仏教において、死後49日間を指す。死者があの世へ旅立つ期間であり、死者が生と死・陰と陽の狭間に居るため中陰という。 この間七日ごとに閻魔大王による裁きが行なわれ、極楽浄土に行けるかどうかの判定が下されるのが四十九日目である。四十九日目は別名「満中陰」と呼ばれ、この日が忌明けとされる。遺族は、この間、七日ごとの裁きの日に合わせて法要を行ない故人が成仏できるように祈る。
法事・法要に関して
今日は朝から叔父の四十九日法要に行ってきました。 「11時からお経をあげてもらうから、その前くらいまでに来てください。」 と、案内を貰っていました。 カーナビの到着予測時刻を見ていたら「やべ~、遅刻するかも?」って思ったのですが、私のナビは古くて新道を通って行ったら15分前には到着できましたε-(´∀`*)ホッ ところが11時になっても和尚さんが来ない(;^_^A そういえば入棺の時も和尚さんは遅刻してきました。 家の人が電話をしながら通りを見ていたら「あ、来た!と、思ったら通り過ぎた!(爆)」と・・・ バックして戻って駆け上がってきました。 入棺と葬式に来たは大和尚さんでしたが、今日は若和尚…
キャベツとえんどう豆ミートのビーフン お昼にキャベツビーフンを作った。 具材は面倒だったので玉ねぎ、キャベツ、乾燥えんどう豆ミート(乾燥大豆ミートみたいなもの)のみにして、味付けもビーガン味覇と酢、塩胡椒のみ。おいしかった。米麺とはなんともよいものだ。 黄色い皿にパンケーキ3枚のっていてデーツシロップがかかっている。左の袋はチアシード。 朝も料理をした。 小麦粉と全粒粉を半分ずつ、ベーキングパウダー、水で膨らませたチアシード、ココナッツオイルのパンケーキ。一人暮らしの時にはまったく成功したことのない卵・牛乳なしパンケーキが実家ではうまくできた。くやしい。それはおそらくあの頃私が使っていたフライ…
随分ご無沙汰です。 4月下旬に無事、母の四十九日を終えました。まさに、あっという間。大阪には誰もいなくなることから、四十九日と同時に納骨も行いました。 家の後片付けはあまり進んでいないので、どうしたものかと思いながら、とにかく冷蔵庫の中の食べ物だけは、食べたり、近所の方に引き取ってもらったりして、なんとか処分しました。 日用品なども自宅に送ったりして、処分できるものは処分しました。 ただ、父や母がため込んだ、ほとんどゴミのような遺品(ごめんね)、これは業者に頼むしかないようです。 家の権利関係と、遺品整理に関しては、今まで全くの役立たずだった兄が、一応関係者に聞いてみてくれることになりました。…
今日は父の四十九日。 直前に娘のヘルニア再発で出るのは自分だけ。息子も土曜日ながら今日も学校で(それにしても自分はこれほど勉強した覚えはない)。 さらに直前、自分まで腰をおかしくしてしまうとは。もっとも、自分のは完全に日常レベルの話だったが。今日は何事もなく過ごせたし、帰ってゴロゴロしているうちに忘れていたし。だからやっぱり病名が付くレベルとなると、全然違うのだ。本当に…祈。 昼過ぎ、黒ネクタイを締めて自転車で実家へ。 予定の時間に通夜、葬儀とお世話になった住職さんがやってきた。そして、ここからが長かった。雑学的な小話でどんどん話が脱線していく。なかなか始まらず、なかなか終わらない。最少人数だ…
「香典返し」は、お通夜や葬儀にお供えいただいた香典に対するお返しです。 お礼の挨拶文とともに品物を贈りますが、品物にはさまざまなものがあります。 これらの品物を贈ることで、亡くなった方やそのご家族からの感謝の気持ちを表します。 同じようにお渡しする「引き出物」は、お供えいただいた品物に対するお返しです。 お返しとしては同じでも、意味としては違います。 ただし、現実には、この二つを使い分けしないことが多いようです。 そこで今回は香典返しについて、お渡しする時期と同封するお礼の挨拶文の文例をご紹介します。 お礼の挨拶文は、手紙やはがき、封筒などに書かれるもので、感謝の気持ちを伝えるために重要な役割…
通夜の当日、父から、お母さんが残したノートが見つかった。 そのノートをみて、父は泣いたと。 数年前から、足が痛いとか、生きてる意味があるのかとか書かれていたようで、弟もそのノートを見たようです。 翌日、葬儀の前に実家によって、そのノートをじっくり見ました。 1回3行ほどで日記のように書かれています。 足が何かおかしいや、足が痛すぎる。 そして、どうも便が漏れていたのかその症状についても悩んでいたようです。 足に関しては歩き方がおかしいと私は気づいていました。 大学病院の循環器内科の主治医に私は、相談をしていました。 便に関してはまったく知らないし、足の痛みも訴えてきたことはありませんでした。 …
今日、母方の祖父の四十九日の日だったので、 祖母の家に行こうと少し前から家族で言っていて 祖母の予定を聞いていたのだけど、 最初、昼から行こうかなと思ってたら3日ぐらい前に予定を入れましたと伯母から連絡来てまじか、、、 となりしたが お坊さんも呼ばないので夕方から行こうかとなり 祖母が帰ってくるのを待って 一緒にご飯を食べてきましたーー!! 自分のところでは一段落は一旦したって感じになりました!!! 伯母たちは永代供養の方が残っているみたいです! もう決まっているので遺骨を持って行き、違う日に合同法要がある時に行く予定なんだって! まだ自分たちはどうするか考えてないけど、、 とりあえずはお盆の…
父が亡くなって四十九日が過ぎました。特に法要はしていません。献杯だけで。お父さん、ごめん。 せっかくだから、父の思い出でも。子供の頃とかよく遊んでもらいましたね。自分も親になるとわかりますが、なかなか大変だったろうなぁ。仕事終わって帰ってきてから子供と戦わなきゃいけないんだから。 しょっちゅうってわけではなかったですが、仕事終わりでそのまま酒飲みに行っちゃう事もあって。昔は携帯電話なんてなかったですから、20:00くらいになっても帰ってこないと我が家は暗ーい雰囲気になるわけです。何しろ、母の機嫌が悪くなりますからね。そして、家にあるインスタントラーメンが隠されるという。昔、酔っぱらってボヤ騒ぎ…
伯父が亡くなった。享年六〇だった。 伯父については過去に何度か記事にしているので、興味のある方はご一読いただければと思う。先日、その伯父の四十九日があった。休みを取ることが出来たので、私は故郷へと戻った。 伯父が亡くなってから、地元に戻る機会が増えた。私が家を出たのは大学の頃だが、住民票を移した後でも私の根っこの一部は、何処かで故郷の土に繋がっているのだろう。そういう事実を嫌っていた時期もあったが、今では割かしフラットな目で見ることが出来ている。或いは諦めというべきなのかもしれないが。 新年の同窓会で聞きかじった話によると、何でも我が町、大阪・高槻は現在将棋をプッシュしているらしい。藤井聡太さ…
読者の皆さま、大変ご無沙汰しておりましたm(__)m 「MarginBoo氏、高血圧で夕ヒんだのでは?」と思われたかもしれませんw わてくしは存命、闘病してた親父を失った 去る9/23のことでした。 9/22の23時頃「容態が急変です」と病院から連絡があり、先ず弟が向かいました。 「今夜が峠」と宣告されたことは何度もあったので今回も・・・と思ってました。 しかし、9/23の2時頃に弟から「呼吸が止まりそう」との連絡がありました。 わてくしと母親は急いでタクシーに乗って病院へ向いました。 辛うじてバイタルが残っていたが覚悟の時 4時台だったと思いますが、親父は両親が待つ涅槃へ旅立ちました。 通夜…