大化の改新 (645年) をきっかけに、大和朝廷は日本統一を目指していました。国が地方を直接支配して税を納めさせるなどのシステムができます。 しかし東北北部には、それに従わないエミシと呼ばれる人々がいました。 統治するため、城柵 (じょうさく) という行政施設的なものが東北各地に置かれます。 その最北で最大級だったのが、現在の盛岡にあった志波城 (しわじょう) です。 国指定史跡・志波城跡 志波城古代公園 平安時代だった803年、桓武天皇の命を受けた坂上田村麻呂がこの場所に志波城を築きました。 しかし、近くを流れる雫石川の氾濫による水害が多く、10年ほどで廃城に。機能は徳丹城 (とくたんじょう…