが、書いているうちに(アウトプットしているうちに)次第に脳の情報が処理されていくのです。

 

ボクもこれは日常的にやっているので、よくわかります。とにかく「書く」こと。「書き出す」ことで、芋づる式に頭の中からいろんなことが出てきます。ただ、考えるだけでは出てこなかったことも「書く」ことで不思議と出てくるんですよね。

 

茂木先生は、「書く」「描く」「歌う」というアウトプットって体を使った能動的な活動なので、運動系の脳回路を鍛えることが必要だといいます。

 

アウトプットによって運動系を鍛えるためには、思いと行動の間に障壁を置かないことが大事です。(中略)アウトプットを躊躇しないことです。アウトプットしたあとは、その結果についてきちんと検討します。つねに自分の行動の結果に対して、厳しく検討しなければなりません。それによって効率的に運動系を鍛えることができます。

 

アウトプット運動系を鍛えるための端的な方法は「躊躇しない」こと。頭で「書く内容」を考えるのではなく、先ず手を動かす。手に任せてしまうと、なんらかの文字やら線やら絵が出てきます。今一番気になっていることや、実際に考えていることがそこに出てきます。だから、ばばっと書きなぐっていくんです。 

 

自分の考えていることを速いスピードでノートに書きつける行為には、とても大きな意味があります。脳は自分が何を考えているか、出力してみないと理解できません。ボーっと考える行為は脳にとっては意外と難しいことなのです。自分が何を考えているかは、自分ではわからないのです。運動野から出力してノートに書いていくと、それが網膜から視覚野に入って、感覚、側頭連合野へいきます。運動野と側頭連合野は直接コミュニケーションする方法がないのですが、一度外のノートを経由してはじめてループができます。そのループがグルグルまわってある種のフローに入ります。ある程度のスピードで書いていくことがその一つの方法なのです。

 

と、まあ、こんな脳の仕組みになっていたのかー!と納得した次第です。パソコンに書いてもいいとボクは思いますが、茂木先生もいっているように、紙の上に書きなぐるように「手を動かして」書くとアウトプットの回路を鍛えるには適しているそうです。コレって脳のアウトプット系の筋トレみたいなものですよね。この筋トレでアウトプット系の回路を創り上げていきます。

 

アウトプット系の回路は「できる」感覚を増やすので自分が成長・変化したって実感できるんですよね。これって文字のアウトプットに限った話しではないと思います。絵、音楽、声、踊りなどの動きなど、自分が欲するアウトプットを躊躇することなく行動していきたいですね。

 

  

2013-02-08

Cafe積極活用法 @ 『15分あれば喫茶店に入りなさい。』

   

ボクは仕事や休憩、会話の場としてスタバエクセルシオールなどのCafeをしばし使います。ちょっとした読書会もこういったCafeを利用していました(そういえば最近はぜんぜんやっていないなぁ)。

 

サラリーマンだった頃は、会社の帰り途中Cafeで読書したり勉強していました。けっこう勉強している人をみかけますよね。会話の場としても、一人の空間としても、使い勝手がいいところです。

 

そんなCafeの積極活用法が紹介されている本があります。

 

『15分あれば喫茶店に入りなさい。』

齋藤孝

 

15分あれば喫茶店に入りなさい。

15分あれば喫茶店に入りなさい。

 

タイトルの「喫茶店」って言葉がCafeとはまたイメージがことなる気がするのですが、コーヒーを飲んだりする場ということでは同じようなものですよね。 

 

この本では、「短時間でも使う」という、かなり積極的なCafeの使い方です。頭の筋トレの場としてCafeを使うのです。

 

 

負荷をかけないと筋力が伸びないのと同様、人間の頭も負荷をかけないと思考力は伸びません。頭に負荷をかける場、それが喫茶店です。

 

仕事や勉強をする際に、こうしたスポーツの時間間隔を取り入れるべきです。たった15分や20分しかない滞在時間のなかで、なにができるか。スポーツの時間感覚で仕事や勉強に取り組めるのが喫茶店です。時間の密度は、集中度によっていくらでも濃くすることができるのです。

 

このほかにも一人作業としてCafeでできる読書、ノート書き、原稿書き、思索などが紹介されていますが、一番面白いな〜と思った活用法がコレです。

  

喫茶店に誰かと一緒に入った場合、そこでは人との対話力が露になります。素手で相手に向かったときに、自分の力がはっきり見えてきます。

 

私は、男は「もち」が大事である、という信条をもっています。「喫茶店で2時間もつ」かどうかは、人を判断するうえでひとつの目安になります。盛り上がらなければ「もっていない」ということになる。長時間になるほど、話す力以上に聞く力が大切になります。「2時間たってもまだまだ二人で走れる!」という加速のついた状態が、「もちあがる」ということなのです。

 

  

酒の席の場でもない、食事の場でもないから、「話し」そのものに意識が向けやすいですよね。もっといえば、話しの内容だけが全てといっても過言じゃありません。1時間なり2時間なり、話すことができればリアルタイムな「アウトプット」の場となりますよ。

 

 

これを書いていたら、Cafeに行って美味しいいコーヒーを飲みたくなってきた。

 

2013-01-29

書くことが楽しいから @ 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』

 

ボクがはじめて読んだ村上春樹小説はコレ。

 

ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)

ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)

 

高校生の頃、友だちと読みあったことを覚えている。独特な世界観で、少しエロティックで、60年代後半の香りに魅かれた。当時はけっこうはまった。といってもこの本だけだけど。

 

そして20年ほどたって、『1Q84』ブームで改めて村上春樹の小説をいろいろ読んでみた。やっぱり、おもしろい!! 独特な村上ワールドに何度も触れ、小説って凄いなーって思い、最近では小説をよく読むようになった。

 

どんなことを考えながら、どのように小説を推敲していくのか。書いていくのか。ボク自身、書くことが好きな方なので、興味があった。

   

  

  

 

という村上春樹へのインタビューを集めた本がある。この中で文章をいかに書いているかが綴られていた。

 

 

書くことは、たくさんの力とエネルギーを必要とする。そのエネルギーを休んでいる間に蓄積しなくてはなりません。仕事をするために、僕は朝4時に起き、9時まで執筆します。とても集中するので、5時間後には完全にへとへとですよ。残りの時間は、スポーツをしたり、水泳をしたり、走ったり・・・。僕が自分に課しているのは、毎日のリズムであり、規律です。書くためには、守るべき自分自身の規則をつくり、しっかりと確立させる必要があるんです。一冊の本を仕上げると、僕はからっぽになります、何も残りません。

  

5時間集中して執筆することを毎日の日課とし、しかも、超朝型!4時起床で9時まで猛烈集中で執筆。ちょっとマネしてみたい、、、、かも。

  

僕はハードワーカーなんです。きわめて深く集中して執筆します。そうすればものごとは円滑に進行します。それに小説を書いているときには、僕は他のことはまったくしません。ただただわき目もふらずに小説を書き続けるだけです。だから仕事の密度はとても濃いと思う。

 

なるほど。たしかにハードワークぶりがうかがえる。あの独特な世界観はまさに精根を極限まで切り詰めて書き抜くからこそ表現できるのですねぇ。

それにしても、いつから小説を書くようになったのだろう。やっぱり若いときから小説を書いていたのだろうか。と、思っていたら、こんなことが書いてある。

 

僕は29歳になるまで、小説を書いたことはありませんでした。20代の大半を、肉体労働をして過しました。そしてある日突然小説を書こうと思って書き始め、そのまま書き続けています。自分の小説家としての能力に疑問を抱いたこともないし、書けなくなったという経験もありません。ただ自然に空気を吸って吐くように、小説を書いてきました。

 

20代の大半を肉体労働して過ごし、29歳から突然小説をかきはじめたという。いきなりスタートダッシュして、今も走りつづけていて、それが至って自然なことらしい。これが小説家の「書く」ってことなのか。。。

 

なぜ、スタートダッシュして、今も書き続けることができるのだろうか? 

 

僕が小説を書き続けているのは、ただ書くことが楽しいからです。書くことに関してはストレスというものをほとんど知りません。もうすぐ60歳になりますが、僕はまだ自分自身の多くの部分を知らないままです。自分というものを知るためにこれまで書いてきたけれど、まだ先は長い。何が僕の頭の中にあるのか、そこでいったい何が行われているのか。出す本はすべて自分を知るためのひとつのステップだけれど、探索の作業は遅々として進みません。僕の内部にはいまだに多くの深い闇が存在しており、闘いは長いものになると思います。

 

やっぱり、楽しいと感じないと続けられないのだろうなぁ。書くことにまったくのストレスレスなんでしょうね。書くことで、自分自身の無意識世界を明らかにしようとされているのだろうか。無意識は広大無辺の世界。ぜひその探求をこれからも小説を通して続けてほしい。

 

 

最後に村上春樹小説で特に面白い!!!と思った小説をリストでご紹介。

 

 

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉後編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉後編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK2〈7月‐9月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK2〈7月‐9月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK2〈7月‐9月〉後編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK2〈7月‐9月〉後編 (新潮文庫)

1Q84〈BOOK3〉10月‐12月〈前編〉 (新潮文庫)

1Q84〈BOOK3〉10月‐12月〈前編〉 (新潮文庫)

1Q84〈BOOK3〉10月‐12月〈後編〉 (新潮文庫)

1Q84〈BOOK3〉10月‐12月〈後編〉 (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)


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