Hatena::ブログ(Diary)

In Jazz

2112-09-03 初めに。

ここは私ことテリー・ライスが主に漫画や音楽やアニメや小説、映画などの感想を好きに語るブログです。

あくまで個人の感想である事にご留意よろしくお願いします。

サイト名のIn Jazzとは音楽ジャンルのジャズではなく、

俗語の意として「熱狂」とか「たわごと」の意です。

好きなことを語れたらいいなあという思いを込めて。

更新はかなりの不定期になってますが気が向いたら、書く方向になると思います。

それとtwitterでもつぶやいてます。なんだかこっちがメインっぽくなってますが。

テリー・ライス(@terry_rice88)さん | Twitter


※2012/8/16追記。

amazonに自分の好きなものを集めたインストアページを作りました。

ちょくちょく追加していきますので気軽にご覧いただければと思います。

Website Temporarily Unavailable

2050-05-16 アニメ感想置き場。

アニメ感想置き場

| 22:43

※リンクを置いてなかった作品感想を追加。

この記事はアニメの感想リンク先まとめページです

随時更新いたしますのでよろしくお願いします。

続きを読むをクリックで。

続きを読む

2019-01-06

ブログ移転のお知らせ。

| 21:19

はてなダイアリー2019年春に終了となるのに先駆けて、本日1月6日をもって当ブログはてなブログの方へ移行いたします。

In Jazz -What's Going On-

過去記事などもすでに移行済みで、今後の更新はリンク先にて行います。

どれだけいらっしゃっているのか分かりませんが、ここに訪れていただいてた方々には感謝を。

移転先でも続く限り、末永くよろしくお願いいたします。

2018-12-21

話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選

| 23:35

さて、今年もやってまいりました。話数単位で選ぶ、TVアニメ10選です。

毎年、放映されたTVアニメの中から話数単位で面白かった回を選ぼうという企画。

新米小僧の見習日記さんが集計されている、年末の恒例企画です。

「話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選」参加サイト一覧: 新米小僧の見習日記

大まかなルールは以下の通り。


ルール

2018年1月1日〜12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。

・1作品につき上限1話。

・順位は付けない。


ブログは8回目の参加です。なお過去の10選は以下のリンクから。

話数単位で選ぶ2011年TVアニメ10選 - In Jazz

話数単位で選ぶ2012年TVアニメ10選+α - In Jazz

話数単位で選ぶ2013年TVアニメ10選+α - In Jazz

話数単位で選ぶ、2014年TVアニメ10選+α - In Jazz

話数単位で選ぶ、2015年TVアニメ10選 - In Jazz

話数単位で選ぶ、2016年TVアニメ10選 - In Jazz

話数単位で選ぶ、2017年TVアニメ10選 - In Jazz

筆者としては「記録を残す」という点で、企画に参加してます。なお今年に置きましては色々と「宿題」を残してしまっていますので、10選コメントについては手短にまとめてあります。むしろ全話見てない作品からの選出もしていて、かなり寄せ集めな感じです。ご了承ください。ちなみにスタッフ名等々は敬称略となっております。日付は地上波放映日、Web上の公開日の最速に準拠しています。


《話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選》

f:id:terry-rice:20181222000358j:image:w360


・DEVILMANcrybaby IX「地獄へ墜ちろ、人間ども」(1/5)

(脚本: 大河内一楼絵コンテ湯浅政明演出作画監督:小島崇史)

原作の衝撃回に真っ向勝負をかけた一本。物語全体が不寛容さや人の獣性、死にまとわりつくエロスを描いた生理的嫌悪に背徳を覚える作品だったが、選定話数はその象徴ともいえる回。暴徒に祭り上げられた美樹の生首に艶かしさを感じさせる辣腕を思い知った。


多田くんは恋をしない 第8話「雨女だったっけ?」(5/24)

(脚本: 中村能子絵コンテ演出藤原佳幸作画監督:山野雅明、瀧原美樹、凌空凛、伊澤珠美、菊池愛、助川裕彦、市原圭子)

人が恋に落ちる瞬間を描ききった一話。河口湖に野営し、星空を待つというベタなシチュエーションながら、奇を衒わずヒロインテレサの情緒を見事に活写した。平成末期の東京という舞台において、あえて「東京タワー」を出してこない試みなどその清新なドラマは地味ながらも冴えていた。


メガロボクス ROUND3「GEAR IS DEAD 絶望の果ての負け惜しみ。機械はハナから息しちゃない」(4/20)

(脚本: 真辺克彦/絵コンテ演出和田高明作画監督和田高明原田大基

あしたのジョー」を原案にして作られた近未来ボクシング作品。この回で、ジャンクドッグを始めとするチーム番外地が出揃った。アンダードッグ(負け犬)どもが明日なき明日を目指して向かおうとする姿は心惹きつけられるが作品がそれを完遂できたかはまた別問題。和田高明によるボクシング描写は流石といったところ。


働くお兄さん!第10話「レンタルDVD屋のお兄さん!」(3/9)

(脚本: 高嶋友也/監督:高嶋友也/シリーズ構成宇佐義大キャラクターデザイン:小田ハルカ)

ショートアニメ。2期をまったく見ることができなかったが、やはり映画ファンネタはコメディとして鉄板というか。キャラクターを始めとしてデザイン周りが非常に秀逸だったし、回を増すごとにおとぎ話を絡めたギャグ描写の拍車がかかってたのもドライヴ感があってよかった。この回はさるかに合戦。


22/7 「あの日の彼女たち」day03 立川絢香(5/24)

絵コンテ演出:若林 信/作画監督堀口悠紀子

YouTube公式配信作品。秋元康による二次元アイドルグループ22/7」の何気ない日々を切り取った内の一編。なんというか、こういう悪戯っぽさやはぐらかし方が思春期の少女らしい描写だが、それを堀口悠紀子という望外の人材によって描かれる作画と気鋭の若手演出家、若林信の競演によって成立させた企画者の慧眼が物を言う。百聞は一見にしかず。以下にリンクを張っておく。同シリーズはどれも必見。

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・うちのメイドがウザすぎる! 第1話「うちのメイドがウザすぎる!」(10/7)

(脚本: あおしまたかし絵コンテ太田雅彦演出:守田芸成

 /作画監督:伊澤珠美、杉田まるみ、鈴木絵万、濱口明、山崎淳

動画工房によりスクリューボール百合コメディ。とにもかくにも鴨居つばめというアンタッチャブルなキャラクターの一点突破で成立する、心に傷を負った幼女の超克ドラマだがそのアンバランスな物語を有無を言わさぬ作画力で押し切ったのは挨拶代わりの初手としてはこの上ないものだったかと。


ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風 第4話「ギャング入門」(10/27)

(脚本: ヤスカワショウゴ/絵コンテ:木村泰大/演出:鈴木恭兵

 作画監督:森藤希子、重本和佳子、岩崎安利〔アクション〕/総作画監督:田中春香)

Vsポルポ(ブラックサバス)編。5部以降、複雑化の一途を辿ることになるスタンドバトルだがその魅力をアニメで表現する事に注力した話数だと思う。同時に5部の真の意味での「始まり」が描かれたエピソードイタリアらしい陰影の濃さにジョルノという「黄金の精神」のストイックさもまた重なって、5部の凄惨さが浮き彫りになったのも見逃せない。


青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない第3話「君だけがいない世界」(10/20)

(脚本:横谷昌宏絵コンテ増井壮一演出:篠原正寛/作画監督:宮詩織、三木俊明、石毛理恵/総作画監督:田村里美)

前年(Just Beause!)に引き続き、鴨志田一原作の選出。西尾維新の「物語シリーズフォロワーとも言うべき作品であるが、昨今「空気」とも呼ばれる、目に見えない「圧力」をテーマにしている辺りがオリジナルとは一線を画すか。その第一章の完結編。先祖返りしたかのような学園青春ドラマをどストレートに展開して、甦らせた点に目を見張る。青臭くもあり、若さゆえの歪みを調律するという点は非常に電撃文庫らしくもあるが、現代性も携えているのが面白さだろう。


HUGっと!プリキュア 第38話「幸せチャージ!ハッピーハロウィン!」(10/28)

(脚本: 横手美智子絵コンテ演出:平池綾子/作画監督上野ケン/総作画監督:山岡直子)

ハロウィン回。15周年という事もあって「お祭り感」の否めない今年のプリキュアだが、あえて「らしい」話数を選んだ。今シリーズは若手である平池綾子が頭角を現した点が個人的に目を引く。「らしさ」は人によって異なると思うが、15年培ってきたスタイルに新味を加えるという点では、プリキュア初登板となった横手美智子ともども健闘していたように思う。特別なことはしない、「いつも」のプリキュア演出することの大事さをこと強く感じた話数だった。


・少女☆歌劇レヴュースタァライト第12話「レヴュースタァライト」(9/28)

(脚本: 樋口達人絵コンテ演出:古川知宏、小出卓史

 作画監督:松尾亜希子,小里明花,谷紫織,清水海都,小池裕樹,錦見楽,杉山有沙,大下久馬,小栗寛子,櫂木沙織,角谷知美)

今年、アニメで一本選べと言われたら、この作品を選ぶ。結果的に「舞台演劇」をアニメーションで表現することに挑戦していた作品であるし、生の舞台には出来ない表現で追いつき追い越そうとしていた。「二層展開式少女歌劇」の名目が災いしたのか、間口の狭い作品となってしまった感はあるが、それ以上に一度惹き付けられたファンを逃さない(逃せられない)構造は強固でもある。短い文章ではこの作品は語り切れない。やり残した「宿題」も本作にまつわるものだが、何とか完遂したい所。選んだ話数に一言添えるとしたら、物語そのものが『レヴュースタァライト』だったという事。どういう事なのかは、別の機会に改めて。


【次点】

少女☆歌劇_レヴュースタァライト第3話「トップスタァ」,第6話「ふたりの花道」,第8話「ひかり、さす方へ」

HUGっと!プリキュア第15話「迷コンビ...?えみるとルールーのとある一日」、第29話「ここで決めるよ! おばあちゃんの気合のレシピ!」、第33話「要注意!クライアス社の採用活動!?」


《終わりに》

今年2018年の総括を書こうと思いましたけど、上手くまとまらないので割愛します。まあ、今年は時代を考えられるほどには作品を見ていないというのもあるので、ともあれ。

昨年の総括で、時代の空気はなにかしら「淀み」を帯びたものになってきている、と語りましたがこの一年を振り返ってみると、国内ではその「淀み」が恐ろしい速度で広がり「汚染」されてしまった、としか言いようのない停滞感あるいは疲弊がそこかしこで目に見えてきた年だったのではないでしょうか。

D

良くも悪くも今年を象徴したMV、Childish Gambino「This Is America」で表現されているように「この不条理な世界こそ、アメリカだ」といわんばかりに各国、内憂外患の状況が続いているし、日本も他人事ではないかと。加えて、「平成」がいよいよ終わります。そういった時代背景からも色々と岐路に立たされているのは言うまでもないだろう。零細ブログで現状を憂えてもしかたないけど、舵取りひとつでいつ急転直下してもおかしくはない状況であるのは確か。だから注視しなくてはならない、のだと思う。

という風に書いてもいいんですけど、別に政治的なことが書きたいわけではないので。色々くたびれてきているというのが肌感覚としてありますが…。観測範囲ではやはり世間的に百合作品の飛躍した年かなあとも思いますが、バズッた作品を熱心に見ていたわけではないのでそこを語るにしてもなんだかなあという感じが自分の中にあったり。いや、個人的には「少女☆歌劇_レヴュースタァライト」をずっと追いかけていたわけですが、いかんせん全話感想がまだ終わってないのが心残りといいますか。まだまだ自分の中でケリがつかずにいる作品なので、噛り付いてもやりきりたい所存です。なのでお待ちいただいている人たちはもう少しご辛抱を。時間はかかると思いますが自分でもやり遂げたいと思っていますので。

今年のアニメ鑑賞についてはそんな感じで情熱を傾けすぎたせいで、他が霞んでいるという状態がずっと続いている状況でしたね。こんなのは滅多にないことではありますが、もうしばらく続きそうです。というわけで今回は縮小版という形で記事をまとめてみました。まあなんとか10本かき集められたので良しとします。平成最後の年末がこれでいいのか、という気もしなくはないですが、今年の記録として心に刻めたので悪くはないでしょう。それではひとまず今年の締めとして。

以上が自分の「話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選」でした。各所で関わりになった方々には本年もお世話になりありがとうございました。来年もまたお付き合いいただければ幸いです。それでは今年も残りわずかですが、よいお年を。

MagusMagus 2019/01/04 10:42 レヴュースタァライトの次回感想は気長に待つことにしますw

2018-12-04

音楽鑑賞履歴(2018年11月) No.1279〜1286

| 21:38

月一恒例の音楽鑑賞履歴

8枚。

今月からようやく2016年購入分に突入です。いやあ、長かった。

とりあえずDavid Bowie「★」の感想がかつてなく長くなってますが、いろいろあった年なので文量も増えた感じです。

気づけば今年も一ヶ月を切りました。今年もなんだかんだありますが、暮れが近づくと思うことも様々です。

とりあえずやらなければいけないことを処理しつつ、新しい年を迎えられればいいなと。

というわけで以下より感想です。


Bongo Fury

Bongo Fury

・75年発表20th(通算)。ザッパが学生時代よりの親友であるキャプテン・ビーフハートと共演した唯一のアルバム。基本的にビーフハートマザーズのライヴに参加した時の音源で、テリー・ボジオザッパのアルバムに参加した最初の一枚でもある。内容は下世話な泥臭さと理知的な構成が入り混じっている

この盤を聞くだけでも、ザッパビーフハートが同じ方向性を見ているようでまったく別方向の方法論で音楽をやっているということがなんとなく察せられ、お互いの仲がどうであれ、資質的には水と油なのは見て取れる。ザッパは理論的であるし、ビーフハートは感性が勝っている。

あくまでビーフハートザッパのライヴで客演してる体裁なので、がっぷり四つで火花を散らしているわけではないので注意が必要だが、アクの強い両者の個性が絡み合っており、アルバムとしては他とは異なった独特さもある作品だ。全盛期ともいえる70年代中期のマザーズからの移行期でもあるの含めて。

本作はザッパ作品の中でもきわめてアーシーな作品でもある。73年の「オーヴァーナイト・センセーション」から本作に至るまでは、高度なアンサンブルと楽曲の密度の濃さの一方、土埃っぽい垢抜けないサウンドなのだが、その土臭さが特に濃厚なのだ。ぬかるんだ泥のような粘っこい演奏が聴けるのは珍しい

ビーフハートの影響があるのかは定かではないが、その雰囲気に呑まれて、楽曲もスマートというよりはなにかのた打ち回った印象が強く、ザッパ特有のスマートさが陰に隠れているようにも感じられるか。しかし聞けば、間違いなくザッパサウンドなのは確か。そういう点ではアクがさらに強くなった一枚かと。

★(ブラックスター)

★(ブラックスター)

16年発表28thにして遺作。自身の誕生日(1/8)にリリース、その二日後の1/10に亡くなるというニュースは世界に衝撃を与えた。この突然の訃報によって、さまざまな議論や賛否が渦巻き、このアルバムは死というバイアスのかかった過大評価であるという向きもあったが、改めて聞くとその像が見えてくる。もちろんこれはボウイが全世界へと向けた「遺言状」、あるいはスワンソングであることは疑いようもないし、ボウイはデヴィッド・ロバート・ヘイウッド・ジョーンズではなく、デヴィッド・ボウイとしての最期をこれ以上にない形で表現したのはいうまでもないが、あえてそこから一歩引いて考えたい。作品の内容はジャズバンドのマリア・シュナイダーオーケストラのメンバーが多数参加したジャズ要素の強い作品という触れ込みであるが、プロデューサーのトニー・ヴィスコンティによれば、ケンドリック・ラマー、ボーズ・オブ・カナダ、デス・グリップスなどに影響を受けたものであるという。実際聞いてみるとわかるように、このアルバムは少なくとも「ロックアルバム」ではない。ヒップホップも入っているし、テクノもあれば、演奏陣の出自でもあるジャズも感じる。ヴィスコンティの語った影響先から考えると、これらが統合されたものが本作であると感じる。結果的にではあるが、本作でヒップホップテクノを繋げたのはロックではなく、ジャズなのだ。いや、ロックもいわゆる新世紀ジャズとして市民権を得る、新しい形のジャズに内包されてしまっていると言い切ってしまってもいいだろう。ことこのアルバムにおいてはロックはまったく主体ではないのだ。

10分近くに及ぶ1曲目だけを聞いても、ビートの感覚、メロディの展開は少なくともロックの格式ばったものとは異なり、非常に自由かつ開放的だ。サビがありギターソロがあり、のようなものではなく、ボーカルと演奏が個々に独立していながらも呼応しており、なにかしらの塊として形作られている。生音と電子音のビートがユニゾンしたり、ギターやサックスなどがアドリヴのように曲空間に旋律を漂わせ、ボウイのボーカルも呼応するように変幻自在に乗っかっていく。もちろん歌詞の内容を見ていくと、迫り来る死に直面したボウイの内面を感じるがそれすらも音楽に導かれて出てきたものにすら思える。アルバム全体を聞いていくと、ジョン・フォードの演劇へのオマージュや、ゲイの間で使われた話法ポラーリ、「時計じかけのオレンジ」で使われた人工語ナッドサットなどの引用も本作の演奏とまったく等価に扱われており、その全てが有機的につながっている。まるで細胞が入れ替わるように。ボウイの歌唱もバンドの演奏もインプロヴィゼーションでもあり、めまぐるしく変化していく。ともすれば節操もない印象も受けるが、死が生を解き放っていくかの様にありとあらゆるものを呑み込んで収束していく様はマイルスの「ビッチェズ・ブリュー」で繰り広げられるパッションの逆流を見る思いだ。

そういった自由闊達さは非常にジャズ的であり、ボウイが根ざしてきたロックミュージックもその中のひとつに組み込まれていく。拡散から収斂へ。このアルバムの表現しているのはそういうものであると思う。だからこそ、I Can't Give Everything Awayと結ばれていく、そのプロセスが非常に美しくある。ロックスターからブラックスターへ。そして黒き星は次なるビッグバンに向けて眠る。だからこそ、今、最も生命的な現代のジャズに寄り添っていったのではないかと思う。完全に勝手な憶測ではあるが、最後の最後に「種」を残していった、んだろうと。今改めて聞くと、その音楽的な自由さに驚くばかりだ。自由とは創造性と置き換えてもいいかもしれない。このボウイの置き土産はそういう可能性を残しながらも、ひとまず「葬った」一枚でもあると思う。だからこれはロックアルバムではなく今最も自由に満ち溢れた「現代ジャズ」の一枚として聞いた方がすんなりと聞ける様な気がする。

ボウイの求めていた音楽や表現も本来はそういうものだったんだろうと、おこがましくも思うわけだが、ボウイが末期に表現した音楽がジャズであることはやっぱり皮肉的でもあるし、時代は変わったのだ。しかし、ボウイは最期までボウイだった。それでいいのだと思う。立つ鳥跡を濁さず。R.I.P.

16年発表1st。現状唯一作か。14年1月に「テクノリサイタル」と称して高橋幸宏がライヴを行った際のスペシャルバンドがそのままグループとして発展して製作されたアルバムがこちら。Leo今井砂原良徳テイ・トウワ、ゴンドウトモヒコ、小山田圭吾高橋幸宏といった錚々たる面子のスーパーバンド。

内容としては10年代型のテクノポップといっても過言ではないもので、YMOのオリジナルメンバーである高橋幸宏とそのYMOチルドレンたるミュージシャンの競演であり、高橋幸宏らしいウェットなメロディが全体を貫く中で、現代のテクスチャーを纏ったエレクトロサウンドがポップに響き渡る。

メンバーがそれぞれの特色を生かしつつ、楽曲によって入れ替わり立ち替わり、Voすらも替わって行く中で不思議と統一感があるのはなんというか、ディレクションが際立っているという印象を持つか。メンバーの砂原良徳自らがマスタリングを手掛けているのもあり、全体にグループの意図が行き届いた良作だ

curve of the earth

curve of the earth

16年発表5th。前作から4年ぶりの新作。故スティーブ・ジョブズスピーチで内容を引用したことでも知られる『全地球カタログ』の監修者、スチュワート・ブランドの思想にインスピレーションを受けた作品。堅実かつ地に足についた佳作であった前作からスケールアップした印象を受ける。

前作のアーシーさを引き継ぎつつ、サウンドスケープの景色をタイトルのとおり、地球俯瞰するような視点で捉えており、テンポはミドルが主体ながら、バントの持ち味であるサイケ感と宇宙的な浮遊感が重なって、果てしなく広がる空間を遊泳する心地になる。しかしそれが野放図にならないのがスゴい。

前作までに培った滋味あるメロディに一音一音に重みを感じ、自由に浮遊しているようで、軸足はきっちりと地球に根差している。指針がはっきりとした内容・演奏だからこそ、壮大なサウンドもバンドとして自然な変化に感じられるか。過去の経験の研鑽と積み重ねが結実した、最高傑作といっていい名盤だ。

ボールルーム

ボールルーム

14年発表6th。時代の流行に乗ってか、彼らなりのエレクトロポップスを志向したアルバム。音の感触は3rdに近いが、そちらはヒップホップ色もあり、比較的サウンドがソリッドだったが本作は80s前半オマージュが色濃い、滑らかでソフトなメロディーが際立つ作品。レトロモダンという点でも今風な印象。

しかし、元来のポップマニアな一面が功を奏して、かつてのエレポップが60年代のポップスやR&Bを下敷きに置いたように、過去から現在に至るまでの膨大なデータベースによる練り込まれたメロディを、カドの取れたシンセサウンドで鳴り響かせている。そこに卓越したセンスを垣間見る作り。

シンセの温かみのある音、というと語弊はあるがシンセ音にグルーヴを求める昨今の流れとは一線を画しており、オマージュオマージュを重ねたウェットなメロディラインをシンセで奏でる心地よさに比重が置かれてる点にポップマエストロたる矜持を感じる一枚。聞けば聞くほどじわじわ染み渡る好盤だ。

adore life

adore life

16年発表2nd。現代ポストパンクガールズバンドの第二撃。ライヴツアーで鍛えたらしい、持ち味の骨太さには拍車がかかった印象。金属質なギターとよりソリッドになったリズムにはメンバーの確信に満ちたアディテュードを感じ、心強くもある。過度な派手さよりも、真に迫ろうとする求道的な趣も強い。

ポストパンクと称してはいるが、本作はバンドサウンド以外のキーボードの演奏やゴシックロックやガレージ、メタルハードロック?)に接近した楽曲もあり存外、バリエーションにも富んだ作りが目を引く。反面、バンドの演奏が単調なせいか、その主体の演奏よりも、オブリガードに面白い響きを感じた。

この点ではけっこうサウンド等々、バンドそのものが柔軟になったとも考えられて、興味深いが同時にひとつのスタイルにこだわり続ける事も、ことロックという分野においてはかなり困難が伴ってしまうのは時代の流れゆえか。飛躍作だが、まだまだ余白があるはず。今後に期待を持ちたい。

創世記

創世記

83年発表12th。二匹目のどじょう狙いというべきか、Prophet 5の分厚いシンセサウンドによるエレクトリックブギーとアースらしいコズミックディスコブギーとのギリギリの臨界点を見極めた一作。なかなかキワドいバランスで成り立っている印象で、一歩間違えば踏み外していた事も容易に想像できる作り

いずれにせよ、前作の成功再びという面は否めないが楽曲の質は非常に安定しており、サウンドプロダクション的には今、再評価されてもいい内容にもなっている。ホーンズを効果的に使う曲がある一方で、シンセ主体になっている楽曲もあり、方向性を模索していた、ということも見て取れる。

ただそれ以前に、バンド自体のキレと勢いが鈍りつつあるのも感じられるか。一定以上に仕上がっているのは確かなのだが、演奏も非常に「手慣れた」雰囲気でクリエイトするという面では減退している事は否めない。佳作ではあるが、最前線から足が遠のきつつある事も感じてしまう、翳りのある一枚か。

ゲット・アウト・オブ・マイ・ヤード

ゲット・アウト・オブ・マイ・ヤード

06年発表6th。意外にもソロキャリアでは初のギターインストアルバム。今まで本人のソロアーティストとしての拘りが、全編インストを頑なに拒否してたという趣旨がライナーにも書かれているが、内容も彼のソロキャリアを反映したようなもので、過度のテクニカル指向には陥っていない。

もちろんギタープレイヤーとしては確固たる実力の持ち主であるのは疑いようも無く、曲によってはテクニカルな趣向を凝らした演奏もしている一方で、彼のポップ志向やルーツのブルースクラシックなどのエッセンスも抽出されていて、過去のソロ作の作風をインストに落とし込んでいる印象が強く残る。

重低音のへヴィさを押し出すよりかは、カラっとしたハイノートのギターフレーズをポップに響かせることを信条としているプレイヤーと言う印象もあってか、ファンク調の楽曲も重くならずに聴けるのが面白い。ソロとしての彼の魅力はインストアルバムでも変わりないことが確認できる作品。