この長い塀にだけは、かすかに記憶がある。いや、いく度も模様替えされたり塗り替えられたり、してきているのだろう。かつて私が眼にしたままであるはずがない。けれどもとにかく、こんなふうな塀が続いていた。 周辺のビル群には、まったく視憶えがない。初めて歩く途のようだ。 なにを思い屈していたのだったか、散歩ばかりしている齢ごろがあった。金がないので、旅に出ることはできなかった。都内の名所旧跡を辿り歩くのがせいぜいだった。当時の気分を、今の胸中に想起させることなどできない。 かと思うと、独りで散歩するなど、思いもよらぬ齢ごろもあった。自分は世間で出世できる男でもなく、社会に有用な男でもないと見極めがついた…