文化4年(1807年)。1月。1月1日、晴天。昨年冬の触れで2日までは物静かにして万事慎むようにとのことであったので、門松も見合わせていたところ、差し支えないとの触れがあって門飾りを行う。年始の挨拶も触れでは3日のはずであったが、公儀より触れがあり、例年通り元日に挨拶をし、鳴物などはいつもの通り3日より許される。5日から清寿院境内で京都女風流舞の興行が行われる。13日夜、児玉村で火事がある。19日夜5ツ(午後8時)頃、京町通り、呉服町と伊勢町の間で誰の仕業かわからないが、小者(奉公人)を殺す。呉服町1丁目の岡崎という餅屋の丁稚であった。かまいたち・夜ぶすまの仕業だと噂していたところ、また九拾軒…