こんにちは、暖淡堂です。 「示衆」の4回目です。 ここでは、臨済は心とはなにかを説いています。 心は様々な働き方をしますが、もともとは一つであると。 それから、修行僧たちが求めている修行で得られるもの。 それらはまったくの無駄なもの。 そんなものを求めるよりも、もっと大切なことがある。 臨済は自らの言葉で語り続けます。 道流、心法無形、通貫十方。 諸君、心の在り方には決まった形はなく、この世のあらゆるものを貫いている。 在眼曰見、在耳曰聞、在鼻嗅香、在口談論、,在手執捉、在足運奔。 目にあれば見、耳にあれば聞き、鼻にあれば香を嗅ぎ、口にあれば談論し、手にあればものをつかみ、足にあれば歩き、走る…