柿の花がすでに木の下に、周辺にと、そこらじゅう散り落ちていた。だがまだまだ、落花には負けない数で葉の陰で下を向いて咲いている。かつて女の子たちは、花に糸を通してネックレスを作ったという。時代は少しさかのぼるが、花の一つひとつを相馬大さんは「大粒の真珠」とイメージされていた(「京の歳時記帖」)。 この実の名前をなんとしても思い出せず、帰宅後に歳時記をあたって見つけ出した。〈 黒くまた赤し桑の実なつかしき 〉と高野素十が詠んでいる。 正岡子規が『くだもの』という随筆の中で、桑の実に触れている。 信州旅行に言った折、木曽へ入ると大きな桑があって、真っ黒な実がなっていた。【余はそれを食い始めた。何升食…