上田秋成『雨月物語』中の「菊花の約(ちぎり)」は、こんな噺だ。 幼いころ左門は、剣術の稽古が苦手でもなかった。が、それ以上に学問が好きだった。武士のご奉公はなんぞ剣法のみとは限らんや。算盤(主計)や筆硯(右筆)と同じく、講義(学問)もまた、この播磨領内に欠くべからざる仕事と悟ってからは、剣術の稽古をほとんどやめてしまった。出世コースからは外れた。もとより覚悟のうえだ。必要最少限の家具調度しか置かず、学問に益のない交際も控えた。清貧にもほどがあると陰口を囁かれた。 父はすでにない。母は左門の心根にそって、織りもの縫いもの繕いものに後半生を過してきた。妹が一人あったが、一家の家風をあっぱれと看て取…