松永久秀

松永久秀

(社会)
まつながひさひで

戦国武将。1510年〜1577年。弾正少弼。三悪弾正の一人。

戦国の梟雄。生涯の前半は今ひとつはっきりしない。三好家に仕えるようになって頭角を現し、家宰となる。が、その後、(確証はないが)三好家嫡男三好義興らを毒殺し、虚脱状態の主君三好長慶を扇動して安宅冬康を粛正させ、三好家中枢部を事実上崩壊させる。
その後、独立の動きを見せた将軍足利義輝三好三人衆ともに弑逆する。さらにその後、三好三人衆と対立、合戦になり、敵本陣ごと東大寺の大仏を焼く*1
1568年の信長上洛の際には帰順、大和一国を安堵される。
その後、武田信玄・足利義昭らと結んで信長に反旗を翻すが、三好義継の死を契機に信長に帰順している。
1577年に再び反旗を翻すが、信長の助命条件を拒み、平蜘蛛茶釜をはじめとする名物茶器多数とともに信貴山城で爆死した。

「此老翁は世人のなしがたき事三つなしたる者なり。将軍を弑し奉り、又己が主君の三好を殺し、南都の大仏殿を焚たる松永と申者なり」 (久秀を家康に紹介した際の織田信長の言。)

*1:本当は失火説の方が有力ですが

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