今日は却下記事です。すなわち「一度考え付いたけれども検討した結果却下した記事」となります。未公開のまま葬り去るのも忍びなく、ここに公表する次第です。 著名といえば著名な話ですが、建保7年(1219)1月27日の鶴岡八幡宮において、鎌倉幕府三代将軍の源実朝が、甥の公暁(くぎょう。こうきょう、とも)に殺害されました。このとき公暁は「親の仇はかく討つぞ」と叫びながら源実朝を殺害したとのことです(Wikipedia「源実朝」2026/5/31閲覧)。 このセリフを記している同時代的史料『愚管抄』の一節は次の通りです。 此法師(ブログ主注:公暁)ハ。頼家ガ子ヲ其八幡ノ別当ニナシテ置タリケルガ。日比思モチ…