瀬那十五年四月十六日 考えてみれば分かるが、「合意に届かない議論」というのは、愚の最たるものである。にもかかわらず、そういう議論が日本に氾濫しているのは、「言論とは合意を得るためのものである」という基本原則が、どこかに行ってしまっているからである。「活字離れ」と言われるものの根本原因は、ここにあるのだとしか、私には思えない。「こんなものを読んだって、他人との合意は得られない」と思えば、まともな人は本なんか読まない。 橋本治『いま私たちが考えるべきこと』新潮社 午前十一時四十八分。ベルギーのシナモン風味強めの菓子、紅茶。午前離床にいちおうは成功したが得たものはなにもない。「後悔しなくて済んだ」と…